◆3 しかし、いずれはそのお兄様が国王になられるのですよ?
年若い王女ソルニアは、七年間、父王に代わって、マルチノ王国の政務を担ってきた。
ところが、父王サウルスが死ぬや否や、新王となった兄のオジェによって、屈辱に満ちた結婚式をさせられてしまった。
意識が朦朧とする薬を大量に飲まされて、南の蛮族の五十代の禿げ男の第八夫人として嫁がされたのである。
ソルニア王女にとっては、父王サウルスが亡くなったのも、兄のオジェが新王となって自分を追い落として貶めるのも、すべてが突然の出来事に思われた。
だが、もちろん、そうした政変が勃発する予兆は何度もあった。
◇◇◇
ソルニア王女が首輪付きの、屈辱的な結婚式を挙げさせられることになる、半月ほど前のことーー。
私、ソルニアは、王宮の中庭テラスで、たった独り、朝食を摂っていた。
いつもの朝だった。
王妃代理を継いで以来、お馴染みの光景であった。
父王サウルス・テラ・マルチノは長らく病床に伏せっており、母のカドリー王妃が亡くなったから、私が王妃代理となっていた。
十七歳の時に王妃代理になったから、かれこれ七年、私が王妃の代行をしている。
楽しかった学園生活も中断となったけど、お母様やお父様がやってきたことを受け継ぐことに誇りもあった。
学園の皆も応援してくれた。
実際に、三年後、同級生や生徒会の友達の多くが王宮勤めの官僚になってくれて、私の政務の下支えとなってくれた。
宰相のイエギド・カルボン公爵は、片眼鏡の奥で、グレーの瞳を輝かせる。
「お互い忙しいですが、急いで決めなければいけない案件が山積みとなっております」
「承知しております」
執務机を前に居住まいを正す王女に、宰相は次から次へと、判断するべき案件を提出する。
まずは内政から。
陳情に来た集団を、朝から執務室に招き入れる。
一番目は、酪農業者の団体だった。
彼らは牛の放牧によって、牛乳やチーズといった乳製品の製造と、精肉の販売を行っている。
ところが去年から疫病が流行り、罹患した牛を隔離したり殺処分するしかなくなってしまった。
それゆえ、そのためにかかった費用を国に補填して欲しい、とのことだった。
もちろん、私は補填を即決し、金額の算出をするよう、財務省からの使者に命じた。
次いで、果樹園経営の団体を招き入れる。
彼らは主に果物の栽培を行っているが、連年の冷害で作物があまり実らず、収穫が減っていた。
何とかして欲しいとの陳情だったので、私は彼らを畑作の方へ廻すなどして、生活費を稼げるように手配した。
次は、鉱石販売業者が、鉱山での鉱石の採掘量を減らしてくれ、と要求してきた。
工業用の鉱石部品を中心に値崩れが起こっているから、価格調整をするためだという。
この要望については、鉱石加工業者の意見も聞いて判断すると約束した。
次に招いた装飾品の加工職人団体からも、鉱石の採掘量軽減は賛成され、工具が安くなると素人が加工を始めて水準が保てなくなるので、値崩れを止めて欲しいと訴えられた。
結果、鉱石の採掘量を軽減するよう決定した。
そしてすでに採掘された余剰分の鉄鉱石は、武器職人と鍛治職人の団体に安値で譲渡した。
鉄鉱石による農具や武器の製造を試作してもらうためであった。
このような決定を朝から晩まで、矢継ぎ早に行うことが王権代理の仕事である。
私、ソルニアがたくさんの案件を抱えてあれこれ思案していると、宰相から苦言を呈された。
「兄君のオジェ王太子様にも政務に就いていただくよう、お願いしたらいかがですか?」
三歳年上の兄上、オジェ・フォン・マルチノ王太子は、妹の私が王妃代理に任命されたときには、すでにミエイ神聖皇国への留学が決定していた。
だから、留学へと北に向かう別れ際には、
「妹であるおまえに政務を任せて済まない。
五年の留学を終えたときには、すぐにも政務を引き継ごう。
俺が次期国王なのだからな。
不在の間、父王陛下と、僕の母の面倒を頼む」
と真面目な顔で語り、私の頭を撫でてくれた。
あの頃までは、多少、融通の効かないところはあるが、真っ直ぐで男らしい、決断力に富んだお兄様だった。
私が正室王妃の娘であったのに対して、お兄様は側室の息子であったため、細かなところで引け目を感じる場面もあったようだ。
けれども、将来の王位は約束されていたので、腐ることなく、年長の男性らしい振る舞いをしてくれていた。
ところが、五年の留学を終えて帰ってきたときには、お兄様は変貌していた。
南の海洋国家バンシェル帝国の皇女と留学先で勝手に婚約をした以外は、これといった働きはせず、帰国してからも政務を行うことはなく、パーティー三昧の日々を送るようになっていた。
宰相を相手に、王女は愚痴をこぼす。
「お兄様はすっかり変わってしまわれた。
帝王学を授けようとする教師からも、いつも逃げ廻っている始末なんですよ。
ほんと留学先で、何を学んで来たのか……」
お兄様は留学先で、本来は経済学をおさめるはずだったのに、詩作に耽り、放蕩三昧だったとか。
私、ソルニア王女は王権代理であったから、留学先での兄オジェの生活振りを知悉していた。
遊興費込みの生活費を送金し続けたのは私だったからだ。
妹の私、ソルニアは仕事三昧の日々を送っているのに、何たる待遇の違いか、と兄に不満を持ったものだ。
その結果、私は兄に見切りを付けていた。
「役に立たない者に、今の政治状況を掻き廻されたくありません」
キッパリとした王女の言葉に、宰相イエギドは表情を曇らせる。
「しかし、いずれはそのお兄様が国王になられるのですよ?」
「それはわかりますが……」
お兄様であるオジェ・マルチノ王太子の最大の欠点は、自己認識ができていないことであった。
生来、高い地位にあるためか、様々な人々から気遣われ続けたので、己が無能であることも、無教養であることにも気付いていない。
人柄は悪くないし、ある意味、純粋な正義感の持ち主ではあった(少なくとも留学前は)。
だが、思考が単純なうえに、他の人々の状況に思いを馳せなさ過ぎる。
兄のオジェは、とにかく共感力に乏しいのだ。
子供が転んで泣いていても意に介さず、怪我をして血を流すのを目にして初めてオロオロするタイプだ。
しかも、非常事態に遭遇しても動揺して騒ぐだけで、具体的な対策をまるで立てようとしない。
問題が起こったら、責任者探しをして罰しようとするばかりで、何も改善しようとしない。
今も、三つ年下の妹である私、ソルニアばかりが王家としての政務を行っているのに、手伝おうともしなければ、ちょっとした問題ーー「気分が悪いのに宮廷医師がアテにならない」とか、「おまえは妹のくせに、兄である俺のことを馬鹿にしている。もっと立てろ、女だろ!?」といった、しょうもないことを言い募るばかりであった。
兄の実母である側室シャロワ妃も、衣服を取っ替え引っ替えし、宝飾品を買い漁るばかり。
かといって、兄母子に苦言を呈そうにも、暇な貴族どもを大勢取り巻きにしているから、「ソルニア王女は、王妃代理なだけなのに、王権をほしいままにしている」と逆に糾弾してくる始末だった。
「はあ……」
私、ソルニアは眉間に指を押し当てる。
宰相といろいろと話し込んでいるところへ、国王付きの従者から、私は呼び出された。
父王サウルスが病床から、「助けてくれ」と訴えているという。
「また、ですか……」
私は深い溜息を吐いた。




