128.低子音単独字(ง ญ ณ น ม ย ร ล ว ฬ)の十人【前編】
「あの~、ハーチャお姉さんにお兄さん」
暑い海辺の空気を吸いつつ、クマリーはチャーイハートと俺のまわりを飛んでいる。
「そろそろ教えてもらえませんかっ。低子音単独字とはいったい……っ」
「低子音単独字すなわち『アクソーンタム・ディアオ(อักษรต่ำเดี่ยว)』についてか」
チャーイハートの目配せも受け、俺が疑問に答えることにした。
ここでクマリーが動きをとめて首をかしげる。
「ディアオさんとも関係あるんでしょうか……?」
「いいや、この『ディアオ(เดี่ยว)』は『単独』という意味だ。ゴーガイ・ディアオのディアオ(เดี๋ยว)とはちょっと発音が違う」
「それでもなんか強そうな名前ですっ」
「同感だな。……で、クマリーはがんばって子音字四十二個を覚えたわけだけど、その子音字は大きく分けて三つのグループに分類される。これをトライヤーン(ไตรยางศ์)と言う」
「トライヤーン……っ。必殺技みたいでテンションが上がりますね!」
「グループが異なると、前にスープパンが言っていたとおり声の出し方が違ってくる」
俺は波打ち際から少し離れた場所でしゃがみ、三つの円を作図した。
左・中央・右に並べたわけだが、右の円だけ大きめに描いている。
「まず高子音『アクソーンスーン(อักษรสูง)』のグループ」
一番左の円を指でつつく。
グループ分けで重要な「声調」についてはいったん置いておく。
「アクソーンスーンに分類されるのは全部で十文字。たとえばバンダーやパイロの保有する文字がここに属する」
言いつつ、コーカイ(ข)やチョーチン(ฉ)を左の円のなかに書いた。
クマリーは砂にひざをつき、円のなかをのぞき込む。
ついで俺は真ん中の円に視線を向ける。
「次に中子音『アクソーングラーン(อักษรกลาง)』のグループ。ここに分類されるのは九文字。属するのはディアオやテーラさんの保有する文字」
円内にゴーガイ(ก)やジョージャーン(จ)をしるす。
対するクマリーはさらに前のめりになった。
大きめに作った右の円を俺はなぞる。
「そして低子音『アクソーンタム(อักษรต่ำ)』……これがトライヤーンにおける三つ目のグループだ。マレットやチュアモーンの文字が分類される」
コークワーイ(ค)とコーラカン(ฆ)を円の左側に寄せて書いた。
「この低子音は全部で二十三文字ある」
「多いですね……っ」
「だからアクソーンタムをさらに二つに分けるんだ」
右の円に縦棒を引き、左側と右側に分割した。
「左側に書いた低子音のコークワーイとコーラカンの音自体は高子音のコーカイ(ข)とまったく同じだ。このように高子音と同じ音を持つ低子音を低子音対応字すなわち『アクソーンタム・クー(อักษรต่ำคู่)』と呼ぶ。低子音対応字は全部で十三文字だ」
「えっと……じゃあ」
クマリーが円の右側を指差す。
「残りの低子音がアクソーンタム・ディアオさんなんですか」
「人名じゃないから敬称は要らないけれど、合ってるよ。低子音単独字は二十三マイナス十三で全十文字ということになるな。チャーイハートによると、ここに分類される文字を保有するみんなが今回の作戦に参加するようだ。その文字をすべて列挙すると――」
右側の空白に、俺は低子音単独字を漏れなく記入する。
ンゴーングー(ง)、ヨーイン(ญ)、ノーネーン(ณ)、ノーヌー(น)、モーマー(ม)、ヨーヤック(ย)、ロールア(ร)、ローリン(ล)、ウォーウェーン(ว)、ロージュラー(ฬ)の十個の文字を。
確かめるように再度それらの字を線で囲んだ。
さらにノーネーン(ณ)とウォーウェーン(ว)に下線を引く。
「チャーイハートとクマリーの文字もある。だから君たちは文字保有者のなかでもとくに『低子音単独字組』ということになるんだ」
「そ……そんな」
顔を伏せたままクマリーが身を震わせる。
さすがに一気に話を進めすぎたかもしれない。
「分かりやすく教えてくれてコープクンです、お兄さん……。クマリー、感動しましたっ!」
ひざだけでなく手も砂の上につけ、クマリーが輝く瞳を上向けてくる。
「四十二個の子音字をすべて覚えて調子に乗っていましたが……っ! こんなふうに文字を分けることもできるんですね~。なんだろ……っ。文字という特別なくくりがさらに分かれて、それぞれがもっと特別になった感じがしますっ」
「いい考察であるな、クマリー」
透明なハイヒールで砂を引っかき、チャーイハートがクマリーのそばにしゃがむ。
「さらに、こうも感じんか? 文字を保有する者にもそれぞれおおまかな性格の共通点があり、このトライヤーンにもとづく三つ……否、四つのグループごとに皆の性格タイプを分類できると」
「つまりそれは同じ低子音単独字組であるハーチャお姉さんとクマリーにも共通しているところがあるということですか?」
「さよう。拙の『子音字型性格診断』によるとアクソーンタム・ディアオの面々は――」
だがチャーイハートはすべてを言うことができなかった。
菜の花色の髪と瞳を持つ少女がウキウキした高い声と共にこの場に乱入してきたからだ。
「アーティット久しぶり~! さっそくだけどバナナよこせーっ!」
おだんご状の髪の左右から垂れた毛先やホットパンツに縫いつけられた灰色のスカートを潮風に揺らしながら現れたのは、ローリン(ล)の文字保有者であるヒマだった。
ローリンを持つヒマもチャーイハートやクマリーと同じく低子音単独字組なのだ。
俺をあお向けに倒して馬乗りになったあと、クマリーとチャーイハートに手を合わせてあいさつする。
「クマリーもおひさだっ! チャーイハートさんも元気そうですね~」
「わあっ、ヒマちゃん! 会えてうれしいよっ」
「相変わらず元気いっぱいで大変よろしい。さすがバナナ信者であるな」
「でしょっ。ヒマがいれば今回もコーングルアイグルアイですってば!」
馬乗りのまま、俺の胸を揺する。
「その前にアーティット、バナナ~。アロイバナナー!」
「……グラジョーム」
俺はワニの姿の精霊を呼び出し、その腹からバナナを四本だけ取り出した。
みんなに一本ずつ渡したが、やはりヒマは皮ごとバナナを食べている。
「ありがと~、暑期のほてりに染みるっ! めっちゃアロイッ!」
「それはよかった」
「この恩は絶対返すからねアーティット」
バナナを食べ終わったあとヒマはクマリーと話し始めた。いや、砂浜で追いかけっこを始めた。
まだバナナを半分も口に入れていないチャーイハートに俺は声をかける。
「いいのか? 君は子音字型性格診断についてなにか言おうとしていたようだけど」
「心配してくれるとはかたじけないな」
チャーイハートは舌を出し、バナナをちろちろなめている。
「しかしよく考えればトライヤーンの説明の直後に新情報を詰め込めば混乱するであろうし、性格診断はあとに回して構わんよ」
「そうか……ところで君とヒマ以外に、すでにこの砂浜に到着している文字保有者はいるのか」
「いるな」
目の前の海面をじっと見る。
「プリアはアーティットたちよりも早く来ていたのではないか」
「……プリアさんが?」
「しかり。だが興味深いな。だいたい仲間を呼び捨てにするキサマが、テーラとプリアについては『さん』を付けている」
「テーラさんは、なんというかそういう雰囲気だし……プリアさんもどうも呼び捨てにしにくいというか。距離を感じているわけじゃないんだが……ん?」
会話の途中で、後ろからなにかが飛んできた。
オレンジ色の半透明の箱が放物線をえがいたあと遠くの海面に着水し、沈んだのだ。
「――あ、手がすべっちゃった」
耳にビリッとくる声が背後から聞こえた。
さらに海面が泡立ち、赤茶色の紡錘形の物体が浮上してきた。
見覚えのある木造潜水艦だ。
上部のハッチがひらき、少し青っぽい髪と瞳を持つ少女が顔だけを出した。
目が潤んでいるのが分かる。
「あ……あの~」
おどおどした声が海の風に乗る。
「なんかリアンゲさんの生首が沈んできたんですけど……グロいんでなんとかしてくれませんか」
「そう怖がることはないよ、ロールア(ร)」
「ひ、ひゃあああッ!」
聞き心地のいいガラガラ声と共に、プリアさんのさけびも海上にこだました。
次回「129.低子音単独字(ง ญ ณ น ม ย ร ล ว ฬ)の十人【中編】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
アクソーンタム・ディアオ(อักษรต่ำเดี่ยว)→低子音単独字(ง ญ ณ น ม ย ร ล ว ฬ)
トライヤーン(ไตรยางศ์)→タイ語における子音字の三つの分類
アクソーンタム・クー(อักษรต่ำคู่)→低子音対応字 (ค ฆ ช ซ ฌ ฑ ฒ ท ธ พ ฟ ภ ฮ)




