↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
136/189

129.低子音単独字(ง ญ ณ น ม ย ร ล ว ฬ)の十人【中編】

「プリアちゃん、リアンゲくんを拾ってくれてありがとう!」


 (おれ)とチャーイハートのそばを()ぎ、新たな人影(ひとかげ)砂浜(すなはま)に現れる。

 ヨーイン(ญ)の文字保有者であるニウフアメーだ。


(さっきの耳にビリッとくる声はやはり彼女(かのじょ)のものだったか)


 螺旋(らせん)をえがく冥色(めいしょく)長髪(ちょうはつ)は後ろから見ても目立つ。

 重ね()された(むらさき)・青・緑・黄・赤の上着は暑そうではあるものの、本人はまったく(あせ)をかいていない。


 両腕(りょううで)を大きく()り、潜水艦(せんすいかん)のプリアさんに呼びかける。


「リアンゲくんの生首が(はい)った箱、投げていいよー!」

魔女(まじょ)さん……ワタシそこまで強肩(きょうけん)じゃありませんよ」


 紡錘形(ぼうすいけい)の潜水艦がサイズを徐々(じょじょ)に小さくしながら波打ち際に近づく。

 ハッチから頭を出したまま、プリアさんがオレンジ色の箱を持ち上げる。


 箱は半透明(はんとうめい)であるので、緑がかった長髪の壮年(そうねん)男性の頭部がなかに(はい)っているのが外側からでも分かる。


「そ、そもそもこのリアンゲさんの頭部はなんなんですか……っ。まさかお(はか)から出て来たんじゃ……!」

「いやいや安心しておくれ」

「わああっ、また……っ!」


 リアンゲの頭部がしゃべった瞬間(しゅんかん)、プリアさんは箱を落としそうになった。

 当のリアンゲは、は虫類のような目を見ひらいて愉快(ゆかい)そうに声を続ける。


「別に幽霊(ゆうれい)というわけでもないさ。確かにわたしはノーヌー(น)に首を落とされたが、あご裏のンゴーングー(ง)とホーヒープ(ห)の箱のおかげでなんとか頭部だけでも活動できているんだよ。これはホーノックフーク(ฮ)もみとめてくれていることだ」

「はあ……そういうことなら(こわ)がったりしてすみませんでした。それにしても許せないのは……あの男ですよね」


 あの男とはスーンのことだ。


 スーンはプリアさんに無理やりロールア(ร)の字を刻んだ。

 それはかなりの痛みを(ともな)うことでもあり、プリアさんの人生そのものを()みにじる行為(こうい)にほかならない。


 リアンゲもスーンにそそのかされて、スーンのもとの体の自殺をほう(じょ)することになった。

 おかげでホーノックフークの意向で文字どおり首を飛ばされた。


 お(たが)いスーンの被害者(ひがいしゃ)であるということで、プリアさんはリアンゲと感情を共有しようとしているのだろう。


 しかしリアンゲは気にしていないふうだ。


「わたしは元ウォーウェーン(ว)を許せる立場にすらないよ。無論、君は許さなくていいだろうがね」


 すでにリアンゲも、プリアさんがスーンに被害を受けたことを分かっているようだ。


(しかしプリアさんはリアンゲに対してかなり複雑な思いをいだいているだろうな)


 プリアさんにとってリアンゲは加害者のスーンを殺してくれた人間ではあるものの、それはスーンの意思を受けたものであり、プリアさんを救うための行為(こうい)ではなかった。

 しかもリアンゲが殺したのはスーンのもとの体にすぎず、リアンゲの行為自体スーンの手の平で(おど)らされた結果でしかなかったわけだ。


(もしリアンゲがスーンの自殺をほう助しなかったら、スーンはどうしていた。自分の本性(ほんしょう)を知っていたプリアさんに矛先(ほこさき)を向けていた可能性もあるだろう。だからこそプリアさんにとってリアンゲは恩人でもある。単純(たんじゅん)に感謝することも忌避(きひ)することも無視することもできない……とても微妙(びみょう)な恩人だ)


 なぎさに近づくリアンゲとプリアさんに、目を丸くしてヒマが寄る。


「よろしくプリア!」

「……はあ、どうも。アナタの名前、ヒマだっけ」

「うんっ、ヒマヒマ!」


 ついでヒマがリアンゲに手を合わせる。


「リアンゲさん、(あたま)だけで生きられるなんてすごい生命力(せいめいりょく)ですねー」

「エネルギッシュな君には(かな)わないよ。ホーヒープの箱から出ることはできないし」

「そうだ、ウィサーハさんに顔を見せてあげてほしいです!」

彼女(かのじょ)とはもう(はな)したさ、ローリン(ล)」

「よか……そうだったんだっ」


 ヒマは「よかった」と言おうとしたようだが、頭部だけになったリアンゲにそう伝えるのは勝手かもしれないと思ったのか無難に(あい)づちを()った。


 そんな会話に俺が耳をかたむけていると、左肩(ひだりかた)をたたかれた。


「みんな来てんね~。元気なあんたら見られてウチもうれしいよ」


 サバサバした声と共に俺の左に(こし)を下ろしたのはロージュラー(ฬ)の文字保有者であるエーンだった。


 赤茶色の髪と瞳も日焼けした(はだ)も健康的に(かがや)いている。

 白のサンダルをはき、紺色(こんいろ)の水着の上に水着と同じ色の半袖(はんそで)の上着を引っかけている。


「今回は海での作戦なんだよね、別に水着でもいいっしょ? ハートちゃん」

「無論だ」


 チャーイハートは俺の右隣(みぎどなり)でいまだにバナナをなめていた。

 エーンは左手にタコ糸をまとめた棒を持ち、そこから五本足の赤いタコを()げている。


 風にあおられ、まるで生きているかのようにタコが()れ動く。


「ティットくんも、そういうことでよろしくね~」

「……ああ。ファークドゥアイ(よろしく)、エーン」


「ちょっと歯切れ悪いじゃん。もしかしてウチが普段(ふだん)いる無人島を(はな)れたのが不思議なん?」

「みんなに情報を一斉(いっせい)送信できる君の(ちから)は優先的に守られるべきものだからな」

「といってもチュアくんの(かね)のおかげでウチの負担も減ったわけっしょ。ってことで、積極的に出て()くのもいいと思ったんだよ~」


 続いてエーンは砂浜を見渡(みわた)した。


「えっと、もう来てるのはティットくんにハートちゃん、アメちゃん、クマちゃん、ヒマちゃん、プリちゃん、リアンゲさんかあ。クマちゃんの保護者のティットくん以外は低子音単独字組なんよね? ってことは、あと三人そろえば今回のメンバーは全員集合ってわけだね」


 ここでエーンが立ち()がる。

 揚げていたタコが突如(とつじょ)として(ふる)え、(あば)れ始めたためだ。


「みんな気をつけて、なんか来るっぽい」


 エーンの言葉どおり、海面に大きな波が立った。

 サメの黒い背びれがいくつも横に並んでこちらに向かっている。


 だがその群れが達する前に潜水艦のそばでしぶきが()がり、トカゲのような手足を生やした例のサメが宙を()った。


 砂のなかに身を(かく)していたのだろう。

 (くち)をあけ、プリアさんに奇襲(きしゅう)をかける。


 硬直(こうちょく)したプリアさんを助けようとニウフアメーが動こうとした。

 その前にヒマが跳躍(ちょうやく)する。


「テンラム!」


 踊るようにトカゲザメのヒレや(きば)をかわし、平手打ちを横腹に()れた。

 サメはヒマの攻撃(こうげき)を受け、ひしゃげた身を海に(しず)めた。

 

「プリア、無事っ?」

「あ、ありがと。ヒマ……」


 プリアさんにケガはないようだったが、一方(いっぽう)で横並びのサメたちが(せま)る。

 俺もチャーイハートも前に出て波打ち際を()んだ。


 ざっと見ただけでもサメの(かず)は百を()える。

 ンゴーングー(ง)の(ちから)を使えないリアンゲ以外の文字保有者全員が臨戦(りんせん)態勢に(はい)った。プリアさんも(おく)れて潜水艦を再発進させようとする。


 すべてのサメが波打ち際の五メート手前で飛んだ。

 ()れなくトカゲの手足が生えており、俺たちを()おうと大口(おおぐち)をあけている。


(そちらが()うつもりなら、こちらも容赦(ようしゃ)する理由はない)


 上体を左後ろにひねり、俺は抜剣(ばっけん)の構えをとった。


「プロイ・コム・ダープ」


 左手の平のトータハーン(ท)から(けん)()こうとした。

 直前――。


「コ」


 おしとやかな女性の声が向かって左から(ひび)いた。

 短すぎる詠唱(えいしょう)と同時に、突起(とっき)付きの黒く太い棍棒(こんぼう)一番(いちばん)左のサメに当たる。


 するとそのサメは爆発(ばくはつ)し、全身が()()()()()飛び散った。


(百パーセント水でできた精霊(ピー)……?)


 そう思う()もなく、爆発したサメの(となり)のサメも衝撃(しょうげき)を受けて四肢(しし)の先までを水に変じ、破裂(はれつ)した。

 さらに――まるで導火線を火が(つた)っていくように、左から右へと次から次にトカゲザメが()ぜていく。


 総勢百以上のサメが数秒もたたず爆散(ばくさん)して海に溶け落ちる。

 一番(いちばん)右にいたトカゲザメが水に変換(へんかん)されたあと、海には波音だけが残された。


 向かって左から、棍棒を持った背の高い女性が歩いてくる。

 胸の前に垂れた白すみれ色の左右の巻き毛も、吸い込まれそうな蠱惑的(こわくてき)な瞳も、四枚の布からなる(うす)い青のボトムスも海水に()れている。


 棍棒を立てて背中に回し、妖艶(ようえん)()む。


「きょうも生きてケンカができることに(わたくし)は感謝を(ささ)げますわ」


 ヨーヤック(ย)の文字保有者であるナーグルアが天上と反射した海面から太陽を()びている。

 その場にいたリアンゲ以外の全員が彼女に手を合わせて感謝を示した。あるいはこの動作には畏怖(いふ)(ふく)まれていたかもしれない。


 対するナーグルアはあごを上げて胸をそらし、目を細める。


「マイペンライでしてよ」


 それから、先ほどのヒマの攻撃から回復したトカゲザメが浮上(ふじょう)すると同時にナーグルアはそのサメを()って爆裂(ばくれつ)させた。


 トカゲザメのピーの残骸(ざんがい)がすべて水となる。

 飛び散る水を浴びたのち、一回(いっかい)だけ犬のように身を()った。


「それにしてもみなさま――ああ、なんてすがすがしい暑さなんでしょう」

次回「130.低子音単独字(ง ญ ณ น ม ย ร ล ว ฬ)の十人【後編】」に続く!


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

コ(เคาะ)→たたく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。