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File : Project G.O.D. 26

——傍観者機構 一部修復完了 総修復時間不明 試験起動開始

——前回接続端末への接続……完了



 対象ナオトの生体反応を確認。対象は墓石と思われる大量の石の列の前で佇んでいる。対象の顔は所々黒く変色しており、細胞の壊死が進行している。対象の足下の大地は完全に変色し、海と空は青く、周囲には青と灰色の二色の空間が広がっていた。

 対象ナオトの隣に動作反応あり。動作反応体、人体を模してはいるものの、内部構造は各種金属や樹脂で構成されている。白い薄手の体に沿った衣服の上に各種武装と情報端末を身につけ、両目を覆うように端末機器が接続され、長い黒髪がその隙間から延びていた。

 そして動作反応体は対象ナオトを庇うようにこちらを向き、右腕に付けられた武装を向けた。

「司令! 下がってください! 検出できない何者かが近くに!」

 対象ナオト、少し驚いた表情をこちらに見せると、小さく口元だけ笑みを浮かべた。

「久しぶりだな、傍観者」

「傍観者? これが傍観者なのですか? なるほど、我々の検索機器では反応しないのですね」

「君にも見えるのか?」

 動作反応体、右腕の武装を下ろし、ナオトに顔を向けた。

「はい。見えると言いましょうか、私にも存在を感じます。ナオト司令、これは歴史的瞬間になるかもしれません。私のような存在が傍観者を認識できたのですから」

「そうだな。ただ、その歴史的瞬間も今は私ぐらいしか立ち会えるものが居ないのが残念だよ」

「そんな事はありませんよ、司令。あなたに見て頂けただけで十分です。それに、この記録はこの星が残る限り、絶対に消えませんから」

 動作反応体、こちらに顔を向け、口元を綻ばせた。

「申し遅れました」

 動作反応体は頭部の機器に手を触れ、顔を露出させる。動作反応体の顔、対象ミヤビに酷似。

「私はこの星の全てを繋ぐ情報管理及び管制機構であるミヤビシステムのインターフェイスAI、ミヤビです。以後お見知り置きを。あなたの噂は耳にしておりますよ傍観者。何でも合衆国ではあなたの法律が作られた州があるとか」

「それは初耳だな」

「ええ、資料も殆ど残っておりませんし、情報源はクレイドル職員の一人から頂いたものですから。それより司令はお知り合いなのですか? 私の記録には残っておりませんが」

「なに、古い友人だよ。私の家族を看取ってくれた、恩人だ」

「恩人? 傍観者がですか?」

「そうだ……すまない、君は少し外していてもらえないか?」

「了解いたしました。ですが、記録は残ってしまいますが、よろしいでしょうか」

「かまわんよ、こういうのは——」

「気分の問題、ですね。それが一番大事で大切だと、そのように設定されております」

「……そうか。それではすまないが」

「いえ、では私はこれで。星間船の発進準備が整い次第、こちらからお声掛けいたします」

 動作反応体、対象ナオトから離れていく。

 対象ナオトの視線を感知。

「驚いたろう? あれは以前に君が目にしたミヤビシステムのAIを改良して再利用している実体型端末だ。ミヤビシステムは前の全システム強制掌握の一件で廃棄も検討されたのだが、地球の終わりが近づいたせいで機能に制限を付けてシステムごと再利用している。私としては、あの姿だけはどうにかしてもらいたかったのだが、AI自身が変えるのを嫌がってね。複雑な気分だが優秀なのには変わりない。私の一存では変更出来なかったよ」

 対象ナオト、地面に大量に並ぶ墓石を見つめる。

「これが我々人の……私の、罪の果てだ。もう少しで最後の星間船と調査船が発進する。今の私はそれの見届け役だよ。私は今でもクレイドルガードの統括役でね。私はミヤビシリーズと呼ばれたユキナの複製体損失の罪を問われ、一時は南半球共感病患者対策班の指揮へ事実上左遷された。言ってしまえばクレイドル本社は面倒事を私に押しつけて、私自身を処分したかったのだろう」

 対象ナオト、空を見上げ瞳を閉じた。

「しかし、私もいい加減運が悪い。私はユキナとサナを忘れたいがために、南半球感染者の説得に没頭していたんだが。どういうわけか、その彼らから私は支持を受けてしまってな。気が付けば再びクレイドルガードを率いて患者の支援を始めれられるようになって、そのまま流されるように総裁を兼任する事になった。それもこれも、ここに眠っている彼らの後押しのお陰だよ。しかし、こんな過去にしか目を向けられない男の何が良かったのだろうな」

 ナオトは小型情報端末を取り出して操作し、端末を見つめた。

「私の方でも共感病について調べてみた。殆どの記録は抹消されていたが、ワカバから詳しく聞くことが出来たよ。共感病はユキナの話通り、我々クレイドルが作り出してしまった病だ。当時のユキナとワカバは技術提供をしただけで実際は深く係わっていたわけではないらしい。その共感病も前総裁の強行策の一つだったそうだ。前総裁は強行政治でクレイドルを拡大してきた。当時はあれぐらいの強引さが必要な時代だったからな。私も総裁とは何度意見を戦わせてきたか解らないが、これでも尊敬はしていたよ。あの人がクレイドルの基盤を作ったと言っても過言では無いからな」

 ナオトは端末を上着にしまうと、再び空を見上げた。

「ワカバの話では、共感病計画のスタッフは全員、何かに取り憑かれたかのように研究開発を進めていたらしい。そして出来上がった物は、灰色化に似せて肌が徐々に灰色に変色していくだけの病だった。感染する事は無く、死の病でも無かったそうなのだが……完成後、共感病ウイルスは盗難に遭い行方不明。同時に全ての研究データが抹消。そして、共感病はどこからともなく世界中に感染が広がり、死の病として我々を恐れさせた」

 対象はその場から少し歩き、一つの墓石の前で立ち止まる。

「共感病計画の責任者は盗難と同時に自殺。研究主任もほとんどが自害。そして残りの研究者は総裁の命で廃棄処分対象にされ、それにワカバとユキナも含まれていた」

 対象ナオトは膝を付き、墓石に刻まれた文字をなぞる。

「こうして全ては闇の中だ。その後は君も知っての通り、我々は何一つまともな解決策を見い出せず、人は共感病に踊らされ続けてきた。皮肉な事に、結局は前総裁の思惑通りにはなったがね……今は皆、明日すら見えない空のどこかで新天地を探しているよ」

 対象ナオト、墓石にそのまま手を添えた。暫く墓石を見つめ続けた後、ナオトは口を開いた。

「ユキナはずっと自分を責め続けていたのだろうな。世界に大量に死者を出してしまった責任と、共感病がサナに感染した事に……ミヤビだったあいつに、もっと私が意識を向けていたら、ユキナに気づけた筈だ。ユキナの苦しみも痛みも、私が気が付いてやるべきだったのに。私は自身の罪に怯えて何一つ気づこうとすらしなかった。そうやって二人から逃げていたんだ」

 対象ナオト、空いた手を持ち上げ、その手をじっと凝視する。

「この手を見る度に思い出すよ。家族二人を殺したという現実を。サナの首を絞めた感触も、あの時の引き金の重さも生々しくこの手に残っている。これには君も見覚えがあるだろう?」

 ナオトは立ち上がり、懐から銃を取り出して握りしめた。

「あの後、ロイドから譲ってもらってな。こうして今も肌身離さず持ち歩いている。弾は一発だけだ。この銃で失われる命は、後は私だけでいい。時々この銃をロイドに整備してもらっていたのだが、今はロイドも星間船内の護衛部隊の一人として空の上だよ」

 銃を懐にしまい向き直ると、ナオトはこちらをじっと見据えている。

「ありがとう、サナとユキナのそばに居てくれて、それと看取ってくれて。君には感謝してもしきれないんだ傍観者。私の出来なかったことを君はしてくれた。私のような臆病者は逃げる事しかできなかった。君にとってはただ見ていただけなのかもしれないが、私は本当に感謝している。きっとサナとユキナも、そう思っていた筈だ。だからこそ余計に思うよ。二人に何一つ出来なかった私が、何故こうして生きているのだろうかとね」

 対象ナオトは空に顔を向けると小さく呟いた。

「皮肉だな、生を望む者が死に、死を望む者が生きているのだから」

 空を見つめたまま対象は口を閉ざす。そして強めの風がナオトの上着と髪を揺らした。

 暫くして先程の動作反応体がナオトに近づき、ナオトの隣で立ち止まる。

「ナオト」

「なんだ、もう時間か?」

「あなたが悔いる必要はありませんよ、ナオト」

 ナオトは動作反応体に顔を向けた。

「ユキナ、なのか?」

 動作反応体は小さく頭を振り、優しげにナオトに微笑みかける。

「解りません。ある条件下においてこの感情が立ち上がるように設定されていたようです……続けます。ナオト、あなたが悔いる必要はありません。サナはあなたの愛情をちゃんと感じていたし、私は自らが望んだ結果だったのですから」

「だが、最善の方法があった筈なんだ。少なくとも私が逃げていなければこんな事には」

「いいえ、あなたは逃げてなんていませんよ。逃げたのは私です。私は全てから、いいえサナから逃げ出すためにナオトに全てを託したんです。それに、あなたは今でも逃げずに居るじゃないですか。この世界からも、そして私達からも」

「どうかな、今の私は流れに身を委ねて何も考えずに居るだけだ。サナにだって、もっと私自身の心を殺してでも向き合っていたら……そうすれば、少なくとも何か変わっていた筈だ」

「ナオト、サナはあなたの事をちゃんと理解していましたよ。あなたの痛みも、あなたの愛情も……だからこそ、サナはあなたに無理を言えなかった。会いたいくせに私の前でも最後の最後まで強がって。本当、そういう所はナオトそっくりでしたね……まあ、どこかの誰かさんには、すんなりと言っていたようですけど」

 動作反応体からの視線を感知。動作反応体は前髪を指で絡めつつ腕を組み、目を細めている。

「そうか……それなら、ますます彼には感謝しないとな」

「ふふっ、そうですね。でもナオト、私はあなたにも感謝しているんです。あなたは私を救ってくれました」

「あれのどこが救いだと言うんだ。死んで何かが変わるのか? そこに希望があるのか?」

「生きる事に希望があるとは限らないでしょう? 私はサナを救えなかった。サナの死の原因を作っておいて、サナをその死から救う事すら出来なかった。しかも、そのために多くの命を犠牲にしてきたんです。私のような罪人は死んで当然なんですよ。むしろ、最後に愛したあなたの手で死ねただけ、私は幸せだったんです」

「私には解らんよ。ユキナ、たとえ君が罪人だとしても、君はやはり生きるべきだった。生きて全てに償っていくべきだったんだ、絶対に。終わりに向かう世界だからこそ生きるべきだった……いや、綺麗事はよそう」

 対象ナオト、動作反応体の顔を見つめる。

「俺はおまえに生きてもらいたかった。そばにいてほしかったんだ。ユキナにもサナにも、どんな形であっても生きていてほしかった。俺の望みは、ただそれだけだ」

 動作反応体、ナオトから顔を逸らし、海を見つめながら沈黙する。

 対象ナオトも動作反応体と同じく海に視線を向けた。

 そして、暫くして動作反応体が口を開く。

「ナオト」

「なんだ」

「私達、出会わなければ良かったんです、きっと。あの時、あなたに声を掛ける勇気なんて出さなければ良かった。ワカバ姉さんの声なんて無視してれば良かった。そうすれば今頃——」

「やめてくれ、ユキナ」

「ナオト……」

「俺は今、過去の為に生きている。その過去を作ってくれたのはユキナとサナだ。それだけは確かなんだ。だから、俺たちの出会いまで否定するな」

 動作反応体、小さく笑みを浮かべながら、ナオトに顔を向けた。

「ありがとう、ナオト。それが聞けただけで私は十分です」

「それにな」

 対象ナオトの視線を感知。対象はこちらに笑顔を向けている。

「彼に見てもらえた事は、それだけで価値があったのではないか?」

 動作反応体の視線を感知。動作反応体もこちらに微笑みかけている。

「そうですねナオト。私達の事は彼の記憶に残ります。傍観者、あなたにとって私達がどの様に映っているかは解りません。でも、あなたがこの星の終わりに私達を見ていてくれた事は本当に感謝しています。サナのそばに居てくれた事も、私達に付き合ってくれた事も、本当にありがとう」

 それから動作反応体は頭部機器を操作し顔を隠した。

「司令。発進準備が整ったようです」

 対象ナオト、動作反応体に目を向ける。

 そして暫くの沈黙の後、ナオトは空を見上げて口を開いた。

「そうか、では皆に伝えてくれ。君たちに幸運を、人の光が空の向こうで再び灯る事を祈る、と」

「了解いたしました……調査船からの返信です。お見送りに感謝しますナオト司令。その光があなたに届くよう尽力いたします。どうかお元気で……以上です」

「発進を許可する」

「了解いたしました。全船団発進を許可。ミヤビシステムの共有回線を切断後発進せよ。全ての船に幸運と地球の光を」

 対象ナオト、見上げる目を細めた。

 動作反応体、ナオトの視線の先に顔を向ける。

 二名の視線の先の空、光の筋が次々に走り、消えてゆく。



——傍観者機構 試験接続停止 これより完全修復に向け 全機能を停止いたします

——傍観者機構 完全停止





管理番号_20160805 管理者名_若葉代理

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