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秋 6節

 事情を知らなければ絶好の行楽日和、というくらいののんきな秋景色のなか、ウェイド・ビーツは急に落ち葉に両足を突き立て口元と鼻を押さえた。前を歩いていたサマル・ティーネージも立ち止まり、周囲を満遍なく見回して「どった?」と訊く。


「ニスの臭いを濃くしたような…すごく不快な気配がします。なんか、居ます」


背筋の寒さを堪えつつ、ウェイドは怖気の出どころを探る。接敵している訳でもないのにこれほどのプレッシャーを与えてくるとは、やはり人間相手とは勝手が違うと痛感する。それでもやがて、波のように霊気を震わせている最も強い一つの点を見出した。


「これは…ボクらの進行方向なのか…!?」


「おおーっとそりゃ急がんとマズいな。奴さんをメタメタにぶちのめすぞっ」


サマルとウェイドは口をぱっと開いて胸を霊気で満たし、快速で大地を駆け出す。右手を純白のバックラーの持ち手に掛けながら、サマルは経験からなんとなくで、未だ木々しか見えない中を目的地目掛けて走っている。


(しれっとやりやがったけど、ウェイド(こいつ)…どんどん霊気への感応が高くなってんな)


彼が以前から持つ、攻撃の気配を鋭敏に感じ取る力。それが霊気への高い感受性によってもたらされていることにサマルも薄々気づいていた。これまでは霊気酔いの兆候なども無かったので様子見に留めていたが、夏を過ぎてからの急成長に彼女は若干の懸念を感じていた。


(パーチのじいさんは外へ出ずっぱりだし、機を見て総司令(コンマス)んとこ連れてかなきゃかね。バーンナップにでもなられたら大変だぜ)


 突然、目の前に開けたスペースが現れる。サマルとウェイドは合図もなく、それぞれ近くにあった一本の木に背中を預け身を隠す。サマルの鼻に、つんと不快な臭いが突き刺さる。なるほど、ウェイドの言っていたのはコレのことらしい。風下でもないところからよくもまぁ嗅ぎつけたものだ。


 木陰からそっと臭いの元を覗き込む。

のそのそと歩き回っているのは、周囲のものと比較しても明らかに不自然なほど太い木の幹だった。樹皮は生き生きとした質感をまるで感じらない、褐色の粘土に筋彫りを施すことで木を模した彫刻のようだ。わざとらしい枝を切り落とした跡まで造形されている。左右から一対の、今度はわらしべかと思うほど細い腕…らしきものが伸びている。関節にあたる箇所を白く光沢を放つゲル状のなにかが繋ぎ止めており、恐らく一番適切な例えは「接着剤」になるだろう。このアンバランスなボディを支えるのは9本の凸凹した脚であり、短く太く成形した粘土を折り曲げてはっ付けたような適当さだ。脚同士の間隔はそう広いものでもなく、忙しなく動かしてはいるが非常に歩きにくそうだ。ここまで言うとさほど脅威でも無いように感じるが、彼が何をやったかは周囲の状況から推し量れる。薙ぎ倒された本物の樹木、踏み荒らされ掘り起こされた地面、そして彼の骨格標本のような拳に付着した血。恐らく、土着の霊獣と少なくとも一回はやりあって、撃退している。


「先生…アレ、どう考えても……」


小声でウェイドが話しかけてくるのに、サマルも同意して頷く。


「あぁ、間違いないね。天然モンじゃない。バーンナップだ」


ウェイドの目つきは険しくなった。重低音の剣(スパーダ・ディ・バッソ)の使い手として、異形を相手にするときの典型的なモデルケースがバーンナップだ。他のヴィオラでは、対処に慣れていないと変異者まで傷つけてしまう恐れがあるが、バックラーなら被害を最小限にできる。故に対処のお鉢が回ってきやすいとサマルから習っていた。


(て、ことはあの中にも人が…。絶対に助け出してみせる!)


 自身の黒いバックラーの持ち手を固く握り込む。サマルと視線を合わせ、機をねらう。ターゲットが静止し、周囲への警戒を弱めたことを察した彼らは呼吸(ブレス)を合わせる!


左右へ散開したふたりは一糸乱れぬタイミングでヴィオラとバックラーを取り出して強く打ち鳴らし、不出来な大樹の彫刻を挟み込み、バックラーを前に突き出して構える。敵にはとても目がついているようには見えないが、それでも突然現れた小さな人間たちの様子をそれぞれ確かめている。その仕草からサマルもウェイドも、確度の差はあれ同じことを考えていた。


(コイツ…脅しが効いてないっ!!)


悠然たる化け物は脚の節を軽く沈ませると、何故そんなことができるのか全く理解できない高さへ跳躍し、サマルへと向かう!!


「先生っ!!」


ウェイドが叫ぶよりも速く、サマルは地面にバックラーを叩きつけ響きの力によって大きく後退する。敵が着地するのを観察しつつ、再度刀身と盾を2回打ち鳴らし、音鋼の色は直ちに元通りになる。


(なぁるほど? 霊気への感受性が低い方を狙ってきやがったのか。コイツ性格悪ィ〜)


自分も地面に両足を突き立てると、サマルは盾で己の視線を相手から隠し、ヴィオラを身体より後ろに構えた。フレディたちの得意とする王国式の構えだ。


「おとりはコッチで引き受けた! じっくり観察して、一発ブチ込んでやれ!!」


「了解!!」


指示を受けたウェイドは3回追加で音鋼を打ち鳴らし、この方法で高められる響きのピークへ到達させると構えたままジリジリとバーンナップへ接近する。そんなことを確認するまでもなくサマルは一呼吸してから右足をぐっと踏み込み、敵へ突進を開始する!


相変わらず挟撃される格好の不気味な丸太は、広げた両腕を高速で振り抜く。サマルは目の前に掲げた盾でそれを防いで間合いに収めることまでは成功したが、右手の受ける衝撃に少し驚く。


(どうせ細く見えんのは偽装(フェイク)だろうと思っちゃあいたが…!)


彼の腕の、目には見えない実際の「太さ」の計算をいささか誤ったかも知れない。一番効果的な受け方を出来なかったことが盾の輝きの奮っていないので分かる。とはいえ致命的な失敗では無いし、次はもうしくじらない。


証明の機会は間も無く訪れ、大樹は二発目を振り下すのでそれを刀身で見事に受け流し、拳の先端が表土を剥がす。美しい蒼の輝きと交響曲のような響きを手に入れたヴィオラの切先を今度は彼に突きつけた。


「ほうら、ど〜したよブサイク? 早く私をやっちゃわねぇと、残りの手札もまくっちまうぞぉ?」


剣先をくるくる回すのは挑発のしぐさで間違いなく、往々にしてバーンナップという連中にはコレが効くと知っての行動だ。そして彼は挑発に乗った。地面を砕く勢いで拳の乱打が始まったのだ!

巻き上げる土埃の高さから威力は相当のものだが、サマル自身は「ほい、ほい、あらよっと」と言いながら順調に盾と剣に響きを溜めていく。白い音鋼で作られた彼女の得物は染め上がり、巨大なサファイヤのようだ。


ステレオ音響の低音はバーンナップの神経をさらに逆撫でしていく。拳の精度はどんどん落ちて、しまいにはサマルも身じろぐだけでかわしてしまう。ついにある一発が地面を突き刺したとき、サマルは上から盾を振り下ろした!! これまでに溜め込んだ響きの力は強力なハンマーとなり、巨木の腕を文字通り地面へ「釘付け」にする!


「ヒョオオロロロ!?」


この段になってようやく自身の失策に気がついたのか、バーンナップが驚愕の声をあげる。しかも眼前には既に、サマルの真っ青な刀身が迫る!


「声までブサイクかってんだよ、オラァ!!」


幹の土手っ腹にフルスイングでヴィオラの「面」が衝突し、先ほどと同等の強い衝撃波がバーンナップを持ち上げる。切り株を掘り起こすように、彼の足も埋まっていた拳も、たちまち全てが空中へ放り投げられる!


「ヒョロォォォォ!!?」


なんとか大勢を立て直し自分を弄んだ憎き小さな生命体へ一矢報いる方法を考えようとした巨木は、サマルから放たれていたテューバの音色が消えたことで、音の発生源がもう一つあったことを思い出した。彼のさらに上空へ飛び上がっていたウェイド・ビーツのバックラーは、サマルの攻撃の余波まで吸収し青い太陽の如く輝いている。


「はあぁぁぁぁ!!」


ダンクシュートの動きで脳天にぶちかまされた音鋼が全エネルギーを発散し、今度は敵を地面へ真っ逆さまに叩きつける!! まさしく墜落させられた巨木が一際大きい土埃を巻き上げる様は何かの爆発かと思えるほどだった。


一方ウェイドはそれを尻目に、難なくサマルの隣へ着地する。彼女から施された訓練の数々は、間違いなく彼をユニーク・アクト"ウェイト"の17代継承者として育て上げていたのだ。


 しかし、バーンナップはまだ沈黙していなかった。のそのそと起き上がるのを察知して2人の楽士はバックラーを構える。


「ヒューウ、ヒューウゥゥ……」


流石に弱ってはいるようだ。両手を地面に突いて身体を支えており、ウェイドは表情の無い彼からの闘争心と復讐心を強く感じていた。


「コイツまだ、めちゃくちゃやる気みたいですよ……」


「そらバーンナップだもの。感情から生まれた化けモンは、普通の生き物とは理屈が違うのさ」


やがて巨木は肩と脚の付け根を深く沈ませる。どう見ても弾みをつけるための予備動作にサマルとウェイドも対応を始める。が、そこから高い跳躍を繰り出した彼は明後日の方向に飛んでいってしまう。「逃げるのか…?」と肩から力を抜きそうになったウェイドと反対に、方位磁針を見たサマルが血相を変える。


「おおっと、あの方向はマジでヤバいっ、洞窟に向かってる!!」


「そんな、早くボクらも!!」


顔を見合わせ、再びブレスをして後を追う。クロウ達と鉢合わせてしまうまえに、バーンナップを追撃しなければ!!



 クロウとファドが落下地点を出発してから少し経った。薄暗い道は延々と続いており、もしかして行き止まりなのでは、という不安が頭をよぎりもするが、空気の流れがあることを頼りに進んできた。だが、更に厄介なことに、2人の目の前には分かれ道が現れてしまったのだ。


立ち止まり、少し唸りつつお互いの顔を見る。クロウからすればファドの素顔は仮面の下だが、相当うんざりしているだろうことは想像がついた。


「…どうする、クロウ?」


「どうってのぉ〜……」


それぞれの入り口に半歩入ってみて、二、三度鼻を効かせてみた。どうもずっと、外気の香りは感ぜられるような気がしてはいるのだが、どちらの道も同じような雰囲気だ。で、あれば、案外両方とも外へ通じているのかも知れないという希望的観測も馬鹿にできない。だが、嗅ぎ比べるうちに片方から獣と血の臭いが混じるようになった。その道からの空気はこちらに押し寄せるように動いている。つまり、何かが近づいてきている!?


「まずいファド殿、そっちからなんか来る!」


次第にずん、ずんと不均一な感覚で地面が揺れる。

ふぅ、ふぅと勢いのあるのに弱々しい息遣いが聞こえる。

洞穴の向こう側から鈍く輝く二つの目が現れ、それがひどく上下しているのが分かる。

這這の体でやってきたのは、先ほどファドが鎮めたあの霊獣だった。


身構えようとしたクロウをファドが手で制する。彼女と霊獣がしばらく無言で見つめ合ったのちに、霊獣は崩れるように倒れ込んだ。腕で抱えて天井へ向けた腹はしきりに膨らんだり萎んだりを繰り返す。彼が類人猿の(かたち)をしていなかったとしても一目で手負いと分かっただろう。


「なるほど…縄張り荒らしと必死に戦っておったのだな、おまえは」


ファドはゆっくりと霊獣に近づいて、腰の鍵盤をフリップアップさせた。彼の頭や頬を優しく撫でながら、もう片方の手の指先で音鋼を叩く。子守唄のメロディが周囲の霊気をぼんやりと発光させて、大猿の身体へと向かわせた。


照らされて初めて、彼の全身に刻まれた傷の仔細が分かる。殴打の痕に加え、何か木材のささくれのようなものが纏わりついている。ファドはその様子を見ながら、霊気に号令を出すかのように奏でる旋律を変える。傷口に寄り集まった光はささくれを分解して取り除き、次には傷口そのものに覆い被さった。


「…治せるんか、霊気で傷が?」


「お前、海側行ったことねーのかよ。向こうじゃコッチのが当たり前だ」


大陸では海から離れるほど霊気が濃く、厳格で複雑な手順をもって霊気に指示を与える魔法は機能不全に陥る。カルナバルもクロウの故郷も内陸部であるので、クロウが実際に見たことあるのはウェイドたち異星人(フィフス・トラベラー)などの対処に用いる"喉の魔法"くらいのものだった。


「知識としちゃ分かっとるんだが…実際に見ると不思議なもんじゃわい。だって、"山のもの"を魔法で治すなんて……」


「それが霊通力(タクト)だ。霊気を支配するんじゃなく、対決するのでもなく、調和する。カルナバルの祖先が編み出した究極の生存戦略さ」


霊獣の表皮から、小さな霊気の塊が一つ剥離する。その下にあったであろう傷跡は、すこし明るい色になってはいるものの、きちんと皮膚が再生している。


「…どうもまだ、頭ン中が狩人から抜けきっとらんわい」


「そんなもんだろう。騎士くずれに武士くずれ、元バーンナップ、色んなヤツがいる。それがカルナバルであり楽士団さ。これからも仲良くやってこうぜ?」


ファドは演奏をやめて、鍵盤を手のひらで押さえて響きを止めた。霊獣の額を撫でてやり「動けるか?」と訊くと、彼はクロウにも分かるほど穏やかな表情で人差し指を差し出した。ファドは指先に触れて、握手でもしてやるように握り返す。


そのとき、大猿が来たのとは別のトンネルから、クロウは異臭を感じ取った。最初に彼を大人しくさせたとき、身体から感じた「この土地ならざる者」の臭いだ。大猿もすぐに勘付き、上体を起こす。


「どうした?」


「喧嘩相手のおでましじゃあ…こっちに向かっとる!!」

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