◆5 外敵と内患は、じつは地続きだったりするものです。
父王サウルスの介護を終えたところで、再び、私、ソルニア王権代理は、宰相イエギド・カルボン公爵によって執務室へと呼ばれる。
今度は外交案件が待っていた。
我がマルチノ王国は小国だが、エクトル王国、ロンランド共和国、バンシェル帝国の三国に挟まれた軍事的要衝にあり、外交には神経を使う。
陸続きにある左のエクトル王国、右のロンランド共和国は、互いに衝突を繰り返しており、彼ら二国のみで国境を接している北方平地では戦争ばかりを繰り返していた。
とはいえ、この陸続きの二国とは、これからもなんとかやっていけると思われる。
問題なのは、更なる南方、海の彼方にある海洋国家バンシェル帝国であった。
彼の国とは長らく交易をしてきた間柄であった。
ところがここ最近、バンシェル帝国の軍事作戦の矛先が、我がマルチノ王国へと向けられつつあった。
左右のエクトル、ロンランドの両国は互いの紛争に忙しく、海洋国家バンシェル帝国が大陸に介入してくるのを望ましく思っていない。
なので、我がマルチノ王国が交易を独占しつつも、バンシェル帝国の軍事的矛先を躱し続ける施政方針に協力的だった。
幸い、こちらの大陸の政治状況に変化はない。
だが、海の向こうのバンシェル帝国は、最近より南方の紛争地帯ブーブルを蛮族ジャバイが統一を果たしたうえに、そのジャバイと和平条約を結ぶことによって何百年振りに南方の安定を果たしていた。
だから、北方、海の彼方にある我々、マルチノ、エクトル、ロンランドの三国に目を付けつつあるらしい。
私、ソルニアは執務机に肘を付いて、宰相イエギドを相手に、頬を膨らます。
「バンシェル帝国も、せっかく南方の紛争地帯が鎮まったのだから、おとなしく平和にしていれば良いものを。
軍事増強ばかりに走るのはどうしてなのかしらね」
宰相は無表情なまま片眼鏡を光らせ、背筋を伸ばす。
「バンシェル帝国では、軍事産業が製造業の三割を占めているからですよ。
定期的に戦争を起こして、新兵器のお披露目や、古くなった兵器の在庫処分をしないと、産業が廻らないのです。
今までは南方紛争地帯へ、それぞれの蛮族に武器供与をすることで国庫を潤わせてきたのですが、蛮族が統一されたとなると、安定的な利益が望めなくなる。
だから今度は南方の海洋方面に視点を移して、海洋の軍事兵器や戦艦の製造に力を入れ始めたのでしょう。
ここ数年で、戦艦の製造数が三倍の規模になっているのをご存知ですか?」
「当然、知ってます。
報告に上がっておりますもの。
今までは規模が小さかったバンシェル帝国海軍がどんどん大きくなって、頻りに海上で軍事訓練を行っているそうね。
やはり狙いは私たちマルチノ王国かしら?」
「おそらく。
左のエクトル、右のロンランドもそれぞれ海に面してはおりますが、いずれも断崖絶壁になっておりますから、バンシェル帝国兵がいかに精強であろうとも、あそこ登るのは大変でしょう。
良港がある我がマルチノ王国を狙ってくるのは当然ですね。
今までは帝国とも平和にやってきたのですが」
私、ソルニアは腕を組み、三年前のことを思い出す。
留学先の兄オジェが、バンシェル帝国の第三皇女パスワケレスと婚約したと伝えてきて、事後承諾を求めてきた時は、独断専行に困惑しつつも、父王サウルスと一緒に喜んだものだった。
これでバンシェル帝国との友好関係は盤石なものとなり、海の彼方からの軍事的脅威が消失すると思われたからだ。
ところがバンシェル帝国の海軍増強は止まるところを知らず、むしろ露骨に我がマルチノ王国を挑発するかのように、近くの海域で軍事訓練を繰り返すようになっていた。
宰相イエギドは、兄オジェと、その婚約者パスワケレスの横暴な振る舞いを想起して、肩をすくめる。
「バンシェル帝国は外から挑発してくるだけかと思いましたが、まさか王宮の内側でも火種を撒き散らしてかかるとは思いませんでしたな。
外敵と内患は、じつは地続きだったりするものです。
ソルニア王女殿下が王権代理を退任された暁にはどうなることやら」
他者の評価に厳しい宰相閣下は、王女とはいえ、滅多と私、ソルニアを褒めることはない。
褒めるなら、もっとストレートにしてもらいたい、と思い、私は苦笑いを浮かべる。
「でも、お兄様の婚約者が行う迷惑行為には、心ある貴族たちは皆、閉口しておりますよ。
バンシェル帝国が内側から私たちを攻めるための尖兵としては役に立ちそうにはありません」
「それは甘いですよ。
いずれ新王に即位するのは婚約者であるオジェ王太子殿下に確約されておりますから、何もせずとも今のところは良いと踏んでいるだけです。
いっそのこと、ソルニア様が次期国王に即位できるよう、王室典範を改定しては如何かと。
サウルス国王陛下が存命のうちに」
私は慌てて頭を横に振った。
「それは駄目ですよ、宰相。
私が王権代理という立場を利用して、自らの利益をはかったと思われたら、バンシェル帝国になびく者どものみならず、心ある王国貴族からも離反されてしまいます」
事実上、政務の殆どを行なっていたという亡母カドリー王妃も、父王サウルス陛下を立て続けた。
私が現在、置かれている状況とは異なるといえども、要らぬ波風は立てたくなかった。
宰相イエギドは深い吐息を漏らす。
「残念です、王女殿下。
今を逃せば機を失うであろうのに。
貴方様はいろいろと優れておられますが、表向きになりにくい背後の動きをご存知ない。
宰相府としてもいろいろと警戒しているのですが、貴女様の兄であるオジェ王太子殿下が、あまりにも許婚者に活動の自由を与えていることは、我がマルチノ王国にとって大きな損害を与えかねません」
「少し大袈裟ではありませんか、宰相閣下。
私にとっては、お兄様の婚約者が何をするかは、たいして問題とは思いません。
彼女が我が国に来訪するたびに私を呼びつけて歓待するよう迫ることだけは困りものだ、と思う程度ですかね。
『義妹のくせに』
と言われるのにも閉口しています。
その台詞を彼女から耳にするだけで、お兄様が判で押したように私に悪態をついてくるという流れは、なんとか止めることはできないものかしらね。
あの兄の婚約者の方が、ほんとうは私より二つも年下だと言うのに……」
殆ど愚痴を並べ立てたそのとき、執務室に王宮付きの侍従が入ってきた。
そして、兄のオジェがソルニア王女を奥の間へと呼びつけていると伝えられた。
「また、『帝王学の教師が気に入らない』とでも訴えたの?」
「いえ、王太子殿下の婚約者様がいきなり来訪してまいりまして、
『ソルニア王女殿下による挨拶がなければ畏れ多くて、王宮奥の院の敷居は跨げない』と」
(やれやれ……。
婚約者の妹である私が王権代理を担っていることに対する嫌味ね。
相変わらずだわ)
私は、本日の討議内容をすべて終わらせたことを確認すると、あとは宰相たちに任せて、執務室から外に出た。




