163.【ร】船のロー・プリア【その4】
【๒】
* *
当初ウィマーンは海面に散らばるハスの葉を破壊して文字保有者の足場を奪うつもりだった。
しかし頭部からしっぽまでの部位を激しく動かそうとしても、赤目赤髪の男や菜の花色の髪の少女、四つん這いで移動する女にその動きを阻まれる。
(しかもロールア(ร)を持つあの青っぽい小娘が定期的にハスの葉を海に浮かべているな。私のしっぽに爆発物をぶつけてくるのも同じ人物。……ならば足場をねらうフリをしながらロールアの娘を最優先で殺す)
文字保有者たちとの小競り合いを続けつつ、ウィマーンは少しずつ体を小さくしていった。
(体の維持に消費していた私の魂を小型ランマイ・プローンの設計に回す。私の身が縮小するからギリギリまで気づかれないよう緩やかに実行。ランマイ・プローンを設置したあとはドン・チャウムで射抜く)
ドン・チャウムとはロールア・プリアの潜水艦を粉砕した緑の水柱のことである。
その一回以降、ウィマーンはドン・チャウムを撃っていない。
乱発できるものでもないので、もっとも効果的なタイミングで使用する必要があるのだ。
水面下で作戦を推し進めていたウィマーンは、プリアたちだけに注目しているようでいて、実際は冷静に戦場を俯瞰していた。
ジェオとマリの動きがそれぞれ封じられたのも把握している。
二人が文字保有者の敵であるのはすでに明らかだが、ウィマーンが介入しようとすれば二人を封じている者たちがやむを得ずジェオとマリを殺してプリアたちの援護に回るかもしれない。
よってそちらは放置する。
加えて、リアンゲの頭部を持ちながらチャーイハートを守っているニウフアメーもウィマーンは無視すべきだと判断している。
本能的にウィマーンは、髪を体に巻きつけて沈黙しているその女の底知れない危険性を感じ取っていた。
そして青っぽい目をしたロールア・プリアが共に戦っている四人に目配せを送った瞬間をウィマーンは見のがさなかった。
(さすがに私の体が小さくなりつつあることに気づいたか。แต่สาย(テー・サーイ)〔だが遅い〕)
ウィマーンはアーティット・クマリー・ヒマ・サラサルアイ・プリアのいる範囲を見据えたのち、小型ランマイ・プローンを出現させた。
ちょうどウィマーンの焦点が合った中空に真水の玉が生じる。
その玉が糸車のように回転し、糸状の水を伸ばしながら瞬時に膨らむ。
あっという間に、五人の文字保有者は幾枚かのハスと共に水の球体のなかに閉じ込められた。
もともとウィマーンの作成するランマイ・プローンは固体と液体両方の性質を有するが、たった今出現した球体は固体の成分が多いため内部にいる者は自由に泳ぐことができない。
見かけ上は海面から突き出た半球。
実際は海水を押しのけて残りの半球も水面下にて結実している。
(身代わり人形を出せるノーネーン(ณ)の女は旦那さまとの戦いで気絶状態。もう逃げる手立てはない)
緑の鱗で覆われた左手二つを構える。
その五指と五指から発射された計十本の緑の線がウィマーンの手前で収束し、いったん消えた。
直後その場所から緑の水柱が生まれ、横向きのまま光線のように飛ぶ。
比較的細いぶん威力が高められている。
標的は予定どおりロールア・プリアだ。
* *
小型ランマイ・プローンに文字保有者たちを捕らえてドン・チャウムを撃つまでにウィマーンが消費した時間は十数秒にすぎなかった。
よってプリアはなんの対処もできずに予感する。
(あ、死ん――)
瞬間、緑の水柱の正面に巨大な雪玉がいくつも生じる。
アーティットがぼたん雪の姿をした雪の兵隊に命じて作らせたものだ。
雪玉は一時的な盾にはなっているものの、緑の水柱「ドン・チャウム」をこおらせるには至らない。
だがそれは目くらましにすぎなかった。
同時にユアックは文字保有者たち五人が捕らわれた小型ランマイ・プローン全体を凍結させたのだ。
固体の性質が強いため、凍結は一瞬にして成功した。なお文字保有者はこの程度では死なない。
氷のなかでクマリーが身を縮める。
そもそも眠るときクマリーは小さくなり、アーティットのへそに入って休む。
今の状態でもサイズの変更は容易にできた。
小さくなったことにより隙間が生じたので宙にウォーウェーン(ว)を何度もしるす。
クマリーからまばゆい深紅の光がほとばしる。
以前チャーイハート戦で見せたときよりも強烈な光だ。
目の前の氷に右拳を撃ち込み、もっとも近くにいたアーティット周辺の氷塊に亀裂を走らせた。
割れた氷がクマリーのいる隙間に落ちる。
すぐさまアーティットはワニの姿をした天幕の兵隊をその隙間に呼び、氷の破片を食べてもらった。隙間に呼び出すにあたって、以前ヒマの前でやったように小さくなってもらったのは言うまでもない。
さらにコウモリの姿をした空の兵隊を呼び、その羽ばたきにより空気の層を作って酸素を確保する。
クマリーがさらに氷を砕き、その氷をグラジョームが食らっていく。
アーティットはトカゲ姿の医者の兵隊と小鳥姿の炎の兵隊を新たに呼ぶ。
ペートのしっぽがアーティットとクマリーの凍結された際のダメージを癒やす。
プルーンは小さな火を氷に穴をあけるように飛ばした。
一気に溶かせば、また水のなかに捕らわれるだけだからだ。
火は針の穴に似た狭い通路を作りながら、凍結されたハスに達する。
ハスが燃える。そのハスを中継地点として、小さな火がさらに穴をあけて通路を延ばす。
文字保有者と共に捕らわれてしまった幾枚かのハスを燃やしながら小さな火がサラサルアイのもとに達した。
サラサルアイのまわりの氷が熱によって溶けた。
水を吸ったあと、わずかにできた隙間のなかで唱える。
「ギープ……トロンパイ」
詠唱と共にサラサルアイは額のモーマー(ม)から蹄鉄を取り出して手足に装着。
赤い半透明の光を蹄鉄から発し、まっすぐ突進する。
そして前方の氷塊をすべて壊し、氷の球体から脱出した。
ちょうどそのルートの途中にいたプリアも一緒である。
サラサルアイはプリアの水着を口にくわえた状態だ。
二人のそばにはホタルの光に似た斥候の兵隊が二体ついていた。アーティットのもとからプルーンとサラサルアイの作った通路を抜けてやって来たのである。
アーティットのプリアントゥアによりラートは消え、ペートのしっぽが代わりに現れる。
しっぽがサラサルアイとプリアに落ち、凍結で弱っていた体を回復させていく。
プリアを背に乗せたサラサルアイはいったん海面のハスに着地した。
すでにユアックの出した雪玉は跡形もない。
その代わりウィマーンの緑の水柱を防いでいる者があった。
リアンゲの頭部である。
正確には、彼の頭部を収めた半透明の箱が横向きの水柱の威力を受けとめていた。箱はホーヒープ・スープパンによるものであり、強度は十二分にあるようだ。
ニウフアメーが投てきしたと思われる。
箱を持つハサミウナギの精霊に冥色の髪がからみついており、それは長大なニウフアメーの頭髪と接続している。
先ほどまでとはウィマーンの位置が変わっていることからウィマーンも違う角度から攻撃を試みたことが分かるが、ニウフアメーは髪を介してハサミウナギをあやつり、ことごとく水柱の射線をふさいでいた。
さらに氷の球体からアーティットがヒマをかかえて出て来る。クマリーも隣にいる。
アーティットはイノシシ姿の陸の兵隊に乗ってハスの葉の上を跳躍していく。
水柱を出しているウィマーンの緑の手に近づいたところでシャチ姿の海の兵隊を呼び出した。
ルアが二つの緑の五指を、上から順に食いちぎる。
肉迫していたサラサルアイが、ちぎれた指から放たれる緑の線に蹄鉄を当ててはじき落とす。
ほとんど同時にヒマが軽快に跳んでウィマーンの体を登った。
頭部に達し、みずから竜の口に入る。
「サイっ!」
そのとき、ウィマーンの体が棒のようにまっすぐになった。
数秒後、ヒマがウィマーンの二つに分かれたしっぽのあいだから出て来た。
ヒマはウィマーンの体内を通り抜けたのである。
不可逆の傷や致命傷は与えていないものの、文字どおり内部から腸などを攻撃したわけだ。
ウィマーンのマンゴーンの体は至極頑丈ではあったが、これまでの文字保有者の攻撃のなかでこのヒマの攻撃がもっとも強烈だった。
大きくウィマーンがかたむく。
だがウィマーンはスカティのためにも諦めない。
泳いで浮上するヒマに、水中からドン・チャウムを放つ。
緑の水柱が斜めに海を駆け上がる。
ちょうど海面から顔を出したヒマに直撃する――。
――直前、サラサルアイから下りてハスの葉に立ったプリアがそのハスを船のように高速で操作してヒマをかかえた。
ヒマの浮上した場所を通り過ぎたところで水柱が斜めに立った。
その衝撃を受けてハスが転覆しそうになったが、プリアはバランスをとりながらヒマを守りとおした。
ヒマは「ありがとうプリア」と素直に礼を言った。
それ以上話している場合ではないのでプリアは返事を控えたが、本当は「マリのピーからアナタを守ったアーティットさんのマネをしただけだって……」と答えそうになっていた。
アーティットが文字保有者たちに攻撃を控えるよう合図を送る。
全員の動きがとまったのを確認したあと、よろめくウィマーンの前に浮くハスに乗った。
兵隊の精霊をすべて自分の頭に引っ込め、声をかけた。
「ウィマーンさん」
敬語で語りかける。
「わたしたちはあなたが仲間を握りつぶそうとした時点であなたとスカティさんを敵と認識しましたが、だからといってわたしたちにあなたとスカティさんを殺すつもりはありません。わたしたちが正義であなたがたが悪だと断じる気も毛頭ありません」
しばらく待っても反応がなかったため、言葉を続けるアーティット。
「とはいえ人類を滅ぼすと言っているあなたがたを放置するわけにもいかないので……どうして人類を滅ぼしたいのか、その理由をわたしたちに教えていただけませんか。その理由が分かれば、なにか別の方法を提案できるかもしれません」
アーティットがウィマーンに言い聞かせたことは、チャーイハートがスカティに伝えたことと酷似していた。
とくにアーティットのそばに浮くクマリーは心配そうな顔でウィマーンの返答を待っている。
クマリーはスカティから人類を滅ぼすという夢を聞かされてからずっとスカティとウィマーンと話したいと思っていたのだが、これまではその余裕もなかった。
ここで、あたりの海を円筒状に囲んでいる青い霧のピーの一部がアーティットの眼前に移動してきた。
そのピーが文字列をかたどり、ウィマーンの意思を伝える。
【เดี้ยง(ディアン)〔くたばれ〕】
続いてウィマーンは赤い視線をプリアに向けた。
青い右手を唐突に伸ばしてプリアをつかみ、口のなかに放り込んだ。
(……え、ウソ)
真っ青になってプリアは食道らしき場所を落ちていく。
(ま、待った。マンゴーンの体が普通の生き物みたいなら胃もあるんじゃ……っ)
プリアは左手の平のロールア(ร)から緑の潜望鏡を抜き出した。
パイプのような潜望鏡の根もとがハスの形状に変化する。
その上に乗ったまま、プリアはとぷんと液体の表面に落下した。
「プラパーカーン……」
詠唱し、近くに小さな灯台を生やしてあたりを照らす。
周囲は薄紅の壁で囲われているようだ。
そして胃液とおぼしき池のなかに、何者かが浮いている。
(誰……? スカティじゃない。彼はチャーイハートさんの岩石に封印されているはずだから)
言葉を失うプリアのもとへと、その何者かが近づいてくる。
かたちは人間の女のようだ。スカティと同様、なにも身にまとっていない。
黒に近い青緑の長い髪に、赤い瞳を持っている。
スカティと並んでも見劣りしない美貌がプリアの視界に映る。
怖くなってプリアは尻餅をついた。
「ア、アナタは……どちらさまですかっ」
「小娘が。察することもできないとはな」
その声は麗しすぎた。
甘い毒のような声音だった。
「――私もウィマーンだ」
もしプリアがフルンフリンのドーデック(ด)の力を知っていたら、マンゴーンの体はハリボテであり胃に潜んでいたこの女性こそがウィマーンの本体なのかと疑っただろうが……。
彼女の正体は、少し違う。
「二色のウィンヤーンを持つ女が旦那さまの前で口にした言葉をおまえも聞いていたはずだ」
「チャーイハートさんが……?」
女の言う「旦那さま」がスカティのことであるとプリアは察してしまったが、まだ相手がなにを言いたいのか分からない。
右手を伸ばして女は胃液のなかからプリアの左足首をつかんだ。
「私の肉体は、二体のマンゴーンの体を合わせてできている。ただ、魂と魂をくっつける際ピッタリ合わなかった箇所があった。その余分な箇所を削り取ってそれらの破片を寄せ集め、新たに再構築した魂の『飛び地』がこのウィマーンだ」
「魂の、飛び地……っ?」
「もっと分かりやすく言う必要があるか」
手を振り払おうともがくプリアの右足首も女はつかむ。
「この体は、スーンによって生み落とされたということだ」
次回「164.【ร】船のロー・プリア【その5】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ドン(ดง)→密林
チャウム(ชอุ่ม)→青々とした
テー(แต่)→しかし
サーイ(สาย)→遅れている
サイ(ไส้)→腸
ディアン(เดี้ยง)→くたばる




