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113.【ฎ】冠のドー・イーガー【その1】

「次に会うときはじかに戦(たたか)ってあげよう――そうわたしが言ったのは覚えているだろう、トータハーン(ท)」


 マークルックの盤(ばん)の模様(もよう)を作った台座の上で、イーガーが豪快(ごうかい)な声を出す。


「いよいよ大詰(おおづ)めが近づいているということさ。だがあなたはトートン(ธ)の前に、冠(かんむり)のドー(ฎ)を持つわたしを倒(たお)さなければならない。でなければ文字保有者との戦いを経てあなたが本当に成長したか分からないからね」


 そばにトラニーをはべらせ、イーガーが俺(おれ)とクマリーを見つめる。


 両のほおに張りつくすず色の髪(かみ)に威厳(いげん)を感じる瞳(ひとみ)。

 黒い網(あみ)の目のようなトップスと、つぼみに似た白いズボンの組み合わせ。

 年輪を思わせる茶色の下駄(げた)をはき、大きめのウエストポーチをつけている。


(格好は港町で会ったときと変わらないか)


 俺はイーガーという女がどういう人間なのか、いまいちつかめていない。

 マークルックのプロにしてドーチャダー(ฎ)の文字保有者であることは知っているが、正直なところ底の見(み)えない女性だと思う。


 彼女(かのじょ)の豪快な声からして、それが演技なのか素(す)なのか不明瞭(ふめいりょう)である。


 なにも知らずに戦場(せんじょう)で会ったら小物(こもの)っぽくも見(み)えるはずだが、そのように油断した人間の首を一方的(いっぽうてき)に刈(か)り取ってくるような――そういうイメージがつきまとう。


 クマリーとも気さくにあいさつを交(か)わすイーガーを慎重(しんちょう)に観察して、俺は呼吸を整える。


「イーガー。じかに戦う前に二(ふた)ついいか?」

「บอกฉันอะไรก็ตาม(ボーク・チャン・アライゴーターム)〔なんでも言いなよ〕」


「まず君はファとは別に宿屋のベッドに三百バーツ置いていってくれただろう? だからコープクン」

「あれはお詫(わ)び。大声(おおごえ)を出して迷惑(めいわく)をかけたからね」


「ちなみにあの三百バーツの使い道だけど、壁(かべ)をたたいていた両隣(りょうどなり)の宿泊客に半分ずつ渡(わた)した」

「へー、だったら百バーツ硬貨(こうか)を四枚(よんまい)置いていったほうが半(・)分(・)こ(・)しやすかったかもね。いやあ失敗失敗」


 下駄で床(ゆか)をカカッとたたき、イーガーが陽気に笑う。


「เรื่องอีกอย่างอะไร(ルアン・イークヤーン・アライ)〔もう一(ひと)つのほうは?〕」

「これまで俺は君とファを除(のぞ)く十二人の刺客(しかく)と遭遇(そうぐう)したが、その襲(おそ)ってきた順番には意図的なものを感じた。君の指示によるものだろう、イーガー」


 事前にエーンから教えてもらった座標をもとにすると、俺はウィサーハ、パイロ、チャーイハート、ダーンナー、ワッタジャック、ネーティ、バンダー、ニウフアメー、フルンフリン、マレット、トラニー、ジウの順に文字保有者と遭遇するはずだった。


 だが実際はフルンフリン、パイロ、マレット、チャーイハート、ダーンナー、ワッタジャック、ジウ、ウィサーハ、ネーティ、バンダー、ニウフアメー、トラニーの遭遇順になった。


「おそらく君は、リアンゲのことで俺にもっとも感情を向けているウィサーハを初期でぶつけるのはまずいと考え、鱗山(プーカオ・グレット)まで下(さ)がらせた。いや……ちょうど俺がウィサーハと出会うタイミングでホーノックフーク(ฮ)から派遣(はけん)されたリアンゲとスープパンが来ることも読んでいたな」

「ปล่อยให้จินตนาการ(プロイハイ・ジンタナーガーン)〔想像に任せるよ〕」


「代わりにフルンフリンを最初にぶつけたのは俺を船で足止めし、ウィサーハを確実に後方に下げるため。ドーデック(ด)の力(ちから)で人間の精巧(せいこう)なぬいぐるみを作り、そのなかに入(はい)って操作(そうさ)できるフルンフリンなら船に潜入(せんにゅう)するのも簡単だしな。俺が途中(とちゅう)で海の兵隊(タハーン・ルア)に切り替(か)えて移動を始めたらそれを邪魔(じゃま)するようフルンフリンには指示していたんだろう?」


 沈黙(ちんもく)したまま笑(え)みを作るイーガーに俺は続ける。


「フルンフリンはマレットに運ばせたな。これは憶測(おくそく)だがマレットも銃(じゅう)を駆使(くし)してレックのように地面を攻撃(こうげき)し、その反動で飛行くらいはできるはずだ。ただしマレットはパイロを邪魔するのを嫌(きら)ってフルンフリンよりも少し後退した位置に陣取(じんど)ったってところか」


 文字保有者たちの現れた順番には、最初から意味があったのだ。


「そして本来はこのフップカオ・ダーオにいたはずのジウについては、ワッタジャックとウィサーハのあいだに配置した。理由は二(ふた)つだな。その時点で文字保有者と何連戦もしている俺は調子に乗っているだろうから、それをくじいて俺の意識を変革する必要があったことが一(ひと)つ。もう一(ひと)つは暴走しかねないウィサーハへの牽制(けんせい)。二つの意味を合わせ持つこのジウの配置は、相手にも味方にもにらみを利(き)かせる見事(みごと)な一手(いって)と言えるだろう」

「ふふ。トータハーン(ท)、予想以上に切れるじゃないか」


 愉快(ゆかい)そうにイーガーが拍手(はくしゅ)する。


「なかなか味のある感想戦を聞かせてくれるもんだ。もうすぐトートン(ธ)の旗で死ぬ可能性があると本当に理解しているのか疑いたくなるくらい冷静だ」

「もっと言ってやろうか。君は俺の根性(こんじょう)をたたき直したいと望むファの願いをかなえるべく、俺に一種(いっしゅ)のカリキュラムを課したんだ」


 イーガーの計画した俺への教育課程は、これまでの文字保有者との遭遇順を追っていけば見えてくる。


 ファと会わせ、これから俺が文字保有者たちと激突(げきとつ)する未来を示す。

 イーガー自身が俺と接触(せっしょく)し、ファの逃走(とうそう)を助けつつフルンフリンたちの移動時間を稼(かせ)ぐ。本格的な戦いの前にマークルックで俺を負かすことで気を引き締(し)めさせるねらいもあった。


 まずはフルンフリンにぬいぐるみを操作させ、それを俺が見抜(みぬ)けるかどうか――つまり戦闘(せんとう)センスの基礎(きそ)となる洞察力(どうさつりょく)をテストした。

 続くパイロとのレース勝負では俺の機転や応用力を試(ため)し、マレット戦では俺自身の用いない銃という武器をぶつけて俺の視野を広げさせた。


 チャーイハートにはクマリー自身にアプローチさせ、俺が仲間をどの程度信頼(しんらい)できているかを測った。

 さらにダーンナーに俺を神話の世界に引きずり込(こ)んでもらい、その不可思議な空間で自己を保(たも)っていられるかを確認し、純粋(じゅんすい)な精神力(せいしんりょく)を見た。


 そしてワッタジャックはパイ・ゴーガイで俺の運を試すと言っていたが、実際は運を引き寄せる強い度胸や柔軟(じゅうなん)な思考を試していたのだと思う。

 また、俺が調子づいてきたこのタイミングで規格外の力(ちから)を持つジウをあてがい、俺の自信をリセットさせる。


 リセットは感情を爆発(ばくはつ)させたウィサーハとぶつかる直前だったからこそ、余計に意味があった。ウィサーハとの戦いでは単純な戦闘力が試された。ある意味ではこれまでのカリキュラムがきちんと機能していたかどうかのテストでもあったのだろう。


 その後(ご)のネーティに関しては、象のルイくんが鍵(かぎ)を握(にぎ)る。イーガーは友達を望むルイくんのことも計算に入(い)れていた。ピーの生息するプーカオ・グレット近くにネーティを配置し、俺やクマリーがルイくんとどう接するかによって俺たちの心の在り方を測ろうとした。ウィサーハとの純粋な戦闘の直後であるからこそ、このテストではごまかしが利かない。


 あとは詰(つ)めていく段階に移る。


 バンダー戦では性別が変わるような不測の事態に対処(たいしょ)できるかを問う。これまで積み上げてきた自分が揺(ゆ)らいでも戦えるかを確かめる。

 ニウフアメーのパオインチュップによって俺の死生観を再考させる。この時点で旗はほとんど赤くなっているので教育効果は倍増する。

 最終的にトラニーと夢を共有し、ファに関する過去の出来事(できごと)と向き合わせる。


 もちろんすべてがイーガーの指示というわけではなく、文字保有者たちの目的や性格を完全に読みきった彼女が的確な位置に味方を配したからこそ、このカリキュラムは効果を持った。


 以上のことを説明し、俺は拍手を返した。


「俺は意図的に設置された文字保有者たちの配列に従(したが)い、再教育を受けたわけだ。順番一(ひと)つとっても、すべてが意味のある試験であり試練だった。イーガー、おかげで俺は成長できた。本当にありがとう。同時に君が恐(おそ)ろしい女であるというのも分かった」

「それはどうもだね。でもまだカリキュラムは終わっていないよ」


 イーガーはウエストポーチからなにかを取り出し、それを俺に投げつける。


 それはマークルックの駒(こま)だった。

 陣(じん)の最前列に並べる「ビア」の駒を合計十二個(じゅうにこ)俺に放(はな)った。


 それぞれの駒には違(ちが)う文字が一(ひと)つずつ刻まれている。

 すなわちドーデック(ด)、チョーチン(ฉ)、コークワーイ(ค)、ノーネーン(ณ)、トーモントー(ฑ)、ボーバイマーイ(บ)、ソールーシー(ษ)、ポープラー(ป)、チョーチャーン(ช)、コーカイ(ข)、ヨーイン(ญ)、トーターン(ฐ)の十二字である。


「トータハーン、君はそのなかから自由に六(むっ)つの駒を選ぶんだ」

「選んだらどうなるんだ」


「君の選択(せんたく)した駒に刻まれた文字の保有者がわたしとの戦いにおいて君の味方につく。代わりに、残った駒はわたしの味方となる」

「それだと選択権を持つ俺のほうが有利にならないか」


「いいや。この勝負を持ちかけたわたしのほうが本来は有利なんだよ。その格差を是正(ぜせい)するための措置(そち)さ。さらに君にはウォーウェーン・クマリーの力(ちから)を借りることもみとめよう」

「ありがたいが……俺がソールーシー・ジウを選べばその時点で勝つだろう。そこはどうする」

「อย่าห่วง(ヤー・フアン)〔心配無用〕」


 下駄を動かし、イーガーが足もとにできたマークルック盤の格子(こうし)模様をなぞる。


「これからおこなうのは、あくまで盤上(ばんじょう)の――楽(たの)しい楽しいゲームだからね」

次回「114.【ฎ】冠のドー・イーガー【その2】」に続く!


今回出てきたタイ語の元々の意味は以下の通り

ボーク(บอก)→言う

チャン(ฉัน)→わたし

アライゴーターム(อะไรก็ตาม)→何でも

ルアン(เรื่อง)→話

イークヤーン(อีกอย่าง)→もうひとつ

アライ(อะไร)→何

プロイハイ(ปล่อยให้)→任せる

ジンタナーガーン(จินตนาการ)→想像

ヤー(อย่า)→するな

フアン(ห่วง)→心配する


※それと貨幣価値について。以前「1バーツは4円くらい」と後書きに書いたことがありますが、最近の相場におけるタイバーツの価値は1バーツ5円近くになっています。でもこの相場もあとで変動するのかもしれませんね~。

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