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120.【ธ】旗のトー・ファ【その3】

 瑠璃色(るりいろ)のシルエットたちが包囲の陣形(じんけい)を保(たも)ったまま俺(おれ)とクマリーに襲(おそ)いかかる。


 ファの出した動くシルエットはいずれも武器を持っていない。

 突進(とっしん)する。布のような体をバサバサはためかせ、圧倒的(あっとうてき)な数で俺たちを圧殺しようとする。


 ファはシルエットたちに自分を担(かつ)がせ、自身の瑠璃色の旗を天にかかげた。


「高みの見物(けんぶつ)といきましょう。たった一人(ひとり)の兵隊(タハーン)が、旗(トン)につどった軍事力に勝てるか否(いな)か。自分に示していただきたい」

「いいや、今は一人(ひとり)じゃない」


 ドーム状に覆(おお)いかぶさったシルエットたちのなかから俺は答えた。


「相棒がいる」


 俺の体が赤く光り、内側から力(ちから)がみなぎる。

 左手の槍(やり)と右手の剣(けん)をぶん回し、周囲のシルエットを一斉(いっせい)に吹(ふ)き飛ばした。


 クマリーがトータハーン(ท)の文字を宙に書き、俺を強化してくれたのだ。

 眉(まゆ)をひそめ、ファが旗を激しく揺(ゆ)さぶる。


「相棒とは軽薄(けいはく)な。こちらはアーティットの戦友にして旗持ちでありますよ。相棒と戦友、どっちが大事(だいじ)でありますか!」

「どちらも、かけがえのない存在だ」

「……アーティット。前から思っていましたがあなたは相手を平等に見ますね」


 シルエットの軍団を前進させつつファが言う。


「パイロの恋心(こいごころ)もバンダーの嫌悪感(けんおかん)も等しく大切にしている。特定の仲間を嫌(きら)ったりせず好きになろうとする。それでいて相手を敵(てき)と見なせばみじんも容赦(ようしゃ)しない。仲間にとことん優(やさ)しく、敵にとことん冷徹(れいてつ)なアーティットが自分は大好(だいす)きでありますよ」


 話のさなか、ファを担(かつ)ぐシルエットたちは組体操(くみたいそう)をおこない、三角すいのかたちを作った。


「ただ、クマリーだけは特別視している感があります。いくら精霊(ピー)だからといって……」


 その言葉に俺が返そうとした瞬間(しゅんかん)、シルエットの軍勢がさらに密集して攻勢(こうせい)を強める。


 対する俺はクマリーの支援(しえん)を受けながら彼(かれ)らを引き裂(さ)いていく。

 リーチの長い槍で左側を制し、小回りの利(き)く剣で右側をズタズタにする。


 裂かれたシルエットは布の破片(はへん)となり、次から次へとまわりの空気に溶(と)け込(こ)んだ。


 体のサイズを変えられるクマリーには、やや小さめに縮んでもらっている。守りやすくするためだ。

 俺の右後ろで浮遊(ふゆう)している格好だが護衛(ごえい)として炎の兵隊(タハーン・プルーン)をつけているので一方的(いっぽうてき)にやられることはない。


(そろそろシルエットとの戦闘(せんとう)にも慣れてきたな。視線を読むことはできないとはいえ、間合い、スピード、行動パターンは見切った。仕掛(しか)けるか)


 槍と剣を刺突(しとつ)中心に切り替(か)え、前進の速度を上げる。

 立ちはだかるシルエットすべてをはじき、できあがった道を進んでファに接近した。


 ファは目を血走らせ息を荒(あら)らげた。


「มหาศาล(マハーサーン!)〔すごいです!〕――それです。その勇姿(ゆうし)を見たかったんでありますよ! 自分の旗につどったシルエットはそれぞれ数人ぶんの兵力。それらをしりぞけ突(つ)き進む威容(いよう)! เท่เท่เท่เท่เท่เลย(テー・テー・テー・テー・テー・ルーイ!)〔かっ、かっ、かっ、かっ、かっこよすぎですよ!〕」


 両手で旗を持ち、自身の指先同士をからめる。


「迷いなき赤目も血のように流れる赤髪(あかがみ)も素敵(すてき)であります」


「お、お兄さん。あの熱量、ファさんは本当にお兄さんのことが大好きなんですね……っ」

「そうだな。パイロとは違(ちが)う思いだけど、充分(じゅうぶん)に気持ちが伝わってくる」


 クマリーと会話しつつ、俺は攻撃を続ける。

 ファは呼吸を整え、旗を振(ふ)る。


「旗につどうのは歩兵(ほへい)のみに限りません。アーチャー」


 すると今まで人型のシルエットだったものの一部(いちぶ)が変形し、馬の姿となった。


 その馬に人のシルエットが乗った。

 馬をあやつり、俺の後ろに回る。


 戦場(せんじょう)に騎兵(きへい)が加わったということだ。


(後方を突(つ)くつもりか。機動力も突進力も申し分なさそうだし当然の選択(せんたく)だな)


 とくに高所からの攻撃が厄介(やっかい)になる。


「タハーン・グラジョーム」


 ワニの姿をした兵隊(タハーン)を呼び出し、俺はまたがった。

 ただし今の俺から見てグラジョームの頭部は俺の後背(こうはい)にある。


 グラジョームには後方に口(くち)を向けたまま後ろ歩きで進んでもらう。

 前方の歩兵をしっぽでなぎ払(はら)い、後方から迫(せま)った騎兵をグラジョームが噛(か)みちぎる。


 騎兵のシルエットも歩兵と同様、裂かれたあとは瑠璃色の空気に溶けていった。


 左右からも騎兵が突き進んでくる。

 しかし右をプルーンの炎(ほのお)で焼き、左については俺の槍でことごとく落馬させた。


 落馬したシルエットが互(たが)いにからみ合い身動きがとれなくなったところで雪の兵隊(タハーン・ユアック)を呼び、その冷気によって敵を凍結(とうけつ)させた。そうしてユアックが左側に氷山の山脈を構築していく。


「いい眺(なが)めでありますなあ。トータハーン(ท)によって使役(しえき)するピーとの連携(れんけい)も的確であり、ほれぼれします。一般(いっぱん)の戦争では自分とサラサ同様に力(ちから)をセーブしていたようですが、ここまでとは」


 透明感(とうめいかん)のある声を響(ひび)かせつつ、ファはうっとりとした瞳(ひとみ)を細める。


「真実、アーティットは強くなっていたのですね。うれしいです。それでこそ自分のいのちを救ってくれた兵隊(タハーン)であります! それでこそみんなのために戦う兵隊(タハーン)であります!」


 戦局を観察していたファは自分を支(ささ)えているシルエットと共に後退し、新たな詠唱(えいしょう)をおこなう。


「キーパナーウット」


 直後、ファの後方に新たなシルエットが出現した。

 そのシルエットたちは筒(つつ)のようなものを持っており、それを仰角(ぎょうかく)に構えた。


(なんだ、あいつらは……)


 ――と俺が思った瞬間(しゅんかん)に筒の先端(せんたん)から球体が発射(はっしゃ)された。


(砲兵(ほうへい)か! それも曲射砲(きょくしゃほう)のようだな)


 俺は右手の剣を捨てた。

 左手の平のトータハーン(ท)からひと張(は)りの弓と複数の矢を取り出す。


「ゲーンタハーン・タヌー。クマリー、頼(たの)みがある」


 左手の槍で騎兵を払いながら俺は右手で矢をつがえた。

 放物線をえがいて上から迫(せま)る砲弾(ほうだん)を撃(う)つ。


 矢が命中した砲弾は爆発(ばくはつ)するように空中で四散した。

 間髪(かんはつ)いれず二本目以降の矢も放ち、着弾(ちゃくだん)前に破壊(はかい)する。


「アーティット。さっきからあなた、右手だけで矢を。どうやって……あ」


 ここでファは気づいたようだ。俺の右肩(みぎかた)から身を乗り出しているピーの彼女(かのじょ)に。


「クマリー……ッ! まさか」

「トゥークトン(正解だ)」


 矢を射(い)るに際し、左手がふさがっている俺はクマリーに弓を持ってもらった。

 宙に固定された状態の弓を使い、立て続けに矢を発射したわけだ。


 ただしクマリーには両手で弓を固定してもらっている。

 そのあいだウォーウェーン(ว)による強化は無効だが、戦い慣れてきた今なら問題ない。


「またしてもクマリーでありますか。さぞお気に入(い)りのようですね」


 砲兵たちは筒を真横に倒(たお)し、今度はまっすぐ砲弾を撃つ。

 俺はさらに矢を飛ばし、直射(ちょくしゃ)のそれも射抜(いぬ)いた。


「砲兵、騎兵、歩兵……この物量も君の真価というわけか」

「イーガーの駒(こま)が質を問うているならば、自分の旗につどうシルエットは量を重んじるのでありますよ」


「このままだと俺は体力を消耗(しょうもう)し、じきにや(・)ら(・)れ(・)る(・)ってわけか」

「どう切り抜けます」

「マークルックじゃなくてマークローム(囲碁(いご))風に言うと」


 砲弾を撃ち落とすのをやめず、俺は言葉をただ返す。


「すでに布石(ふせき)は打ってある。タハーン・プルーン、焼きつくせ」


 プルーンは炎(ほのお)でできた小鳥の姿で羽(は)ばたき、左から襲ってくる騎兵に向かった。

 騎兵は旗のように燃えた。しかし――。


「残念でありますな」


 燃焼した騎兵に別のシルエットたちが覆いかぶさり、たちまち消火されてしまった。


「炎のタハーンでまとめて燃やそうとしたのでしょうが、その程度の攻撃を想定していないわけがないでしょう」

「別に構わない」

「なんですと……?」

「本当のねらいは放火じゃない」


 先ほどの騎兵を通過したプルーンは弧を引いて左後ろへと飛んだ。

 そこには――タハーン・ユアックが敵兵を凍結させて作り上げた氷山の山脈が連なっている。今やその高さも長さもちょっとした丘(おか)のように肥大(ひだい)していた。


「一気(いっき)に溶かせ……ジュージュー」


 大きな鳥のように翼(つばさ)を広げ、プルーンが氷の山脈を駆(か)け抜けた。

 次の瞬間、氷が一斉(いっせい)に溶解(ようかい)してあたりに広がった。


 大量の水がシルエットたちを押(お)し流す。

 同時に砲兵の射撃も、やんだ。


 自分を担(かつ)いでいたシルエットたちからファが落ちる。


「まだです。歩兵は泳法(えいほう)も身につけていますので!」

「タハーン・アーガート」


 泳ぎ始めたシルエットを見回し、俺はコウモリ姿のアーガートを呼び出した。


「湿(・)地(・)帯(・)で(・)の(・)戦(・)い(・)は(・)覚(・)え(・)て(・)い(・)る(・)な(・)」


 うなずくアーガートに、俺はうなずきと詠唱を返す。


「パーユ」


 アーガートが二対(につい)の翼で風をあやつる。

 周辺の水が盛(も)り上(あ)がり、弧をえがいて回転し、大きな竜巻(たつまき)となった。


 水と一体(いったい)となった竜巻に巻き込まれ、歩兵のシルエットたちが引き裂かれていく。

 竜巻の中心にできた円のなかでファが俺を凝視(ぎょうし)する。


「な……なんであります、この技は!」

「俺のオリジナルじゃない。ジャムークから学んだんだよ」


「ジャムーク……オーアーン・ジャムークでありますかッ」

「そう、洗面器(せんめんき)のオー(อ)の文字保有者。スーンの殺害容疑をかけられたときに戦った。そのときに見た技だ」


 かろうじて竜巻から這(は)い出てくるシルエット一人(ひとり)一人に俺は矢を飛ばし続ける。


「俺が影響(えいきょう)を受けているのはクマリーだけじゃないということだ。俺は文字保有者からも、そして敵のヨムやシアムからも――全員からなにかをもらっている」

「戦闘(せんとう)センスを吸収しているのですね、しかし――」


 ファが瑠璃色の旗を振ろうとする。

 そんな彼女に向かって、俺はユアックの冷気で作った氷の玉を投げつけた。


「うなじに隠(かく)していた玉を投(とう)てきした」


 グラジョームから下(お)り、水のたまった地上に立つ。


「これはシアムから学んだ。直接(ちょくせつ)見たことはなくても、シアムについてはエーンのタコアゲによってすでに知っているはずだ」

「……本当に戦いの申し子(ご)でありますな」


 玉を受けて旗を落としたファは身を沈(しず)める。


 竜巻が収まり、水が引いていく。

 歩兵、騎兵、砲兵のシルエットはすべて裂かれ、もう瑠璃色の空気に溶けている。


「これで君の旗につどった者たちは殲滅(せんめつ)した。援軍(えんぐん)も阻止(そし)する」


 旗を持ちなおした総大将(そうだいしょう)のファへと俺は槍を構えて走る。

 だが肉迫(にくはく)の刹那(せつな)――。


「グアムムー」


 ファが静かにつぶやいた。

 それを聞くや否(いな)や、俺は自分自身を殴(なぐ)って自分の駆け足を停止させた。


「クマリーもとまれ! グアムムーを唱えたファに攻撃しようとすれば問答無用で絶命する!」

「は、はいっ」


 空中でクマリーがブレーキをかけた。

 立ち上(あ)がり、ファがまばたきする。


「最初からアーティットがこのようなチャチな手に引っかかるとは思っていませんよ。とはいえ物量作戦を突破し、よく自分までたどり着きましたね。よって、ここからは自分自身でお相手しましょう」


 瑠璃色の旗に、彼女の文字(ธ)が赤黒(あかぐろ)く浮(う)き出た。


「【ธ】トートン・ファ、つかさどる字は旗のトー」


 透明感のある声が威圧感(いあつかん)を含(ふく)む。

 まるで声だけでこちらの心臓をわしづかみにしてくるような錯覚(さっかく)を感じる。


「今、確実に旗色(はたいろ)は――自分の勝利を示します」

次回「121.【ธ】旗のトー・ファ【その4】」に続く!


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

マハーサーン(มหาศาล)→とてつもない

テー(เท่)→かっこいい

ルーイ(เลย)→すごく

アーチャー(อาชา)→馬

キーパナーウット(ขีปนาวุธ)→ミサイル

マークローム(หมากล้อม)→囲碁

ジュージュー(จู่ๆ)→突然

パーユ(พายุ)→台風

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