133.第三の数字(๓)【前編】
チャーイハートの円盤に乗ったまま海原を進み続ける。
ギンガー海域に到達するまでに、俺たちは襲ってきたトカゲザメを何匹も倒した。
トカゲザメは通常の生き物ではなく精霊である。
何度も相手をしているうちにハッキリしてきたが、一定のダメージを食らうと海水となって爆散する特徴を持つらしい。
ヒマがローリン(ล)の力を使ってトカゲザメのもともとの姿を暴くと、やはり溶解し海水と化した。
本体が海水でできているのなら、時間経過で再びトカゲザメの姿に凝集して復活する可能性はある。
チャーイハートによると、実際に海水からトカゲザメの姿がかたちづくられたと証言する人たちもいるようだ。ただし即座に復活する気配はない。
周辺の安全を確保するためには、倒したトカゲザメたちが復活する前にギンガー海域を制圧する必要がある。
当該海域で暴れている元凶の精霊を鎮静化すれば、トカゲザメたちもギンガー海域へと帰り、海域の周辺は安定するはずだ。
ギンガー海域に近づくたび、トカゲザメの数は増えた。
ナーグルアがまとめてトカゲザメたちを払おうとしたものの、彼女があまり力を入れすぎるとほかの生き物も死んでしまう可能性があるし海底がえぐれて環境にいちじるしい影響を及ぼす危険性もあるので自重してもらう。
(なにより……ギンガー海域で暴れているほうのピーがナーグルアに勘づいて逃げ出したらまずいからな)
派手な動きはなるべく抑え、みんなで均等にトカゲザメを海水に溶かしていく。
トカゲザメと交戦していなかったサラサルアイとキアも戦闘する。
サラサはトカゲザメそのものを踏み台にして海の上を駆け回る。
一方、キアは暗殺者らしい合理的なことをやっていた。
複数のトカゲザメをあえて仕留めず生け捕りにし、その全身の各部位をナイフで刺しているのだ。
どこが急所なのか検証しているらしい。
背びれ、尾びれ、前足、後ろ足、腹部、背中、目、口内……至るところに大小さまざまな傷をつけている。
当人は鋭い目つきを崩さず、ほぼ無表情。
しまいにはナイフで器用にその身を裂き、解剖まで始めた。
「トカゲザメの急所は四肢の根もとだ。また、体内に危険な武器を潜ませてもいない。毒腺もないようだな」
円盤のふちで、海水となって爆ぜるトカゲザメをキアが見つめる。
「皆と共有しておけ」
「ああ、とても助かる情報だ」
襲いくる敵に矢を放ちつつ、俺は答えた。
海水にまみれたナイフを拭き、キアが問う。
「トータハーン(ท)、貴様はわれを残酷と思うか」
「ไม่คิดนั่น(マイ・キット・ナン)〔思わないな〕……事実としてトカゲザメは陸地にも進出して人を襲っているようだし、対策するために万全を期すのは当然のことだろう」
「……嫌悪感すら示さないとは。やはり貴様も、まともな人間のフリをした破綻者だ」
フードのないキアの金髪に、赤い数字(๓)を持つピーが蝶のようにとまる。
クマリーのまわりを飛んでいるソーン(๒)ではなく、サーム(๓)の数字である。
サームが指し示す数字は「三」だ。
キアのもとに飛んできたサーム(๓)のピーを見たクマリーに、すでに俺は書き順を教えている。
まず左下に時計回りで小さな丸を描く。
丸の左上から線を持ち上げ、その丸の直径よりも少し長い線を引いたら右に寄りつつ、上に張り出す弧を作る。
丸の右側を過ぎたあたりで線を下ろす。
このとき丸の底と同じ位置まで下げる。(しかし現在キアにまとわりついているサームのピーの書体がこれであるだけで、実際は丸のてっぺんよりも高い位置でいったんとめる書体も存在する)
その位置から縦線をなぞりなおすように折り返す。
曲線の地点に戻ったら右に進路を変更し、先ほどとほぼ同等の弧を隣に作成する。
あとは、ただ線を下ろして右下でとめる。
こうして「数字の三」すなわち「サーム(๓)」の書き順が完了する。
クマリーは「どうしてサーム(๓)のほうが数字として大きいのに、ソーン(๒)よりもすぐに書けちゃうんでしょう……?」という疑問を呈した。
直後、「だけどずっと見つめていると、サーム(๓)のほうが大きい数って感じがしてきました! 数字も奥深いですね~」と言い、自分で自分を納得させていた。
キアはサーム(๓)のピーに対してツンとした態度をつらぬいているものの、当のサームはキアから離れようとしない。
(もしかしたらピーとのあいだにも相性があるのかもしれないな。ソーンのピーはクマリーを、サームのピーはキアを気に入ったってところか)
当のキアはサームのピーに関心を持っていない様子だが、かといって遠ざけたり嫌がったりするそぶりも見せない。
素早く動き、トカゲザメたちを一撃で仕留めていく。
もう生け捕りにするつもりはないらしい。
* *
じきに青い霧のようなものが周囲に立ち籠め、視界が悪くなる。
プリアさんが首をあちこちに回し、小さく震える。
「ひええ……っ! なんなんですか、これ……っ」
「慌てなくていいよプリちゃん」
相変わらず寝転がっているエーンが、日傘代わりになっていた五本足のタコを自分のほうに引き寄せる。
「青い霧のように見えるのは、すべて無害で微小なピーなんよ。『クジラの落とし物現象(プラーゴットガーン・キー・プラーワーン/ปรากฏการณ์ขี้ปลาวาฬ)』は知ってるよね?」
「ああ、『赤潮』のことですか」
口を両手でふさぎつつ、プリアさんが返した。
「プランクトンが大量発生して海の色が変わるやつですね……」
「そそっ。それと同じようなことが空中で起こってんの。いや、空中だけじゃないか……」
エーンの視線を追うと、海面の青が色濃くなっていることが分かった。
ニウフアメーにかかえられたリアンゲが冷静に言葉を引き取る。
「ギンガー海域に入ったようだね。ここを支配しているピーの影響で、もともとの生態系が壊れてしまったと見える」
「ではいったん停止するぞ」
中心のチャーイハートのつぶやきと共に、俺たちを乗せた円盤がとまった。
リアンゲの頭部が入った箱を足もとに置き、ニウフアメーが立ち上がる。
「海域封鎖に移るよ。でもトカゲザメたちはギンガー海域の周辺にもだいぶ進出しているから、安全のためにギンガー海域よりも広い範囲を封じたほうがよさそうだね。内側から外側に出ることはできないけど外側から内側に入ることは可能にして……なおかつ、一般の船舶の航行を妨げないようにっと」
自身を取り巻く冥色の長髪をはじき、詠唱する。
「――ポムポム(ปมผม/髪の結び目)」
するとニウフアメーの髪が螺旋をえがきながら伸び始めた。
続いてエーンが詠唱を重ねる。
「ダーオタレー」
五本足のタコの中心に位置する根もとから、複数の赤いヒトデが出て来た。
青い霧を突き抜けて海の向こうへと伸びるニウフアメーの髪に、一体ずつ一定間隔で取り付いていく。
さらにニウフアメーが「ガングライ」と唱える。
右人差し指と中指をハサミのように使い、伸びたぶんの髪を切断していく。
髪だったものがヒトデをまたがらせたまま飛んで行く。
一つの束につき一体のヒトデが乗っている。
この工程をすべて終了したあとで、ヒトデの供給も髪の伸長も収まった。
もとどおりになった髪をさわり、ニウフアメーが説明する。
「ロップちゃんみたいに完璧に囲むのは無理だから、わたしの髪にリット(ฤทธ์/魔力)を込めて飛ばしたんだよ。それぞれが指定した周辺海域を分担でパトロールして……必要に応じてトカゲザメを追い込んだり倒したりする。できるなら人命救助もおこなう感じかな。その『目』としてエーンちゃんのヒトデを借りたってわけ」
警邏範囲が広すぎるため俺の斥候の兵隊ではカバーしきれないが、魔女であるニウフアメーならばこのくらいは造作もないのだろう。
エーンがヒトデを出せることも俺は知らなかった。
やはり同じ文字保有者といっても、まだまだ未知の部分は多い。
ともあれ封鎖が終わったので、チャーイハートがニウフアメーとエーンにねぎらいの言葉をかけたのち、再び円盤を発進させる。
青い霧に……ギンガー海域に入ってから、トカゲザメと遭遇する頻度は減った。
敵に位置がバレるのを防ぐため、あえて光をともさずに進行を続ける。
ただ、途中で予想外のものを見つけた。
凶暴なピーと会敵するのはまだまだ先と予想していたのだが――。
いきなり前方に巨大な壁のようなものが立ちふさがったのだ。
「ちょっと、おれが見てくらあ」
サラサが四つ足で飛び上がり、壁のようなシルエットに取り付く。
その後、霧の向こうからいなないた。
「ま~! おまえらやべえぞ、こりゃ島だぜ」
「こんなところに島? ギンガー海域に島らしい島はないのだが」
チャーイハートたちが不審がっている。
俺は泳がせていたシャチ姿のタハーン・ルアを呼び寄せ、飛び乗った。
「サラサ、俺も上陸して確かめる」
ルアは、間もなく陸地にぶつかった。
しかしどこか衝撃がない。まるでクッションに当たったかのようだ。
慎重にルアから下り、陸地に足をつける。
水のように涼やかだ。
足場はゼリー状だろうか、ふくらはぎの半分ほどまで足が沈んだ。
ホタルの光に似たタハーン・ラートを呼んで周囲を照らす。
横穴のなかに俺はいた。
「เหลือเชื่อ(ルアチュア……!)〔信じられない……!〕」
足もとには個体と液体の両方の性質を持つ水がたたえられており、ほとんど沈まずに水面を歩ける。
左右の壁と天井も同質の水で形成されている。
指を突っ込むと水の流れる感触はあるものの、クッションのような弾力も返ってくる。
水に寄りかかることさえできた。
「確かにヤバいな。おそらく――」
振り向けば、透明な天井の向こうにサラサの栗毛がゆがんで見える。
「――この島は、すべてが水でできている」
次回「134.第三の数字(๓)【後編】」に続く!
๓←これが「3」の数字。「2」の数字であるソーン(๒)よりもシンプルなのが特徴ですね~。
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
サーム(สาม)→数字の3(๓)
マイ(ไม่)→ない
キット(คิด)→思う
ナン(นั่น)→それ
プラーゴットガーン(ปรากฏการณ์)→現象
キー(ขี้)→排泄物
プラーワーン(ปลาวาฬ)→クジラ/プラーゴットガーン・キー・プラーワーン(ปรากฏการณ์ขี้ปลาวาฬ)を直訳すると「クジラの○ンチ現象」になります。本当にクジラが○ンチしているのではなく「赤潮」のことですね~。
ポム(ปม)→結び目
ポム(ผม)→髪
ダーオタレー(ดาวทะเล)→ヒトデ/ダーオ(ดาว)が星、タレー(ทะเล)が海なので、直訳は「海の星」です。
リット(ฤทธ์)→力
ルアチュア(เหลือเชื่อ)→信じられない




