↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
123/230

118.【ธ】旗のトー・ファ【その1】

 イーガーとの戦(たたか)いが終わったあと俺(おれ)は再び台座に上(あ)がった。

 コップに入(はい)ったマレットの水牛乳(すいぎゅうにゅう)を飲みながら、クマリーの様子を観察する。


 クマリーはイーガーから名前の書き方を教わるところだった。

 ピンイ(–ิ)とフォントーン(')をオーアーン(อ)に載(の)せ、さらにゴーガイ(ก)にラークカーン(า)をくっつけて「イーガー(อีกา)」という名前を書いた。


「おおっ、イーガーさんのお名前はクマリーの『クマリー・トーン(กุมารีทอง)』に含(ふく)まれる子音字(しいんじ)と母音記号(ぼいんきごう)で完成させることができるんですねー」

「あなたのほうが大きいということさ、クマリー」

「いいえ、クマリーはまだまだです。むしろクマリーがイーガーさんたちみたいに大きくなるんですっ」


 ふにゃふにゃ声(ごえ)で元気よく宣言した。


 ついで俺はレモン色の袋(ふくろ)を上着から取り出し、なかに入(はい)っている鐘(かね)のイヤリングをバンダーとニウフアメーに手渡(てわた)す。


 だがトラニーは深い睡眠(すいみん)状態にあるようで寝言(ねごと)すら発さない。

 そこでトラニーのぶんは彼女(かのじょ)を支(ささ)えているイーガーに預け、あとで渡してもらうことにした。


「よし、これでチュアモーンから預かった鐘もすべて配り終えた」


 袋をひっくり返しても、なにも出てこない。


「……イーガー。ファはこのフップカオ・ダーオにいるんだよな」

「いると言えばいるね。ただしトートン(ธ)はトータハーン(ท)だけに会いたいようだ」


 ウエストポーチからイーガーが小さな瑠璃色(るりいろ)の旗を引っ張り出した。


「そして本人が希望するならウォーウェーン・クマリーの同行をみとめるとさ。もちろんわたしを始めとするほかの文字保有者はここに残るけど」


 イーガーが旗を振ると、棒と旗の布そのものが大きくなった。

 それを台座に立てる。


「ファのもとに行(い)きたいならこの旗をつかみなよ」

「ああ、俺は今から彼女と向き合う」


 負け戦(いくさ)に見舞(みま)われた町で出会った瑠璃色の髪(かみ)と瞳(ひとみ)を持つ女の子――彼女こそがファ。

 両親を敵兵に殺された彼女はトートン(ธ)の文字を持つ旗持ちになり、俺と共に数々の戦争に参加してきた。


(だが俺が戦場(せんじょう)から遠のいてしまったために、ファは傷ついた。俺は彼女の気持ちをずっとないがしろにしていたんだ)


 瑠璃色の旗の前に立った俺のそばにクマリーが飛んでくる。


「当然クマリーも行(い)きます。クマリーはファさんに自分の気持ちを伝えるんです。ファさん自身の気持ちも受けとめるんです!」

「じゃあ一緒(いっしょ)にファのところに向かおう」


 港町でファはクマリーに対して俺を腑抜(ふぬ)けさせた元凶(げんきょう)と評した。

 俺が戦場から離(はな)れたことにはクマリーも関係している――そうファは考えている。


 旗の棒をつかむ前に俺はファの友達に視線を向けた。


「フルンフリン。君も来るか」

「……あたしは行(い)かねえよ、トータハーン(ท)」


 薄緑(うすみどり)のポニーテールを右手で払(はら)い、フルンフリンがあぐらをかく。


「確かにファとあたしは『プアンターイ(死(し)ん友(ゆう))』だが、ダチだからってどんなときでもそばにいようとするのは違(ちげ)ェだろ。ファはてめえと話(はな)したいんだ。あたしは、いつでもファが帰ってこれるようにここで待つだけだぜ」

「君は船で言ってくれた。『ทำดีได้ดีทำชั่วได้ชั่ว(タムディー・ダイディー・タムチュア・ダイチュア)〔種(たね)をまいたからにはそれをしっかり刈(か)り取れよ〕』と。俺はそのスパーシットを心に刻んでファに会う」

「それだけじゃねえ。『หว่านพืชหวังผล(ワーン・プート・ワン・ポン)〔まいた作物(さくもつ)が実(み)をつけるのを期待する〕』と言ったのも忘れんなよ」


 小さく笑い、俺の隣(となり)に視線を移す。


「クマリー。てめえもファに遠慮(えんりょ)すんじゃねえぞ」

「うんっ、フフちゃん! クマリー、ファさんにぶつかってくるっ!」

「ファさ(・)ん(・)ねえ……実際あたしのほうがファよりも年上なんだけどなあ」


 ひとりごとのようにフルンフリンはつぶやいた。


* *


 続いて文字保有者たちが見守るなか、俺とクマリーは同時に瑠璃色の旗の棒をつかむ。

 すると旗が上昇(じょうしょう)し、あっという間(ま)に眼下の台座が小さくなった。


 それからどんどん旗は高度を上げていき、フップカオ・ダーオを突(つ)き抜(ぬ)ける。

 地上が縮小し、あたりは瑠璃色の星空で満たされる。


「お、お兄さん……っ、あれはどういうことですっ!」


 目を丸くしてクマリーが真下を指差す。


「陸地や海がまとまって丸くなっています……っ。みなさんだいじょうぶでしょうか……っ?」

「心配要(い)らないよ。世界は最初から丸いんだ。普段(ふだん)地面や海原(うなばら)がまっすぐな平面のようにも感じられるのは、俺たちの体に比べてあまりにも大きな球体の表面(ひょうめん)に陸や海が広がっているからだ」


「あ、クマリーが小さくなってお兄さんのおへそに入(はい)るときにおへそのカドッコが大きな壁(かべ)みたいに見(み)えるのと同じ感じですねっ」

「どういうことだ……?」


 旗の棒を右手でつかんだまま、俺は首をひねる。


(俺たちは世界の外側に出たようだけど、空(そら)の上には空気なんてないと聞いたことがあるんだが。なんで生きていられるんだ)


 瑠璃色の旗が幻想(げんそう)を見せているのだろうか。


 そう疑(うたが)った瞬間(しゅんかん)に高度の上昇が終わった。

 今度は下降していく。球体をなした眼下の世界が再び大きくなっていく。


 しかし再度目にした世界にはまったく緑がなかった。むしろ瑠璃色で満ちている。

 自然の沈降(ちんこう)によってできた盆地(ぼんち)フップカオ・ダーオが視界に戻(もど)ってきたものの、そのなかに入(はい)ってもあたりには瑠璃色の空気が漂(ただよ)っている。


 俺たちは旗と共にふわりと底に着地した。

 周囲には台座も文字保有者もない。


「ここは本当にフップカオ・ダーオなのか」

「その裏面でありますよ」


 透明感(とうめいかん)のある声と共に、左手に旗を持った少女が右後ろに現れる。

 瑠璃色の髪と瞳があたりの空気に溶(と)け込んでいる。


「旗には表(おもて)と裏(うら)があります。旗の表が味方を鼓舞(こぶ)するものならば」


 自身の旗を地面に突き刺(さ)し、ファが瞳をむいて立つ。


「旗の裏は、敵(てき)を威圧(いあつ)するためのものでありましょう。そんな表裏(ひょうり)の裏側を、あなたは見ているだけですよ」


 瑠璃色の空気が震(ふる)えて風を生む。

 旗がバサリとはためいて、豪雨(ごうう)を飲む川面(かわも)のようにうねり始める。

次回「119.【ธ】旗のトー・ファ【その2】」に続く!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。