140.第五の数字(๕)【後編】
五を意味する数字「ハー(๕)」の書き順はシー(๔)の数字とほぼ同じだ。
真ん中に反時計回りで小さな丸を描き、丸の下から右下へと緩やかな線を引いて折り返し、丸の手前で左斜め下に方向を変えて短い線を続けたのち、左に張り出す弧を引きながら上に寄り、丸よりも少し高い場所に到達してから右に進む。
ここまでは完全にシー(๔)と同じ書き順だが、ハー(๕)の場合は丸の上に来た時点で反時計回りで小さな丸を作る。
丸ができたらその下側から右へと線をつなげ、最後は右斜め上に線を持ち上げてとめる。
こうすれば「数字の五」すなわち「ハー(๕)」のかたちの完成だ。
リアンゲの収められた箱に降り立ったハー(๕)のピーにクマリーがほほえみかける。
「シー(๔)ちゃんにおだんごが乗っかったみたいで、とってもかわいいハー(๕)ちゃんですっ!」
数字に対して「かわいい」と言う感性はよく分からないが、淡々と覚えるよりは感情を乗せたほうが記憶には残りやすいだろう。
クマリーについているソーン(๒)のピーとリアンゲから離れないハー(๕)のピーは一瞬だけふれ合ったものの、以降はほとんど互いに近寄ろうとしなくなった。
(しかし、なんだろう。クマリーは数字のピーから新しい字を学んで楽しんでいるし、俺もそんな彼女を見るのは楽しいんだけど……文字保有者のみんなから文字を学ぶのと比較して数字のピーには感情が見られない。少なくともこれまで会った四体はそれぞれ違う文字保有者に引き寄せられているだけ)
ここに妙な不気味さを感じる。
むしろトカゲザメや人面ムカデのように俺たちを襲うピーのほうがまだ分かりやすい。
キア、ナーグルアのそばを飛ぶサーム(๓)とシー(๔)のピーにも目をやり、俺は心のなかで言葉を続けた。
(君たちは、なにを求めて生きているんだ……?)
* *
チャーイハート班と別れた俺たちは氷の煙突を抜けてゴ・ナーム内部に戻った。
炎の兵隊で溶かすまでもなく氷は崩れ、水の天井は修復された。
サラサルアイとエーンが加わってナーグルアが抜けたのでメンバーは六名から七名になっている。
ヒマの描いた地図を見てエーンが感嘆の声を漏らす。
「おー。いい仕事だねヒマちゃん。ウチが調べた島の外形の線も引けばより分かりやすくなるかもよ」
「エーンさん、ありがとうございまーす! 追加の線引き、お願いしますね~」
「よし、そんないい子にはご褒美をあげようじゃないか」
「やったね! お気づかい感謝ですよー」
ヒマが菜の花色の瞳を輝かせ、ウキウキと返した。
それぞれの保有する文字「ロージュラー(ฬ)」と「ローリン(ล)」は同じ音をあらわすので、そういう意味でも相性がよさそうだ。
そして鼻の利くサラサが四つん這いであたりのにおいをかいでくれている。
「アーティ。水のゆかだから痕跡はほとんど流れちまってるけど、おれたち以外の人のにおいが少しだけ残ってんぞ」
「おそらくジェオのにおいだな」
「においは二人ぶんあるぜ。一人は筋肉質な男で、もう一人は若い女だな」
「筋肉質なほうはジェオなんだろうけど、若い女もいたのか。ジェオが言っていた『連れ』かもしれない。ありがとうサラサ、とりあえずみんなとも共有しておこう」
キア、プリアさん、クマリー、エーン、ヒマに伝えたのち、鐘のイヤリングでチャーイハート班にも報告した。
鋭い金色の目を細め、キアが口をひらく。
「若い女ということは、ヨムではないな」
「や、やっぱり……」
プリアさんが少し青っぽい瞳を潤ませた。
「ジェオが二人でここに来たっていうのはうそっぱちだったんですよ……実際ジェオはヨムとその女と三人でギンガー海域を訪れたんじゃないんですか……っ。ヨムとかいうのはホーノックフーク(ฮ)を殺したがってるんですよね? きっとギンガー海域にワタシたちが現れるのを予測して誰かを人質としてさらい、『仲間を殺されたくなければ護衛を連れずに図書館塔から出て来い』って要求してホーノックフークをおびき出す腹づもりなんです……っ!」
「プリアの言うとおりかもしれない」
俺は言葉を引き取り、みんなを見回した。
「だから全員、単独行動は禁止だ。なにかトラブルに巻き込まれても、最低三人グループは維持するようにしてくれ」
これに対し、キア・ヒマ・クマリー・エーン・サラサはすぐにうなずいてくれた。
「あと、これはカヤンの受け売りだけど……一人になったときは、もはや仕事とかどうでもいいから仲間と合流することを最優先にすること。鐘のイヤリングで連絡してもいいし、特定の文字保有者を頭に思い浮かべるとその相手に近づくごとにイヤリングが揺れるからその機能を活用してもいい」
この言葉についても、五人は即座に首肯した。
一方で反応を見せないプリアさんをちらりと目に入れて俺は付け加える。
「ただしジェオたちの前でイヤリングは不用意に出さないように。奪われる可能性がある。確認するけどチュアモーンとガムランが共同開発した鐘は右か左の耳たぶを二回つまむことでその位置に出現し、舌の部分を引っ張れば消すことができる。目に見えなくなるんじゃなくて、さわることができなくなる。ヨムはとっくにイヤリングのことを知っているんだろうが、もしかすれば鐘のほうを奪おうとするかもしれないから気をつけてくれ。……あ、それと」
ついで俺は、鐘のイヤリングを右耳に出してソーソー(ซ)の文字を書いた。
彼の色あせた赤い髪と瞳を思い出しながら声を待つ。
「ガムラン、久しぶり。鐘のことで確認したいことがある」
『……アーティットか。確かにオマエとは長らく会ってねーな。でもなんでボクに連絡を?』
ハキハキとした少年の声を響かせ、鎖のソー(ซ)の文字保有者であるガムランが問うた。
『鐘のことはチュアモーンのほうが詳しいと思うよ』
「報告・連絡・相談が大切なんだろう、ガムラン。君からも説明を聞きたいんだ」
『そうかよ。なにを聞くってんだ?』
「文字保有者以外が耳たぶをつまんだ場合、鐘のイヤリングは出現するのか」
『いいや。本人の指で二回つままなきゃあイヤリングは出ねえようになってる。たとえ同じ文字保有者でも他人の指の場合は無効ってこったな』
「分かった、ありがとうガムラン。君の声を久しぶりに聞けてよかった」
『ボクも安心した』
「じゃ、通話を切るよ」
そう言って鐘の舌を引っ張ろうとしたとき、プリアさんが顔を近づけてきた。
「あの、ガムラン」
『プリアもアーティットと同じ作戦に参加しているんだったか。がんばってっか?』
「がんばれてないよ」
なにかガムランから言葉をもらいたいようで、プリアさんが俺の耳たぶのイヤリングを見つめている。
文字保有者になる前プリアさんはホーノックフークの図書館塔をよく訪れていたらしいが、おそらくガムランはその時点でプリアさんと知り合っていたのではないだろうか。
今のプリアさんの様子を見るに、ずっとガムランとは話したかったようだ。
それなら今でなくもっと早い段階で自分から連絡すればよかっただろうという話でもない。俺にしても、特別に用事もないのに連絡していいか分からず結局連絡できずにいる仲間が何人もいる。ジャムークとか。
イヤリング越しでもガムランはプリアさんの気持ちを察したようで、静かに――しかしハキハキと答える。
『……文字は一つだけでは成立しねーもんだ』
声に交じり、鎖の音がジャラリと鳴った。
『安心しろ。オマエはみんなともボクともジョットマーイともちゃんとつながってる。文字保有者じゃねえジュットジョップさんともな』
「そのつながりが怖いんだって……」
『そんなにしっかり結びついてるわけじゃねえって』
優しい声音でガムランがプリアさんに伝える。
『鎖の輪っかみたいなもんだわ。相手とガッチリつながる必要はねーんだよ。ボクもオマエもほかのみんなも、本来はなにも通さない輪っか同士を不器用に引っかけ合っているだけさ。そのつながりはオマエを縛りすぎないし、それでいて見捨てることもないんだ』
「……そう。ガムラン、ありがと。あと急に割り込んですみませんでしたアーティットさん……」
プリアさんがゆっくりと離れる。
俺もガムランも静かに通話を切った。
* *
ゴ・ナーム内部を進んでいき、探索範囲をさらに広げる。
エーンが赤い五本足のタコを大きくして俺たちをその上に乗せてくれたおかげで、探索のスピードは飛躍的に上昇した。
加えてサラサが斥候を務めているため、恐れずに前進できている。
また、地図のご褒美としてエーンから水着をもらったヒマは、さっそく着替えていた。
まわりに水があっても動きやすい服装になったことでヒマの動きもよくなっている。
ヒマは定期的に全員に声をかけながら元気にマッピングに集中していた。
(……ヒマも無理をしているわけじゃなさそうだな)
そうしてようやく俺たちは、同じ高さにある通路をほとんどすべて回ることができた。
ヒマに地図を見せてもらうと、簡単な迷路のような通路が今いる階層において満遍なく延びていることが分かった。
(結局ピーもジェオも出てこなかったな)
サラサが前方でいななく。
「おまえら、こっち来いよ~。水でできた坂が下のほうに続いてんぜッ!」
エーンのタコに乗っている俺たちはその言葉を受けて坂に近づく。
確かに左前方の壁にくぼみがあり、そこから俯角三十度程度の斜面が延びているようだ。
念のため俺はサラサに待機するよう言って、タハーン・ラートを飛ばしてその先に行かせた。
直後、頭に痛みが走る。
ラートがダメージを受けて俺の頭のなかに戻ってきたらしい。
「全員離れろ! なにかいる!」
俺が叫ぶと同時に――。
下り坂の奥から薄茶色の触手のようなもの七本が高速で伸びてきて曲がり、俺たちの体にそれぞれ一本ずつからまった。
いや、キアだけは触手がからまる前にそれをサーベルで切り落とした。
サラサは身をひねって腰の触手をちぎり、ヒマは首元のそれを噛みきる。
エーンのタコが持つ足の一本が彼女の右腕にからみついた触手に槍のように突き刺さる。
だが左足首をつかまれたプリアさんは対処が遅れた。
「ひっ……!」
残りの触手は即座に引っ込み、プリアさんの短い嬌声と共に奥へと消えていく。
水の斜面を背中で切りながらプリアさんが青ざめる。
「そ、そんな……ワタシだけつかまったの……っ。ウソ、やだ!」
「いいや」
「え、え……っ?」
「俺もつかまった」
右太ももにからまった触手と共に、俺は腹這いの状態で水の斜面を跳ねていた。
そばでプリアさんが、ゴボゴボ言いながら叫ぶ。
「な、なんでアナタがつかまってんですかアーティットさゴボボ……っ」
次回「141.第六の数字(๖)【前編】」に続く!
๕←これが「5」の数字。シー(๔)の上部に丸を加えた形ですね~。
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ハー(ห้า)→数字の5(๕)




