126.文字を学んだその先へ(หลังจากเรียนรู้ตัวอักษร)【後編】
「じゃ、わしらは引っ込もうかの。ノーヌー(น)」
キアと並び、ホーノックフーク(ฮ)が大部屋から出て行く。
クマリーが呼びとめようとしたものの、ホーノックフークが首を横に振る。
「今回そのほうらがぶつかったのはわしじゃのうて、トートン・ファを始めとする十四人であろうが。にもかかわらずこれ以上しゃしゃり出るほど、わしは目立ちたがり屋ではないんじゃよ」
「そういうことでしたら、ホーさんやキアさんにも、いつかまた」
扉が閉まったあと、クマリーがあらためてみんなを見る。
「さてクマリーがみなさんに送りたいメッセージというのは、文字を使った書き言葉によるものですっ!」
「なんでそのまま口で言わねえの」
ネーティの頭で丸まったまま、ルイくんが疑問を口にした。
クマリーは両手を後ろにやった状態で胸を大きくそらす。
「それはねルイくん……学んだ文字をクマリーが書きたくて仕方ないからだよっ!」
「む……そこまでこだわることかよ」
「もちろん声に出す言葉もいいんだけど、声に出さない言葉も素敵だから。ルイくんの名前を書いたときだって、ただ名前を呼ぶのとは違った感覚があったもんっ。心に刻んでいくような……本当のルイくんに出会ったみたいな、そういう感動があったんだ」
「ぼくには分かんないな。象だからかな」
「それを言うならクマリーも精霊だよ。とにかくクマリーからのメッセージ、受け取って……っ!」
ルイくんの前まで飛び、その長い鼻に右人差し指をすべらせる。
まずは名前のルイ(ลุย)を指で書き、そのあとでとある言葉を書いた。
ファとの戦いが終わり、図書館塔に来る前のジャンク船で俺が教えた書き言葉だ。
教えた理由は一つ。
クマリー自身が書き方を尋ねてきたからだ。
子音字四十二個を覚えた今の彼女ならば、スラスラと書ける短い言葉だ。
これまでクマリーは学んだ文字を使用して文字保有者の名前を書きしるそうとしてきた。
だが特定個人の名称ではない一般的な言葉を文字にしようとしたのは今回が初めてである。
そしてクマリーがしるした文字列は、声を介さずにルイくんへと伝わったようだ。
「クマリー。どうしてぼくにこの言葉を」
「一緒にいるだけで、あったかくなるからだよ」
「……ふ、ふんっ。でもおまえのことだから、ほかのみんなにも同じことを伝えるんだろ」
「そうだよ。今のところクマリー、これ以上の文章は書けないし。だけどルイくんへの感謝はルイくんに対してだけのものだからね」
「調子のいいこと言いやがって……っ」
ルイくんが耳をパタパタさせて喜びを表現する。
あるいは声なきその動作も、音とは異なる言葉の一つかもしれない。
続いてクマリーはネーティの左の手袋の上にネーティ(เนติ)自身の名前と……ルイくんにも送った短い言葉を指でしるした。
ネーティは象牙のイヤリングを揺らし、ほほえんでみせる。
「おお、あたしにもこの言葉を。うれしいですねー」
「よかったです。そしてルイくんが素敵なのは、ネーティさんも素敵だからだと思いますっ」
さらにクマリーは飛び、こっそり大部屋から出ようとしていたバンダーの正面に回り込む。
「逃がしません、バンダーさん」
「ちっ、オレはてめえも嫌いってすでに伝えたよな?」
「だからこそのメッセージですよ」
クマリーは彼の左手の平に、バンダー(บรรดา)という名前と例の言葉を書いた。
アンという音を示す二重のロールア(ร)すなわち「ローハン」も忘れていないようだ。
「なんかバンダーさんがいるとクマリー、ホッとするんです」
「……やっぱアーティットに似てやがんな、おまえ」
バンダーはそれ以上部屋にとどまらず、鶏卵のような白い靴を鳴らして扉から外へと姿を消した。
なお、クマリーの伝えたい書き言葉の最初の文字はバンダーのコーカイ(ข)である。
* *
車輪のような壁を転がし、チャーイハートがクマリーに近づく。
腰を壁にはめた格好で、チャーイハートは両腕を垂らした。
「キサマもバンダーを興味深い男と思うか?」
「ハーチャお姉さん……はいっ、もっと知りたいと思いました!」
「拙にとってもバンダーの人格は分析しがいがある。それと――」
ここでチャーイハートはなにかを言おうとした。
おそらく以前ふれていた「子音字型性格診断」のことだろう。
だがチャーイハートは口ごもった。
クマリーが一人一人にメッセージを伝えている今の状況で、自分から切り出すべきではないと判断したのだと思われる。
そのあいだクマリーはチャーイハートの左手の平にチャーイハート(ชายหาด)という名前とコーカイ(ข)から始まるメッセージをしるす。
メッセージの最後の文字はチャーイハートのノーネーン(ณ)だ。
「あらためてクマリーと戦ってくれてありがとうございました、ハーチャお姉さん。あの戦いがなかったら、クマリーはファちゃんとも堂々と向き合えなかった気がします」
「それはキサマ自身の強さであろうよ」
微笑しながらチャーイハートが部屋のすみっこに転がっていく。
次にクマリーはダーンナーのほうへと飛んだ。
黙って左手の平を差し出すダーンナーだったが……その際、服の背面から垂れた赤い裏地の布を踏みそうになっていた。
クマリーはコーカイ(ข)から始まりノーネーン(ณ)で終わるメッセージを指で書いたあと、ダーンナー(ด้านหน้า)という名を添えた。
「ダーンナーさんの神秘にあふれる美しさ……なんかそれは根っこみたいなぶっといものだと思いますっ!」
「悪くない捉え方だ、ウォーウェーン(ว)。いずれおまえも神話に飛び込むときが来るのかもしれんな」
「そうなったらうれしいですっ。ただ、すでにダーンナーさん自身が神話の世界の住人って感じがするんですよねー」
「なるほどな、逆に神話をオレのほうに引き寄せる方途もあるか」
「……どういうことですっ」
「すまんな、オレの話だ」
ダーンナーは無表情ではあるものの、慈しむような声は非常に優しい。
「そして話に付き合ってくれるのは快いがクマリー、おまえにはやるべきことがあるだろう」
「そうでしたっ、ではっ!」
続いてクマリーは、イーガーの膝枕を受けているトラニーに声をかける。
トラニーは寝返りを打ち、三つのおさげを跳ねさせた。
「指輪のウォー……わたしもメッセージ受け取りたいな……すぴ~。額に書いてくれるかな……むにゃあ」
「おでこですね、がってん承知ですっ」
指を使い、トラニー(ธรณี)という名前と例の言葉を額に書く。
「クマリーはトラニーさんの文字を学ぶことで全四十二字をちょうどコンプリートしました」
「こっちこそ……その最後の一人になれてよかったかも……くう」
「トーターン(ฐ)も安眠できそうだね」
イーガーが微動し、黒い網の目の服をきしませる。
「そんじゃクマリー。わたしもメッセージが気になっているから早く書いてくれないかな?」
先ほどトラニーの額に文字がしるされたときは目を閉じていたようだ。
イーガーもクマリーに、額へとメッセージを書いてほしいと頼んだ。
結果、イーガー(อีกา)という名前とメッセージがクマリーの指によりスラスラと書かれた。
ウエストポーチをひじでたたき、イーガーはうなずく。
「……伝わった。こちらこそ、だよ」
「とくにイーガーさんは、自分自身を傷つける必要はないと教えてくれました。相手をもっとひどい加害者にしたくない限りは……って。この言葉にもクマリーは支えられたんですよ」
「そう……あと、マークルックの一局はまたいずれ」
* *
それからパイロのもとに向かう。
パイロは股に竪杵を挟んでいる。
大きくしたチンを無音で打ち合わせ、小さく浮遊しているところだった。
「……クマリー。貴方の伝えたいメッセージがなにか、すでに私は気づいてしまった」
楽器のチンを持つだけあって、音に敏感なのだろう。
おそらく指や手の平のこすれる音から推測したと思われる。
「その言葉は、私が貴方に伝えたい言葉と同じだ。クマリーはアーティットのことを大事にしてくれているからな」
「はいっ、パイロさんの気持ち……受けとめますっ。クマリーも、お兄さんのことを一途に思っているパイロさんの存在はとっても大きいと思っています」
クマリーがパイロ(ไพเราะ)という名前とメッセージを書く。
だが――。
出会ったときと同じように、クマリーはパイロの竪杵をつかんで文字列の軌跡をえがいてしまった。
謝ろうとするクマリーをパイロがやんわりと制止する。
「貴方が気持ちよく書けたなら、それで構わないのだ」
以前のやりとりを再現するような言葉だった。
元気を取り戻したクマリーは、ウィサーハのもとに飛んだ。
許可を得たうえで魚のしっぽの先端にウィサーハ(วิสาห)という名前とメッセージを書きしるす。
「ウィサーハお姉さんの持つリアンゲさんへの思いも素敵です」
「……クマリー、あなたはアーティットのことどれくらい慕っているのかしら」
「ものすごくっ!」
「正直な子ね。嫌いじゃないわよ、あなたみたいなピー」
* *
ついでクマリーはマレットに近づく。
マレットはマーイナー(เ)のかたちをした一対の髪飾りを右手で整えながら、左手の平にマレット(เมล็ด)という名前とメッセージを書いてもらった。
「とってもおいしい水牛乳、ごちそうになってますからねっ!」
「どもッスわ。でもアタシが好きで振る舞ってるものなんで……」
ここでマレットは、宙にティーンイアット(◌ุ)のかたちを書いた。
クマリーのメッセージの最後はノーネーン(ณ)だが、その直前にマレットのコークワーイ(ค)を置く。
しかもそのコークワーイは母音記号のティーンイアットがついたかたち(คุ)になっているのだ。
ティーンイアットは短い「ウ」をあらわすのでコークワーイと合わせて「ク」という発音になる。
「にしてもティーンイアット(◌ุ)って小さな銃みたいでもあるッスよねー。ちょっと使えるか試してみようかな」
「マレットさんの銃は母音記号をかたどっているんですよね? どうしてですっ」
「コークワーイの力を行使する際、イメージしやすいからッスよ」
確かにイメージが固まっていないと、うまい具合に力を振るえない。
自身の持つ文字の力を十全に発揮するためには、保有する文字に付随するイメージを膨らますことが大切だ――とセンセーが言っていた。
(個人的にイメージを固めるのがうまいのはジャムークだと思う。洗面器を暗示する文字から水を出したり鏡を作ったり、実際にタライを落としたり……かなり応用している印象がある)
ジャムークといえば彼の保有するオーアーン(อ)もクマリーの短いメッセージに含まれている。
コーカイの右横に置いて「コー(ขอ)」という音を示す。
これにあと一字を挟んで、ティーンイアット付きのコークワーイとノーネーン……すなわち「クン(คุณ)」の文字列が続く。
さてマレットにメッセージを伝えたクマリーの前にジウとニウフアメーがやってきた。
クマリーはそれぞれの左手の平にジウ(จิ๋ว)、ニウフアメー(นิ้วหัวแม่)という名前を書いたのち、「コー(ขอ)」と一個の子音字と「クン(คุณ)」で構成されるメッセージを続ける。
「ジウさんには仙人みたいな頼もしさがあります。そしてアメお姉さんのパオインチュップをクマリーはまた受けたいですっ」
「ならやる? ズバリ、クマリーちゃんには新しい夢ができた? パオインン~」
「チュップ!」
クマリーがチョキを出し、ニウフアメーがパーを出したのでクマリーの勝利である。
ニウフアメーはうれしげに五色の上着の袖をはじいた。
一方、ジウは木の杖に体重を預けたまま中性的な声を発する。
「ウォーウェーンよ。一つ、うかがいたい」
「なんですか?」
「現時点でわれわれ文字保有者四十二人のなかでもっとも強いのは誰だと思う」
「みなさん最強でクマリーが最弱だとは思っていますが、しいて言うならナーグルアさんじゃないですか?」
「ふむ、感謝する。小生も精進せねばな」
ジウは達観しているようでいて、心のなかは向上心で燃えているのかもしれない。
* *
そのあとクマリーは、四十二枚のパイ・ゴーガイ(ゴーガイ・カード)をシャッフルしているワッタジャックに話しかけた。
「ワッタジャックさんはみんなのイメージをよくするためにもパイ・ゴーガイの販売を考えているんですよねっ、お兄さんと同じくクマリーも大賛成ですっ!」
「それは自信が湧いてくるね」
少年のようにも壮年のようにも見える顔でワッタジャックがほほえむ。
クマリーがワッタジャック(วัฏจักร)という名前とメッセージを左手に書く。
メッセージに必要な最後の文字こそ、ワッタジャックのボーバイマーイ(บ)だ。
発音としては「プ」になる。
なぜ「プ」なのにポープラー(ป)を使わないのかとクマリーは俺に質問していた。
そのとき俺はフォーファー(ฝ)の文字保有者である「ヤーンロップ(ยางลบ)」の名前を思い出してもらった。
ロップの「プ」についてもボーバイマーイが使われている。
ドーデック(ด)が末子音で「ト」という発音になるように、ボーバイマーイ(บ)も音のかたまりの最後に位置したら「プ」という発音になると説明した。
よってクマリーがみんなに伝えたいメッセージの前半部分(ขอบ)の発音は「コープ」となる。
なおクマリー・トーンのトーン(ทอง)と同じくオーアーン(อ)が子音字のあとに続いた場合は「オー」と発音する――というのも合わせて確認している。
* *
最後にクマリーはフルンフリンとファに近づいた。
フルンフリンは扇状のポニーテールをくしけずって左手の平を出した。
「書き言葉でメッセージとはなかなかしゃれてんじゃねえかよクマリー」
「フフちゃん……フフちゃんはいろんな言葉を使えてすごいっ! 友達のことも深く考えている素敵な友達だよっ」
「よせっての。ダチのこと考えてんのは、てめえも同じなんだからよ」
あえてフルンフリンはことわざを引用していないようだ。
フルンフリン(ฟรุ้งฟริ้ง)という名前と「コープ(ขอบ)」で始まり「クン(คุณ)」で終わるメッセージがクマリーの指によって書かれた。
続いてフルンフリンはファのほうに視線をやり、クマリーに目配せした。
クマリーは、俺の上着を身にまとったファに笑顔を向ける。
「ファちゃんにもメッセージだよ~」
「……クマリー。四十二個の文字を学んで、しかも言葉もしるせるようになったの?」
「一個だけね。ジョットお姉さんのジャンク船のなかで、お兄さんから一個だけ教えてもらったんだ」
「この世には無数の言葉があるよね。そのなかのいったいどれを選んだのかな……」
「……それは、これだよっ!」
まずクマリーはファ(ฟ้า)の名前をファの左手の平にしるした。
さらにコーカイ(ข)、オーアーン(อ)、ボーバイマーイ(บ)、ティーンイアット(◌ุ)付きのコークワーイ(ค)、ノーネーン(ณ)を左から右へと順に並べる。
そうしてできた書き言葉の文字列は「コープクン(ขอบคุณ)」であった。
「伝わったかな……クマリーの気持ちっ」
「コープクン。『ありがとう』?」
「うん! クマリーも口ではたくさん言ってた。でもこうして文字にして書き言葉として伝えるのは初めてなんだ……。なんか口に出すのとは違う感じがする。クマリーの気持ちを新しいかたちで伝えられていたらうれしいなっ」
「でもどうして選んだ言葉が『ありがとう』なのかな」
「クマリー、まだ書き言葉には不慣れだから、いろんな文字の並びを一気に覚えることはできないって思ったんだ。だったらまずはみんなにもファちゃんにも……一番に伝えたい気持ちをまず書き言葉にしようって決めたの」
クマリーがもう一度、ファの手の平に「コープクン(ขอบคุณ)」と書いた。
「ファちゃん。お兄さんが大好きなファちゃんのこと、クマリーも大好きだよ。だから友達になってくれてありがとう……」
「……伝わったよ。コープクンの軌跡の感触を、わたしの手の平が覚えたから。わたしのほうこそありがとう」
そしてファはクマリーに聞く。
「ねえ、四十二個の文字を学んだ今、クマリーはこれからどんな夢を持って生きていく?」
「それも発表しちゃいますっ!」
クマリーはあらためてみんなに呼びかけた。
バンダーは帰ってしまったようだが、それはそれでバンダーらしいので雰囲気が悪くなったりはしない。
「聞いてください、みなさんっ!」
元気よく、ふにゃふにゃ声が張り上げられる。
「クマリーはすべての文字を学びました。そうしてイカした文字すべてと出会うという夢を達成しました。でもまだクマリーの夢は終わりませんっ!」
彼女が元気であると、やはり俺もうれしくなる。
それは……ここに集まっているみんなもおおむね同じだと思う。
「クマリーはこれから、学んだ文字をもとにどんどん言葉を覚えていきますっ! そして最終的には……自分の気持ちをもっとたくさん書き言葉にしてみなさんに伝えたいと思っています」
手紙を書くということだろうか。
「声だけじゃない……音のない言葉を用いてクマリーの気持ちを新しいかたちで伝えたいんです。そのときクマリーは本当の意味で文字を使いこなせるようになり、文字保有者のみなさんの本当の仲間になれると信じているからっ!」
「応援するよ、クマリー」
ファが真っ先に声を返した。
ほかのみんなも拍手したり声援を送ったりしている。
そんななか、ファが俺のそばに寄ってきた。
「アーティット。上着は返したほうがいいでしょうか」
「返すのは、いつでもいいよ」
「……ではしばらく借りるであります」
少し黙ってファは続ける。
「クマリーはすごいね」
「ああ。クマリーもすごい」
「わたしは、これからどうすればいいんだろ」
「俺とクマリーと一緒に行こうか」
「ありがとう、でも今は……アーティットにあまり甘えたくない。しばらくはフフと共に過ごそうと思ってる」
「……だったら暫定的なものとはいえ、俺がファの夢を示すよ」
「なんであります」
「幸せになってくれ」
「それ……クマリーに対しても思っているでありましょう?」
「文字保有者全員に対して思っている」
「とくにわたしにだけみとめられる感情はない?」
「もう伝えている。『精いっぱい死に抗ったうえで、君とは戦場で死ぬのがいい』と。俺は君相手にしかそう思えないよ、ファ」
「それだけで自分は幸せであります」
「でも『トータハーン(ท)の文字に誓ってみんなも俺自身も必ず守る』とニウフアメーには宣言した。両方の気持ちが同時にある」
「それでこそアーティットだよ。……やっぱりわたしはアーティットを慕ってるみたい」
ファが右手で俺の左手をゆっくり握る。
「だからアーティットの示してくれた夢のとおり、幸せを目指してみるね。その代わり」
俺の左手をこじあけ、トータハーン(ท)の字をなぞる。
「アーティットも自分の幸せを求めて」
「約束する」
この世に産まれて有限の文字をすべて学んでも、この世に書き言葉は無限にある。
とくに自分のなかに文字を持つ者は、ほかの文字を持つ者に対してどのように向き合わなければいけないのか分からなくなるときがある。
俺自身もそんなに分からない。
それでも文字と文字はぶつかって、この先もなにかしらの言葉を連ねていくのだろう。
新たに生まれた言葉が正しいか間違っているかは知らない。
ただ、俺たちは俺たちに宿る文字を知っている。
どんな言葉を求めても、どんな言葉と出会っても。
――そういう自分が、嫌いじゃない。
〈ท(トータハーン) 第三章 完/๛〉
次回「番外編05.勝利の予感に酔い痴れろ・マオガップラーンチャイチャナ(เมากับลางชัยชนะ)」に続く!




