139.第五の数字(๕)【中編】
ギンガー海域制圧作戦の二日目。
すべてが水でできた島、ゴ・ナーム内部の探索を俺たちは続けていた。
しかし通路を進んでも進んでも、精霊の一匹すら出てこない。
ひとまずチャーイハート班と連絡をとったうえで合流を図ることにする。
俺はナーグルアに頼んだ。
「天井に穴をあけてほしい。上層をすべて突き破って屋根に水柱を立てるんだ」
「お安いご用ですわ」
ナーグルアがジャンプして水の天井を棍棒でたたく。
直径二メートほどの穴があき、その衝撃が鉛直上向きに伝わる。
衝撃は上層を貫通し、青い霧の広がる空まで届いた。
雪の兵隊を呼び出した俺は、ナーグルアの作った縦穴を冷気で凍結させる。
これにより、島の外部に通ずる氷の煙突ができた。
その水柱……いや氷柱を目印にしてチャーイハート班を呼ぶ。
外には青い霧が立ち籠めているものの、ロージュラー・エーンがタコを飛ばせば柱の位置は割り出せるのだ。
俺たちは氷の煙突を通って外に出る。
クマリーは飛べるし、ヒマとキアはツルツルの壁も難なく上れる。
空の兵隊で風を起こした俺は、ナーグルアとプリアさんを運んだ。
煙突を抜けて外の斜面に着地すると、サラサルアイが走ってきた。
彼についていく。
間もなく、海面に浮かぶチャーイハートの円盤のシルエットが斜め下に見えた。
全員、順に跳んで円盤に乗り移る。
円盤の中央で、水着姿のチャーイハートが上半身だけを出したまま俺たちの班の六人を見回した。
「探索ご苦労。全員無事でなによりであるぞ」
「そちらの班のみんなこそ、外からの調査おつかれさま。誰も欠けていないようでよかった」
ついで俺は、海域で暴れているピーの手がかりはまだ得られていないとあらためて伝えた。
新たに加わった数字のピーである「シー(๔)」に視線をやって、チャーイハートが答える。
「メンバーチェンジといこうか。すでに拙たちは、島の外形をほぼ把握した。ゴ・ナームがギンガー海域の半分ほどを占めていることを明らかにした。まだ残りの海域を調査する必要はあるものの、内部探索班にエーンとサラサルアイを回す余裕が出てきた」
「となると俺たちの班は六人から八人に、チャーイハート班は五人から三人になるのか」
「否。これから拙たちが探索する海域に問題のピーがいないとも限らんゆえ、こちらも一定の戦力は保有しておきたい。エーンとサラサルアイを迎える代わりに、そちらの班から一人をこちらによこすのだ」
その言葉を聞いた瞬間プリアさんが身を震わせた。
だが俺が指名するのは彼女ではない。
「ナーグルアに班を移ってもらう」
「私はトータハーン(ท)さまに従いますわ」
当のナーグルアに異論はなさそうだ。
「ジェオさまから離れるのは残念ですが、海上でも楽しいケンカができるかもしれませんので」
「ありがとう、そっちは任せたからな」
俺がナーグルアをチャーイハート班に移した理由は単純だ。
頭部だけのリアンゲが戦えない以上チャーイハート班はニウフアメーを合わせて実質三人になるので、一人ですさまじい戦力となるナーグルアを向こうに回したかった。
それに、ナーグルアにはシー(๔)のピーがついている。
残りの海域に数字のピーがいた場合、こちらがその仲間を連れていたほうが相手も警戒せずに近寄ってきてくれるだろう。
交替するメンバーを確認してきびすを返そうとしたところ、リアンゲがガラガラ声で話しかけてきた。
「トータハーン(ท)、ちょっとわたしに耳を近づけておくれ」
「どうやら男同士の話のようだよ、アーティットくん」
リアンゲの頭部が収められた箱を持つニウフアメーが、俺の顔のそばにその箱を差し出す。
小声でリアンゲが俺に聞く。
「君、メンバーのことでなにか困っていることはないかね」
「ないな」
同じくらいの小さな声で俺は返した。
「みんな頼りになる」
「疎外感はないのかい?」
「低子音単独字のメンバーのなかで俺だけが低子音対応字だからか。とくに気にしてないけど」
「ふむ……それよりも、もっと顕著な違いがあるだろう」
さらに声を低くしてリアンゲが指摘する。
「メンバーのなかで男性なのはわたしをのぞけば君だけだ」
「サラサもいるじゃないか」
「もちろんモーマー(ม)も男性ではあるけれども、生物学的に彼は女性だからね。ために、わたしは君が孤立していないか心配になっていたのだ」
「心配してくれてコープクン。でも作戦を遂行するに際して性別はあまり関係ない。バンダーに性別を変更されたときも思ったが、俺が男であろうが女であろうがやることは変わらないよ」
しかしあらためて指摘されて気づいた。
男性の文字保有者よりも女性の文字保有者のほうが多い。
性別不明のジウをのぞいた四十一人中、俺と同性なのがディアオ・バンダー・チュアモーン・リアンゲ・テーラさん・パイロ・ガムラン・レック・ダーンナー・ワッタジャック・ルディ・センセー・サラサルアイ・ジャムークの十四人。
つまり俺を含めた十五人が男性で、二十六人が女性。
(とはいえ文字を刻んだスーンが魂の移し先の候補としても俺たちを見ていたとするなら、平均寿命の長い女性のほうを優先して選んでいたのは自然だな。老齢に達していたスーンはもっと生きたかっただろうし。……最終的にはディアオの体が一番いいという結論に達したわけだけど)
「ふふ、ともあれ問題ないようであればわたしからこれ以上言うことはないさ。余計なお節介をしてしまったね」
「お節介なんてとんでもない。むしろあなたには感謝している。俺の性格が違っていれば同性がいないことに萎縮して本当に孤立している可能性もあったし、なによりあなたに気をつかわれたという事実がうれしい。……スーンさんを殺したあなたに対して『殺されて当然』と思っていた俺が言うのも虫がいいかもしれないが」
「いやいや、再び距離を縮めてくれてわたしもうれしいよ、トータハーン」
「この作戦にあなたが参加してくれていてよかった、リアンゲ」
微笑するリアンゲに、俺は声のボリュームを上げて言葉を重ねる。
「ところでギンガー海域で暴れている『竜』を思わせるピーについてだけど、このピーはリアンゲが放った縄とは違うんだよな」
「違うね。そも目撃証言によればそのピーは青や緑の鱗を持っているそうじゃないか。色あせた表面を持つわたしの縄とは特徴が一致しない」
「そうか。しかしマンゴーンさえ封じていたとは、あなたの縄はとんでもないな」
「むしろ……本当は余計なことだったかもしれないがね」
リアンゲが目を泳がせて言葉を継ぐ。
「凶暴なピーをわたしの縄が封じていたと言えば聞こえはいいが、縄に封じられていたせいで逆にピーが凶暴化したり周辺住民の警戒がおろそかになったりしたケースもあるかもしれない。人面ムカデのことはすでにトープータオ(ฒ)から聞いているわけだが、わたしの縄がかえって犠牲を生んだ可能性はある」
「……終わった今、なにが最善だったかなんて分からないさ。そんな過去の可能性はホーノックフーク(ฮ)にさえ読み取れない。リアンゲの縄がなければもっと犠牲が増えていた可能性だってあるんだ。鱗山に封じ込まれていたウイルス型のピー一つとってもそうだ。あなたがンゴーングー(ง)の保有者でなかったら、国中がパンデミックになっていただろう」
「トータハーン……本当に君は変わっているね」
緑がかったは虫類のような目を細める。
「恩人を殺し、頭部だけになった初老一歩手前の男に優しくする価値があるのかい」
「価値があるとかないとかじゃないよ。俺はあなたともあらためて仲間になりたいんだ。最終的にスーンを殺したのは俺だしな。なにより……俺のことを先に気づかってくれたのはあなたのほうだろう」
「ありがとう。そんな温かい言葉を聞けるとは……。だからわたしも言葉を返そう。この作戦に君が参加してくれていてよかったよ、トータハーン」
リアンゲはゆっくりと口角を上げた。
俺も同じ表情を返したあと、チャーイハートやみんなに謝る。
「すまない。ちょっと話し込んでしまった」
「問題などないぞ。そのあいだに拙たちは休んでいたからな。休息はとても大事だ。急ぐあまりに動き続ければ作戦のパフォーマンスが落ちるだけであろう」
「そうですよお兄さんっ。しっかり言葉を伝え合うことの大切さはみんな理解していますよ~。なんてったって、クマリーたちは言葉を作るための『文字』を刻んだ仲間なんですからっ!」
それからクマリーは、別行動をしていたチャーイハート・サラサルアイ・エーン・ニウフアメーの手にサワッディー(สวัสดี)と書いた。
もう「おはよう」の時間帯ではないが、サワッディーというあいさつに時間的な制約はないので気にすることはない。
サラサたちからの喜びと称賛の声を聞きながら、クマリーはリアンゲの箱にもサワッディーとしるした。
「リアンゲさん。いつかクマリーが頭部と胴体をくっつけてみせますっ。そうなればウィサーハお姉さんも喜んでくれるはずです!」
「楽しみに待っているよ、ウォーウェーン(ว)」
笑い合うクマリーとリアンゲを見て、俺は低子音単独字組に対するチャーイハートの子音字型性格診断のことを思い出していた。
(いわく「未来に対しては希望をいだいており、高いテンションと共に夢想する傾向がある」だったな。加えて単独字組は箱のようなものに捕らわれやすいんだったか。事実、リアンゲはホーヒープ・スープパンの箱のなかにいて、クマリーはその箱に注目してリアンゲをなかから出そうとしている。……確かにリアンゲもクマリーも同じトライヤーンを共有する者同士、相性がよかったのかもしれないな。低子音単独字組でメンバーをそろえたチャーイハートの判断もなかなか的確だったということか)
ともあれ休憩はここまでだ。
ナーグルアが抜け、新たにサラサとエーンを加えたメンバーでゴ・ナーム探索を再開しなければならない。
しかし……もはや恒例になってきたが、またまた新たな数字(๕)を持つピーが現れたので俺たちはいったん足をとめた。
青い霧から姿を見せた赤い数字(๕)のピーはリアンゲの箱に着陸した。
箱の周囲だけを重点的に飛んでいるところを見るに、箱を持つニウフアメーではなくとくにリアンゲの頭部に近寄っているのは明白だ。
やはり、これも恒例ではあるがクマリーがその数字の書き方を俺に教わろうとする。
なんとなく俺は思う。
クマリーが自分の衣装を水着にチェンジさせることができたのは、子音字以外に数字を学んだことが刺激になってウォーウェーンの力を増すことに成功したからではないかと。
それも、この数字のピーを見つけて学んでいるからこそ、力になっているのではないかと。
あるいはスーンもウォーウェーンを持っていたころ、数字のピーと交流があったのかもしれない。
その真実を自分から取り外していたのなら、ホーノックフークに見抜かれることもないわけだ。
次回「140.第五の数字(๕)【後編】」に続く!




