1話 思ってたのと違う
おい、どういうことだよ神様。
どうしてよりによって、ここなんだよ。
俺の名前は風見 片璃。頭脳は平々凡々、運動神経もまちまち、特にこれといって才能もない、ごくごく普通の男子高校生である。
いや、だったという方が正しい。
自慢ではないが、俺は自他ともに認める中二病である。真夏にマフラーを巻き、左右のコンタクトの色を変え、一人でゲームをしながら「俺も異世界行きてえなあ」なんてぼそぼそと呟いている様はさぞ滑稽だったであろう。それでも友人を失わず、女子にもドン引かれずに済んだのは、俺の天性の優しさ故だと言ってもらいたい。
とにかく、そんな俺の日頃の楽しみといえば、もっぱら異世界に転生した自分を想像することだった。ライトノベルの主人公たちは、普段は俺と同じ普通の高校生なのに、異世界に転生した途端にチート級になり、且つめちゃくちゃモテる。ハーレムである。生まれてこの方フレンドリーに接してきてくれた女子などほとんどいない俺にとって、これ以上の夢――もとい妄想の餌はない。
そんなわけで、今日も今日とて自分が異世界の勇者になるという、実にアホらしい妄想を繰り広げていた俺は、とあるとんでもない運命に直面した。
敢えてさらっと言おう。
死んだ。
それはもう、あっさりポックリと逝った。はっきりした死因はちょっとよくわからないけれど、死ぬ1時間前からコーヒーをガバガバ飲んでいたから、カフェインの大量摂取で不整脈でも起こしたんだろう。
まあ、みなさんお分かりの通り、突然死したにも関わらず、俺はこんなにも落ち着いている。それはなぜかって? いいことがあったからだ。
「おい! おいって! 聞いているのか!?」
「あぁ、悪ぃ悪ぃ」
「なんだそのテキトーなあしらい方は! ぶっ殺すぞ!」
俺は、目の前にフワフワと浮遊する、一人の少女を見た。
軽くウェーブのかかった、背丈ほどもある長い金髪。真っ白なワンピースと、白い肌と愛らしい童顔。それでいて目鼻立ちは整っており、瞳の奥で蒼い光が瞬いている。
紹介しよう、この子は――
「……なあ、名前、なんつったっけ」
「はぁぁああ!? さっき言ったばっかだろ! 痴呆症かおまえは! ぶっ殺すぞ! アイカだ!」
そうそう、アイカだ。彼女は死んだ直後の俺の前に突然現れるなり、
――『私は神様だ。おまえの強い意志を汲み取って、おまえの魂を異世界に連れて行ってやる』
と薄い胸を張ったのだ。
まさに、至福。俺の念願の異世界の主人公デビューである。
「……それで、アイカ」
「なっ、おまえ、神様に対して呼び捨てとか失礼だぞ! 別にいいけど……」
「異世界って、どんなところだ!?」
ずっと聞きたかったのだ、それを。ぐいぐいとアイカに迫ると、彼女は「うわっ」と悲鳴を上げ、俺から遠ざかった。
「なんだ、おまえ! 怖いぞ!」
「だから悪ぃって」
「ううー。その謝り方、どうも心が籠もっていない気がする……。まあ、いいだろう」
アイカはくるりとその場で一回転し、左手の人差し指をピンと立てた。
「おまえは、王道RPGとそれと同じ世界観のライトノベルが好きだな」
「めっちゃ好き」
「そして、おまえは志半ばで死んだ」
「めっちゃ死んだ」
「そんなおまえが可哀想になってな。あんなにも異世界を愛していたのに、この歳で人生を終えてそれらとさよならするのは。そんなわけで」
アイカはまた、くるりと一回転した。キラキラと蝶の鱗粉のようなものが舞う。
「平均寿命-おまえの人生ぶん、異世界で生かしてやることにした。感謝しろ」
「めっちゃアイカ様様っす。ありがとうございまっす」
「ふふん、そう煽てるな。これも神の力だ」
異世界、遂に俺は異世界の住人なのだ。考えただけでわくわくしてしまう。
「それでだ、男」
「ん? まだなんかあんの?」
「あたりまえだろ。おまえがこれから放り込まれるのはおまえがやっていたような、まあ魔王とかヤバい化け物とかがうじゃうじゃいる世界なんだぞ。神として、注意勧告くらいはする」
「はい!!! お願いします!!!」
「うっ……おまえのその異常なまでの喰いつきは何なんだ……。まあいい、おまえにはいくつか説明をして、最初の仲間を選ばせてやる」
最初の仲間!?
いよいよ異世界の冒険らしくなってきた。俺は期待に胸を膨らませる。
「まず、これからおまえをぶち込む世界の世界観みたいなものを教えてやろう」
「せ、世界観」
「そうだ。おまえが転生する異世界の、最大の特徴は……」
アイカはにやりと口角を上げると、その、『最大の特徴』を吐き出した。
「――登場人物、全員男だ」
「……は?」
思わず腑抜けた声が出る。そんな俺の反応を見て、アイカはブハッと吹き出した。
「あっはははははははは!! おっかしい! そんなに女が欲しいか!? なんなら私の身体で遊ぶか!? あははははははは! ふー、お腹いたぁい」
いや、女が欲しいとかそういう問題じゃないのだ。そう、問題は、彼女がもっと前に言った言葉にある。
『おまえがこれから放り込まれるのはおまえがやっていたような世界なんだぞ』
そして俺の生前の趣味を思い出してほしい。俺がやっていたのは、そう、『自分が異世界の勇者になって、ハーレムを築く』妄想だ。
俺がやっていたRPGは、だいぶ偏っているのだ。そう、恋愛方面に……。
「ちょ、ちょっと待て! いくらなんでも男だけであのゲームを再現するのは無理だろ!?」
「ん? おまえは同性愛に批判的なのか。現代社会じゃ叩かれるんじゃないか?」
笑いすぎて目尻に涙を浮かべたアイカが、そんなことを返してくる。
「いやいやいやそういうことじゃねえんだよ! だいたいなんでそんな縛りプレイの極みみたいな異世界に俺をぶち込む!?」
「えー、そりゃあ……」
そりゃあ、なんだ?
アイカはうっとりと目を細めた。
「面白いからに決まってんだろ……」
「はぁぁぁああ!? なぁにがおもしろいんだよ!」
「男。おまえにいいことを教えてやろうか」
「……な、なんだよ」
「男同士でも、気持ち良くなれるんだ」
ぶっ殺すぞ。
「俺は別に女とヤりたいわけじゃねえんだよ!」
「そりゃそうだろう。イチャイチャしてる間に取って喰われるからな」
じゃあなんでそっちに話を持って行ったんだよ……。
「……まあ、とにかくだ。おまえはこれから異世界に行き、ヤバい奴らと戦い、男共と愛情を深め合っていくんだ。わかったか」
「分かりはしたけど……なんで男同士で愛情深め合うのかは全然わかんねえ……」
「もぉー、わかってないなあ。男同士だからこそ、いいんじゃないか。だって異性だったら、自然と攻め受けが決まってしまうだろう? それに比べて、同性なら日替わりができるぞ」
何言ってるんだこの神様は。所謂腐女子というやつか。
俺はこの手の話が苦手なんだ。余計なことを思い出しちまう前にやめてくれねえかなあ。
「それで? もう腐女子談議はいいからさ。早く最初の仲間とやらのことを教えろよ」
「ん、ああ、いけないいけない。悪かったな。そうだ、最初の仲間だ。最初だけは、おまえに今、選ばせてやる」
アイカは体勢をもとに戻し、自分の前で腕を横にずらした。すると、今までそこになかった、3枚のタロットカードが現れる。
「この3枚のタロットカードには、それぞれ一種類ずつ、職業が描かれている。その中から好きなのを選べ。あ、もちろん、選ばなかったやつも最初に出て来ないだけで、そのうち出てくるから安心しろ」
なるほど、職業で選べということか。俺は3枚のタロットカードを一枚ずつ手に取る。
一枚目は、侍が描かれていた。RPGの職業にはあまり見ないが、近距離戦闘要員ではあるだろう。
二枚目は、チェーンソー。なんだろう、どこぞの大男でも出てくるんだろうか。
三枚目は、淡いタッチの絵に、『heal』と書かれていた。heal――おそらく、回復役のことだろう。
俺の職業はまだ明かされていないが、RPGで戦うとなれば、やはり回復手は必要だろう。
よし、決めた。
「選んだぞ」
「よし。じゃあその選んだカードを持って、目を瞑れ。私がいいと言うまで絶対に目を開けるんじゃないぞ。ちなみに目を開けると体が真っ二つに引き裂かれて内臓が飛び出してくるのを見ることになるぞ」
そこまで脅さなくてもいいじゃないか。
俺は目を瞑った。アイカがぶつぶつと何か言っているのが微かに聞こえる。異世界に飛ばす呪文とか……だろうか。
突如、瞼越しにもわかるほどの光が目に突き刺さった。
俺は反射的に、目を覆うように腕で隠す。
そうして、何秒ほどしただろうか。
「目を開けていいぞ。――せいぜい、異世界を楽しめ。男。」
目を、開けた。
そこには、現実世界にはほとんどないような、広大な大地が広がっていた。
おもわず、おお、と感嘆の声が洩れる。美しいものを見ると言葉が出なくなるというのは本当らしい。
それほどまでに、綺麗。そしてとにかく広い。
「ここが……異世界……」
俺は無意識の間にこの世界のマップを思い浮かべる。こんな大地から始まるRPGなら、やったことがあった。たしか、この大地の奥には巨大な森があって、そこを抜けると小さな商業の街が――
「ヒラリさんっ」
突然、それは突っ込んできた。
止まれなかったんだろう、そいつは小さい体で俺にぶつかってきたかと思うと、そのままバランスを崩して勢いよくその場に転倒した。ちなみに俺の体は一ミリも揺らがなかった。
なんだこいつは? びっくりして暫く固まったまま見つめていると、そいつはゆっくりと体を起こし、余程痛かったのか涙目で俺を見上げてきた。
「ご、ごめんなさい! 僕、また、失敗しちゃって……ごめんなさい!」
俺より断然高い声で、そいつは狂ったように謝罪の言葉を並べる。
というか、誰なんだおまえは。
「え、いや、それはべつに大丈夫なんだけど……。えっと、誰?」
俺からの問いに、あからさまに「はっ」という表情をすると、そいつは立ち上がって背筋をピンと正した。俺よりだいぶ小さい体躯をしている。
そいつはにっこりと笑って、言った。
「僕は――ミケです!」