↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
132/191

番外編05.勝利の予感に酔い痴れろ・マオガップラーンチャイチャナ(เมากับลางชัยชนะ)

「――ただいま、ムート。シアムも元気にしてたかな?」


 乳白色(にゅうはくしょく)(かみ)(ひとみ)を持つ若い男が灰色の人工島に()り立ち、ドーム状の洞穴(ほらあな)(はい)った。


 少々(しょうしょう)高めの声で帰りを知らせる。

 (うす)(やみ)で満ちたその空間で待っていたのは、巨大(きょだい)なビンに入った墨色(すみいろ)長髪(ちょうはつ)の女。


 だが女は目を閉じたまま反応(はんのう)を返さない。

 一方(いっぽう)、洞穴のすみでひざをかかえてじっとしていた黒目赤髪(あかがみ)の子どもは言葉を返した。


 ――ただし、冷淡(れいたん)に。


「ヨム。もう帰ってきたわけ?」

「ちょっとちょっとシアム~」


 軽薄(けいはく)な調子で男――ヨムが苦笑(くしょう)した。


「文字保有者に対抗(たいこう)すべく(おれ)一生(いっしょう)懸命(けんめい)仲間集めを進めてヘトヘトになって帰還(きかん)したっていうのに、それだけっていうのは冷たいんじゃないのー。せめて『ヨムお兄ちゃん、がんばったね……っ』ってな感じで俺の胸に飛び()んで(やさ)しくねぎらいの言葉をかけるとかさー」

「เคือง(クアン)〔うっざあ……〕」


 シアムのうなじで燃える赤黒(あかぐろ)(ほのお)までもが拒否(きょひ)反応を起こしたかのようにチリチリと()れる。


「それ聞いて、ますますあなたに協力したくなくなったわ」

「え、おこらせちゃったの? 理由は分からないけどごめんねー」

「フップパーク((だま)ってくんない?)……ホント、人をイラつかせるのが得意ね、ヨムは。ただ起きるためだけにあなたみたいな男を(たよ)らざるを得ないムートに同情を禁じ得ないんだけど」


 ムートとは、洞穴中央の巨大ビンのなかで(ねむ)っている若い女のことだ。

 彼女(かのじょ)を目覚めさせるには文字のエネルギーが必要である。だからこそヨムは文字保有者から文字を(うば)おうとしている。


 文字保有者は体に刻んだ文字を失うと死ぬ。

 それでもヨムにとってはディアオやラートリーといった文字保有者のいのちよりも、ムートを起こすことのほうが重要なのだ。


 だが文字保有者は四十二名いるため、ヨム一人(ひとり)ではなかなか文字を奪取(だっしゅ)できない。

 そこで、文字を奪うという目標を達成するためにもまず仲間を集めなければならないと結論づけた。


 とはいえ現状、この島に強制的に連れて来られたシアムとしてはヨムやムートがどうなろうと知ったことではない。


 確かに、自分と敵対した文字保有者たちの動向は気になるが――。


「にしてもヨム。なんか急に暑くなった感じしない?」


 柑子色(こうじいろ)の服の(すそ)をはたき、内部に空気を送り込む。


「まだナーローン(หน้าร้อน/暑期(しょき))は先のはずなのに」

「おそらく、これは文字保有者の仕業(しわざ)だろう」


 左手に持った()きビンを空中で回し、ヨムが答える。


「なんかシアムとの戦いが終わってから文字保有者のみなさまがたは身内同士で争ってたっぽいんだよねー。その抗争(こうそう)の結果、大地の軌道(きどう)が少しずれたみたい。あ、シアムは大地が丸くて太陽のまわりを回っているってちゃんと知ってる? 公転って言うんだけど」

「バーにしないで、知ってるっての。てか身内同士でやり合ってんならチャンスじゃん。今のうちに弱いヤツでも仕留(しと)めれば?」


「それがさあ。(かれ)ら、すでに和解して仲よしこよしに(もど)っている感じなんだよ。さすがの結束力(けっそくりょく)だよね」

「結局、仲間を集めないとどうしようもないってわけ」


 シアムが首を動かし、ヨムの周辺に視線をやった。


「で、肝心(かんじん)のお仲間は何人(なんにん)か集まったの?」

「とりあえず二人(ふたり)


 ヨムは順手(じゅんて)で空きビンをつかみ、右手でビンをたたいて(おと)を鳴らす。


「二人ともー、俺のかわいい妹分(いもうとぶん)に自己紹介(しょうかい)おねがーい」

「待ってよ。(だれ)がいつ、あなたの妹分になったのよ」

「え? でもシアム、俺の仲間になるのヤなんだよね?」

「そうだけど仲間にならなかったら妹って発想がおかしい。あなたの脳みそ、(じつ)は空きビンでできてんじゃないの?」

「バレちゃったか」

「適当こくなあっ!」


「ほお~! おまえら仲むつまじくて()やされるな~!」


 鼓膜(こまく)が張り()けんばかりの大きな声が、ヨムとシアムの会話のあとに続いた。

 島の(そと)から穴を(とお)って現れたのは、壮年(そうねん)大柄(おおがら)な男であった。


 金色(きんいろ)の目と黒い髪を持つその男は、黒いタンクトップと青いズボンを着ていた。

 はだしに、()げ茶の草履(ぞうり)をはいている。


 身長は二百五十センティメート以上。

 獅子(しし)のたてがみを思わせる黒髪も男に威圧感(いあつかん)(あた)えている。


 しかしもっとも特徴的(とくちょうてき)なのは、両の目の(した)にある()(ずみ)だ。


 左と右それぞれにサーム(๓)の数字が()かび()がっている。

 シアムが警戒(けいかい)しつつ、大男に質問する。


「なにその左右(さゆう)合わせてサームシップサーム(๓๓/三十三)の数字は。あなたも文字保有者じゃないよね?」

「なんのことだっ!」

「ちょ……うるさっ。もっと声、(おさ)えてくんない」

「すまん」


 大男の声は小さくなったものの、それでも不思議と鼓膜に(ひび)く。


「おれの目の(した)の数字はカウントダウンさ。戦場(せんじょう)で出会った素晴(すば)らしい(てき)を殺すごとに一個(いっこ)ずつ減っていくのだ。ガーオシップガーオ(๙๙/九十九)から始まったこの数字をスーン(๐/ゼロ)にまで持っていくのがおれの目的なのだ」

「はあ、それはさぞお強いことで。でもなんであなたはヨムみたいな腹立つやつの仲間になったの」

「あー、おれも最初は興味なかったんだけどよ……」


 シアムの前でしゃがみ、大男がひざに両手の平を()える。


「ヨムくんの標的のなかにアーティットって男の子がいるって聞いてな」

「男の子って呼び方が適切かは()らないけど、アーティットって赤目赤髪のあいつのこと?」


「そうそう。おれはアーティットを殺したいんだ」

(うら)みがあるんだ?」

「いや別にそんなのないよ」


 身を前傾(ぜんけい)させ、目線の高さを合わせようと(こころ)みている。


「ただ、アーティットは二年前におれが殺したはずなのだ。でもそのあとも傭兵(ようへい)として活動を続けているアーティットのウワサがおれの耳に入ってきた。なぜかアーティットは生きていたのだ。以降、おれは減らしたカウントのつじつまを合わせるためにもアーティットを探し回っていたんだけれど……ヨムくんによるとアーティットが復活したのは文字保有者とやらになったからだそうじゃないか。で、その文字保有者をねらうヨムくんに協力すればアーティットを今度こそ殺せると思って仲間になったのだ」

「カウントのつじつま合わせをしたいなら今すぐサームシップサーム(๓๓/三十三)をサームシップシー(๓๔/三十四)にすればいいだけじゃん」

「あ、なるほどっ!」


「ちょちょ……シアム、余計なことは言わないでよー。せっかく仲間にしたのにっ」


 ヨムが(あわ)てて両腕(りょううで)(なな)めに()る。

 だが大男はシアムの言葉にうなずきつつも、両のこぶしを強く(にぎ)った。


「つってもおれはアーティットという男の子をもう一度(いちど)殺したい。彼は今、二年前よりもっと素晴らしい敵になっているんだろう? だからおれはカウントをもとに戻さずアーティットを殺しきり、つじつま合わせを完遂(かんすい)するのだ」

「こだわりすぎでしょ。カウントがスーン(๐/ゼロ)になったら、なにか特別なことでも起こるの?」


「おれが満足するっ!」

「……なんによせ赤目赤髪を(たお)した話が本当ならかなりの戦力(せんりょく)じゃん。といってもあなた、ヨムがウソを言っているとは思わなかった?」

「ふふふ。出会ってすぐにおれたちはお友達になっちゃったからな」

「はあ?」


 ()りつけたようなヨムの()みを、シアムは右中指で指し示した。


「こいつと?」

「いやあ、ヨムくんは開口一番(かいこういちばん)おれの目の(した)の入れ墨を()めてくれたし。素敵(すてき)な男の子だなと」

「素敵なのはピュアなあなただよっ!」


 照れ笑いを返す大男をじっと見たのち、シアムはまた首を大きく動かす。


「……で、お仲間は二人じゃなかったっけ。あと一人(ひとり)はどこよ」

「ありゃ。確かにあの子、(そと)に出たままだ」


 ヨムが穴の外に向かって声を上げる。


「もしもしー、()ずかしがらずに出て来なよー。シアムは(こわ)くないよー」

「なんでわたしが怖がらせている前提?」


「ち、(ちが)います……っ」


 ()のなくような少女の声が返ってきた。


「ワタシは自分のことを怖がっているんです。みなさんを傷つけるんじゃないかと……っ」

「……へ? いやいやだいじょうぶだっての。わたしはすでに死んでるし」


「本当ですか……精霊(ピー)(ちから)を借りているんですね……? ちょっと安心しました。でも念には念を()れてワタシはもっと自分を緊縛(きんばく)しておきます」

「なんか変な言葉が聞こえた気がしたんだけど……気のせいかな」

「では、なかに入りますね」


 姿を見せるのをためらっていた少女がようやくシアムと同じ空間内に現れる。


 薄茶色(うすちゃいろ)簡素(かんそ)貫頭衣(かんとうい)をまとった少女だ。

 細腕(ほそうで)の大半が露出(ろしゅつ)しており、貫頭衣以外で身につけているのは足首から太ももまでを(おお)う薄茶のレッグカバーのみ。


 栗色(くりいろ)の髪は臀部(でんぶ)まで届いている。

 その毛の性質は綿(わた)のように柔和(にゅうわ)()えた。


 目は青色で大きく、一対(いっつい)()れた宝石のようでもある。


 もし少女の特徴がそれらだけであったならば、なぜヨムがこの少女を連れて来たのかシアムは疑問を(てい)していただろう。


 だがその少女には明らかに異常な部分があった。

 少女はわきがのぞくまで両腕(りょううで)を上げているのだが、天に向かった両手首には手錠(てじょう)がはめられ、しかもその手錠から延びるロープが真上(まうえ)へとピンと張っているのだ。


 自分で自分を緊縛しているかたちである。

 まさか一人(ひとり)でやったとは思えないので、おそらく少女はみずからの使役(しえき)するピーに自身の緊縛を頼んだのだろう。手錠のロープを引っ張っているのもそのピーのようだ。


 あ(ぜん)とするシアムに、ヨムがしたり(がお)で声をかける。


「この子と俺との出会いは運命的なものでね。そう……暴漢に(おそ)われそうになっているところを俺が助けたんだよー」

「いえ、()()げ容疑で(つか)まっていたヨムさんをワタシが助けたんです……でもヨムさんは意図的に食い逃げしたのではなく、ただ財布を落としただけのようでした。それを一緒(いっしょ)に探して見つけたんですよ……っ」


「……俺が事情を(はな)すとこの子はすぐに意気投合してついてきてくれたんだっ!」

「何回もことわったんですが()きつかれたのでかわいそうになったんです」


「いやいや、今のどこにヨムについていく理由があったの?」


 笑う大男を尻目(しりめ)に、シアムが疑いを(くち)にする。


「まさかヨムに誘拐(ゆうかい)されたんじゃ」

「ワタシは自分の意思でヨムさんの仲間になると決めました……っ!」

「え……でも」

「決定打は顔です」

「顔しかいいとこないよ、こいつ!」


「さっきから俺に辛辣(しんらつ)すぎない? 照れ(かく)しなのかな、シアム」

「むしろあなたに辛辣じゃないヤツとか、どんだけ聖人なんだっての」


 それからシアムは大男と緊縛少女の二人を交互(こうご)に見つめた。


「あ、そうだ。わたしはヨムの仲間じゃないけどさ、あなたたちの名前は? ちなみにわたしはシアム」


「おれはジェオだっ!」

「ワタシはマリです……っ」


「ふーん、ジェオにマリね。いい名前じゃん。あと伝えておくけれど間違(まちが)ってもわたしのこと『君』って呼んだりしないで」


了解(りょうかい)したのだ、そしてシアムもいい名前だな~」

「よろしくお願いしますシアムさん……っ。ご要望とあらば緊縛レベルをもっと上げますよ……」


 自己紹介が終わったところで、ヨム、シアム、ジェオ、マリは車座になった。

 ただしマリは()してもなお手錠をつけたまま両腕を上げている。


「ジェオ、マリ。あらためて俺についてきてくれてありがとう」


 ヨムが二人に目配せしたあと、巨大ビンに入ったムートのほうに視線を送った。


「あの子が俺の起こしたいムートだよ。そしてムートを起こすためには文字のエネルギーが必要だから、文字保有者を()る。単純な流れだろ? 二人にはその協力を頼みたい」


 うなずくジェオとマリを確認し、ヨムは続ける。


「でもまずは頭数をそろえないと彼らを狩ることはできない。そこで次の段階では各自最低二人ずつ新たな協力者を見つけてくることにする。仕掛(しか)けるのはそのあとだ」

「ちょっとヨム。別にあなたにアドバイスを送る気はないけど、相手は四十人以上いるんだよね。あなたとジェオとマリで合計六人程度集めてもせいぜいあなたの勢力は十人前後にしかならない。単純に四倍の戦力差があんじゃん。それで勝つ気なの?」


「あんまり人数を増やしすぎると裏切りが怖いからね、シアム。こっちにはホーノックフークのような抑止力(よくしりょく)がいないんだ。それに十人ほどの勢力を作ったからといって文字保有者全員に即座(そくざ)に戦いを(いど)むわけじゃないよ。まずはムートの覚醒(かくせい)を最優先にする」

「起こしても戦力が一人(ひとり)増えるだけだっての」

「そうでもないよ、だって――」


 ヨムが自身の空きビンを(かか)げ、それを通して巨大ビンのなかの女を見た。


「ムートが目を覚ましさえすれば、勝利するのは俺たちだからだ」


 いぶかしげに首をかしげるシアムと(たの)しそうなジェオと体を(ふる)わせるマリの手元にビンが落ちてくる。


「さて新たな出発に向けて乾杯(かんぱい)しようか。勝利の予感に()()れながらね」


 おいしそうにビンをかたむけるヨム。

 それぞれの持ったビンはいずれも中身のないものではあったが、疑問を差し(はさ)まずに(くち)をつけるジェオとマリを見た瞬間(しゅんかん)、シアムもいちいち指摘(してき)するのが面倒(めんどう)になった。

次回「番外編06.船の行く末・ルアパイナイ(เรือไปไหน)」に続く!


タイ語のサブタイトル「マオガップラーンチャイチャナ(เมากับลางชัยชนะ)」を単語に分解すると「マオ(เมา/酔う)」+「ガップ(กับ/○○と)」+「ラーン(ลาง/前兆)」+「チャイチャナ(ชัยชนะ/勝利)」になります。したがって「勝利の前兆と共に酔う」と直訳できます。

英語だと「drunk with a sign of victory」になりそうですね~。


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

ジェオ(แจ๋ว)→すごい

マリ(มะลิ)→ジャスミン

マオ(เมา)→酔う

ラーン(ลาง)→前兆

チャイチャナ(ชัยชนะ)→勝利

クアン(เคือง)→うっとうしい

ナーローン(หน้าร้อน)→暑期しょき

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。