147.第八の数字(๘)【前編】
エーンに借りた水着に着替えたあと、俺はチャーイハートたちと再合流する旨をみんなに伝えた。
「集めるべき数字の精霊はあと三体。でもスカティの棺桶をあけるには十体必要。だからまずは十一人チームを再結成し、それぞれの文字保有者に取りついた数字のピーをまとめることにする」
ついで俺はプリアさんに視線をやる。
「プリア。みんなを運んでもらえるか」
「は、はいっ」
「コープクン」
これまでの探索により、ゴ・ナーム内部に延びる通路の構造はほとんど明らかになっている。
その構造が分かっている以上、プリアさんの潜水艦で水中を進めば大幅に移動の時間を短縮できる。
* *
再合流地点は、ジェオたちが島に入る際に使ったとおぼしき横穴だ。
俺たちが最初に見つけた横穴のちょうど反対側の島の側面に位置している。
ナーグルアが俺の班にいた段階で、チャーイハートたちはその横穴を見つけていた。
班のメンバーを交換してゴ・ナームの上層を探索した際、俺たちもその場所の把握を済ませている。
プリアさんはみんなを室内に入れたうえでルアダムナームを操縦し、合流地点へと斜めに浮上していく。
潜望鏡につながる筒の先端をのぞき込みながら、プリアさんが誰にともなくつぶやいた。
「でも通路の位置や部屋の場所ってずっと変わらないんですかね。ゴ・ナームはすべて水でできてるんでしょう? これを作ったっぽいウィマーンさんが念じれば一発で配置を入れ替えることができるんじゃないですか……」
「いや、ロールア(ร)」
疑問に答えたのはキアだった。
「ウィマーンがゴ・ナームの構造を変えることはない」
「……キアさん。なんで断言できるんです」
「状況がそれを物語っているからだ。そもそもウィマーンがゴ・ナームを作り上げたのは誰のためだ」
「そりゃ棺桶に入って動くこともできない婚約者のスカティさんのためでしょう」
「ナンレ(そうだ)……だがスカティを守るためならば、ゴ・ナームに通路を作っているのは不自然ではないか。害意を持つ者が通路から侵入してくるリスクがあるのだから」
「確かに……。おまけに横穴まであけちゃってますし変ですね」
「つまり通路はわれわれのためではなくスカティの脱出用に設けられたものであり、構造が迷路状になっているのは侵入者対策ということだ」
なめらかなキアの説明にプリアさんが緊張して聞き入っている。
「とはいえウィマーンが通路をいつでも自由に作り替えられるなら、最初から通路も横穴も作らず、スカティが復活してからそれらを設けたほうが防衛上安全だ。それをしないのは、一度作り上げたゴ・ナームの構造をウィマーン自身も安易に変更できないからだと思われる」
「……ならスカティさんが棺桶から出たあとでゴ・ナームをすべて壊して……もう一度水の島を組み上げればいいんじゃないですか」
「その場合、スカティが水に押し潰される。棺桶のピーに封印されたままならば水圧に耐えられるだろうが、生身では対処のしようがない」
「でもウィマーンさんにワタシたちと敵対する意思がある場合はどうです……?」
プリアさんは潜望鏡をのぞき込むのに集中しながらキアに指摘を入れる。
「ワタシがウィマーンさんだったら婚約者が安全な棺桶に収納されている今こそ、ゴ・ナームのすべてをぶっ壊すでしょう。通路を一から作り替えて敵方をかく乱しつつ、あわよくば島が崩壊するときの水圧で文字保有者たちを潰しますよ……っ」
「貴様もなかなか頭が回るな。だがウィマーンは分かっているのだ。現時点でウィマーンが敵対行動を見せた場合、われわれもウィマーンとスカティを即座に敵と断定する。わざわざ数字のピーを集めて棺桶をあける理由もなくなる。ウィマーンが本当にスカティの婚約者であるならば、それは回避すべき展開だ」
「だけど敵対行動って言えば……さっきウィマーンさんが攻撃してきましたよね……っ」
「あの程度ではウィマーンたちを敵と断定することはできない。事実、われわれはウィマーンによって一人もケガを負っていないし、その誘導のおかげで数字のピーを発見することもできた」
ルアダムナームは傷つけられたが、人的被害が出ていないのも確かだ。
「よって向こうの善意を想定することも可能ではある。ウィマーンはわれわれにスカティを見捨てる口実を与えないよう慎重に行動している。先ほどの乱暴な襲撃やロージュラー(ฬ)の味覚言語への無反応はウィマーン自身の知性を隠すために実行されたことでもあるとわれは考えているが……絶妙にこちらの疑念を確定させない動きは大したものだな」
「……ようするに、今のところウィマーンさんがゴ・ナームの通路の配置換えをおこなう下地は整っていないというわけですね」
「ナンレ。だが不可解な点もある。おそらくリアンゲの、ンゴーングー(ง)の縄はウィマーンとスカティに加えて数字のピーも捕らえていたはずだ。だがリアンゲが一度死んだあと、なぜかウィマーンは数字のピーを逃がしているようだ。単純に数字のピーがスカティの棺桶をあける鍵であれば、一本道の通路を持つゴ・ナームを作成して数字のピーが逃げるのを防げばよかった。通路一つぶんを自分の体でふさいでおいてそのあとスカティをそこから出せばいいわけだ。にもかかわらずウィマーンは、まるで数字のピーが外に出てわれわれ文字保有者と接触するのを望んでいるかのように通路を開放し続けている」
「はあ、なんか不気味ですね。丁寧に教えてくださりありがとうございます……」
プリアさんは礼を言ったあとも、しばらくキアのほうを気にしていた。
片目だけの視線をチラチラ向けてくるプリアさんにキアが鋭い視線を向ける。
「なんだロールア(ร)」
「……あ、いや」
言いよどみ、プリアさんが目を泳がす。
「なんというかキアさんってホーノックフーク(ฮ)のそばに黙って付き従うクールな暗殺者ってイメージがあったから意外というか……『われは余計なことは考えない。ホーノックフークの命令をただ聞くだけ』って感じのタイプかと思ってたんです。でも実は頭もメッチャよかったんですね。……あ、別にこれは変な意味じゃなくて……っ」
「気にすることはない。暗殺者は物事に対して一定の状況判断力を求められる一方で、普段は自分の判断したことを軽々しく開示すべきではないからな」
「だったらなんでワタシにいろいろ教えてくれたんです……?」
「貴様がずっと萎縮していたからだ」
「す、すみま……っ」
「謝るのはわれのほうかもしれない」
ネズミ色の手袋を引っ張りながらキアが言う。
「ひょっとしてわれに愛想がなく、しかも目つきが悪いせいでわれは貴様を怖がらせていたのではないか? この状況をなんとかしようと思って、われはロールアと距離を縮める機会をずっとうかがっていたのだが」
「いえ、ワタシが挙動不審なのはキアさんのせいじゃなくてワタシ自身の根性がねじ曲がっているからです……」
「われはそうは思わない。少なくともわれも貴様への認識を変えた。ロールア(ร)、貴様は勇気があるのだな」
「へ……?」
「物事に対して物怖じせずに向き合う強さを持っているということだ」
そのときのキアの態度は、いつもの彼女とは違って比較的やわらかかった。
護衛対象のホーノックフーク(ฮ)から離れて数日が経過したことにより、いい具合にリラックスできているのかもしれない。
* *
合流地点では、すでにチャーイハートたちが待っていた。
外に近い場所なので、海上から青い霧が少しだけ流れ込んでくる。
チャーイハートは腰の円盤を通常サイズに戻していた。
あらためて互いに情報を共有する。
チャーイハート・ニウフアメー・リアンゲ・ナーグルアの四人はギンガー海域全体の探索をすでに終えたとのことだ。
「――このように拙たちは、ギンガー海域で暴れているくだんのピーと接触することはなかった。したがって今後はキサマたちの遭遇したウィマーンをとくに注視しなければならん」
「話を聞く限りの印象を教えてほしいんだけど、チャーイハートたちはウィマーンとスカティが敵だと思うか」
俺がそんな質問をすると、四人はそれぞれ似たような答えを返した。
「拙としては敵である可能性のほうが高いと思う」
「わたしも信用できないかな。間違っていたら殺されていたかもしれないよね」
「疑いたくないが、現状あやしい点が多すぎるんじゃないかね」
「むしろ味方でないほうがうれしいですわ。思いきりケンカできそうですもの」
「……俺も疑うに越したことはないと考える。警戒せずに敵対することになった場合こちらに被害が出るからな。もし俺たちの勘違いであれば、そのときに疑念をとけばいいし」
「まさしくキサマの言うとおりだ。ともあれ数字のピーを共に捜すぞ」
それからチャーイハートは外に続く横穴のほうへと振り返り、唱える。
「ナーパー」
すると灰色の石壁が降ってきて出入り口をふさいだ。
「これでジェオとマリは脱出しにくくなる。当初は外側から押さえる予定だったが今は全員でゴ・ナームの探索に専念すべきゆえ、内側から鍵をかけさせてもらった」
次回「148.第八の数字(๘)【後編】」に続く!(7月25日(土)19時から23時59分のあいだに更新)
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ナーパー(หน้าผา)→崖




