145.第七の数字(๗)【中編】
ラーンソンの青年・スカティのいる最下層をあとにした俺たちは、数字の精霊を求めてゴ・ナーム内部の探索を再開する。
「スカティが入っている棺桶をあけるには数字のピーが十体必要だ」
通路を進みつつ、俺はみんなと状況を確認する。
「俺たちの班が手に入れた数字のピーは二のソーン(๒)、三のサーム(๓)、六のホック(๖)。別行動のチャーイハート班には四のシー(๔)、五のハー(๕)、八のペート(๘)がいる。チャーイハートたちとは再合流するとして……残りの数字はゼロのスーン(๐)、一のヌン(๑)、七のジェット(๗)、九のガーオ(๙)」
クマリー、キア、ヒマのまわりを飛ぶソーン、サーム、ホックに視線をやって続ける。
「この四体を捜し出して数字のピーをコンプリートしたうえでスカティを棺桶から出すことができれば、彼の婚約者である竜のウィマーンがスカティを守るためにこの海域で暴れる理由はなくなる。ギンガー海域はもとどおりになり、トカゲザメたちも別の海域から戻ってきて一件落着だ」
「まー、そんな流れなのは分かったけどよ、ジェオとマリはどうすんだ?」
俺の左隣を四つ足でバシャバシャ進みながらサラサルアイが問うた。
鼻をひくつかせる彼を横目で見て俺は答える。
「ジェオとマリが本当に観光客であれば干渉する必要はない。そして二人がヨムの協力者なら、スカティとウィマーンを仲間に引き込もうと考えているはずだ。その場合、俺たちが数字のピーを十体集めて棺桶をあけたタイミングで向こうは仕掛けてくるだろう。じゃないと、数字のピーをこちらに渡した意味がなくなるからな」
「となると、それまでジェオマリは静観を決め込むかもしんねえか」
「俺もサラサと同じ考えだ。ジェオとマリがこれまで俺たちに接触してきたのは数字のピーをさりげなく譲渡するため。シー(๔)だけでなくホック(๖)もそうやって俺たちのもとに移されたと見ていい。さらにジェオマリは自分たちの狂的な部分をあえて強調することで、数字のピーを利用しようとしている自分たちのもくろみをごまかそうともしていた。だが俺たちがスカティの存在を知ったと向こうが察知したとすれば、もはやねらいを隠すことはできない。かく乱よりもしばらく潜伏を続けるのが最善になる」
「そのせいでジェオマリのにおいの痕跡も追いにくくなったわけか」
「คิดว่า(キットワー)〔たぶんそう〕」
「まあここまできたら十中八九ヨムが関わってやがるよな。ジェオマリも棺桶のなかにスカティがいるって知ってるからこそ数字のピーをおれらに預けたんだろうが、そもそも黒幕のヨムがスカティと知り合いだったとすればつじつまが合うんじゃね」
「……言われてみれば、合うな」
たとえばスカティはギンガー海域を根城にしていて棺桶のピーやウィマーンとも親しいのだとヨムが事前に承知していたなら、ジェオとマリにも指示を出しやすかっただろう。
「ありがとうサラサ。君は本当に肝心なことに気づいてくれる人だ」
「おれはおまえの頼れる戦友でいてえからな」
サラサがしっぽを振る。
スカティと別れたあと、サラサもエーンに水着を借りて着替えていた。
ほかのみんなが一人ずつ水着になっているので自分も着替えたくなったとのことだ。
エーンもキアもクマリーもヒマもプリアさんも水着なので、いまだにこの班で水着でないのはとうとう俺だけになってしまった。
どうもエーンはサラサ用の水着を事前に用意していたようで、その水着には栗毛のしっぽがついている。
そんなしっぽをさらにサラサが震わせる。
「おまえら、後ろからなにか来てんぞッ」
モーマー(ม)の字を持つサラサルアイは振り返らなくてもほとんど三百六十度を見渡すことができる。
いち早くキアが飛び出したが、相手の姿を視認してサーベルを引っ込めた。
「……貴様ら、今は不用意に攻撃しないほうがいい」
後方から迫りくるのは、二つの手である。
青い鱗で覆われた右手と緑の鱗をまとった左手だ。
高さは三メート以上あり、鋭い爪も人間のそれではない。
水の地面を裂いてしぶきを立てながら肉迫してくる。
(青と緑の鱗。……ギンガー海域で暴れていたピーか。マンゴーンのウィマーンの手なんだろうけど、キアの言うとおり攻撃はできないな。婚約者のウィマーンを傷つけたら、理由にかかわらずスカティは激怒するはずだ。そうなればスカティとウィマーンが俺たちから離れてヨムの仲間になる可能性が高くなる)
ウィマーンはスカティと話す俺たちを見ていたのだろうか。
(だからこのタイミングで接触しようと思ったのか……? いや、それなら俺たちがスカティと一緒にいるときに姿を見せればよかったはずだ。スカティと婚約しているということはウィマーンにも人以上の知性があるんだろうけど、もしかしてウィマーンもスカティと一緒で――)
水しぶきが泡を立てているため、二つの手の下がどういう状況かは不明である。
武器も構えず、俺はウィマーンのものとおぼしき手に声をかけるしかなかった。
「すみません、もしかしてあなたはウィマーンさんではありませんか。ウィマーンさんのことはスカティさんからうかが」
「っぶねえぞ、ふぁあふぃ!」
サラサが俺の胴衣の襟首を噛み、後退した。
俺の鼻先すれすれを、鋭い爪が通過する。
「助かった、サラサ」
ちなみに俺のそばにはクマリーが飛んでいたが、爪も手も彼女をまったくねらわなかった。
(しかし問答無用で攻撃してくるとは。さすがに反撃するか。いやダメだ。今のままじゃいくら正当防衛を主張しても確実にスカティを敵に回す。……それとも、ウィマーンにはこっちの声が聞こえていないのか。水中に耳を沈めているならありえない話じゃない)
二つの手は容赦なく振り回され、俺たちに危害を加えようとしている。
サラサの背中に乗ったまま、俺はエーンのほうを見た。
「君のからあげを送り込んで、その味覚言語によって敵意がないことを伝えられないか」
「ウチもさっきから顔の座標を特定しようとしてるんだけど、なかなか捕捉できない状況」
水中にもぐって特定するしかなさそうだ。
エーンと組むのにもっとも適しているのは――。
「プリア。潜水艦にエーンを乗せて相手の頭部を探してくれ」
「えっ」
「よろしくプリちゃん!」
「エーンさん……わ、分かりましたっ」
うなずいたプリアさんは指先を噛み、血を一滴だけ垂らした。
「ルア・ルアット」
血は膨らみ、赤茶色の木造潜水艦となった。
上部のハッチをひらいてプリアさんがエーンをなかに招き入れる。
潜水艦には潜望鏡がついているので外の様子も問題なく把握できる。
プリアさんとエーンがハッチを閉めるまでのあいだ、俺とサラサとキアとヒマはウィマーンの手を引きつけていた。
そして潜水艦が水の地面にもぐったところで俺は追加の指示を出す。
「クマリー、君はプリアの名前を書いて集中力を高めてやってくれ。サラサとキアはこの場所で二つの手を牽制してほしい。ヒマと俺は水中にもぐって、ウィマーンのほかの攻撃を引きつける。ただし全員、反撃はしないこと」
「ラップサープ!」
四人は即座に返事をした。
プリア(เพลีย)という名前をクマリーが宙にしるす。これでプリアさんの体から青い光が生じると共に、力が外側から静かに貼りついてくるようになる。
俺はヒマと同時に潜水の体勢に入った。
水の地面をそのまま踏んでもなかなか体は沈まないものの、勢いよく飛び込めば簡単に貫通できる。
シャチ姿の海の兵隊を呼び、ウィマーンの全容を確かめる。
水の通路に突き出した手に接続するかたちで長い胴体が延びている。
右半身の鱗は青く、左半身は緑のようだ。
(しかも手は一対だけじゃないな)
ルアを潜水艦のほうに泳がせ、水中の手を俺のほうに引きつける。
どうやらウィマーンはえびぞりのような体勢でいるらしい。
(思った以上に大きい。でもプリアさんの潜水艦が頭部に近づいている。もうすぐエーンのジュラートートを使えるようになる)
ロージュラー(ฬ)の力によって口内に出現するからあげ自体は本物ではないので、ウィマーンの食生活のタブーを犯す心配はない。
だが……しばらく時間が経過してもウィマーンの攻勢がやむ様子は見られなかった。
(敵意がないことを味覚言語で伝えても、ウィマーンはそれを聞き入れなかったということか)
赤茶の潜水艦が方向転換し、斜めに上昇していく。
ついで潜望鏡から緑色の玉が発射された。
それはすぐにひらき、ハスの葉となって俺とルアをくるんだ。
俺はルアに消えるよう命じる。
そのゴワゴワした感触には覚えがあった。
間もなく葉が放射状にひらく。
赤茶の木材で囲まれた部屋に俺はいた。
プリアさんのルアダムナームのなかである。
さらにクシャクシャに丸めた緑の玉が四個、室内に落ちてきた。
それらも放射状に裂け、ヒマ・キア・サラサ・クマリーの四人がなかから姿を現す。
数字のピー三体も一緒のようだ。
前に引きずり込まれたときよりも、部屋は大きくなっている。
部屋のはしにイスがある。
そこにプリアさんが座って、天井から垂れ下がる筒の先端をのぞき込んでいた。潜望鏡越しに外の様子を確認しているのだろう。
左隣に立つエーンは、左手にタコのヒモをまとめた棒を、右手にヒマと作成した地図を持っている。
地図はゴ・ナームの通路を示しているわけだが、通路の空洞以外はすべて水なのでそのまま潜水艦の航路図としても使用できることになる。
「プリア、ありがとう」
俺たちは、ハスの葉を飛ばして艦内に招いてくれたプリアさんに礼を言った。
エーンが首だけを動かして俺たちのほうを見る。
「ウィマーンさんの顔の座標を特定したあと、スカティさんと話したことも伝えたうえで敵意がないことを知らせたんだけど、ウィマーンさんの態度は変わらなかったよ」
「……さすがにおかしいな」
俺はまばたきしながら首をかしげた。
「もしかして人の言葉が通じないんだろうか」
「いや、ウチの味覚言語は音声を用いたものじゃない。いわば魂に直接その言語体系を理解させるものなんよ。だからウィマーンさんも意味は分かったはず」
「そそそ、それよりもう逃げるの無理なんですけど……っ!」
プリアさんの慌てぶりから察するに、ウィマーンはかなり速いらしい。
俺たち全員が艦内に入ったため、ウィマーンも潜水艦だけに集中して追跡できるようになったということか。
「いったん俺を外に出してくれプリア。相手の注意を分散させ」
言葉の途中で、潜水艦に激しい衝撃が走った。
部屋の右側がへこみ、水が噴き出す。
「すみませんよけられませんでしたあ……! コ、コナゴナに粉砕される……っ」
言いながらもプリアさんはハスの葉を俺のまわりに呼び出してすぐにくるみなおしてくれた。
再び葉がひらいたとき、俺は潜水艦のそばの水中に浮かんでいた。
ウィマーンの爪が即座に振り下ろされる。
ルアも間に合わなそうだったものの、俺を背中に乗せた「彼」が泳いで攻撃をかわしてくれた。
先ほどの葉っぱが完全にくるまれる前にサラサルアイがそのなかに飛び込んで俺と共に水中に移動していたのだ。
「【ม】モーマー・サラサルアイ、つかさどる字は馬のモー」
水中なので聞き取ることはできないが、彼の口からゴボゴボと出る泡だけで俺はその言葉を理解した。
「水着に着替えといてよかったぜ。じゃ、しっかりつかまってろよアーティ!」
次回「146.第七の数字(๗)【後編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
キットワー(คิดว่า)→たぶん




