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◆16 血濡れた処刑と、話のわかる蛮族

 ルビンド大陸の南端に位置付くマルチノ王国は、いまや存亡の危機に瀕していた。

 東西からエクトル王国、ロンランド共和国といった外国軍総勢十万もの将兵が攻め寄せてきて、すでに第二第三の都市が落とされていた。

 それなのに、これを迎え撃つマルチノ王国軍将兵は殆どいなかった。


 大半の王国貴族が中立、もしくは外国軍と合流して王都へ向けて進軍してくる状況であった。

 しかも、王都の城壁内部では民衆の叛乱が勃発していた。

 新王オジェの苛斂誅求に耐えられず蜂起したのだ。


 パスワケレス王妃の命令を受けて、民衆を動員して作った「王国軍」すら、揃って王城へ矛先を向けていた。

 これに、王国騎士団までもが同調する始末で、今にも城壁が崩されそうな状況になっていた。


 騎士団が寝返ったのには理由があった。

 それまで収監されていた元宰相イエギド・カルボン公爵が脱獄を果たしており、彼を通じて、王国騎士団が決起して、民衆兵を指揮下において王城への攻略を開始したのである。


 さらには、王城外を取り囲む貴族軍や外国軍勢に対して王国騎士団が決起して、


「大恩あるソルニア王女の仇として、新王オジェと新王妃パスワケレスを討つべし!」


 と訴えたのだ。


 この宣言は、貴族軍、民衆軍のすべてから歓呼の声で迎えられた。

 事実、王権代理時代のソルニアの計らいで、生命を永らえた様々な職業組合(ギルド)所属の人々ーー酪農業者、果樹園農家、鉱石関連業者などが多く民衆軍に参加しており、武器の調達が滞りなく行われた状態で、「ソルニア王女をお救いしろ!」と雄叫びをあげていたのだ。


 彼らはソルニアが、言葉もわからぬ蛮族の許に嫁がされ、海の向こうへと追い払われたと知って、心を痛めていたのであった。


 もちろん、彼らは海竜が暴れてマルチノ王国海軍の過半が壊滅したことは知っていても、ソルニアが母方の実家オクシタニアに逃げ切って、魔道具で海竜を暴れさせて、王国と帝国の軍船を斥けたとは知らない。

 だが、東西から攻め込んできたエクトル、ロンランドの外国軍勢が、「ソルニア王女の強い意向で立ち上がった軍勢である」と喧伝していることは聞いていた。


 つまり、「ソルニア王女の仇を討つ!」という名目で、マルチノ王国の騎士や民衆は、剣や弓、鍬や斧を手にして謀叛を起こしたのである。


 その一方で、オクシタニアの海戦で全滅した新王派の軍勢は殆どいなくなってしまった。


 オジェ王とパスワケレス王妃は閑散とした王宮にあって、揃って地団駄を踏むしかなく、夫婦喧嘩も絶えなくなっていた。


「おのれ、ソルニア!

 皇帝陛下(お父様)さえ来れば、いつでもひっくり返せるのに!」


「ええい、いつまでもお父様、お父様と、うるさい!」


「私のお父様は、あの偉大なバンシェル帝国の皇帝陛下なのよ!?

 そのお父様を慕って、どこが悪いというの!?」


「それほど偉大だっていうんなら、今すぐ、この状況をなんとかしてくれ!

 おまえの言うように、ソルニアを追い払った。

 おまえが推す人物を取り立ててやった。

 それなのに、帝国軍は来ない!

 マルチノ王国の一領主に過ぎないオクシタニア領で足止めを喰らうばかりか、敗北して軍船団も自国へと撤退した。

 たいしたものだよ、バンシェル帝国とやらは!

 どこが世界最強だ!?」


 パスワケレス王妃は唇を咬む。

 言い返せなくて、悔しい思いでいっぱいだった。


 オジェ王は玉座で叫ぶ。


「新宰相のラフィアンは役に立たん。

 元宰相のイエギドはどうした!?

 監獄から引き摺り出せ!

 エクトルとロンランドといった外国軍勢の動きを止めよ。

 アイツなら何かしら手が打てるはずだ」


 ところが侍従が報告する。


「何者かの手によって、牢から出されたようです」


 すでに元宰相イエギド・カルボン公爵が脱獄してから何日も経っていたのに、その事実すら、国王のオジェは今頃になって知ったのであった。


「なんだと!?」


 オジェ王は玉座から立ち上がり、手にしていたグラスを叩き割る。


「誰だ、イエギド公爵を逃したのは!?」


「わ、わかりません。

 元宰相閣下を檻から出すよう手配できるのは、王族か、閣僚だけでございますればーー」


「王宮の管理を任せているおまえなら、知っているのだろう?

 いったい誰が、俺の許可もなしにイエギドを出したのだ!?」


「いえ、ですからーー」


 オジェの顔を見て、侍従は身体を震わせる。


「お、おそらくは新宰相のラフィアン・デル伯爵かと……」


「だったら、今すぐラフィアンを呼んで来い!」


「恐れながら、今さら責任を追及いたしましても、外国軍の侵攻はーー」


「侍従ごときが、王に意見するのか!」


 オジェ王は剣を鞘から抜いて一閃させる。

 その瞬間、侍従の首が刎ねられた。

 帝王学をまるで身につけていないオジェであったが、剣の腕だけは上達していたのだ。


 次いで、オジェ王はパスワケレス王妃を睨み付ける。


「まさか、おまえではあるまいな!?

 新宰相のラフィアンはおまえが帝国から連れて来た人材だった」


 パスワケレス王妃は問い詰められる。

 初めて見るオジェの獰猛な姿に、彼女は怯えた。


「わ、私じゃないわ。

 ーーそう、国母シャロワ(お義母様)かもよ。

 国母様は元宰相のことをいろいろと言っていたわ。

 新宰相のラフィアンが言ってたの。

『国母様は元宰相イエギド閣下とは、長い付き合いですから』って。

 だったら、牢から出すよう手配してもおかしくはないわ。

 もっとも、これは私の推測だけれどーー」


「おのれ、あのアバズレが!」


 オジェは、この場に居ない母を罵倒し始めた。


「知ってたさ。

 あの女が平民の出で、貴族でないことぐらい。

 でも、俺が王となり、アレが国母に収まれば、それなりの振る舞いになる、地位が人を造るーーそう俺は信じていたんだ。

 そうしたら俺の来歴も、俺の血も新しく塗り替えられるーーそう思った。

 それなのに。母は私を裏切ったのだ!」


 オジェは即座に母の処刑を命じた。

 首を刎ねられた侍従に代わって前へ進み出ていた侍従は、即座に謁見の間から飛び出して行った。


 その結果、その日のうちに、王城に押し寄せる民衆に見えるよう、城門前に設けられた処刑台で、国母は首を落とされた。


 首を落とされる直前、国母シャロワは、


「どうして、私が殺されなければならないの!?」


 と涙を流して叫んだ。


「あの優しかった息子がすっかりおかしくなった。

 私がイエギドを牢から逃すはずないでしょ!

 あんな大っ嫌いな男なんか。

 私だったら、投獄などせずに、すぐに首を刎ねていたのに。

 なんたる屈辱的な誤解、恥知らずな濡れ衣なの!?

 みんな、パスワケレスのせいーーバンシェル帝国のせいよ!

 私たちは、乗せられたのよ!

 ーーああ、こうなると知っていたら、ソルニアと仲良くしていたのに!

 まさか、自分の息子の手にかかるなんて!」


 国母シャロワの首が刎ねられ、恨みがましく両目を見開いた首が、処刑人によって掲げられた。

 すると、王城の前に集まっていた民衆は、歓声を張り上げた。



 だが、翌日になっても、蜂起した民衆の熱気は鎮まりそうもなかった。

 王国騎士団の寝返りにより、貴族兵、民衆兵、外国兵をないまぜにした軍勢が堀を越えて、すでに外郭、中郭にまで浸透していた。

 彼らはますます過激化する一方で、王宮の周囲を取り囲んで、大声をあげていた。

 高く聳える城壁もものともしなかった。

 多くの石礫や怒号が、天守の城壁に向けて叩きつけられていた。


 こうした状況に、パスワケレスは歯噛みする。

 天守台(キープ)の上から、王城を取り囲む群衆と、寝返った王国軍、そして遠巻きに陣を構える貴族軍と、エクトル、ロンランドの軍勢を、ぐるりと見廻す。

 それから、遥か南方の海を見はるかした。


「もうしばらくの辛抱よ。

 今に皇帝陛下(お父様)がたくさんの軍船を引き連れて、助けを寄越してくださるわ!」


 風前の灯となったマルチノ王城の中にあって、王妃パスワケレスはいまだにバンシェル帝国軍の介入により、状況が大逆転するさまを夢想し、拳を握り締める。

 まだまだ諦めていなかった。


◇◇◇


 孤立無援の状態で籠城する、オジェ王とパスワケレス王妃であったが、その同時刻、ソルニアはバンシェル帝国の皇宮、ケツアルクワト皇太子の執務室で、ある人物と会見していた。


 バンシェル帝国の皇太子は、ソルニアのみならず、蛮族ジャバイの族長デバイ・ジャバイを呼び出していた。

 五十を超える息子を持つのだから、当然、七十代の老人のはずだ。

 が、デバイ族長は、毛皮の上からも筋肉の盛り上がりが窺われる偉丈夫であった。


 ソルニアはドレスの裾を摘んでお辞儀をする。


「よくお越しくださいました、お義父様。

 デバイ族長ーーいえ、今はデバイ国王陛下とお呼びすべきでしょうか」


「はっはは。

 構わぬよ、族長呼びで。

 まだ陛下と呼ばれ慣れておらぬでな。

 ああ、この毛皮だけの格好に眉を顰(ひそ)めないでくれよ。

 いわゆる、民族衣装というやつだ」


 通訳を介さないと会話できないと思っていたのに、デバイ族長は違った。

 随分と闊達に帝国語を口にする。

 訊けば、若い時分、このバンシェル帝国に留学していたのだという。

 ソルニアと握手した後、ドサリとソファに身を沈めて、気さくに話す。


「其方が、儂に気遣う必要はない。

 もとより儂は、息子のジャザババが行方不明ということで、ここの皇太子に幾度も招かれておったのだ」


 ソルニアはホッとする。

 てっきり怒号のひとつでも叩きつけられると思っていたのだ。

「よくも息子を殺したな!?」と。


 ところが、案に反してまるで怒った様子がない。


 ソルニアは元夫の形見を持参していた。

 形見は黄金のブレスレットであった。

 ジャバイ族を示す紋章が刻まれていた。

 これをデバイ族長に手渡しする。


 ブレスレットを手に取り、デバイ族長は頷(うなず)く。


「たしかに、儂がアヤツにくれてやったものだ。

 我がジャバイ族では、成人した暁に、父が息子にブレスレットを渡す習慣があるのだ」


「恐れながら、ジャザババ様はマルチノ王国の手の者によって殺されました」


 と、ソルニアは訴える。


 嘘ではない。

 オクシタニアは当時、いまだ謀叛を起こしてはおらず、マルチノ王国の一公爵家であった。

 さらにソルニアは言葉を添える。


「ですが、ジャザババ様がお亡くなりになったのは、マルチノ王国だけの働きかけの結果ではございません。

 私どもの結婚を画策したうえ、船を提供したのはーー」


 デバイ族長はニヤリと笑う。


「このバンシェル帝国だと言うのであろう?

 レネニアラ皇帝のやりそうな、姑息な陰謀だな。

 儂にマルチノ王国を敵視させ、侵攻する際に従軍を要請してくるのであろう」


 デバイ族長は褌一丁に毛皮をはおっただけの外見ながら、意外にも鋭い知性を持ち合わせていた。

 遠い目をしながら、デバイは語る。


「どうせ、ジャザババの奴は、いずれ誰かに殺されると思っておった。

 アレは我が国でも厄介者でな。

 怠け者で、性根が腐っておった。

 アレの母親が甘やかすばかりでな。

 其方のような妻を娶るなど、あり得ぬことだ。

 ーーで、其方は儂に願い事があるとのことだが」


 ソルニアは頭を深く下げてから、顔を上げ、真っ直ぐ正面を向く。


「まず、私の身柄を解放し、自由を保証していただきたく思っております。

 一応、私は貴方様の息子の妻であったがゆえに、ジャバイ家の未亡人となるのでしょう?

 ですが、そうした立場から解放されたいのです。

 私、ソルニアをジャバイ家から離縁していただきたい」


 デバイ族長は、顎髭を撫で付ける。


「なんだ、そんなことか。

 そんな些事、其方が気にする必要はない。

 アヤツが自分の家に迎え入れておらぬうちは、妻にしたとは認められぬ。

 我がジャバイ族のしきたりでは、其方はいまだアヤツの嫁のはなっておらぬ」


 ソルニアは胸に手を当て、ホッと撫で下ろす。


「それを聞いて安心しました。

 それから族長様に、もう一つ、お願いが。

 帰国し次第、挙兵していただきたいのです。

 バンシェル帝国に向けて」


 横で聞いていて、ケツアルクワト皇太子は「おいおい!」と口にして、目を丸くする。

 ソルニアは即座に言を挟む。


「もちろん、本気で戦って欲しいわけではありません。

 ただ軍を起こして欲しい。

 バンシェル帝国の視線を南方に向けたいのです」


 デバイ族長は興味深そうに黒い瞳を輝かせる。


「それはマルチノ王国を守るためか?」


 ソルニアは首を横に振る。


「いえ。

 オクシタニアという海洋国家を守るためです。

 さらに言えば、マルチノ王国を潰すためでもあります」


「ほう、面白い。

 バンシェル帝国の軍を動けなくすることが、マルチノ王国を潰すことになるのか?」


「はい。

 今現在、マルチノ王国の新政府はエクトル王国軍、ロンランド共和国軍から挟撃され、さらには貴族や民衆の離叛によって存亡の危機に立たされております。

 ここにバンシェル帝国による介入があるのは望ましくないのです。

 あるとしても、貴族軍の決起や、民衆の蜂起に加担してくれる程度にして欲しい。

 現皇帝レネニアラが画策しているように、オジェ王率いる新政府を救援してもらっては困るのです」


「だから、バンシェル帝国に動けぬようになってもらいたい、と」


 デバイ族長が重ねて問うと、ソルニアは頷(うなず)く。


「特にパスワケレス王妃は、バンシェル帝国からの援軍を期待しております。

 それが叶わぬと知れば、マルチノ王国は内部から崩れていきましょう」


「現国王のオジェとやらは、其方の実の兄なのだろう?」


「はい。

 ですが、愚か者ゆえに王冠を戴く資格のない人物かと」


「ほう。

 なかなかに辛辣な女よ」


 デバイ族長はソファから立ち上がり、ソルニアに向けて手を伸ばす。


「気に入った!

 儂の六番目の妻に迎え入れたい。

 どうかな?」


 ケツアルクワト皇太子はビックリして、カップを落としそうになる。

 一方のソルニアは族長の方へは目も向けず、瞑目し、紅茶を口に含みつつ答える。


「あら。

 それは、おすすめ致しませんわ。

 息子の未亡人を娶る父親など、聞いたこともありませんもの。

 そんなことをすれば、『やはり蛮族よ』とジャバイ族が蔑(さげす)まれるだけです。

 それに、私は王女として生まれながら、故郷のマルチノ王国を、潰そうと今現在も画策しているのですよ?

 族長様も、せっかく出来たばかりのジャバイ族長国を潰されたくはありませんでしょ?」


 デバイはドカッと椅子に座り直す。


「はっはは。

 粉をかけたまでよ。

 其方とは、これからも良き関係を結びたいものだ」


 ソルニアはカップを皿に置き、ようやく蒼い瞳を族長に向けて微笑んだ。


「私もです。

 必ず益をもたらすことをお約束します」


 デバイ族長は顎髭をしごきながら再度、誘いかける。


「それにしても惜しいな。

 どうだ、今晩、一晩だけでも?」


「お断りします。

 お歳をお考えください」


「それは残念。

 はっははは」


 族長の誘いを軽くいなし、再びカップを手に取る。

 そんなソルニアの姿を見つつ、ケツアルクワト皇太子は思った。


(これで父帝の目を南方に向けられるし、結果として、パスワケレスを諦めていただけるだろう……)


 父帝レネニアラ・テラ・バンシェルは、娘のパスワケレスを溺愛しているのは事実だ。

 だが、それ以上に、レネニアラは自己愛が強く、自分の都合が悪くなると、娘だろうと平気で見捨てる酷薄さがある。


(あとは、南方のジャバイ族との戦闘に備えるため、という口実で兵を組織し、その槍先を皇宮に向けて一気に攻略し、父帝に引退を勧めるーー)


 ケツアルクワト皇太子はパチン! と指を鳴らし、侍従に地図を持って来させる。

 これをテーブルの上に広げながら、ソルニアに声をかけた。


「それでは準備しようか。

 ソルニア、其方の凱旋まで一気にな!」

 読んでくださって、ありがとうございます。

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