116.【ฎ】冠のドー・イーガー【その4】
イーガーがフルンフリンと合流し、向かって左から俺たちに迫る。
右にいるトラニーは後退し、ダーンナーを退場させたチャーイハートと共に下がった。
イーガーたちに押され、ジウとパイロは右へと移動。
フルンフリンの搭乗しているカカシみたいなぬいぐるみはワッタジャックの投げたカードを一度停止させている。
よって飛び道具を持つマレットはチャーイハートとトラニーのほうを標的にした。
「ベープ・マラーイ。当たれッス……!」
銃をマーイマラーイ(ไ)の形状にし、タネを乱射する。
マーイマラーイから発射されたタネは折り返す軌跡をえがく。
よけられても、タネは曲がって戻ってくる。
トラニーもチャーイハートも互いにマスを踏み合わないよう注意しつつ回避に専念していた。
俺とクマリーは右側からトラニーたちを攻撃しようと近づくそぶりを見せた。
ここでジウとパイロが盤面中央寄りに動く。
すぐにイーガーとフルンフリンも同じ方向に跳んだ。
だがジウもパイロも即座に中央から端へと引き返す。
パイロは弧を引いて飛び、ジウの右側に移った。
それを追ってイーガーは手の平のドーチャダー(ฎ)から貝殻を飛ばす。
「ビアビアビアビアビア……」
貝殻はマレットをもねらっていたので、俺は空の兵隊に風で撃ち落とすよう命じた。
さらにフルンフリンがジウに向かって加速する。
「ブックユット!」
カカシに入った状態のフルンフリンはあっという間にジウの隣のマスに来た。
その速さを維持したまま反撃の隙を与えずにジウのマスを踏む。
――つもりだったのだろう。
実際はスピードが速すぎたため、フルンフリンは方向転換する前に勢い余ってマークルック盤の格子模様から外に出てしまった。
これでフルンフリンも場外負けで退場だ。
「は……? 飛び出さないようスピードを調整したはずなのに……ッ」
だがフルンフリンのぬいぐるみからは輝く赤い光が漏れている。
こちらの策にハマったということだ。
俺はフルンフリンを脱落させるために、いったんパイロとジウを中央に寄せ、すぐに端へと戻した。
あとは釣られて中央に近づいたフルンフリンが体勢を立てなおし、斜めからジウたちを襲う。
今のところフルンフリンは目立った飛び道具を用いていないので必ずマスに侵入すると予想できた。
中途半端に動けばジウに踏み返されるため、高速で移動してくるだろう。
ここでクマリーに、フルンフリンのドーデック(ด)を何度も宙に書いてもらった。
つまり敵を過剰に強化し、ブレーキの利かないまま盤の外へと出てもらって場外負けにしたわけだ。
フルンフリンはぬいぐるみに搭乗しており、ウォーウェーン(ว)による強化の光もイーガーにバレにくい。だから策は成功したのである。
「焦りすぎたぜ。あたしとしたことが『ช้า ๆ ได้พร้าเล่มงาม(チャー・チャー・ダイ・プラー・レム・ンガーム)〔じっくりやれば綺麗な刀が手に入る〕』って言葉を忘れるたあな」
マークルックの駒となり、台座の外へフルンフリンも飛んだ。
(これで五対三……俺たちのほうがさらに数でリードした)
だが悠長にやるつもりはない。
「全員、聞け。次はイーガーを退場させる!」
トラニー、チャーイハートと離れて孤立するイーガーは無防備。
ジウ、パイロ、俺、クマリーは大将のイーガーを仕留めるべく、盤面左……いや、盤のやや中央付近に向かう。
マレットは「ベープ・ナーナー」と唱え、マーイナー(เ)の二丁拳銃を両手に持った。
「撃ちまくるッスよ~!」
左の銃はイーガーを狙撃し、右の銃はトラニー、チャーイハートを牽制する。
動きも見事なものだ。味方にタネが当たらないよう弾道が調整されている。一マスだけ前に出て俺とクマリーの通過する道も作っている。
しかもマレットは岩石を飛ばしてくるチャーイハートをトラニーの背後に誘導し、その攻撃範囲に制限をかけている。
(本当に的確な射撃だ。イーガー陣営がずっとマレットの動きを封じていたのも納得だな)
しかしイーガーは俺がマレットの背後のマスを回ったところで鐘のイヤリングを出して仲間と連絡をとり始めた。
(トラニーはイヤリングを持っていないからチャーイハートのほうか。だがチャーイハートはマレットの銃によって動けない。ชนะแล้ว(チャナ・レーオ!)〔勝った!〕)
そう俺は確信した。
――確信させられた。
「任せた」
というひと言を口にしてトラニーが駒になって退場する。
意味が分からなかった。マレットによるトラニーへの銃撃はあくまで牽制。チャーイハートの動きを封じるために、あえてトラニーに当てていないのだ。
それなのにトラニーは退場した。
見ると、チャーイハートが身を低くして味方のトラニーのマスに侵入していた。
「……ห๊ะ เอ๊ะ(ハ、エ)〔……は? え?〕」
味方を能動的に退場させたのか……!
しかもトラニーが駒になって飛ぶ衝撃を利用してマレットのタネをガードしたチャーイハートはまた円盤を車輪として使い、盤の中央へと高速で近づいた。
「ウェーティ・グラーン」
チャーイハートの上半身と下半身のあいだにある灰色の円盤が水平方向に拡大する。
瞬間、イーガーが唱えた。
「マーク・マー」
イーガーの背後に大きなマークルックの馬の駒が現れ、彼女をかかえる。
そしてチャーイハートの腰の円盤が一気に巨大化した。
タネの弾丸の下を通過した円盤がマレットに直撃する。
「チップハーイ(最悪ッスね)……でも悔いはないッス」
マレットに当たったことで円盤の一部が砕け、クマリーにも破片がぶつかった。
「お兄さん、あとはがんばってください……っ」
二人とも駒になって盤の外へとはじき出される。
さらに俺にもチャーイハートの円盤が迫っていた。
速すぎてアーガートによる防御も間に合わない。
そんな俺のそばのマスにパイロが飛んできた。
円盤接触のタイミングで両手のチンを盾にする。
パイロによって勢いを殺された円盤は拡大を停止させた。
だが得物が被弾したことにより、パイロも退場となる。
「少しは貴方に恩を返せただろうか、アーティット」
「コープクン、パイロ。君が守ってくれなかったら俺は負けていた」
ほほえむパイロが駒となって飛ぶ。
なお、ジウはパイロよりも左側にいたためチャーイハートの攻撃をまぬかれていた。
イーガーについては大きな馬の駒にかかえられて盤面の左に移動して事なきを得ていた。
俺はすかさずチャーイハートの円盤に反撃を浴びせようとしたものの、すぐに彼女は円盤を収縮させた。
(それにしてもイーガー……五対三になって俺の気が緩んだタイミングでチャーイハートに指示して俺を仕留めに来たか。パイロのおかげで俺は助かったが今の攻防で三人も落とされた。向こうもトラニーをみずから退場させたとはいえ、これで二対二か)
さっきイーガーは中央に寄って、大将である自身をおとりにして俺たちをチャーイハートの攻撃範囲に誘導していた。
(マレットがチャーイハートを封じていると俺が断定していたこと……イーガーがわざと孤立して大将の自分に視線を集めていたこと……俺の頭が味方を犠牲にする戦略を思い付いていなかったこと……伝達手段のイヤリングを欠くトラニーがいる以上うまく連携をとれないと高をくくっていたこと……すべてが読まれていた)
前に俺ではなくクマリーのレベルに合わせて戦っていたチャーイハートの実力を俺が低く見積もり油断していたこともイーガーは計算していた。
事実、チャーイハートはマークルック盤を使ったこのゲームにおいてワッタジャック、ダーンナー、マレット、クマリー、パイロの五人を落とした。
(まさに必殺の駒だな。本当に俺はイーガーの手の内だったわけか)
だがチャーイハートの攻撃を見た以上、再び円盤を拡大させてきたらそれに攻撃を当てるだけだ。
チャーイの上半身とハートの下半身を接合させている円盤も体の一部と見なせる。攻撃を受ければチャーイハートは退場する。
二度目は通用しない。
よってチャーイハートによる奇襲は、先ほどの一回で成功させなければならなかった。
パイロの防御はイーガーの計算外だったはず。
なら、この綻びをつかんで勝ちをたぐり寄せるだけだ。
「ジウ!」
子どもの状態のジウに俺はさけんだ。
「チャーイハートをまず落とし、イーガーを完全に孤立無援にする、来い!」
「了解した」
ジウが盤面の右へと駆ける。
刹那、イーガーのすず色の瞳がギラリと光った。
「ビアビアビアビア・ビアビアビアビア」
ここでイーガーが豪快な大声で詠唱をとどろかせる。
「マーク・ルアルア! マーマー! コーンコーン! メット!」
チャーイハートに近い盤面の右の三列に、巨大なマークルックの駒が降ってくる。
「クン!」
大きな黒い駒が六種、合計十六個落ちてきて兵隊のように動き始めた。
(あれはイーガーの精霊か。一個でも被弾すれば即敗北になるが、この終盤ならその心配もないから出してきたな!)
「トータハーン(ท)、これで――」
「そうだな、イーガー。それで――」
俺とイーガーは同時に宣言する。
「――รุกฆาต(ルック・カート!)〔詰みだ!〕」
次回「117.【ฎ】冠のドー・イーガー【その5】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
ブックユット(บุกยึด)→占領する
チャー・チャー・ダイ・プラー・レム・ンガーム(ช้า ๆ ได้พร้าเล่มงาม)→ことわざ。直訳すると「ゆっくり、ゆっくり。綺麗な刀が手に入る」……日本語の「急いては事を仕損じる」にあたります。
チャナ(ชนะ)→勝つ
レーオ(แล้ว)→もう○○した
ハ(ห๊ะ)→は?
エ(เอ๊ะ)→え?
ウェーティ・グラーン(เวทีกลาง)→中央舞台
マーク・マー(หมากม้า)→馬の駒/マーク(หมาก)は将棋やチェスの駒のこと。




