115.【ฎ】冠のドー・イーガー【その3】
ドーチャダー・イーガーとの戦いが始まった。
形式は八対七の乱戦である。
この戦いを提案したのはイーガーなので、ハンデとして俺のチームのほうが多い人数でスタートする。メンバーの選択権も俺にあった。
俺のチームの内訳は、大将の俺に加えてマレット、ジウ、パイロ、ウィサーハ、ダーンナー、ワッタジャック、クマリー。
対するイーガーのチームはチャーイハート、バンダー、フルンフリン、ニウフアメー、ネーティ、トラニー、そして大将であるイーガー自身で構成される。
八かける八のマークルック盤に見立てたフィールドで戦闘をおこなう。
相手の大将を退場させた陣営が勝利を手にすることになる。
イーガーの「指そうか」という開始宣言と共に戦いの火蓋が切られた。
即座に俺は指示を出す。
「マレット、ジウ。バンダーを沈めろ」
相手チームのなかでもっとも厄介なのはコーカイ(ข)の文字保有者であるバンダーだ。
彼は対象の人物に産卵をおこなわせ、たまごから産まれた体へと魂を移し替えることが可能。
無力な体に変換されたらこちらの勝機はなくなる。
マレットが銃で撃つ。
バンダーの正面にいたジウが飛び出し、バンダーのマスに侵入しようとする。
そのあいだに俺はパイロに俺とクマリーを守るよう言った。
味方からマスに侵入されたプレイヤーも退場になる可能性があるので、互いに同じマスには入らない。
さてバンダーは一マスだけ後退し、マレットの銃から発射されたタネをよけた。
真正面からマスを踏もうとしたジウは動きをとめる。
空白の一マスを隔てた先にバンダーがいる。このままそのマスに入ると、即座にバンダーが同一のマスを踏んでジウを退場させるだろう。
(ジウが薄桃色のかすみを飛ばしたところで、それはジウの一部。かすみに攻撃を当てられたらダメージにかかわらずジウは退場する)
向かって左のチャーイハートが指ではじき、ジウやマレット、俺のほうに灰色の岩石を飛ばしてくる。
その岩石自体には当たり判定がないようで、パイロがチンの音波で石を落としてもチャーイハートは退場しない。
(精霊でも得物でも体の一部でもないからか……)
同時にニウフアメーの詠唱が聞こえた。
「フォンナーネン」
すると俺の味方全員の頭上に水の塊が一個ずつ出現した。
水はグーのかたちに凝集し、パンチをたたき込もうとする。
全員が一斉によける。
おかげで俺はクマリーと引き離されてしまった。
頭にルイくんを載せたネーティがクマリーのマスに迫る。
「あたしとルイくんとのコンビネーション、見たいんでしたよね」
「わわわ……っ」
「グラトゥープ」
途端、ネーティが消えた。
ネーティに対してはウィサーハが反応して火の玉を飛ばしたのだが、その攻撃は空振りする。
残されたルイくんがわんぱくな声を出す。
「悪く思うなよクマリー。ぼくとネーティでおまえを踏みつぶす」
ルイくんが盤を踏むと、クマリーめがけて巨大な象の足が降ってきた。
チャーイハートと戦ったときのように回避するも、ルイくんは立て続けに踏みつけをおこなう。
だがワッタジャックがルイくんのマス目に近づきつつある。
ルイくんに攻撃が通ればパートナーのネーティも退場する。だがルイくんがワッタジャックのマスを踏んでも相手を退場に追い込むことはできない。
しかしワッタジャックがルイくんのマスを踏む直前。
すぐにルイくんが消え失せた。
代わりにルイくんの象の体は巨大になり、ジウの頭上に出現した。
膨らんだ巨体は周囲八マスにも及んでいる。
(クマリーをねらうフリをして、本命はジウだったか!)
即座に俺はパイロを連れてクマリーと最合流する。
ここで、トラニーと共に戦局を見守っていたイーガーが俺と同じ方向に走りだした。
そのイーガーをダーンナーが牽制する。
さらにルイくんを狙撃しようとするマレットにフルンフリンが接近。
フルンフリンはぬいぐるみに身を隠していないものの、チャーイハートと協力してマレットの行動を完全に封じた。
ルイくんの影に覆われたジウは慌てずにかすみを出し、その物量で逆に攻撃を加える。
直撃寸前でルイくんは姿を消し、ネーティの退場はまぬかれる。
瞬間、バンダーが前に出る。
「調子こくなよ」
ジウの足もとにカツン……とたまごが落ちた。
が、ジウもバンダーめがけて前進し、彼のマスを踏んだ。
ジウがバンダーのマスに侵入したことにより、バンダーは退場となる。
「ざまあねえな。てめえに産卵させることができたんならオレの勝ちだ」
バンダーはマークルックの駒に変形して盤の外へとはじき出された。
すかさずネーティが再出現し、ジウのマスを踏もうとする。
当のジウはかすみとなって霧散し、退場を回避。
代わりにたまごから小さな子どものジウが産まれた。
ジウはとっさに後退し、敵陣から離れる。
俺はマレットとジウに、合流したうえで盤面の右側へ来るよう指示した。
ウィサーハは宙を泳ぎ、フルンフリンに近づく。
ワッタジャックが続いているので、フルンフリンがウィサーハを退場させてもすぐに攻撃を返される状況だ。
横からニウフアメーが介入する。
両手をクロスさせたあと、それを払った。
直後、ウィサーハの真正面へと空気が刃物になって襲いかかった。
「ウィサーハちゃん、ここらで君を落としておこうか」
「くっ、厄介な魔女ね」
ウィサーハがそれをよけ、ニウフアメーに溶岩を飛ばすと同時に――。
その魚のしっぽの右側へと高速で貝殻が飛んできた。
ダーンナーとにらみ合っていたイーガーが左手の平のドーチャダー(ฎ)から貝殻を抜き出し、それをウィサーハに投げたのである。
「しゃれてるわね。マークルックの貝(เบี้ย)の駒にあやかるなんて」
イーガーの攻撃を受けたウィサーハもバンダー同様に駒となり、盤の外へと出て行った。
俺のほうにも目を向けつつ、イーガーが微笑する。
「こっちはコーカイ(ข)を、そっちはポープラー(ป)を失ったね」
続いて鐘のイヤリングを出現させ、仲間と連絡をとる。
トラニーに自分を守らせつつ、俺たちに作戦を悟らせないよう小声を発している。
ファの旗があるため、俺にその手段は使えない。
(だがイーガー……違和感に気づいたようだな。俺はフップカオ・ダーオで会ったバンダー、ニウフアメー、トラニーにはチュアモーンのイヤリングを渡していない。連携をとりづらいことを加味してその三人を君に押し付けたのは言うまでもないが)
三人にイヤリングを渡さなかったのは、別れてもすぐに会えると予感したからだ。
それならいったん受け渡しを保留したほうが俺にとって有利になるかもしれないと考えた。
(とはいえイーガーもさすがだな。ジウを弱体化させるためにバンダーを捨て駒にし、トラニーには自分の護衛を任せている。これなら実質的に連絡を入れられないのはニウフアメーだけだ)
マレットがジウと共に移動しながらニウフアメーへと銃を撃つ。
左からチャーイハートとフルンフリンがマレットに迫り、ねらいをぶれさせる。
ニウフアメーとネーティはワッタジャックを標的にしている。
「二人ひと組で行動する作戦か。……パイロ、クマリーを守っていてくれ」
「クラップ・ポム(承知した)」
また俺たちの前に立ちはだかるだろう――以前そう口にしていた彼の返事がとても頼もしく聞こえる。
俺は空の兵隊を呼び出し、ワッタジャックのもとに走る。
イーガーが再び貝殻を飛ばしてきたものの、アーガートの風で撃ち落とす。
一方、ネーティはルイくんを再度出現させ、ニウフアメーと共にワッタジャックと俺を襲う。
「大将はどっしり構えるものじゃないですか、アーティ!」
「……ゲーンタハーン・クワーン」
俺は斧を引っ張り出し、武器が被弾しないよう気を付けながらネーティたちへと振り下ろす。
同時にワッタジャックに目配せを送ると、彼は濃紺の瞳で視線を返した。
ワッタジャックがカードを取り出し、詠唱をつけて投げる。
「グラップダーン」
カードはチャーイハートとフルンフリンのほうに向かった。
しかしフルンフリンが唱え返す。
「甘ェよジャック! フンライガーッ!」
フルンフリンのまわりを綿のようなものが包み込み、人形のかたちをなす。
人形の髪は薄く、顔は適当だ。
カカシに似た人形の前で、ワッタジャックのカードがとまった。
チャーイハートはジウとマレットを追いかけるフリをした直後、そのカードを手に取り、破いた。
カードはワッタジャックの得物であるため、それへの攻撃は有効だった。
ワッタジャックの体が駒へと変形し始める。
だが――。
彼の退場とほぼ同時に赤い溶岩がネーティを背後から襲った。
「これはまさかウィサーハさんの……っ」
「そうだよネーティ。残された手札は有効に使わないといけないからね」
駒となったワッタジャックが盤を去った。
続いて被弾したネーティも同じ運命をたどることになる。
確かにニウフアメーへ放ったウィサーハの溶岩はよけられていた。
とはいえ俺たちのいるフィールドはトラニーが作り上げた台座でもある。台座の表面は溶岩を平然とその場にとどめ続けていた。
ワッタジャックは最初からカードを二枚投げていたのだ。
チャーイハートたちには目立つかたちで投げたが、本命のカードはこっそりとネーティの背後へ投てきした。
その際、ニウフアメーとネーティの視線を俺に誘導しつつ、クマリーにワッタジャック(วัฏจักร)の名前を宙に書いてもらい、本人の集中力を高めさせた。
またイーガーにワッタジャックの行動が読まれないよう、俺の体とアーガートの風で視界をある程度封じさせてもらった。
ネーティの背後に投げられたワッタジャックのカードは「グラップダーン(กลับด้าน)」すなわち「裏返し」を暗示するもの。
ボーバイマーイ(บ)の恩恵を受けたそのカードはウィサーハの置きみやげである溶岩をひっくり返すように起こし、ネーティを奇襲したのだ。
ニウフアメーは回避に成功したものの、いったん俺から離れた。
ルイくんがネーティの頭に乗り直し、鼻で主人のほおをなでる。
「あーあ、結局ぼくたち、やられたな」
「まあ充分に立ち回れたし、よしとしましょうルイくん」
ネーティはルイくんと一緒にマークルックの駒となってほかの退場者と同様に盤の外へ。
ワッタジャックが退場した以上、俺も単独行動をとるわけにはいかずパイロの近くに帰還する。
(護衛としてパイロは優秀だけど……今のままだとマレットの銃を活用しきれないな。かといってイーガーとトラニーを抑えているダーンナーを動かすわけにもいかない。となると)
「マレット、俺のほうに来い。パイロは入れ替わりでジウと共闘してくれ」
クマリーにも強化用に味方の文字を書くよう指示し、マレットとパイロのポジション交替を試みる。
しかしパイロが俺のもとを離れた隙を突き、ニウフアメーが動く。
それに呼応してイーガーが後方へと下がり、トラニーがダーンナーを無視して俺のもとへと走りだした。
こうなっては仕方ない。俺はジウにも全力で戻ってくるよう指示した。
チャーイハートとカカシみたいなフルンフリンをマレットが銃で牽制する。
パイロとすれ違った瞬間、銃口の向きを変えて単独で逃げるイーガーにもタネを撃つ。
外したあとはニウフアメーとトラニーにねらいを定めた。
ダーンナーは背を向けたトラニーに攻撃を――。
仕掛けることなく、唱える。
「ワチラ」
彼の指がダイヤのようにきらめいた。
そしてトラニーの背後のマスに激しい渦巻きが発生する。
(……渦巻きはトラニーが出したもの。ダーンナーは罠を看破していたんだな)
ダーンナーの輝く指から白い光線が放たれる。
(太い。神話を見せるだけでなく、こんなこともできたのか)
左手の光はイーガーから外れたものの、右手の光がニウフアメーをつらぬいた。
「それも一種の魔法なのかな、ダーンナーくん」
「オレにとっての現実だ」
「わたしも君の真実を知りたいところだね」
笑うニウフアメーも例外なく駒となって退場する。
孤立したトラニーに攻撃するなら今だ。
――と思った刹那、ダーンナーが駒へと変形する。
「……車輪のごとしだな、ノーネーン(ณ)」
チャーイハートがいつの間にかダーンナーのマスに侵入していたのだ。
どうやらいったんフルンフリンと別れたあと腰の円盤を車輪のように使って加速し、弧をえがくようにしてダーンナーへと迫ったらしい。
(ニウフアメーが去り際にダーンナーと会話していたのはチャーイハートの移動の時間を少しでも稼ぐためでもあったようだな)
これで俺のチームからはウィサーハ、ワッタジャック、ダーンナーが脱落し、残りは俺、クマリー、マレット、パイロ、子どもになったジウの五人。
対するイーガーのチームからはバンダー、ネーティ、ニウフアメーが退場したので、残りはイーガー、フルンフリン、チャーイハート、トラニーの四人。
(互いに譲らず一進一退……とはいえ、まだ俺たちのほうが数的優位を確保できている。このまま相手の数を減らすか、あるいはそろそろ大将を直接仕留めに行くか)
斧を左手の平にしまいながら、俺は敵の大将と目を合わせた。
心のなかで問いかける。
(……君はどちらがいいと思う、イーガー)
次回「116.【ฎ】冠のドー・イーガー【その4】」に続く!
今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り
フォンナーネン(ฝนหนาแน่น)→集中豪雨
グラトゥープ(กระทืบ)→踏みつける
グラップダーン(กลับด้าน)→裏返す
フンライガー(หุ่นไล่กา)→カカシ
ワチラ(วชิร)→ダイヤ




