143.第六の数字(๖)【後編】
数字の精霊はいずれも文字保有者たちに引き寄せられている。
ソーン(๒)はクマリーに、サーム(๓)はキアに、シー(๔)はナーグルアに、ハー(๕)はリアンゲに。そしてヒマにも新たなかたち(๖)のピーがついた。
一人につき一体のピーがなついているようだ。
文字保有者とは関係なく初めて会った人間になつくというわけでもないだろう。
もしそうなら、シーのピーはもとの所有者のジェオからナーグルアに乗り換えなかったはずだ。
また、数字のピーが文字保有者ではなく俺たちの刻んだ文字そのものに引き寄せられている可能性も考えたが、ピーたちがとくに文字に近づかず文字保有者のまわりを満遍なく飛んでいる様子を見るに、その可能性も否定される。
文字保有者は数字と似ている文字を持って動いているわけだから、同じく数字のかたちで動きまわるピーたちは俺たちを仲間と思って近づいているのだろうか。
仲間意識があるからこそ、ほかの数字のピーの交流を邪魔しないように「一人につき一体」というルールを遵守しているのかもしれない。
数字のピーと文字保有者との相性がいいのだとすれば、数字のピーを集めさせるのに俺たちは最適だろう。
「――でも文字保有者に数字のピーの収集を任せてジェオたちになんのメリットがあるんだろうな」
サラサ・キアと共に以上のことを確認した俺は最大の疑問を口にした。
首をひねってサラサルアイが答える。
「数字のピーが全員そろったら特別なことが起こるんじゃねえの?」
「たとえば合体したりするんだろうか」
「かもしんねえけど、対応する鍵穴に全員を入れたらひらく扉みたいなもんがあると考えるのが、一番自然だとおれは思うぜ」
「อ๋อ(オー)〔ああ〕……なるほど。ジェオかマリが扉をゴ・ナーム内部で見つけて数字の鍵穴にピーをはめるところまでは分かったものの、肝心の数字のピーが自分たちになつかないからひとまず俺たちに集めさせようとしている――とすればスジは通るな」
もちろん実際にあるのが扉とは限らない。
しかし少なくとも、数字のピーを必要とする「なにか」が存在しているという予測は当たっていると思う。
「そして『扉』の向こうにはどんなものが隠されているんだろうな」
「ジェオとマリがヨム側の人間であると仮定すると」
キアもしゃがみ、俺とサラサに視線をやる。
「彼らはまずわれわれとの戦力差を埋めたいと考えているはずだ。となれば扉の奥には、それなりのピーか人間が封印されているのではないか」
「そいつを仲間にしようとしていると?」
俺はうなずきながらも首をかしげる。
「ただ、その封印はリアンゲの縄とは無関係なんだろうな。もしかしたらギンガー海域に現れたマンゴーンらしきピーは、封印されたその扉を守るためにゴ・ナームを作ったのかも」
「きっとそうだぜアーティ。マンゴーンが最初に海域で暴れたのは封印に近づくトカゲザメたちを遠ざけるため。で、ある程度落ち着いてきたあとで水の島を作って封印の守りを固めたんだ。こう考えれば、おれたちが標的といまだにかち合っていない現状にも納得がいく」
サラサの言葉はおそらく正しい。
ギンガー海域制圧のためにも、そしてジェオ側の動きを牽制するためにも、ゴ・ナームの深奥を目指すのが最善だろう。
ここで俺はチャーイハートと通話して認識をすり合わせたあと、数字のピーをどうすべきかあらためて確認した。
「相手の思惑どおりに収集するのは問題かもしれないけど、俺はそれに乗っていいと考える。今の時点で俺たちがジェオやマリの思惑に気づいたと向こうに気づかれたくないし、うまくいけば『扉』の奥に眠る力をこちらが先に掌握できると思うからだ。君の意見は?」
『拙に異論はないぞ。それとつい先ほど、ニウフアメーがペート(๘)のピーになつかれた』
「八の数字か。今までは二、三、四、五、六と順番どおりに遭遇していたから意外だな」
『そのような規則性が本当にあるのならば、最初に会うのはスーン(๐)かヌン(๑)でないとおかしいのでは?』
「オー(ああ)……チャーイハートの言うとおりだよ」
鐘のイヤリングの舌をいじりつつ、俺は小さく息をつく。
「なんにせよ、あと四体の数字……スーン・ヌン・ジェット・ガーオともすぐに会えるだろう」
* *
エーンの五本足のタコは内部にものを収納できるらしく、プリアさんの脱いだ服もそのなかに収めていた。
「ハイッ!」
その詠唱と共に、タコ足の根もとの中心にできた壺のような口が閉じた。
プリアさんは水着に着替えてヒマとなにかを話している。
「ヒマ……さっきはありがと」
「もうだいじょうぶだよ、プリア」
「……ヒマはどうして強いの」
「強くないよ、ヒマは」
おだんごのないヒマはいつもよりおとなびて見える。
「そういうフリをしようとしてるだけ」
「なんのために」
「みんなの役に立つためかな。……いや、本当は自分のさみしさをまぎらわせるため」
「今回の作戦に参加したこと、後悔してない?」
「してないよ。死んじゃったはずのリアンゲさんとも話せたし」
「もしかしてヒマは、あのおと……スーンが死んだことも悲しんでる?」
「うん」
ヒマもプリアさんがスーンに無理やり文字を刻まれたことを知っているわけだが、あえて濁さずに答えたようだ。
「だってヒマにとってはスーンさん、優しいおじいちゃんだったから……っ」
ついでヒマは自分の過去を語ろうとしたが菜の花色の瞳を潤ませてポロポロ泣きだした。
思い出すのもつらいのだろう。
それに気づいたプリアさんは慌てて「無理に話さなくていい」と言葉をかぶせて謝った。
プリアさんはクマリーを呼んでヒマのそばに置いたあと、俺のほうにトボトボとやってきた。
そのときキアとサラサが俺たちから黙って離れた。
両手の指を揉み合わせ、おずおずとプリアさんが口をひらく。
「アーティットさん。今の話、聞いてましたよね……でもワタシはヒマみたいにみんなのためにがんばることができません……」
「俺も、そうかもしれないな」
「どこがですか。アーティットさん、むっちゃ仲間思いじゃないですか。さっきもヒマを迷わず助けてたし」
「実際のところ、俺の気持ちは純粋なものじゃない」
俺は水の壁に近寄り、その表面を軽くなでた。
「このあいだファに指摘されたよ。『誰かの世界を守る』といった俺の目的は分かりにくくて抽象的だって。具体的なビジョンを欠いているんだ。そんな中身のない自分の目的をごまかすために、文字保有者のみんなを分かりやすく『仲間』と見なして俺の行動のきっかけにしようとしている。つまり『仲間』という便利なものに寄っかかって、それを利用しているところが俺にはある」
「か、考えすぎじゃないんですか……ワタシが言えたことじゃないですけど」
「もともと俺は傭兵として育てられた。余計なことは考えるなと教育された。兵隊となって、ほとんど無目的で生きてきた。しいて言うなら戦うのは、稼いで食べるためでしかない。ジェオにやられてスーンからトータハーン(ท)の字をもらったあとも同じような感じだった」
スーンの名を出したのち、俺は少し言葉を切ったがプリアさんはうつむいている。
「……だからこそ使役できるようになったタハーンがなんの見返りも求めずに俺のために働くのを見て、その悪夢を見るようになったのかもしれないな。なんのために兵隊をやっているのか、本当に自分はこのままでいいのかと問われているようで怖くなったんだと思う。スーンが殺されているのを見つけてかたきうちにこだわったのも、中身のない俺自身の穴を埋めるのに都合のいい目標が舞い込んできたからなんだと今なら分かる。でも、もうそれも終わった」
「だとしても、アーティットさんたちがみんなのためにがんばっているのは事実ですよ……」
「コープクン、プリア。ただ俺は思うんだ。特別な動機や立派な目的、具体的な目標なんかなくても、人は前に進んでいいはずなんだ。その途中で新しいきっかけが見つかることもあれば、見つからないこともあるんだろう。そうであっても、自分が少しでも前進できたなら、それを誇っていいんじゃないか。少なくとも俺は……そうやってかっこつけていたい。とくに俺を慕ってくれているファやクマリーを裏切らないためにも」
「それはアーティットさんだから言えるんです。……ワタシには慕ってくれる人なんていませんよ。まあこんな性格なんで当然ですけど……っ」
「君は言った。自分はあなたの言葉で救われたなんて絶対に思いたくないのだと」
「そうですよ。アナタ以外に対してもほとんどそう思っています。そういうねじ曲がった根性を持っているからみんなのことを拒絶してるんです」
「……プリアは自分を変えてくれる特別な人を求めているのか」
「どうせいませんって、そんな人」
ここで俺はジョットマーイやガムランはどうなんだと聞こうとも思ったが、不用意に名前を挙げるのは逆効果と考えなおした。
自然に出てきた俺の考えを伝えることにする。
「人は誰かとの出会いによって変わることができる、成長することができると言われる。これは真実なんだろう。でも――」
あえてプリアさんとは目を合わさず、目の前の壁を見つめた。
「誰かとの特別な出会いがなくても、人は変わっていいし、成長してもいいんだと思う。ろくな出会いなんてなくても、一人だけでがんばっていても、俺たちは変わることができるし成長することができる。本当は特別なきっかけなんて必要ないんだ。本当にがんばるのは他人じゃなくて自分だからな。特別なきっかけや出会いがあるのだとしても、それはあとから気づくものでしかない」
「……偉そうですね」
「君なら、そう指摘してくれると思ったから話したんだ」
「そうですか……でもワタシなんかのためにまた無駄な時間を消費しましたね」
「無駄じゃないよ」
チラチラと視線を向けてくるプリアさんに、俺は横目を返した。
「君とじっくり話してよかったと思うときが必ず来る」
「根拠は……?」
「兵隊の勘」
* *
俺から離れるプリアさんを一瞥したあと、クマリーたちのそばに寄る。
ヒマは自分のまわりを飛ぶ数字(๖)のピーを目で追いつつ、この数字の書き順を教えてあげなよと俺に言った。
愉快そうに口の端を上げているところを見るに、すでに泣きやんだようだ。
それからヒマはプリアさんのほうに走っていった。
自分が泣いたのはプリアのせいじゃないと伝えるためだろう。
一方、俺は望みのとおりクマリーに数字の書き順を教える。
現在ヒマとその数字のピーはプリアさんの隣にいるが、先ほどまでクマリーは数字のかたちをじっくり見ていたようなので、ここで教えても問題なさそうだ。
一緒に空中で指を動かす。
「これは六に対応する字――『ホック(๖)』だ」
まず全体の左下よりも少しだけ右斜め上に寄ったところに反時計回りで小さな丸を描く。
丸の下側から右へと線を続ける。
反時計回りの流れを継続しながら、横長の大きめのだ円の軌跡を途中まで作っていく。最初は下に微妙に張り出す弧を長く引き、次は右に張り出す弧を引きながら線を持ち上げ、丸よりも高い位置に来たら上に張り出す弧を引きつつ左に向かう。
そうして丸の左側を追い抜きそうになったところで、左斜め上に跳ねる。
ほとんど崖の勾配の線を、左上いっぱいまで上げたあとにとめる。
これで「数字の六」すなわち「ホック(๖)」の書き順は終わりだ。
「ヌン(๑)、ソーン(๒)、サーム(๓)、シー(๔)、ハー(๕)、ホック(๖)!」
クマリーはこれまで学習した数字をあらためて宙に書いてみせた。
「どんどん数字を書けるようになって気持ちいいですっ! とくに今回学んだホック(๖)はいい意味で『自分は自分だ、やってやるぞー』って数字自体がさけんでいる気がするんですよね~。そんな数字の心意気を受けてクマリー自身もテンションが上がりますっ」
「その調子なら数字のコンプリートももうすぐだな」
書き言葉を覚えようとするクマリーのビジョンはとても具体的だ。
* *
俺たちは、マリと交戦した半球状の小部屋を離れる。
「再び襲ってくるかもしれない触手に注意しつつ、さらに下層にもぐろう」
……それから二日ほどをかけ、俺たちはゴ・ナームの深淵へと踏み込んでいった。
下に行くほど水の空間の明るさは増していく。
とっくに海面よりも低い位置に来ているものの、地上と変わらずに動くことができている。
そして最下層に到達したのだろうか。
螺旋状の長い坂を下りたあと、天井の高い大部屋に入った。
中央に、本当に扉がある。
扉は水でできていなかった。赤茶色の木材で作られていた。
直方体のその物体は、直立した棺桶のようにも見える。
次回「144.第七の数字(๗)【前編】」に続く!
๖←これが「6」の数字。アラビア数字の5の横棒を外して小さな丸を最後にくっつけた形にも見えますが、タイ数字は丸から書き始めるようなので始筆に注意したいですね~。
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ホック(หก)→数字の6(๖)
オー(อ๋อ)→ああ
ハイ(ไห)→壺




