150.第九の数字(๙)【中編】
「ナーグルアはリアンゲをかかえたまま合図があるまで待機」
そんなチャーイハートの命令を聞いたナーグルアが、ニウフアメーからリアンゲの頭部を預かる。
指示は間断なく続く。
「ヒマとプリアとサラサルアイとキアは対象をこの通路にとどめろ。やはり合図があるまで攻撃するな」
ここで言う「対象」とは、眼下で大口をあけている巨大トカゲザメのことだ。
「ニウフアメー・エーン・アーティット・クマリーは拙と共に来い」
腰の円盤を収縮させ、チャーイハートが落下する。
「なかに入るぞ」
みずから巨大トカゲザメの口に突っ込む。
一方、ヒマは水の天井にジャンプする。
「ヒマはサメの上と右側面を固めるから、プリアは下と左側面をお願い!」
「うん……っ!」
プリアさんは小型のルアダムナームを呼び出して即座に乗り込み、水のゆかに沈んだ。
さらにサラサがサメの前面に、キアが後背に移動する。
巨大トカゲザメは通路からはみ出しそうなほどの巨躯だったが、二人ともまったくひるんでいない。
俺やクマリーはチャーイハートに続き、口内への侵入を試みる。
そのとき、大きなあごが閉じようとした。
鋭い歯列が迫るなか、サバサバした詠唱が差し挟まれる。
「グラドゥーク」
すると巨大な白い骨がエーンのタコから生えてきた。
それが左右に伸び、つっかえ棒のようにあごの動きをとめる。
骨はすぐに砕けたものの、おかげでニウフアメーも俺もクマリーもトカゲザメの体内に侵入できた。
ついでエーンのタコが発光を始める。
タコの光を頼りに進むと、胃袋らしき場所にたどりついた。
ちょっとした池と同等の広さを持つ空間が、きれいな真水で満たされている。
タハーン・グラジョームと同じで見た目以上に容量がある。
ニウフアメーが俺の肩をたたく。
「クマリーとアーガートを貸して。これから魔力を練るから守って」
すぐに俺はコウモリの姿をした空の兵隊を出現させた。
アーガートはニウフアメーをかかえて胃袋の中心で滞空する。
そばに控えたクマリーも指示を受け、ニウフアメー(นิ้วหัวแม่)という名前を宙に書く。
ニウフアメーの体から青い光が生じ、彼女の集中力が高められる。
そして胃袋の池がゴボゴボと音を立てた。
直後、水がトカゲザメの姿をかたどる。
通常サイズかつ真水のトカゲザメのようだが凶暴性は健在のようで、四方からニウフアメーとクマリーに襲いかかろうとする。
チャーイハートが腰の円盤でトカゲザメを切断し、エーンがタコの五本足を伸ばしてサメの体を締め上げる。
俺はシャチ姿のルアにまたがりながら剣を引っ張り出し、小声で唱え続けた。
「タットカート、タットカート、タットカート……」
水面をジグザグにすべる。
次から次へと発生するトカゲザメを斬りつけ、真水に戻していく。
ここでニウフアメーが両手を鳴らした。
「今度はヨーイン(ญ)をお願い」
「はいっ!」
クマリーが宙に、ニウフアメーの保有する文字をしるす。
ニウフアメーの体から赤い光があふれる。
「パヤート」
同時に、ニウフアメーの白いブラウスと黒いスカートとフェイクタイツと赤黒い靴が粒子状に溶けて上下左右前後の全方位に発射された。
肉眼ではほとんど捉えられなかったものの、粒子の色は赤っぽかったと思う。
しかも俺たちの体をすり抜けた。至近距離で衝撃を受けたためかアーガートは消失していた。
それを見たチャーイハートが鐘のイヤリングにンゴーングー(ง)を書いてリアンゲに連絡を入れる。
「拙たちが出たらほかの四人に合図を送れ。ナーグルアも聞こえているな。そのあと、水の体を気体に分解しろ」
腰の円盤を高速回転させて胃袋の壁面を突き破る。
エーンはニウフアメーを、俺はクマリーをかかえてその隙間から外に脱出した。
脇腹から出た俺たちを視認したリアンゲが、目を見ひらいて大声を上げた。
それが合図となる。
すでに指示を了解しているようで、巨大トカゲザメを囲んでいた四人が即座に動く。
サラサが左手に頭突きを入れ、キアが右足にサーベルを当て、ヒマが右手に蹴りを食らわせ、プリアさんが左足に食虫植物を撃ち込む。
急所である四肢の根もとを正確にねらい、全員が一撃で巨大トカゲザメの手足をもぎ取った。
ナーグルアが、右手に持った棍棒を振り上げる。
「ホ」
短すぎる詠唱と共に生まれた風圧は――。
トカゲザメの本体のみならず、ちぎれた四肢の先端までをことごとく気化させた。
つまり液体がバラバラにされて気体になったということだ。
水の通路自体も大きくえぐれたものの、俺たちにケガはない。
先ほどまでトカゲザメの姿をとっていた気体には、赤い色がついている。
しかしこのままだと、また巨大トカゲザメが真水となって凝集し、復活するだけだ。
えぐれた水の地面に降り立ち、チャーイハートが唱える。
「グロンカン」
広くなった空洞に灰色の岩が無数に出現し、赤い気体を取り囲む。
赤い気体を封じ込めながら岩同士がくっつき合う。
最終的にすべての気体を封印したあとひし形の塊となり、水のゆかにバシャリと落ちた。
そして、えぐれていた通路に水が流入し、もとの通路として復活した。
天井からゆかまでをつらぬいて墓標のように立つ灰色の巨大岩石――その表面をなでつつ、チャーイハートが断言する。
「拙が封印をとかん限り、これはもとに戻れん」
休息の時間を確保しながら、まだ事情を飲み込めない俺たちに説明をおこなう。
「まずニウフアメーが魔力によって文字のエネルギーを服に織り込み、それを対象の内側から放出してくれた。対象の水の粒一つ一つに、文字のエネルギーの宿った粒子を付着させたのだ。これで対象はニウフアメーに乗っ取られたも同然になり、自己を失った」
説明を聞くと飲み込めてきたが、どうやらチャーイハートの策の根幹は、水で構成される巨大トカゲザメを二度と凝集させないことにあったらしい。
「次にナーグルアが対象をまとめてバラバラにしたのち、最後は拙が岩で完全に封じたわけだ。水の粒同士が接触しないよう、それらを孤立させる要領で岩の隙間一つ一つに粒を押し込んだ。ゆえに、もう対象は――巨大トカゲザメは行動不能。すでに脅威にあらず。無論……ニウフアメーを援助してくれたエーン・クマリー・アーティット、トカゲザメを空洞にとどめて気化させやすい状況を保持したうえで四肢を落としたプリア・ヒマ・キア・サラサルアイにも感謝する。ジャストタイミングで合図をしてくれたリアンゲもよくやったぞー」
最後は少々ゆるめに言ったあと、チャーイハートが手を合わせて深々と礼をする。
「ขอบคุณทุกคน(コープクン・トゥックコン)〔ありがとうキサマら〕」
「こちらこそ、フアナー(リーダー)」
俺たちは礼を返した。
全員に適確な指示を出したうえで最後にトカゲザメを封印したチャーイハートの功績がもっとも大きい。彼女がいなければ、永遠に復活する巨大トカゲザメに俺たちは翻弄されるしかなかっただろう。
……ふと見ると、戦闘が終わったのでニウフアメーがナーグルアからリアンゲの頭部を返してもらっている。
ニウフアメーの服は靴に至るまですべてなくなってしまっているものの、足首まで届く螺旋状の冥色の髪がその身に巻きつき、服の代替として機能していた。
次回「151.第九の数字(๙)【後編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
グラドゥーク(กระดูก)→骨
パヤート(พยาธิ)→寄生虫
ホ(เหาะ)→浮く
グロンカン(กรงขัง)→牢屋
トゥックコン(ทุกคน)→みんな
フアナー(หัวหน้า)→リーダー




