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166.数えきれない言葉に乗せて(บนคำนับไม่ถ้วน)【前編】

 水の(とう)のてっぺんでウィマーンを拘束(こうそく)するのに成功したプリア。

 あお向けのウィマーンをハスの葉に()(たお)して彼女(かのじょ)(ひとみ)を見つめていたが、そのときプリアの背後の水面(すいめん)(おと)もなく()()がり、針の形状をなした。


 やはり無音でその先端(せんたん)がプリアの背中に(せま)る。

 当然ながら女の姿をしたウィマーンもそちらに視線をやるなどのミスを(おか)していない。


 しかしプリアはウィマーンと目を合わせたまま唱える。


「ルーク・ポーン」


 レモンのかたちをした風船が後背(こうはい)に出現し、針を防いで破裂(はれつ)した。

 ウィマーンは目を細め、妖艶(ようえん)にプリアを見返す。


(わたし)からの称賛(しょうさん)を受けても油断はしないか」

「当たり前ですよ……ワタシ、ビビリですもん」


 (おお)いかぶさるような体勢でウィマーンを拘束しているのも、相手の体そのものを(たて)にして真下(ました)水面(すいめん)から攻撃(こうげき)されるのを防ぐためである。


 プリアは()(あせ)をにじませたあと、タハーン・ルアとアーガートに声をかけてウィマーンのそばに待機させた。


 自分の(した)にいるはずのウィマーンが、プリアを見下(みお)ろすような視線を向けてくる。


「……プリア。シャチの姿をしたピーとコウモリの姿をしたピーはアーティットとやらの精霊(ピー)だろう。であれば、おまえではなくアーティット自身が(かれ)らと共に水の塔を登ってきてもよかったのではないか」

「それでは勝てません……っ。確実に奇襲(きしゅう)を成功させるには、事前にアナタの(ちから)消耗(しょうもう)させておく必要がありました。それを短時間で実行できるのは、兵隊のトー(ท)の文字保有者であり戦闘(せんとう)センスも卓越(たくえつ)しているあの人をおいてほかにいません」


 両手でウィマーンの手首を(ふう)じているプリアは(かね)のイヤリングを出せないもどかしさを感じながら、仲間が到着(とうちゃく)するまでの時間かせぎをおこなっている。


「だからアーティットさんにおとりになってもらってワタシは奇襲でおいしいところをかっさらおうと思ったんです……。それだけじゃなくて、別の仲間の頭部までおとりにしたんですからホントにワタシは……っ!」

卑下(ひげ)するつもりならやめておけ」


 両ひざがプリアのへそに当たった。


「おまえがいたからおまえたちは()ったのだ。いずれ殺すつもりだが……おどおどしているようで果断(かだん)なおまえに私は興味を持った。人のなかで孤独にあるおまえにな。もっともらしい理由でごまかしたが、本当のところ私はこの体でおまえと会いたいと思ったのだ。その思いを()みにじらないでくれ、プリア」


 ウィマーンがそう言ったとき、プリアの後ろで岩の(くだ)ける(おと)がした。

 灰色の岩石が放射状(ほうしゃじょう)に割れ、なかからスカティが姿を現したのだ。


 厳格(げんかく)さを思わせる低い声が(かれ)(くち)から出る。


「ウィマーン。無事か」

「はい、旦那(だんな)さま」


 ()びるような口調(くちょう)ではなかったものの、ウィマーンの声からは幾分(いくぶん)トゲが()けていた。


 スカティが復活したことに(おどろ)きもなさそうだ。

 そもそもスカティの封印(ふういん)を実行したチャーイハートが弱っている状態なので、その封印の効力(こうりょく)が長く続かなくても不思議はない。


 一方(いっぽう)でプリアは殺されると思った。

 今のスカティは万全の態勢ではないが、たとえプリアがアーティットから借りた二体(にたい)のピーと協力しても勝ち目は(うす)状況(じょうきょう)だ。


 自分から攻撃を仕掛(しか)けたりウィマーンを人質にしたりすれば確実にトドメを()されてしまうのでプリアは抵抗(ていこう)すらできず、ルアとアーガートにもしばらく動かないよう(たの)んだ。


 プリアの背後に立ったスカティに、あお向けのままウィマーンが聞く。


「この(むすめ)はどうします」

「とりあえず弱らせる」


 スカティの(くち)から数字のピー十体(じったい)が若い順に現れる。

 赤い身をしたピーたち(๐ ๑ ๒ ๓ ๔ ๕ ๖ ๗ ๘ ๙)がプリアの全身にまとわりつく。


 これまで数字のピーたちは文字保有者一人(ひとり)につき一体(いったい)ずつ引き寄せられていたが、そのピーたちもスカティのそばではまた(ちが)った動きを見せるらしい。


 文字のエネルギーを一気(いっき)に吸われたプリアは(ちから)()けていくのを自覚し、ウィマーンの手首から手を(はな)してしまった。


 うつ()せの状態で、あお向けのウィマーンへと身を(しず)める。


(あ、終わった……体がほとんど動かない)


 しかし不思議とプリアに後悔(こうかい)はなかった。

 こんなことなら奇襲をするんじゃなかったと()やみそうなものなのに、今は「やりきった」というすがすがしさすらある。


 プリアの上腕(じょうわん)に手を()え、ウィマーンが起き()がった。

 体を半回転させ、プリアをスカティのほうに向ける。


 この世のものとも思えない美男(びなん)美女(びじょ)に前後から(はさ)まれてプリアはひたすらドキドキした。


 スカティの力強(ちからづよ)い黒目がプリアを見据(みす)える。


(みょう)なマネをしなければ()()殺さない。連行もしない。私たちはこれからギンガー海域を(はな)れるが、仲間をヘタに傷つけたら文字保有者たちの(いか)りを買って簡単には離脱(りだつ)させてもらえなくなるからな」

「あんなに……っ」


 ひざをガクガクさせてプリアが(くちびる)()()める。


「あんなにワタシたちを殺そうとしてたクセに……今さら()げるんですか」

「評価を改めたということだ。私たちはもう、おまえたちを見下(みくだ)さない」

「なら殺すのもやめればいいのに……」


 ハスの葉に横たえられながらプリアが(ちから)なく言い返した。

 スカティはそれには答えず豊かな白髪(はくはつ)をわずかに()らす。


「チャーイハートに伝えておけ。――おまえたちは、ただのプー・トゥー・アクソーン(文字を持つ者)ではなかった。まぎれもなくトゥアウィーラ(文字保有者)であったとな」

「……トゥアウィーラですか」

「そうだ……うぐッ!」


 このタイミングでスカティが頭を()さえてひざをつく。

 ウィマーンは声に不安をにじませた。


「どうされました、旦那さま」

「……(わたし)大丈夫(だいじょうぶ)だ。だが信じられない」


 スカティは脳に苦痛を覚えていた。

 自身が協力を(あお)いでいるピーとラーンソンのスカティは連動しているのだが、そのピーが撃滅(げきめつ)されたためスカティ自身にダメージが(はい)ったのだ。


「そもそも絶対に破壊(はかい)できない(ことわり)を持つ棺桶(かんおけ)を破壊するとは……。あの棍棒(こんぼう)女は()(もの)()えた()()()だな」


 直後、轟音(ごうおん)が鳴る。

 塔のてっぺんのそばに巨大(きょだい)な波が立ちのぼる。


「【ย】ヨーヤック・ナーグルア、つかさどる字は(おに)のヨー」


 おしとやかな声が、怒鳴(どな)っている様子もなくあたりに鳴り(ひび)く。


「棺桶を内側からぶったたき続ける遊びも存外(たの)しかったですが……スカティさま、ウィマーンさま。(わたくし)はあなたがたともケンカをしたいと(ぞん)じますわ。今からやりませんこと?」


 ナーグルアは棍棒の打撃(だげき)によって深海から海面に一直線(いっちょくせん)の穴をあけ、海の底から海抜(かいばつ)百メートの位置にいるスカティたちに(はな)しかけている。


 スカティはウィマーンの手を取り立ち()がった。


退却(たいきゃく)する」

「はい」


 ウィマーンが手をたたく。

 すると水面(すいめん)の水が変化(へんか)し、巨大(きょだい)トカゲザメの形状になった。


 今度は本物のトカゲザメである。

 チャーイハートが封印していた個体だ。その個体もまた彼女の気絶を受けて早めに封印から解放されたのだ。


 バラバラになっていた粒子(りゅうし)が水の塔を登り、てっぺんで凝集(ぎょうしゅう)したかたちである。

 ニウフアメーに付着させられた文字のエネルギーがまだ残っていたため少し赤っぽかったが、数字のピーたちが近寄るとその赤も()けた。


 スカティもウィマーンもそれ以上はしゃべらず、トカゲザメの口内(こうない)(はい)った。


 数字のピー十体(じったい)もスカティに続いてなかに消えた。

 トカゲザメは(くち)を閉じ、手の平ほどのサイズに縮小する。


 瞬間(しゅんかん)、タハーン・ルアがシャチの歯で食おうとした。

 しかし小さなトカゲザメはクロールでそれをよける。


 さらに青い(きり)――クジラの落とし物現象があたりの海域全体に広がり、トカゲザメを(かく)した。


 水の塔も(くず)れる。

 タハーン・アーガートがプリアのわきに一対(いっつい)(つばさ)を通し、その身をかかえた。


「あ、リアンゲさんを助けないと……」


 ここで、崩壊(ほうかい)する塔のてっぺんの水面下(すいめんか)から人影(ひとかげ)が現れた。


 サラサルアイとその背中に乗ったアーティットだ。

 リアンゲについては代わりに回収してくれたようで、アーティットが頭部を胸にかかえている。


「無事か、プリア」

「もう安心だぜプリアちゃん」


「は、はあ……コープクン」


 アーティットとサラサルアイから声をかけられ、思わずプリアはうれしくなった。


 ついでアーティットはルアとアーガートを消す。

 サラサルアイはプリアが弱っていることに気づいた。


「これじゃ()えない手綱(たづな)もきちんと(にぎ)れねえかもな。リアンゲと一緒(いっしょ)にかかえてやれよ、アーティ」

「ああ」


 短く返したあと、アーティットはプリアを自身の前に移動させてそっと(ささ)えた。


 それからサラサルアイが、(くず)れゆく水の(かべ)()()りる。

 モーマー(ม)の(ちから)のためか、真下を向いても騎乗者(きじょうしゃ)が背中から()り落とされることはなかった。


* *


【ท】


「――リアンゲさん、本当にすみませんでした」


 水の塔が完全に崩壊し青い霧がすっかり晴れたあと、大きなハスの葉の上でプリアさんがリアンゲの頭部に(あやま)っていた。


 時間帯は(よる)だが、プリアさんがハスの葉の中央に灯台を生やしているため周囲は明るい。


「リアンゲさんは(やさ)しいから快諾(かいだく)してくれましたけど、仲間をおとりにする作戦はやっぱりひどかったですよね……」

「いやいや、そんなことはないよロールア(ร)」


 リアンゲが()()()のような目を愉快(ゆかい)そうにパチクリさせる。


「むしろ頭部だけのわたしに活躍(かつやく)の機会を(あた)えてくれて感謝しているくらいさ。なにより、君がわたしを仲間と思い、(たよ)ってくれたことがうれしい」

「それって……リアンゲさんもワタシを仲間と思ってくれてるってことですか」


「当然じゃないかね!」

「なら、ワタシもうれしいですよ……っ」


 リアンゲに対して複雑な思いをいだいていたであろうプリアさんも、仲間として少し距離(きょり)を縮めることができたのかもしれない。


 そのあとプリアさんはリアンゲをニウフアメーに預け、(おれ)のほうにやって来た。


「あのう……アーティットさんはワタシのこと(おこ)ってますか」

「君には感謝と尊敬しかないよ、プリア。君は海面にハスの葉を()かべて足場を作ってくれた。ウィマーンにも果敢(かかん)に立ち向かった。勝てたのは、君の活躍のおかげだ。感謝する。今もみんなをハスの船で運んでくれているしな」


「でも最後、ワタシはアナタにおとりを(たの)みました。内心はこのモクズ女め調子に乗ってんじゃねえとか思ってるんじゃないですか……!」

「思っていない。君が提案した奇襲作戦は有効(ゆうこう)だと俺自身が判断したんだ。そして作戦の成功は君の手柄(てがら)だ。物怖(ものお)じせずに堂々と動き、みんなのために勝利をもたらしたプリアを俺は尊敬する」


「そうですっ、プリア艦長(かんちょう)大活躍でクマリーも()()()()しましたよ~!」


 バナナの(ふさ)のような髪を()らしてクマリーがプリアさんに笑顔(えがお)を向ける。

 プリアさんが(ひか)えめに照れた。


 そして俺には彼女(かのじょ)に謝罪することがある。


「プリア。海上に出たあとウィマーンの手につかまってその腹のなかに(はい)った君を助けようとしなかったことを俺から謝らせてほしい。もちろんほかのみんなは助けようとしたが、俺は動くなと指示した。……俺はウィマーンを信じていたわけじゃない。ウィマーンの真意を確かめるために君を利用したんだ」

「べ、別に謝ることないですって。そのときアーティットさんはリーダーだったんだから当然の選択(せんたく)ですよ。それにワタシだってアナタに……感謝と尊敬を覚えているんですから」


 深く息を吸い、プリアさんが目を泳がせる。


「だってアーティットさん、一緒(いっしょ)に作戦行動をしているときにワタシともたくさん(はな)してくれたじゃないですか。ワタシが要所要所でちゃんと相手に自分の意見を言ったり自分の能力を生かして積極的に動いたりもしているってことを教えてくれたし、特別な動機や立派な目的、具体的な目標なんかなくても人は前に進んでいいって言ってくれたし……そういう言葉にもワタシは支えられたんですよ……」


 ゆっくりと視線を俺の視線と重ね合わせた。


「ワタシはやっぱりアナタの言葉に救われたなんて思っていません。アナタとのあいだに、拒絶(きょぜつ)するためのみぞを引き続けています。それでも……ありがとうございました」

「マイペンライ」

「……兵隊の(かん)のとおり、ワタシとじっくり(はな)しておいてよかったですね。じゃなきゃ、ワタシは最後()げていたと思いますから。いやあ~、すべてはアーティットさんのおかげっ!」


 最後の言葉は、分かりやすいウソだった。

 俺はワニの姿のタハーン・グラジョームを呼び出した。


「君も分かったうえで言ったようだけど、それは(ちが)うな。君は文字保有者のみんなから、いろいろな言葉を聞いていたはずだ。君に対するさまざまな態度を見たはずだ。クマリー・リアンゲ・ニウフアメー・キア・ナーグルア・エーン・サラサ・ヒマ・チャーイハートだけじゃない。ガムランや……ほかの文字保有者の言葉にも深くふれただろう。俺はそのうちの一人(ひとり)にすぎない。君は君のなかでみんなの言葉を大切にしようとした。だから君が逃げなかったとすれば、それは俺のおかげなんかじゃなくて……みんなのおかげだ。そしてそのなかで一番(いちばん)プリアの行動を決定づけたのは、ほかでもない君自身だよ」

「わ、分かったようなこと言わないでください……っ」


「悪かった」

「まあたぶんそれで合ってるとは思いますけど」

「合っていたのか」


 グラジョームのなかの氷室(ひむろ)からキュウリ一本(いっぽん)を出し、プリアさんに(わた)す。


「なんにせよ、おつかれさま」

「き、気が()きますね……っ。アーティットさんたちこそ、おつかれさまですよっ」


 いい音を立てながらキュウリを飲み()んだあと、プリアさんはほかの文字保有者一人(ひとり)一人に声をかけてまわった。


 相手が自分を拒絶(きょぜつ)しているか(さぐ)りながら、感謝を伝えている。

 しかしプリアさんをしりぞける者はいなかった。


 気絶から回復したチャーイハートにもプリアさんは(はな)しかける。


「チャーイハートさん……上半身(じょうはんしん)下半身(かはんしん)の調子はどうですか」


 正座になってそう言った。


 チャーイの上半身とハートの下半身は分離(ぶんり)したままである。

 現状、クマリーがウォーウェーン(ว)を働かせても接合することはできない。


 それでもチャーイハートは上半身で笑い、下半身であぐらをかいた。


 今の……いや、もともとチャーイハートの在り方はウィマーンのそれにも似ていたのかもしれない。

 プリアさんによると(マンゴーン)の姿も女性の姿もウィマーンの本体ということだが……それと同じようにチャーイの上半身とハートの下半身もまた、どちらもチャーイハートの本体と言えるのではないだろうか。


「まあ(せつ)の調子自体は悪くないが、上半身だけでも動けるようカヤンに教えを()うのも悪くないかもしれんな」

「そうですか……」


「……そうだ。そしてプリア、キサマの活躍は聞いている。本当にウィマーンとよく(たたか)ってくれた。かたじけない」

「いえ、ワタシ……ゴ・ナーム内では、ほとんど腑抜(ふぬ)けてましたし」


「それを言うなら拙も気絶していたあいだは()()()(やく)にも立っていない」

「はあ……でも結局ウィマーンは()げてしまいましたよ……」


「拙たちの作戦目的はギンガー海域の制圧だ。そのために必要でなければウィマーンの捕獲(ほかく)は絶対ではない。また、作戦を()()げるにあたって成功以上に大切なことがあった」

「なんかあります……?」

「全員の無事だ」


 チャーイハートは樺色(かばいろ)の視線をプリアさんにやった。


「だからプリア、よく生きていてくれた」


 続いて右手を差し出す。握手(あくしゅ)をしようとしているらしい。

 プリアさんは(ほお)()めて顔を()せながら右手を()ばす。


「チャチャ……っ、チャーイハートさんこそ、生きていてくれてありがとうございます!」


 チャーイハートはプリアさんの(にく)むスーンによって生き(なが)らえているし、スーンに恩義を感じてもいる。


 プリアさんにとってチャーイハートは、リアンゲ以上に複雑な感情の対象だろう。

 だとしてもプリアさんはそんなチャーイハートをみとめようとしている。


 在り方をすべて受け()れるのではなく、相手のすべてを受け入れられない自分さえも許容しながら、プリアさんは相手との距離を(はか)っているような気がする。


 しかし、いつもその手探(てさぐ)りがうまくいくとも限らない。


「ひゃわわあ……っ!」


 いつもとは違う調子のチャーイハートの声が響いた。

 どうやら前を見ていなかったプリアさんが誤って下半身の足首のほうをさわってしまったようである。


 それでチャーイハートが(おどろ)いたのだ。

 ハートの下半身だけでなく、チャーイの上半身もぷるぷる(ふる)えている。


 (あわ)ててプリアさんが謝る。


「すみません……っ。ワタシのせいでビックリさせてしまいました……っ」

(あん)ずるな。(せつ)もすっとんきょうな声を上げてすまん」


 チャーイハートの震えがとまった。

 さらにプリアさんが()み込んだことを(くち)にする。


「な、なんかチャーイハートさんって、けっこうかわいいですよね」

「そう言われると照れる……」


 満更(まんざら)でもなさそうだ。

 チャーイの上半身だけでなく、ハートの下半身も心なしか喜びに打ち震えている。


(プリアさんの手探りも、実はうまくいったのかもしれない)


 ここで、プリアさんがなにかを思い出したように「あ」と()らした。


「忘れるところでした。スカティからチャーイハートさんへの伝言です」

「スカティが……?」


「確か『おまえたちは、ただのプー・トゥー・アクソーン(文字を持つ者)ではなかった。まぎれもなくトゥアウィーラ(文字保有者)であった』だったと思いますが」

「受け取った。伝えてくれたことに感謝する、プリア」

「マイペンライです。それにしてもみなさん、トゥアウィーラ……『文字の勇者(ゆうしゃ)』とはピッタリですね……」

「なにを言う」


 あらためてチャーイハートが右手を差し出す。


「プリア……キサマもトゥアウィーラだ」

「え……そ、そうですかっ」


 ほころびかける顔を(おさ)えながら、プリアは両手を伸ばした。

 右手でチャーイの右手に、左手でハートの左足にふれようとする。


 チャーイハートはうなずき、左足も前に出す。

 右手同士と左手と左足が同時に(たが)いを(にぎ)り合った。


 そして俺はグラジョームの氷室からバナナを出し、ヒマやクマリーを始めとするみんなに一本(いっぽん)ずつ配ってまわった。


 キアの(となり)(すわ)っているジェオにもバナナを手渡す。


「食べるか? アロイよ」

遠慮(えんりょ)なくいただくのだ。コープクン!」

「マイペンライ。はい」


 ジェオがバナナの皮をむいておいしそうに中身を食べる姿を俺はしゃがんでじっと見ていた。

 皮を返してもらってそれをプルーンで灰にする。


「……ジェオ」


 左手の平のトータハーン(ท)を右手で()みながら、つぶやく。


「あらためて俺と(たたか)ってほしい。兵隊(タハーン)として」

「うん!」


 気持ちのいい承諾(しょうだく)が返ってきた。

次回「167.数えきれない言葉に乗せて(บนคำนับไม่ถ้วน)【中編】」に続く!


タイ語のタイトル「บนคำนับไม่ถ้วน(ボン・カム・ナップ・マイ・トゥアン)」を直訳すると「数えきれない言葉の上に」になります。英語だと「on the countless words」です。


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

ボン(บน)→○○の上に

カム(คำ)→言葉

ナップ・マイ・トゥアン(นับไม่ถ้วน)→数えきれない

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