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冬 2節

 ほんのりと雪を被った楽士堂の正門に着くなり、サマルは何人かの楽士達が大急ぎで出ていくのにすれ違った。その内の1人が立ち止まって、「サマル先生!」と声をかける。ウェイドだった。


「ちょうど良かった、先生の助言も欲しくって……」


ウェイドは自分がサマルの前で止まったことによって、同じく足を止めかけた同僚達へ「あとで合流する。ごめんっ」と片手を上げる。楽士たちが黙って頷くか手を上げ返すかしてとっとと走っていくのを見送ると、改めてサマルに会釈してから「詳しい話は中で。コズモ楽士長も来てます」と説明した。一連のすっかり手慣れた所作から、最初に剣(ヴィオラ)の扱いを教えた頃のへっぴり腰の面影を見出すことは最早できない。なんてことを思っていたら「おん」と返事をするのが一拍遅れた。それから、行きと同じく駆け足でサマルを案内する背中を見つつ、(ほーん、ここまで来てたっけかぁ)とも思った。例の、ファドとクロウを危機に陥れたバーンナップを鎮めてからというものウェイドは益々自信に満ちて活発になってきているし、なんならその直後の打ち合いで初めて一本取られている。どうも実戦を経て、攻勢に出ることの抵抗感も薄まってきたようだ。


(へへ…こりゃあ案外、すーぐにファースト・アンサンブルになっちまったりして?)


*


 「通り魔だァ〜?」

せっかく弟子の成長を見てワクワクしていた気持ちを一気に引っぺがされるようなショッキングな言葉をサマルに伝えたのは、ロスト・コズモ楽士長であった。


一同は今、市内警備(ソプラノ)の本部の会議室にいる。薪ストーブの熱気を帯びる室内は先ほどから人の出入りが激しく、どうも今回の件について捜査を統括すべく急ピッチで態勢が整えられている最中らしい。ロストは眉間を強く押さえつけたり引っ張り上げてを数回繰り返して、サマルへ話を続けた。


「夜中にレフタイで叫び声が上がったのをレックトゥーが聞きつけて、夜警が急行したらば、右手を切り落とされた男性が倒れていたそうだ。さらにその後、少し離れたところでやはり手を落とされた女性が見つかっている」


極めて、極めて猟奇的かつ不愉快な話だ。ロストが説明をする間、ウェイドもサマルも時折自分の手首を摩ってしまう。続けて聞いた所によれば、被害者はいずれも命は無事で、今は病院で治療を受けているが、やはり手を失ったことにかなりのショックを受けているらしい。2人とも、よりにもよって利き手をやられている。使われた凶器はどうも刃物らしい、というところまでは解っているが、モノが見つかっていない。犯人はまだそれを所持しながら、カルナバルの何処かに潜んでいる……。


「気がかりなのは被害者の証言だ。2人とも、「犯人は腕が10本あった」と言っている」


「…バーンナップってワケですかい」


「かなり疑っているが、今のところ確証がない。楽士サマル、君の意見を聞きたい」


「つってもまぁ、私もそうじゃねぇかなとは思いますけどね」


サマルは机に広げられた操作資料のいくつかをつまみ上げ、顰めっ面で文字列を眺めた。犯人がいかにして手を奪うかの仔細が書かれており、わざわざ眼鏡の位置を直してまで読みたくないな、と心から思う。


 犯人はどうも被害者を待ち伏せしていたようだ。背後から奇襲し、まずは一発殴打する。恐らく気絶を期待したのだろうが上手くいかず、逃げられそうになったのを力任せに押さえつけ、刃物で手を断ち切った。1人目にはその際叫び声をあげられたので、2人目のときには口まで押さえたらしい。こんな凶行に試行錯誤の形跡が見えるのがなんとも人間臭く、気色が悪い。


 おそらく…人間の手を奪うことが目的に含まれることには間違いが無い。そのための力を得はしたが、使い方をよく分かっていないらしい。


「だから、初っ端は浅知恵に頼るしか無かったんだ。とはいえ奴さんの学習能力は未知数だし、今のうちにとっ捕まえないとヤバいでしょうね」


ふむ…とロストはまた目頭を抑える。


「かなり厄介なケースだ。知っての通り、フライヤもゼンも、ファドも今は出払っている。…サマル、今回の件も、ご協力願えないだろうか」


「そりゃあもちろん。私も「ヴォイスの目となり耳となり、口となる者」の端くれですから? 頼れる助手もいることだし」


そう言って後ろに立っているウェイドの胸をどつくと、彼はうわ、と白々しく驚く。頼もしいんだかムカつくんだか、あるいは、彼の霊通力(タクト)が尚も鋭敏であることに微かな不安を感じるか…まぁ少なくとも、これからの仕事については準備万端だろう。


「うっし、そうと決まりゃあ早速行ってきますよ。おらウェイド、仕事だ仕事ォ」


ロストに一礼をするとさっさと踵を返して、弟子の肩やら背中やらをぱしぱし叩きながら2人で部屋を出る。先を歩くようになったサマルの背を見て、ウェイドは確かに、彼女が「仕事」のマインドに入ったのを感じて「なるほど、そうやるのか」と思った。


*


 レフタイで既に聞き込みとパトロールに当たっていた市内警備(ソプラノ)たちに合流し、ウェイドとサマルも行動を開始した。状況の共有を受けた時点ではこれと言って進展が無く、若干雲行きが怪しいような気はしていたが、やはりしらみ潰しに聞き回ってすら犯人の手がかりは掴めなかった。


「ってワケなんだ。エルミコさん、なんか変なのとか見てない?」


ウェイドが頼ったのは懇意にしているジェラート…から、冬季はホットポテトに商売を変える屋台の店主、エルミコ・ハイライトだ。彼が店を出している大通りの公園まで来ると最早ライタイ地区との境目なので、一か八かというつもりであった。


「なんも見てねぇなぁ。日が沈む頃には帰っちまうし」


「ですよねェ〜」


包み紙の中でバターの良い香りを放つジャガイモをちびちび齧りながら、サマルは肩を落とした。


「それに俺は、ほら、住まいはライタイ(あっち)だからよ」


エルミコが指差した先から、黒く小さい十字の影が飛翔してきて、ウェイドとサマルは目を丸くし、神経が僅かに痺れる。その正体は伝声鳥(レックトゥー)だ。


「デンレー! デンレー!」とウェイドを目掛けてやってくるのを、屋台から少し離れて腕に留まらせてやると、彼の首を2回撫でた。


「こちらライタイ管轄、プラスク通りで"強奪"の被害者を発見! 近辺に犯人潜伏の可能性アリ、至急応援求む!!」


師弟の表情は瞬時に険しくなる。ウェイドは「他の人の所にも頼むよ!」と伝声鳥を再び放ち駆け出す。サマルも残りをさっさと食べ終わってから、「美味かったぜおやっさん。またな!」と声をかけてから後に続いた。肺に霊気を取り入れ一気に加速していく2人の背を、エルミコはハンチングを振って見送った。


*


 「粘土細工師だってさ。可哀想になぁ」

怪我の応急処置を施され、病院へと運ばれていく被害者を横目に中年の楽士が呟いたのが聞こえた。彼がレックトゥーを放った本人であり、周辺は既に楽士団によって封鎖されており、これだけの動員があれば、じきに犯人を炙り出せることだろう。サマルはウェイドに「どうだ、"居そう"か?」と訊くが、彼は苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振る。


「嘘みたいに、何の気配も感じません。霊獣もバーンナップも、ハッキリと人間と違うカンジがするのに…この辺りには、見つけられないんです」


本人がそう言うんならそうなんだろう。とすると、遺作(レリック)が絡んでいるようなことも有り得るか…。考えられる、想定できることは多いものの、この時に至るまで我々は誰一人、結局犯人の姿を拝めていないのである。物証がないのに仮説だけを積み重ねても仕方が無い。一刻も早く見つけ出すしか無い。


「…っしゃ、分かった。とりあえず気合い入れて街中探すぞ」


「はいっ」


そうしてサマルもウェイドも、血眼になって捜索をしたものの、この日とうとう、犯人が捕まることは無かった。

さらにこの悪夢は、立て続けにもう2人の被害者を出すこととなった……。

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