149.第九の数字(๙)【前編】
あらためて俺たち十一人はスカティの眠るゴ・ナーム最深部へと歩を進める。
ニウフアメーの誘導にかかった数字の精霊がやってくるのを見越して、あえてプリアさんの潜水艦やエーンのタコには乗らずゆっくりと水の通路を歩いた。
しかし一つ下の層に移動したところで、水の天井から大量の真水が落ちてきた。
頭上からトカゲザメが降ってきたのだ。
これまで遭遇した個体よりも巨大である。
鍾乳洞を思わせる口内がひらき、俺たち全員をまとめて食らおうとした。
直後、四肢の先まで爆散してただの水となる。
ナーグルアが棍棒をちょっと突き上げて歯の一本に当てただけで巨大トカゲザメのすべてが真水のシャワーとなって俺たちに降りそそいだ。
「みなさま、ケガはございませんか」
おしとやかな声を響かせながら、ナーグルアが白すみれ色の瞳を細めてみんなを見る。
俺たちは彼女に感謝しつつ、それぞれ自分の無事を伝えた。
ほかに敵の襲撃がないか確かめたのち、俺は疑問を口にする。
「なんでいきなりトカゲザメと遭遇したんだろうな。ゴ・ナームに入ってからトカゲザメは一匹も見かけなかったのに」
「不可解なことはもう一つあるぞ、アーティット」
チャーイハートが濡れた右手の平をなめる。
「先ほどの巨大トカゲザメは、ゴ・ナームと同じく真水でできている」
「นั่นแปลกด้วยแน่นะ(ナン・プレーク・ドゥアイ・ネー・ナ)〔確かにそれもおかしいな〕」
俺も指先の水に舌を這わせた。
「トカゲザメの体は海水で形成されていたはずだ。さっきの個体だけ真水というのも変な話。巨体だから塩分濃度が低くなっているだけだろうか。サラサ、分かるか」
「アーティ。これは正真正銘の真水だぜ」
サラサルアイは四つん這いのまま舌を出し、いまだに降り続けているシャワーを受けとめていた。
「しかもゴ・ナームのもとになっている真水に似てけっこうアロイときてやがる」
「ウィマーンさんの仲間のピーって線はないの? また数字のピーのもとに誘導しようとしてたとか」
シャワーがやんだタイミングでヒマが言った。
それに対してキアが水のゆかや天井に警戒の目を向けつつ、言葉をかぶせる。
「仲間の可能性はある。だが誘導を図るにしては殺意が高すぎだ」
「そ、そっか、キアの言うとおりだね。じゃあ殺意マシマシの巨大トカゲザメをよこしたってことでウィマーンさんは敵で確定ってこと?」
直後、ヒマは首を横に振る。
「いやいや、そうとは限らないかあ。ジェオかマリのピーかもしれないよね」
「スカティを解放するのに必要なピーを連れるわれわれを抹殺するメリットがウィマーンにはないように思われるからな」
「ヒマ的にはなんとも言えないけど……クマリーはさっきのトカゲザメは誰のピーだと思う?」
「雰囲気はウィマーンさんに一番近いような気がするっ! あと、野生のピーって感じもしないよ~」
この場にいる十一人のなかでピーであるのはクマリーだけだ。
だからこそ同じピーとして、巨大トカゲザメに対して俺たちには分からないなにかを感じ取った可能性がある。
さらにプリアさんが肩を震わせて意見を述べる。
「ワ、ワタシもさっきのヤツはウィマーンが仕向けたんだと思う……っ。自分の力に絶対的な自信を持っているジェオや、気味悪いピーとすでに一心同体って感じのマリとはイメージが合わないし……」
「ふ~ん」
ニウフアメーがプリアさんに近寄る。
「確かプリアちゃんはヒマちゃんとアーティットくんと一緒にマリとも直接会っているんだったね」
「……そうですよ魔女さん」
「ウィマーンがわたしたちに巨大トカゲザメを差し向けたとしたら、その理由はなんだか分かる? プリアちゃん」
「決まってますよ。集めるべき数字が十個なのに対してワタシたちの数が十一だからです……」
「なるほど。ロールア(ร)は、相手にこういう意図があると考えているのかい。つまり」
リアンゲの目がにぶく光った。
「――わたしたちと敵対する前にウィマーンがこちらの戦力を削ろうとしていると。文字保有者一人につき数字のピー一体がつくということで棺桶をあけるには十人は必要だが、それを超す人数は余計であるため、超過分を今のうちに始末していたほうがウィマーン側にとっては安全だ。さきのトカゲザメとウィマーンを結びつける証拠がない以上、わたしたちに一方的に糾弾されても言いのがれは可能だしね」
「さすがリアンゲさん……ワタシの言いたいことをかなりスラスラと言い当てましたね」
ついでリアンゲから目を離し、足を小刻みに動かしながらプリアさんがチャーイハートにいぶかしげな視線を向ける。
おそらく、みんなに対して移動の指示を出さないリーダーに違和感を覚えているのだろう。
先ほど襲われた場所にとどまって話し続けるのは確かにリスキーにも見える。
ここでチャーイハートが身を沈めてさけんだ。
「全員跳べ」
チャーイハートと最初から宙に浮いているクマリー以外の九人が一斉に跳躍する。
プリアさんもその場でとっさにジャンプした。
同時にチャーイハートは腰の円盤を膨張させた。
間髪をいれずチャーイハートも跳び上がり、円盤に全員の足裏を接触させる。
現在、足場となった灰色の円盤は半透明になっており、真下の様子がよく分かる。
水のなかにうねりが生じる。
巨大なうねりはトカゲザメの姿をかたどり、再び俺たちに鋭い歯列をむき出した。
そのままチャーイハートの円盤よりも大きくあごをひらき、また俺たちを丸飲みにしようとする。
だが、あごの動きはとまる。
ぼたん雪の姿をした雪の兵隊に、このトカゲザメを凍結させるよう俺が命令したからだ。
トカゲザメは水からかたちづくられる――これについてはギンガー海域に入る前に確認していたことだ。
水になったあと復活する可能性もあった。通常の個体は即座に復活しないようだが、この真水でできた巨大トカゲザメに関しては別格ということで、すぐもとに戻るかもしれないと予測できた。
だから俺たちは巨大トカゲザメの特質を見極めるべく、現状確認のついでにこの場にとどまっていたわけだ。
(ウィマーンと巨大トカゲザメとを結びつける証拠がない以上、意図的にウィマーンの仲間を傷つけようとしたのではとスカティ側に糾弾されても言いのがれできるしな)
もし巨大トカゲザメがすぐに復活するのであれば、ウィマーン側の戦力を削るためにも今のうちに対処しておく必要がある。
案の定、巨大トカゲザメはほとんど間を置かずにもとの姿を取り戻し、俺たちを襲った。
そしてトカゲザメを凍結させている氷にヒビが入る。その亀裂が広がっていく。
「もう一度全員聞け。今より」
自身にまとわりついた氷を自力で砕くサメを見下ろし、チャーイハートが明確な指示を出した。
「このトカゲザメを行動不能にする」
次回「150.第九の数字(๙)【中編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ナン(นั่น)→それ
プレーク(แปลก)→変だ
ドゥアイ(ด้วย)→○○も
ネー(แน่)→確かに
ナ(นะ)→○○だな




