132.第二の数字(๒)【後編】
蝶に似た挙動で飛ぶその数字(๒)は透明な紙に貼り付いているようにも見える。
数字(๒)は潮風の向きに逆らい、身を羽のように動かしながらクマリーのほうに飛んできた。
(明らかに生きている)
赤い光を弱め、クマリーの鼻先をつつく。
クマリーは動じず数字に話しかける。
「あなたも精霊なんですかっ」
「きっとそうだよ、クマリー!」
ヒマもクマリーのそばで数字(๒)を見つめた。
ほかのみんなも興味深そうに注目する。
ナーグルアが攻撃しないところを見るに、害意を持ったピーではなさそうだ。
しかし数字の模様あるいは体形を持ったピーというのは聞いたことがない。
ギンガー海域で暴れているピーと関係があるのかも気になるところだ。
ここでニウフアメーが鐘のイヤリングを出し、ポーパーン(พ)の字を表面に書いた。
「あ、つながった。プラトゥちゃん、今いいかな?」
『おー、どしたの女ちゃん』
酒焼けしたような声が鐘から響く。
ポーパーン・プラトゥの声だ。ニウフアメーは「ヨーイン」すなわち「女のヨー(ญ)」の文字保有者なのでプラトゥからは「女ちゃん」と呼ばれているわけだ。
思い出してみればプラトゥは精霊とも知り合いが多いと言っていた。
現在クマリーとたわむれている数字のピーについても、なんらかの情報を持っているかもしれない。
『今は低子音単独字のみんなプラス兵隊くんと作戦行動中なんだよね? もしかして蛇くんと兵隊くんとのあいだに男同士の濃厚な友情が芽生えたって報告かな~。あっつ!』
「もしそうなったら知らせてもいいけど、今は別のこと。プラトゥちゃんは、数字の体を持つピーって知ってる?」
『直接見たことはないねー』
「ということは文献で目にしたことはあるの?」
『まあねえ。というか、めっちゃ昔に描かれたマンガで見たんだわ。蝶みたいに飛んでる数字が、背景にちょろっと描かれてたんだけどねー。アタシ、それ見てとある仮説を立てたわけよ。これが創作じゃなかったら大昔にはこういうピーがたくさんいたんじゃないかって。あ、もしやそのピーをナマで見た感じ? どんなヤツ? 教えて~』
「今はクマリーのお鼻にとまっていますっ、プラトゥ師匠!」
淡く光る数字(๒)を鼻先につけたまま、クマリーがイヤリングに接近する。
「かたちは、なんとなくヌン(๑)の数字に似ていますよっ!」
『そりゃ面白いじゃん指輪ちゃん。兵隊くん、新しい数字も教えてあげなね~』
「ああ、ちょうどクマリーには数字を一つ一つ学んでもらっている途中だからな」
「ではよろしくお願いしますお兄さんっ」
鼻先の数字をじっと見つつ、クマリーが右人差し指を持ち上げる。
クマリーの右隣に寄り、俺も指を宙に差し出す。
「俺たちの前に浮いているのは『二(สอง/ソーン)』の数字だ。ヌン(๑)の次に来る数字だな」
……「ソーン(๒)」は「二」の数を意味する。
中央からやや左に寄った場所に、小さな丸を時計回りでしるす。
ヌン(๑)の始筆は左斜め上方向に延びる弧から始まるが、ソーン(๒)の始筆は右斜め下方向に延びる弧から開始される。
丸を作ったあとは右斜め上に突き抜け、時計回り方向の弧をえがいて少しだけ下に向かう。
小さな丸の上部よりもやや高い場所に来た時点で、また右斜め上へと方向を転換し、先ほど書いた弧をもう一度作る。
さらに線を下ろし、右下に達したら左へと進む。
丸の下を通過して左下に到達したところで線を持ち上げる。
すでに作った二つの弧よりもさらに高い場所まで持ち上げたら、線を少し左斜め上に曲げてとめる。
こうして「数字の二」すなわち「ソーン(๒)」のかたちができあがる。
「いつもいつも教えていただきありがとうございますっ! 実際に書いてみるともっと楽しいですね~。最後のパワーあふれる追い込みが最高です」
「それがソーン(๒)だ」
俺は指を二本だけ立てた。
クマリーも同じ本数の指を立て、プラトゥに報告する。
「……というわけでプラトゥ師匠、クマリーたちの前にいるピーはソーン(๒)の数字のかたちです。赤い光も発しています。クマリーの手の平にも収まるサイズで、チョウチョみたいに宙を飛んでいますっ」
『ありがと指輪ちゃーん。ソーン(๒)もアタシがマンガで見たヤツだね~。もしかしたら大昔のピーの生き残りかもしんないわー』
「プラトゥちゃん、数字のピーは海に生息しているのかな」
ニウフアメーが再び口をひらいた。
酒焼けしたような声が慎重に言葉を継ぐ。
『いや、とくに海とは限らないんじゃない。陸地から飛んできたのかもよ』
「今はクマリーちゃんになついているけれど、いったん君に預けたほうがいい?」
『そりゃ、あとでアタシがナマで見るつもりだが~、とくにお邪魔じゃないなら作戦に同行させても構わないと思うなあ』
確かに、今のところヨムやギンガー海域で暴れているピーの仲間であるような感じもしないし、一緒にいても無害そうではある。
『それとソーン(๒)のピーがいたってことは、ほかの数字のピーもいるかもね』
「え、まさかヌン(๑)のかたちをしたピーとも会えるんでしょうかっ」
『かもしんないって話だよ、指輪ちゃん。あるいは十種類の数字のピーをコンプリートすることもあるだろうけど……もともとの作戦目的からは外れるだろうから探すんならリーダーの許可も取るんだよー』
今回の作戦のリーダーは、低子音単独字組のみんなを招集したチャーイハートということになるだろう。
ニウフアメーとクマリーはプラトゥに礼を述べ、通信を切った。
クマリーが円盤の中心のチャーイハートに目を向けたものの、当のチャーイハートのほうが先に話を切り出した。
「これは拙の勘であるが、おそらく数字のピーはもともとギンガー海域にいて、リアンゲの縄から解放されて出て来たのだと思う」
「ふむ。わたしの縄が封じるような凶暴なピーの近くにいたために数字のピーくんは巻き添えを食らってしまったのかもしれないね」
リアンゲの頭部が箱のなかであごを震わす。
チャーイハートはうなずき、樺色の視線をソーン(๒)のピーにそそいだ。
「とすれば、これから拙たちが攻略するピーと無関係ではないかもしれん。ゆえに、連れていたほうがいいと拙は考える。ほかの数字のピーが見つかった場合も同断である。クマリー、ひとまずソーンについてはキサマに世話を頼みたい」
「任せてください。ソーンちゃんはクマリーが守ります!」
「頼もしいねっ、クマリー」
「ピーのお嬢ちゃんもすっかりお姉ちゃんだな!」
「ウチもクマちゃんの今後に注目しよっかなー」
胸を張るクマリーに、ヒマとサラサルアイとエーンが声をかけた。
ソーン(๒)のピーも心なしかうれしそうで、クマリーの胸の前を飛び回っている。
なおキアは背中を向けて円盤の航跡を見つめており、ナーグルアは相変わらず棍棒を揺すって水柱を立てている。
プリアさんが俺に耳打ちする。
「アーティットさんアーティットさん、数字が十種類ってことはですよ……あれもあるんでしょうかね……っ」
「いそうだな、ゼロ……『スーン(๐)』の数字のかたちのピーも」
「あの男と直接関係があるわけじゃないけど……なんかヤだなあ~」
「まあ数字のピーなんて俺も聞いたことがないし、これ以上は簡単に見つからないと思うよ」
「ですよね……っ。て、あれは」
プリアさんが指差した先に、赤く光る別の数字(๓)が飛んでいた。
先ほども味わったような、妙な既視感だ。
新たな数字(๓)のピーは蝶のように身をひるがえしてキアにまとわりついている。
「簡単に見つかっちゃいましたね……」
「見つかってしまったな」
次回「133.第三の数字(๓)【前編】」に続く!(7月4日(土)19時から23時59分のあいだに更新)
๒←これが「2」の数字。最後、縦棒をダイナミックに上げるところがポイントですね~。
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ソーン(สอง)→数字の2(๒)




