130.低子音単独字(ง ญ ณ น ม ย ร ล ว ฬ)の十人【後編】
ナーグルアがトカゲザメを全滅させたあと、残りの低子音単独字組が海辺に到着する。
栗毛の髪をなびかせた彼が四つ足を砂浜につけ、野性味あふれる声で「ま~」といなないた。
毛羽立った栗毛の上下やしっぽに似た毛のかたまりが軽く揺れる。
「おおッ、おまえら勢ぞろいじゃねえか。おれたちゃ最後になっちまったか」
モーマー(ม)の文字保有者であるサラサルアイだ。
俺たちは手を合わせてあいさつしながら、その背中に乗っている金色の髪と瞳を持つ女性にも注目した。
ネズミ色のマントと手袋、さらにカーキ色のズボンと靴で全身を覆っているものの、今の彼女はマフラーを巻いておらずフードもかぶっていない。
(キア……。サラサの背中に乗って来たのか。おそらく図書館塔から運んでもらったんだろうけど、スーンとの戦いが終わったあとはサラサの騎乗のさそいをことわっていたから意外だな)
そんな俺の心を読み取ったのか、キアがこちらに甘ったるい声をかけてくる。
「われはモーマー(ม)に騎乗するようホーノックフーク(ฮ)に命じられたにすぎない」
声に反して口調と目つきはとても鋭い。
サラサルアイに感謝を述べて下馬するキアに俺は質問する。
「君はホーノックフーク(ฮ)から離れてだいじょうぶなのか、キア」
「トータハーン(ท)……確かにわれが常時そばに詰めているのが望ましいが、これからはスーンと戦ったときのように別行動をとることにも慣れていたほうがいいというのがホーノックフークの考えだ」
「今、ホーノックフークは誰に守られている」
「フォーファー(ฝ)だ」
「ロップか。確かに蓋のフォーの力は護衛にも向いていそうだな」
万一ホーノックフークが暗殺されたり誘拐されたりしたら俺たち文字保有者は組織として崩壊する可能性が高い。
だからホーノックフークの護衛も務めているキアには細かく確認しておきたかった。
「アーティ」
俺のズボンをサラサが引っ張っている。
しゃがむ俺に対して、彼が申し訳なさそうに声を低める。
「ファからイヤリング経由で聞いたぜ。ファはおまえに戦いを仕掛けたんだって」
「……すべてが収束したあと、彼女は戦友の君にも連絡したんだな」
「ああ。だけどおれはファともおまえとも戦場でよく顔を合わせてたってのに、なにも気づいてやれなかった。すまなかった」
「気づくことができなかったのは俺もだ。君だけが責任を感じることはないよ、サラサ。……それにファは、君を責めたりしないと思う」
「あいつ、おれに『謝ることはないであります』と伝えてくれたんだ。それから――」
上着を着ておらず胴衣だけの俺の上半身をまじまじと見る。
「アーティットの上着を預かっているから今はさみしくないとも言っていた」
「季節が季節だ。暑すぎなければいいんだけど」
「まー、そんときゃ脱いで調節すんだろ」
表情をやわらかくしてサラサルアイが静かに言う。
「それとアーティ、ファのこと……あんがとな。おれが言うのも筋違いかもしんねえけど、おまえはファの気持ちに寄り添ってくれたんだろ? ファがおまえを慕っているのはおれも分かっていたからな。その気持ちに向き合ってくれたってんなら、おれもあいつの戦友としておまえに感謝してえんだ」
「分かった、サラサの思いも受け取った」
「ありがてえぜ。これでスッキリした。じゃ、アーティ。今からも一緒にがんばっぞ!」
俺に力強い視線を送ったあと、サラサはチャーイハートたちのほうに近づいた。
* *
これで低子音単独字の十人がそろった。
すなわち【ง】ンゴーングー・リアンゲ、【ญ】ヨーイン・ニウフアメー、【ณ】ノーネーン・チャーイハート、【น】ノーヌー・キア、【ม】モーマー・サラサルアイ、【ย】ヨーヤック・ナーグルア、【ร】ロールア・プリア、【ล】ローリン・ヒマ、【ว】ウォーウェーン・クマリー、【ฬ】ロージュラー・エーンの計十名である。
それぞれ蛇・女・小僧・ネズミ・馬・鬼・船・猿・指輪・タコを暗示する。
ここに兵隊を暗示するトータハーン(ท)の俺が交じっている状況。
なおトータハーンは低子音対応字なので、低子音単独字に対してまったくの仲間外れというわけでもない。
そしてリアンゲの頭部の入った箱はニウフアメーが持った。
この砂浜に来る前、ニウフアメーはホーノックフークに頼まれてスープパンからリアンゲを預かったらしい。
あらためて、ここにつどった十一人であいさつを済ませる。
その後、プリアさんが小さく手を挙げてチャーイハートに問う。
「すみません……どうして低子音単独字を持つみんなで作戦を進めることになったんですか」
「いい質問であるぞプリア。拙たち文字保有者は四十二名いる。数としては多い。よって行動する際は分けたほうが動きやすい。その分割する基準として、文字の分類体系であるトライヤーンを参照した次第だ」
「言われてみればワタシたちには文字が刻まれていますし、トライヤーンを採用するのは一番分かりやすいチーム分けですね。で、チャーイハートさんのノーネーン(ณ)と同じ単独字を集めたと……。でもそんな分け方をしたら作戦に支障が出たりしませんか……っ」
「いいや、むしろ同じグループの文字を持つ者同士は相性がいいと拙は見ている。性格に共通点がみとめられるためだ。スーンさまもそれを踏まえて文字を刻んでいたと思う」
スーンさまという呼び方を聞いて露骨にプリアさんは眉根を寄せたが、チャーイハートはとくに追及することもなく続ける。
「拙が開発した子音字型性格診断によると低子音単独字を持つ者の共通点は――」
それに反応し、とくにクマリーが興味深げに身を乗り出した。
もちろん口をふさいだままチャーイハートの言葉を傾聴している。
「――とくに事件もない普段の日常では落ち着いている。過去のことを考えれば最初は高揚するが間もなく自己の意識を限りなく思い出のなかに沈めていく。未来に対しては希望をいだいており、高いテンションと共に夢想する傾向がある」
チャーイハート自身やもともとウォーウェーンを保有していたスーンにも当てはまる性格なのだろうか。
「ちょっとした事件が起こったときは、むしろ日常が破られたことに興奮を覚えてしまう。ただし大きな事件に直面した場合は、まず大いに慌てたあと頭をかかえて気分をすぐに沈めることになる」
「す……すごいっ! 当たっています!」
クマリーは感動しているものの、この性格診断が正確であるかは定かでない。
どんな人にでも当てはまりそうなことを言っているだけのような気もするし、なによりチャーイハートは低子音についての「声調(ワンナユック/วรรณยุกต์)」の変化を参考にしてこの性格診断を組み立てているようだ。
ニウフアメーもそれに気づいたようで、クマリーたちに解説する。
「これ、低子音の声調――声の出し方に関わるものだね」
彼女の解説を要約すると次のようになる。
普段の低子音は「平声(シアン・サーマン/เสียงสามัญ)」つまり高くもなく低くもなく平坦な調子で発音される。
ただし声調記号の「マーイエーク(◌่)」がついたら最初は高いが急に低くなるような調子で発音することになる。こちらの声の出し方を「下声(シアン・トー/เสียงโท)」と言う。
また、声調記号の「マーイトー(◌้)」がついた場合は「高声(シアン・トリー/เสียงตรี)」すなわち終始高めに発音する。
チャーイハートの性格診断における普段の日常、過去、未来についてそれぞれ対応しているわけだ。
さらに低子音のあとに母音を挟んで破裂音(シアン・パヤンチャナ・ユット/เสียงพยัญชนะหยุด)があるときも声の出し方が変わってくる。
破裂音とは、空気をふさいだあと一気に開放することによって発される音のことであり、ゴーガイ(ก)やドーデック(ด)、ボーバイマーイ(บ)などがその破裂音の文字に該当する。
低子音に短い母音単体がつくか、その短母音の直後に破裂音が続くならば声の出し方――声調は「高声」となる。
しかし低子音に長い母音と破裂音の両方が接続する場合は「下声」で発音する。
これについても、チャーイハートの性格診断における「ちょっとした事件」と「大きな事件」に対応しているのが明白だ。
以上のニウフアメーの解説にうなずいて、クマリーが両腕を上下させる。
「な……なんと、これがウワサの声調なんですねっ! ハーチャお姉さんの性格診断と合わせるとすっごく覚えやすい気がしますっ!」
「待ってくださいよ……」
プリアさんがチャーイハートをよどんだ目で見つめている。
「あの男……スーンとワタシも同じ性格だって言うんですか。同じ低子音単独字だからって」
「そうとは限らん。拙の性格診断もすべてが正確というわけでもないだろうからな」
「一つ疑問なんだが、チャーイハート」
やや険悪な雰囲気になりそうだったので、俺は言葉を差し挟んだ。
「確かに低子音を持つみんなについて君の性格診断が当たっている可能性はある。低子音対応字の俺自身、そんな気がするからな。でも低子音単独字と低子音対応字とのあいだにはどんな性格の違いがあるんだ」
「……低子音単独字のほうが『捕らわれやすい』といったところか」
「なにに……?」
「箱のようなものに」
これについてはチャーイハートがなにを言いたいのかがよく分からない。
あるいはニウフアメーは分かったかもしれないが、あえて口を閉じている。
頭部だけのリアンゲ、魔女のニウフアメー、腰に円盤を持つチャーイハート、暗殺者のキア、四つ足のサラサルアイ、ありえないほど強いナーグルア、スーンを恨むプリアさん、元気に振る舞うヒマ、書き言葉を学ぼうとしているクマリー、五本足のタコを持つエーン。
この低子音単独字の十人は、普段は落ち着きのなかにあろうとし、思い出のなかに沈みがちでもあり、未来に対しては希望をいだき、ちょっとした事件には興奮し、大きな事件には頭をかかえるものなのだろうか。
そこまでは低子音対応字の俺も同じであるとはいえ、とくに単独字の十人は「捕らわれやすい」という。
(そういえばリアンゲはスープパンの箱に収まっているが、これもどこか暗示的ではある)
仮にその共通点が十人のあいだに介在するとして、それは共に作戦にあたるに際して有用なものなのだろうか。俺にはまだ分からない。
次回「131.第二の数字(๒)【前編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
シアン・サーマン(เสียงสามัญ)→平声
シアン・トー(เสียงโท)→下声
シアン・トリー(เสียงตรี)→高声
シアン・パヤンチャナ・ユット(เสียงพยัญชนะหยุด)→破裂音




