File : Project G.O.D. 21
——傍観者機構 活動開始
——接続……成功
対象ミヤビの生体反応有り。施設屋上にて対象を視認。ミヤビは前回着ていた白衣を片手に持ち、もう片方の手は携帯端末を持ちながらそれを耳に添えている。対象の上半身、各種情報端末と先程使用していた銃器が固定されている。対象ミヤビ、音声通信で誰かと会話している模様。
「うん、それでお願い……うん、あなた達を巻き込んでごめんね……そう、ありがと。あなた達がどうするかは任せる……大丈夫、私はこのまま終わらす気はないから……うん、じゃあよろしくね、私」
ミヤビは携帯端末を自身の体の固定具に納めた。対象は屋上に設置された壁に寄りかかり、空に顔を向けて口を閉ざしている。対象の視線の先、太陽が落ち、赤く染まり始めている空。対象ミヤビ、空を向いたまま口を開く。
「何か言ったら? 今度こそ、言いたい事の一つや二つあるんじゃないの? あのお喋りなワカバ姉さんの事だから、色々と聞けたでしょう? ミヤビシステムの中枢も見せてもらったんじゃないの?」
対象、屋上の風から顔を逸らし、乱れる髪を押さえた。そして風が止むと、ミヤビは髪を両手でかきあげながら整え、腕を組んで再び空に顔を向ける。
「これは、ある一人の女の子の話よ。その女の子はね、生まれてからずっと独りぼっちだった。親も兄弟も居ない、同年代の友人も居ない。ただ一人、たくさんの大人達に囲まれ、たくさんの期待を持たれて生まれてきた。その期待に応える事が女の子の生きる理由。期待に応えれば応えるほど、大人達は女の子を褒めた。それがその子は嬉しくて、ただひたすら期待に応えようと必死になった。周りがまったく見えなくなる程にね」
ミヤビは片手を自身の顔の前に掲げ、太陽からの光を遮る。
「その女の子は、ただひたすら与えられた課題をこなし、より課題をこなせるよう、自由に使える全ての時間を、資料漁りや個人研究に費やしていった。それ以外に女の子は必要ないと思っていたし、それこそが自分自身の価値だと信じていたからね……それから女の子はあるプロジェクトメンバーの一人に抜擢されたの。そこで女の子は一人の女性に出会った。その人は、その女の子とは正反対な人だった。どんな時でも明るくて、どんな場所でも自分を曲げず、何に対しても一生懸命、そして何より女の子から見ても、その人は女性として輝いて見えた」
対象は手に持ったままの白衣から煙草の箱を取り出す。しかし対象は、箱を見るとすぐに手で握りつぶし、白衣に戻した。
「女の子はその人に憧れた。お互い一緒に研究をし続け、個人的に親しくなっていっても、その人は女の子にとっての憧れだった。女の子はその人になりたかった。なってみたかった。でも、どうあがいても自分は彼女にはなれない。だから女の子はその人をモデルにして、あるシステムのインターフェイスAIを作った。自分の代わりに、自分の理想の姿を作り出し。自分とは違う、雅やかな理想を求めてね……それが、ミヤビシステムの根底。技術革新なんて大それた目的、女の子にはどうでも良かったのよ」
対象ミヤビは白衣を羽織るとこちらに顔を向ける。
「私の友人からの情報よ。痺れを切らした本社が動き出した。死の少女計画始動の為、予定より早く本社直属のクレイドルガードがこの施設に向かってる。この施設が包囲されるのも時間の問題。予想では明日、全てが動き出す」
ミヤビは懐から拳銃を取り出した。
「明日はクレイドル最高責任者を決める総裁選。今のところナオトさんが最有力候補。もし明日の総裁選でナオトさんに決まれば、確実に死の少女計画は凍結される。でも、計画を進めていた現総裁にとって、計画停止は自身の首、文字通り命に大きく響く事になる。だから向こうも明日に全てをかけた。総裁選が終わるまでにサナを手中に収め、クレイドル総裁はナオトさんの就任を妨げたい。そして、それを読んでいたからこそ、ナオトさんも自身の私兵をこの施設に潜入させた……たぶん、ナオトさんとクレイドル総裁の思惑はそんなところね。ナオトさんはクレイドルガードを変えた事で味方も多いけど、敵の数も多い。明日の総裁選がクレイドルの、違うわね、人類の未来を変えると言っても過言ではないわ」
対象は銃の上部を小さく引き、露出する弾丸を確認すると手を離し、両手で銃を握りしめた。
「でも馬鹿らしい話だと思わない? 大の大人が必死になって、一人の女の子を取り合おうとしているんだもの」
両手で握った銃を顔まで持ち上げ、対象は銃身を自身の額に付けながら瞳を閉じる。
「でも私がさせない。させるものですか。これ以上あの子を馬鹿な大人の都合で振り回させたりしない。サナは私が守る。そして、私が全てのケジメを付ける。私達人類全てのケジメを……私にはあいつらのような手札は無い。でもジョーカーだけは手元にある。最強の手札であり最悪の手札。たった一枚だけど、使い所さえ間違わなければ勝機は十分にあるわ」
対象ミヤビ、銃を体の固定具に納め、こちらに向き直った。
「こんな風に二人で会えるのも、たぶんこれが最後ね。だから言わせてちょうだい……ありがとう、あの子のそばに、いえ、私のそばにいてくれて。短い間だったけど、あなたと共に過ごせた時間、本当に貴重な時間だった。私が私になって初めて、私自身を見つめられたと思う。私自身を取り戻せたのだと思う。もし全てが終わって、また会える事があれば……」
対象は顔をさっと下に落とし、そしてすぐに顔を上げる。
対象ミヤビは瞳に涙を浮かべ、こちらに笑顔を見せていた。
「その時は、あなたの声を聞かせて。あなたの思いを、あなたの心を私に聞かせて。いい? これは約束よ? 私とあなたの」
ミヤビは片手で涙を拭い、もう片方の手で白衣のポケットから髪留めを取り出した。対象は瞳を閉じたまま両手で髪をまとめ、髪留めでとめると大きく息を吸い込み、小さく吐き出す。
そして、ミヤビは目を見開いた。
「さあっ! 今日から明日にかけてが勝負どころよ! 全員の手札は見えてる。総裁は既に手札を叩きつけたわ。後はナオトがそれにどう応え、私がどうひっくり返せば良いかだけ」
対象は言いながら不敵な笑みを浮かべている。
「この私を相手にした事、全員に後悔させてやるわ!」
対象ミヤビはそう言うと屋上の壁から離れ、腰に両手を当てながらこちらに振り返った。
「それじゃ、私はこれで戻るわね。サナの検査がもうすぐ終わるから、あなたも一緒にさっきの食事の続きでも……」
対象の体から電子音が発生。対象は怪訝そうに携帯端末を取り出し、それを耳に添えた。
「どうしたの? あなたから連絡するのは危険で……なん、ですって……何言ってるの、クレイドルランサーが今回の件に介入するわけ……ちょっと!? ミキ!! ミキ!! ……そん、な」
対象、携帯端末を懐にしまい。それと同時に銃を取り出した。そして、対象は上空に顔を向け、目を見開いたまま硬直する。
「くそ……やられた」
上空より動作反応多数確認。高速で施設屋上に降下している模様。轟音を靡かせ、動作反応体が次々に施設屋上に着地。動作反応体が着地する度に施設全体が揺れ、対象ミヤビは片手を屋上の床に添えて体を固定し、落下する動作反応体に銃を向ける。
動作反応体全てが屋上に降下し、それらは対象ミヤビを囲むように十三体並んでいた。
動作反応体を解析……完了。動作反応体、人体を模してはいるものの各種金属及び樹脂性の物質で構成されている。内部と鎧のような外部装甲に多数の武装反応あり。顔面も硬質な金属装甲に囲まれ、微弱な生体反応を内部に確認。身長は対象ミヤビを有に超え、下ろされている両腕には対人兵器と思われる武装が施されている。
対象ミヤビは立ち上がり、動作反応体の一つに銃口を向けていた。
「銃をお下げください、サイトウミヤビ主任。我々はあなたを傷つけるつもりはありません」
動作反応体の一つより音声が発生。音声は男性の声色で流れている。
対象ミヤビは音声を発した動作反応体に銃を向け、その動作反応体を睨み付ける。
「対地球外生命体想定の機械化部隊が何の用? わざわざリング衛星から直接いらしたみたいだけど、ここにはエイリアンなんて居ないわよ?」
「我々はワカバ=ハインディライツ=ライラフェナルディ技術主任の身柄確保の為に参りました。また、総裁からの命で死の少女の捕縛も兼任しております」
「なるほど、ワカバ姉さんを理由にクレイドルランサーを動かしたのね、総裁は……くそっ、完全にしてやられたわけか私は」
「サイトウミヤビ主任。残念ですが、あなたの装備では我々に傷一つ付けられません。あなたは最重要保護対象です。我々はあなたを攻撃しません。銃を下ろしてください。警戒は不要です」
「私の命がそんなに大事?」
「それは、あなたが一番ご存じの筈です」
「私のコピーは散々作ったじゃない。オリジナルなんて、もうクレイドルでも不要でしょう?」
「私はそれを判断する立場ではありません」
「そう……なら、これならどう?」
対象ミヤビ、銃口を自身の頭に付けた。
「銃をお下げください。我々にはったりは通用しません」
「はったりかどうか試してみる? そもそもクレイドルメンバーがそう簡単に自分自身に銃を向けられると思ってるの?」
動作反応体、ミヤビの言葉に答えず沈黙。
「もしあなたたちがこの施設に進入するようなら引き金を引くわ」
「あなたが引き金を引く前に我々があなたを拘束するのは容易です。銃をお下げください」
「それならどうして動かないのかしら? 私の人体改造記録ぐらい確認しているでしょう? あなた達が私に触れる前に引き金を引くくらいなら、この体でも造作のない事よ」
動作反応体、沈黙。対象ミヤビも銃口を頭に付けたまま口を閉ざしている。そして暫くの沈黙の後、動作反応体より音声が再び発せられた。
「良いでしょう。十分、いえ十五分、施設突入開始時間を遅らせます。突入開始後は好きに引き金をお引きください」
「あら、ずいぶん優しいのね」
「勘違いしないでいただきたい。私はあなたの命の価値を十五分と計算したまでです。それが私にとってのあなたの価値なのですよ、サイトウミヤビ主任」
「嫌な言い方。でもその十五分、高く付くわよ」
「道を開けてあげなさい」
動作反応体の音声と共に、屋上出入り口方向の動作反応体が動き、それを見届けたミヤビはその場から駆けだした。対象ミヤビの生体反応、屋上より消失。
「良かったのですか、マスターランサー。あれではわざわざ主任を警戒させただけです」
「構いません。我々はクレイドルメンバーからの情報開示命令を拒否できないのですから。それに我々は総裁から秘匿命令を受けた訳ではありませんよ」
「それはそうですが……マスターランサー、それではただの詭弁ですよ」
「そうかもしれませんね。どうやら、私としても今回の任は気に食わないようです。彼らは命令に従いあれを造りあげた。ただそれだけです。我らが落としたが為に死んだ星間船の民間人搭乗者と、彼らが生み出してしまった死によって亡くなった者。彼らを罪人と呼ぶのなら我らとて裁かれるべきだとは思いませんか?」
「……ではライラフェナルディ技術主任の身柄確保はどうするのです」
「勿論、私は気に食わない程度で任を投げたりはしません。今から十五分後、当施設への突入を開始します。全機、それまで周囲を警戒しつつ……なるほど、サイトウミヤビ主任に与えた十五分、早速高く付いたようですね」
「はい、どうやら屋上から隔離フロアまでの通路及び区画を完全に遮断されたようです。硬化樹脂の埋め込みも開始されていますので、五分以内に完全に通行不能になります。施設側面も完全遮断されました。我々の装備で入り口を作るには出力が高すぎて、最悪、施設崩壊の危険も……どういたしますか、マスターランサー。サイトウ主任とミヤビシステムは最重要保護対象です。屋上から隔離フロアまででしたら直接撃ち抜く事も可能ですが」
「隔離フロアは緊急時に備えて無傷でなければなりません。共感病は未だ未知の病。末期症状が速まる可能性も無いわけではないでしょう。我々は行儀良く正面玄関から参りましょうか。全機、視聴覚迷彩起動、地上へ降下し、指示あるまで待機」
「了解いたしました、マスターランサー」
その音声と共に動作反応体が屋上を次々と飛び降りて行く。
動作反応体の視線を感知。動作反応体、顔をこちらに向けている。
「マスターランサー、どうされました?」
「……いえ、何か気配を感じたのですが、私の気のせいのようです」
「傍観者にでも見つめられたのではないですか? 周囲に何も反応は出ていませんよ」
「そうかもしれませんね。では、我々はユリカゴの槍としての責務を果たしましょう」
「はい、マスターランサー」
動作反応体、全て屋上より消失。
周囲に生体反応及び動作反応無し。
——傍観者機構 接続停止
管理番号_20160805 管理者名_若葉代理




