◆9 やめて! 私は貴方を夫とは認めていません。手をどかせなさい!
朦朧としながらも、私、ソルニア・マルチノ王女の意識が戻ったときには、目の前には司祭がいて、結婚式が執り行われていた。
すでに兄のオジェが国王に即位し、その婚約者のパスワケレスが王妃に、兄の実母シャロワが王母となっていた。
それから日を置かずして、私は南方紛争地帯の蛮族の許に嫁がされようとしていた。
顎髭は生やすが、頭は禿げた、五十代のオヤジ、ジャザババ・ジャバイの許に。
しかも第八夫人として。
兄のオジェは海洋国家バンシェル帝国の皇女を娶ったが、彼女、パスワケレスが曲者だった。
側室のシャロワは初めから、亡き正室の娘であるソルニア王女の追い落としを狙っていたが、それに便乗する形で、婚約者のオジェを唆して、実質的にマルチノ王国の中枢を乗っ取ったのだ。
私、ソルニアは、すでに無頼の男どもに自室で暴行を受け、薬液で顔面は焼かれていた。
さらに薬を飲まされて朦朧とした状態で、結婚式を挙げさせられたのだ。
純白のウエディングドレスをまとっての結婚式だったが、私には「従属の首輪」を付けられていた。
首輪についた鎖を持つのは、私の隣に立つ毛むくじゃらの肥満した禿げ男ジャザババ・ジャバイであった。
蛮人の彼は目をギロギロさせ、ニチャアと気色悪い笑みを浮かべていた。
兄のオジェは新国王であるにもかかわらず、私の後ろに立ち、妹の結婚を支える立場にあった。
王妃となったパスワケレス、国母となったシャロワ、そして彼女たちに従う大勢の無名貴族紳士淑女が嘲笑いつつも、私、ソルニアに憐れみの眼差しを注ぎながら、式を終えた。
我に返った私が、必死に新王夫妻やその協力者どもを罵倒し、王国の没落を予言したが、後の祭りだった。
大勢の護衛騎士によって床に押し潰されて、意識を失ってしまったのだった。
かくして朦朧とした意識のまま、私、ソルニア王女は中年禿げ男と共に馬車に乗せられ、王宮から連れ出されて行った。
見送りの際に泣いてくれてたのは、私が王権代理時代に国のために奮闘していたのを知っている、お付きの侍従と侍女だけであった。
その他の王族や貴族の面々は、嘲りの表情を浮かべて、稀代の転落劇を面白がって見物しているだけであった。
彼ら、新王オジェ(というより新王妃パスワケレス)に従う貴族どもは、今まで私や宰相などに面倒事を押し付けては不満を口にしてばかりの連中だった。
先代王サウルスが病床にあるのを良いことに、側室の子であるオジェに、妹である私、ソルニアのことを散々貶める噂を吹聴してきた。
碌な人たちではなかった。
◇◇◇
月夜がまぶしい夜になった。
私、ソルニアは港に停泊していた大型帆船の中に運び込まれた。
このままでは、私はこの髭男の住む蛮地へと連れ去られてしまう。
新王妃パスワケレスは私から権力を剥奪するだけでは気が済まなかったらしい。
私は新王の妹として、のんびり過ごそうと思っていたのに、その願いが叶えられることはなかった。
蛮族へ嫁がせるなんて酷いーーそう思うほどに、私、ソルニアの意識が戻ったときには、すでに帆船の甲板の上であった。
禿げ男は殆ど従者らしき男どもを連れておらず、しかも彼らは皆、船底近くの船室で、飲めや歌えの酒盛りを始めていた。
彼らなりの、新婚夫婦だけにする配慮であった。
月明かりの下、甲板の上で、私と蛮人の二人だけになってしまった。
すると、刻至れりとばかりに、禿げの髭オヤジが襲いかかってくる。
すでに裸になって、毛むくじゃらの肌を露出していた。
それにしても、月明かりの下、甲板の上で事をなそうとは。
背中が痛い女性の側の立場を考えてもらいたい。
だが、私、ソルニアは蛮人の手から逃れようがなかった。
首に嵌められた首輪は鎖で繋がれ、その鎖を夫となった蛮人ジャザババが握っていた。
毛むくじゃらの身体に力づくで引き寄せられると、殆ど抵抗出来なかった。
禿げ頭が月光に照らされ怪しく光る。
唇が異様に赤いオッサンだった。
興奮して舌舐めずりをしながら、強引に私を抱きあげようとする。
私は手足をバタバタさせて必死に抵抗した。
「やめて!
私は貴方を夫とは認めていません。
手をどかせなさい!」
だが、どのように罵ろうと無駄だった。
結婚相手のジャザババは、マルチノ王国の言葉を解さないのだ。
結局、禿げ男は興奮したまま、平手で思い切りバシバシと私の頬を打つ。
首輪に付いた鎖を思いっきり引っ張り、何度も何度も私の頬を平手打ちにした。
焼け爛れていようがお構いなしであった。
髪留めを無理矢理引き捨て去られ、乱れた髪の毛を握り締め、身体ごと吊り上げられた頃には、私はぐったりしてしまった。
それから、私の服装を乱暴に脱がし始め、太った毛深い身体を押し付けてきた。
腹が突き出た肥満体なので、てっきり柔らかい身体なのかと思いきや、脂肪が固まりとなっているのか、思いの外、皮膚が硬く、しかも毛深いので、私の柔肌に触れて、ジャリジャリとした、気持ち悪い感触に襲われた。
思い切り上から身体を押し付けられ、下半身に男性ならではのモノを押し付けられる感覚があった。
(もう駄目だ……)
私は涙ながらに両目を瞑る。
すでに暴行によって処女は奪われていたが、これ以上、辱められるのは嫌だった。
どうしても納得出来なかった。
(なぜ私がこんな目に遭わなければいけないの!?
助けて、お父様、お母様!)
声にならない声を天に向かって叫んだ、そのときーー。
甲板上で襲われていた私の視界には、大きな月が浮かぶ満天の星空が映っていた。
ところが、その月光を遮る黒い影が差し込んだ。
かと思うと、毛むくじゃらの顔を寄せていた中年男の動きが突然止まり、ドウッ! と私の上にのしかかり、今度はピクピクと四肢を痙攣させていた。
(どうしたの?
私、助かったの??)
私は、両目を見開いたまま動かなくなった蛮人を、両腕を伸ばして何とか押し除けた。
そのとき、月光を遮っていた黒い影が手を伸ばしてきた。
「助けに来たよ。
ソルニア!」
聴き覚えのある声だった。
裸体に白い布をかけてもらって引き上げられた際、改めて月光に照らされた若い男の顔を見詰める。
「あ、貴方は実家のーー」
彼は母方の実家オクシタニア公爵家の従兄、ルヴァン・オクシタニア公爵令息であった。




