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秋 7節

 ウェイドとサマルが洞窟の入り口へと到着したその瞬間に、穴からは大量の土埃ともつれ合う巨大な塊が飛び出してきた。片方はウェイド達が追ってきた大木もどきのバーンナップで、腕の中にゴリラを更にサイズアップさせたような生物を抱えて落ち葉の海を激しく転がる。


「ンヒョオオオ!!!!」


耳障りな怒声をあげながらバーンナップは回転の勢いを利用し類人猿を放り投げる。4〜5メートルは飛ばされて腹から落下した彼は低く呻く。唐突に始まった生存競争を前にことの成り行きを見極めていた人間ふたりだったが、これまた突然ウェイドが、何かに気がついたような素振りを見せてから駆け出した!!


「なっ、ウェイド!?」


サマルが手を伸ばすが、霊気を肺に取り入れた彼はかなり速い。そのまま一直線に大猿へ向かう!



 恐らく喧嘩相手だっただろう「この地ならざる者」の気配を察知した瞬間に、霊獣はよろめきつつも立ち上がり、頼りないながらも加速をつけて洞窟の出口へと突っ走っていった。クロウとファドも彼の身を案じて全速力で後を追う。やがて逆光の中に霊獣と、ゾッとするほど滑稽な異形が揉み合う様子が見えたのち、彼らは外へと飛び出してしまった。



 数時間ぶりの外気と陽光を浴びたクロウたちだが、それどころでは無い。目の前には戦闘の構えをとる異形と、彼の対面でうずくまる霊獣。そして、霊獣に向かって一直線に突っ走るウェイド・ビーツ!

しかも、彼の手にはバックラーとヴィオラが握られているではないか!!


「いかんウェイド!! そいつは!!!」


なんとかしてウェイドに彼が敵では無いことを伝えなければ。だが時間が無い。言い終わる前にヴィオラが振り下ろされていてもおかしくない。


それでも、やらなければならない。クロウは大きく息を吸い込んで両脚に力を込める。霊気の筋肉への充填を確信し、一歩踏み出そうとする。前傾した肩を、なぜか、ファドが止めた。


「…は?」


ファドは視線をウェイドに向けたまま、空いている方の手で異形を指差した。クロウがそちらを見た瞬間に、不細工な大木は霊獣目掛けて高く跳躍している!


 霊獣の前で左脚を軸に向きを反転させたウェイドは、そのまま剣と盾を重ね合わせ防御の構えを取る。異形は構わず着地態勢に入り、目論見通り2人を押し潰さんと衝突する。


はじめに刃。

大質量を受け止めた刀身は手首によって固定され、ただちに響きのエネルギーを生み出し蓄える。


次に盾。

相棒の取りこぼしたエネルギーを全て受け止め、こちらもたちまち蒼く染まり、淵に刻まれたカルナバルの風景が鮮明に浮き上がる。


かくして二つは響きあう。

至近距離にある音鋼は響きを同調させ、互いにエネルギーを高めていく!


ウェイドの気づもりを知らぬ異形は物理法則任せに刃を盾へ向かって押しやり、音鋼は強く衝突する、瞬間、強烈な響きと膨大な蒼の衝撃波が拡散した!!

もはやカルナバルにこの暴力的な音響を例えるものはなく、彼自身の言葉によれば「ボリュームをMAXで鳴らしたウーファー」である!


「ふんッ…ぬァ!!!」


ウェイドが得物を押しやれば、人の力ではどうにもならないハズの巨体が持ち上がり、真後ろへひっくり返る!! 異形は自身を上回る不条理に驚愕の声を漏らしながら無様に転倒した!


「な、なんちゅー技じゃあ……」


呆気にとられるクロウ達のもとに、「ふたりとも、大事無いかい!?」とサマルが駆け寄る。ファドが楽士章に手を当てながら頷いた。


「サマル殿、救援感謝する。我々に大きな怪我は無い。それにしても……」


彼女は、土埃の中から「敵」を睨みバックラーを構えるウェイドを見やる。相手がダメージの蓄積に耐えかねているのか中々起き上がってこないことを確認すると、霊獣に向かって気遣うように話しかけた。


「ここまでお疲れ様。あとはボクらでなんとかするから。君は下がって休んでて?」


霊獣はウェイドに礼を言うかのように頭を下げると、片腕を引き摺りながら退いていく。そしてウェイドは再び向き直って、バックラーと剣を打ち合わせた。


「彼が楽士ウェイドか。霊鳥祭のことは聞いていたが、想像以上に……」


「やっぱり、楽士ファドもそう思うかい?」


少し緊張の混じったサマルの問いに、ファドは「うむ」と答える。


「今はまだ手の内に収まっているようだが、全容は計り知れん。何かの弾みで"化ける"恐れもあるが…事は、慎重に運ばれた方が宜しかろう」


「ちょっと待ってくれぃ御二方、何の話じゃあ?」


ウェイドの身を案じているらしいことまでは分かっても、要領を得ないクロウは割って入る。ファドは観察を続けながら答えた。


「彼もまた、霊通力(タクト)の才を持つということだ」


 バーンナップが立ち上がり、ウェイドを見据える。最早あの剣と盾が、自分にとってかなりの脅威であることを思い知らされているので下手に手出しができない。そんな相手の思惑を、ウェイドは"一方的に"分かってしまえる。なぜ自分にこんなことが出来るのかは、ファドとサマルの推測とは裏腹に全く自覚が無いが、「使えるものは何でも使ってしまえば良い」という師のスタンスが彼の余計な疑問を取っ払って、集中させてくれている。


(だったらまぁ、取れる"択"はそんなに無いよね)


ウェイドは一呼吸でなるべく霊気を取り込むと、一見無防備に相手の懐へ潜り込む。バーンナップが反撃に腕を薙ぎ払うのを少しだけ刀身に掠めると、そのまま背後へ回り込んだ。しかし、そこで何をするわけでも無い。剣を手首で振り回し、それの発する低い残響は蜂の羽音を思わせる。警戒を強めた敵は再度、振り返りざまに腕を振り抜くが、やはり盾を掠める程度に当てつつ不気味な音色を鳴らして回る。


「どうした臆病者! お前が死ぬかどうかなんだぞ、もっとマジメにやれ!!」


恐怖心にかられた大木の攻撃のスピードは徐々に早まっていく。彼は自分の脅威を消し去らんと必死なわけだが、ウェイドは先の動きをひたすら繰り返していて、少しずつ響きの力を貯めた盾も刃も、威圧的な音を増していく一方だ。いよいよ気がおかしくなったバーンナップが両拳を握りしめ天に掲げたとき、ウェイドはようやく動きをピタリと止めた。その場所へ向かって、大木は渾身の一撃を振り下ろす!


が、当然、全てウェイドの作戦だった。拳が地面を飛び散らす頃にはもう、彼の姿は空中にあり、すとんと腕に着地するや否や坂道のごとく駆け上がる! そして敵の接着されたような左の肩口へバックラーを叩き込んだ!!


発散された青く輝く粒子が、白く濁った粘着質へと浸透し、彼の身体からはくぐもったようなテューバの音色が唸る獣の声のように響き渡る。


「ヒュッ…オオオオオオオ!」


短いスタッカートめいた悲鳴が漏れたかと思えば、バーンナップは頭を押さえて悶え始めた。彼の体内を、バックラーが保持していた響きのエネルギーが駆け回り、反響し、暴れ回っているのだ! 一撃入れた時点で飛び降りて退避していたウェイドは、依然刃に(たぎ)るエネルギーを盾に擦り付けて受け渡してやることで再度、殴打の準備を完了する。敵は既にウェイドに構っていられるような状況では無く、容易に背後を取って跳躍すると今度は彼の右肩を殴りつける!


エネルギーの奔流は彫像の胴体でぶつかり合い、反響をいっそう強め、やかましくなり、構成要素をズタズタに引っ掻き回す。ガラスの破片を飲まされたうえに泡立て器を突っ込まれたような苦痛を彼は感じたかも知れなかったが、解放の刻は近い。身体の表面が所々盛り上がり、亀裂が入り、光と音が溢れ出す!


「ヒュウッ!!」と断末魔を残して、バーンナップは大量の霊気を散らして爆散した。風が収まり次第ウェイドとサマルは爆心へと駆け寄ったが、そこには粘土のかけらが散らばるのみで、人の姿は無かった。困惑する二人のもとへ、クロウも合流する。


「よぉウェイド! 助かったわい、ありがとう!」


「クロウ! 無事で良かった!」


拳を突き合わせて無事の再会を喜びあう。が、救助対象のもう一人が見当たらない。


「楽士ファドは?」


「あの御仁なら、ほれ」


クロウが視線で示した先では、ファドが再び霊獣の治療を施すところだった。彼もすっかり信頼しているのか、子守唄のような旋律が始まる前から目を閉じ、紅葉樹に背中をゆったりと預けていた。


「音鋼ってあんなこともできるんだ…初めて見るよ」


「楽士ファドの模倣不可能な技巧(ユニーク・アクト)で、"ブートレグ"つったっけかなぁ。魔法の原理を音楽に変換してうんぬんかんぬんとか」


頭の後ろで手を組んで、口をむちゃむにゃ波打たせながらサマルが解説らしきものを挟むが、剣技のそれに比べると判然としない。


「めちゃくちゃあやふやじゃないですか?」


「だってぇ、ゼンからの又聞きだし? 王国の機械は複雑すぎてよく分かんないんだよねェ〜。しかもフライヤみたいに、ファドさんにしかできない(やつ)らしいから聞いてもわからんっしょ」


二人の後ろでクロウは、そっぽを向きながら目を泳がせていた。(なァるほどぉ〜、対外的には「そういう事」になってたんか…)と、下手に口を挟まなかったことに安堵していた。と同時に、彼女の言っていた「共犯者」という言葉が如何に重いものであったかを今更把握もした。


 一方のファドは処置を終えたらしい。霊獣は立ち上がると、洞窟の中でしたように、指先を彼女に差し出した。ファドも右手を差し出してそっと握りしめた。


「ゆっくり休め。しばらくは喧嘩すんじゃねぇぞ」


小声で言ったが、霊気を通して彼には意味が通じているらしい。ゆっくりと頷いてから、霊獣はあなぐらへと帰っていった。


「終わったみたいですね。ボク、楽士ファドに挨拶してきますよ」


駆けていくウェイドを「りょうか〜い」と見送りつつ、サマルは後ろを振り返った。すっかり何もかもが丸く収まった気でいたクロウに向かって「ちょっといいかな?」と切り出す。


「へい?」


「さっきの霊通力うんぬんのハナシ、ウェイド本人にはまだ内緒にしといて貰えないかな? この手の事案、自覚持たれるとマズいことが多いんだ。最悪、アイツがバーンナップんなっちゃうかも」


「そりゃあ…だいぶマズいですな。分かり申した」


クロウが敬礼すると、「ありがとう、よろしく!」と踵を返す。「ほんじゃあ、帰ろぉ〜ぜぇ〜」なんて、いつもの悠々とした態度に戻ったサマルと対照的に、疲れ切った面持ちのクロウは小さくため息をついた。


「"王様の耳はロバの耳"…ってかい。こりゃあ責任重大じゃあ」

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