◆15 ソルニア王女は生きておられる!
海竜が出現して大暴れして、マルチノ王国とバンシェル帝国の軍船団が壊滅状態になってから一週間後ーー。
パスワケレス王妃はマルチノ王宮へ辿り着いていた。
大勢の男どもに囲まれた状態でペレン港になんとか辿り着くと、王妃だけはすぐに港の監視人に引き取られ、他の水兵たちはしばらくの間、港の水兵宿舎で監禁された。
王妃と共に浜に打ち上げられた水兵たちが「褒美を取らせるから」という口実で、マルチノ王宮に招かれ、騎士の先導で謁見の間へとやって来たのは、それから三日後のことであった。
オジェ国王陛下の隣の席ーー王妃の席に、あの女が座っている。
海の上で、大勢の男たちが寄ってたかって何度も犯した、あの女がーー。
「アンタ、ほんとうに王妃様だったのか!?」
「マジかよ!?」
男どもは互いに顔を見合わせて騒ぎ始めた。
肌を重ねた気安さから、ニタニタしながら揉み手をする者もいた。
彼らは当然のように、褒美が貰えるものと期待していたのだ。
海竜によって海に投げ出されたが、思いも寄らず、高貴な女ーー皇女であり、王妃でもある女の身体を幾晩も撫で回して気を放った幸運に与ることができた。
そのうえ、褒美まで貰えるとはーー!
往時を思い出して、男どもは鼻の下を伸ばす。
が、夢心地は長くは続かなかった。
パスワケレス王妃は手を水平に振る。
それを合図に、騎士たちの白刃が煌めく。
水兵たちは揃って首を刎ねられたのだ。
オジェ王は嫌なものを見たとばかりに、六人の男どもの無念そうな表情をした首を眺めおろして、眉を八の字にする。
「酷い殺し方だ。
其方はコイツらには世話になったのだろう?」
「ええ。
でも、マルチノ王国の王妃たる私を侮辱したのです。
陛下のことも」
それ以上、問いかけることを拒絶するかのような妻の断固とした口調に、夫は話を切り替えることにした。
「そうか。
で、バンシェル帝国の動きはどうなっておるか、わかるか?」
夫の問いかけに、妻は不愉快げに首を横に振る。
ペレン港にバンシェル帝国海軍の姿はなかった。
船も兵も見当たらなかった。
海竜に呑まれた北方海域の自分たちとは違い、南方海域では、三十隻以上は残っていたはずなのに、バンシェル帝国は、軍船団をすっかり撤退させたらしい。
「まさか帝国は、オクシタニアに臆したというのか!?」
呆れるオジェ王に対して、パスワケレス王妃は弾けるように反応する。
「あんなちっぽけな島国に、お父様の帝国が臆するですって!?
そんなはずはないわ!
ただ、海竜に暴れられただけよ!」
オジェ国王は渋い顔をする。
大型帆船十隻もの軍船団が壊滅し、その船に乗った将兵たちを一気に失ったのは痛かった。
自分を推してくれた将兵の過半を、一瞬で喪失したも同然だった。
新宰相ラフィアン・デル伯爵も、
(こうなれば、元宰相などの高位貴族を牢から出さねば、通常の国家運営すらままならぬ……)
と思案し始めていた。
そこへ国境警備隊から急報がもたらされた。
左右から同時に、外国軍ーーエクトル王国軍とロンランド共和国軍が国境を越えて侵攻してきたというのだ。
使者は大声で報告する。
「左右の都市から、救援要請がもたらされました!
西のロンランド共和国軍によって第二都市タラが、東のエクトル王国軍によって第三都市レンが襲われております。
両国の軍勢は、それぞれ五万を数える大兵です!」
オジェ王は玉座から身体を浮かせた。
「周辺を領有する貴族どもは何をしておるのだ!?」
「殆どの貴族が防衛戦に参加しておりません。
城兵しか守り手がいない、とのことです」
使者の報告に反応して、新宰相ラフィアンは呻く。
「かくなるうえは、王都ビルユウの守備兵、もしくは近衛騎士団を派遣するしかーー」
そこでパスワケレス王妃が、甲高い声を張り上げた。
「駄目よ!
そんなことをすれば、王都の守備兵が空になってしまうじゃないの!」
オジェ王は玉座から立ち上がって、命を下す。
「近接する貴族どもに、出陣要請を出せ!」
使者は身を縮こませるばかりなので、新宰相ラフィアンが王の顔を覗き込むようにする。
「タラ近郊は元内務卿レビュー・ブック侯爵の領地、レンは元外務卿リオ・ネロ伯爵の領地ですが……」
ソルニア王権代理をマルチノ王国から追い出すと同時に、宰相イエギド・カルボン公爵と同様に、獄舎に監禁した連中だった。
オジェ王は忌々しげに、親指の爪を噛む。
「よりにもよって、あの二人ーー王権代理だったソルニアの腰巾着どもか!
やむを得ん。
釈放して、ここへ連れて来い!」
一刻後、元内務卿レビュー・ブック侯爵と、元外務卿リオ・ネロ伯爵とが謁見の間に引き立てられた。
すでに拘束は解いている。
レビュー侯爵が、監禁によってすっかり長くなった口髭を撫で付けながら問いかけた。
「何用ですか?」と。
オジェ王は驚愕した顔付きで言い放った。
「エクトル王国とロンランド共和国が、同時に大軍を擁して我が王国に攻め寄せてきたのだ!」と。
だが、二人とも驚いた顔をしない。
平然としたものだった。
二人揃って、薄ら笑いを浮かべていた。
「それはそうでしょう。
ソルニア王権代理を失ったと聞けば、私がエクトル王国の貴族であったら、マルチノ王国への侵攻を進言しているでしょう」
「然り。
ロンランドのような共和国ならば、誰かが議会で演説したでしょうな。
『海の彼方からバンシェル帝国が乗り出してくる前に、マルチノ王国を滅ぼさねばならぬ』と」
当然といった風情の二人の元閣僚に対して、新国王は怒鳴り付けた。
「なぜだ!?
両国はあれほど激しく対立しておったのに、どうしていきなり手を組んだのだ?
それに、我がマルチノ王国は、両国と長く友好関係を結んでおったではないか!」
外務卿のリオ伯爵が、褐色の瞳を輝かせる。
「そのエクトルとロンランドが反目し続け、結果として我がマルチノ王国と友誼を結べていたのです。
そして、そのこと自体が、先代王とソルニア王権代理の努力の賜物であることを、ご存じなかったのですかな。
それに、そこの愚かな王妃に乗せられてバンシェル帝国を呼び込む動きをなされば、当然、このルビンド大陸の平穏を保つために、様々な国家が軍を動かすでしょう。
いずれは北方の大国ミエイ神聖皇国が、諸国に向けてバンシェル帝国討伐の檄を飛ばすことでしょうな」
ミエイ神聖皇国はルビンド大陸全般に広まっているミエイ教の総本山である。
熱心なミエイ教信徒が草莽からも立ち上がる姿が彷彿とされた。
解説を終えた元外務卿リオ伯爵のみならず、元内務卿レビュー侯爵も、二人して新王と新王妃とを睨み付ける。
とても何週間も囚われの身になっていた者とは思われない気迫であった。
パスワケレス王妃は、苛立ちの声をあげた。
「ええい、この者どもを殺せ!
不遜であろう!」
彼らは釈放されて、有り難がって涙を流すと、王妃は思っていたのだ。
そんな浅はかな王妃の命令を、王は右手を挙げて止める。
オジェ王は玉座に深く腰を落ち着けて、こちらを睨み付けてくる初老の高位貴族二人を諭す。
「貴殿らが俺を憎く思うのも、わかる。
が、近在の都市を外国軍勢から守ることは、貴殿らの領地を守るためにもなろう。
領民が外国の将兵によって殺され、陵辱されるのを、領主として見過ごされるおつもりか!?」
元外務卿と元内務卿は、互いに顔を見合わせてから、正面の王へと顔を向けた。
そして片膝立ちとなって返答する。
「わかりました。
王国貴族としての務めを果たしに、自領へと赴きます」
「誓って騎士団と自軍勢を決起させましょう」
オジェ王は、胸を撫で下ろすようにして、玉座に深く沈み込んだ。
「頼む」
そうして、二人の高位貴族が謁見の間から退出した。
それから半刻後、二人が退室したあとに、代わって謁見の間に飛び込んで来た女性がいた。
王母シャロワがしゃしゃり出てきたのだ。
「どうしてあの二人を殺さなかったの!?
きっと貴方たちを裏切るわ!」
先代の御代、自分が王妃になれなかったのは、宰相イエギドと内務卿レビューのせいだと、シャロワは信じて疑わなかった。
実際は先代王サウルス自身の決断であったが、彼女はそうだと信じたくはなかったのだ。
新宰相ラフィアン・デル伯爵が、シャロワを宥める。
「とはいえ、タラとレンを失えば、東西の防衛線が突破され、やがては外国軍勢が王都ビルユウへと殺到いたします。
そうなれば、王母様の身辺をお守りすることも難しくなります。
あの者どもを行かせるのは苦肉の策なのです」
国母シャロワは、チッと舌打ちする。
「後悔することになるわよ、二人とも!」
息子のオジェと、その妻パスワケレスに向かって吐いた、国母シャロワの捨て台詞は正しかった。
三日後、リオ伯爵とレビュー侯爵は、誓いの通り、自領に戻ってから大軍を決起させた。
だが、第二都市タラ、第三都市レンを包囲する外国軍と合流したうえで、都市の守備兵に向かって以下のように呼びかけたのだ。
「我らは敵軍にあらず。
外国軍勢共々、すべてソルニア王権代理の意向で動いている。
王冠を戴く偽物の王と王妃を討ち果たすために軍を起こしたのだ!
ソルニア王女は生きておられる!」と。
おおおお!
城兵たちは歓声をあげて、一気に城門を開いた。
瞬く間に、第二、第三都市、ともに無血開城がなされたのであった。
その翌日ーー。
東西から攻め込んで来ていたエクトル王国、ロンランド共和国の両軍ともが、それぞれに北と南、二手に分かれて進軍を開始した。
マルチノ王国の首都ビルユウとペレン港を同時に占拠する心算であった。
マルチノ王宮は恐慌状態となった。
途上に領地を持つ貴族たちは次々と白旗を掲げて、中立、もしくは外国軍と合流して首都ビルユウとペレン港を目指して進んだ。
その報告を受けるや、パスワケレス王妃はイキリたって新宰相ラフィアンに命じた。
「王都周辺で生活する、農民でも町民でも良いわ。
図体がデカい連中を掻き集めなさい。
急ぎ、王都防衛のための兵団を組織するのよ!
誰だって、自分の街が外国勢に攻め込まれたくなんかないでしょ!?」
こうした命令が下されることを予期していたのか、ラフィアン伯爵の反応は早かった。
すぐさま近衛騎士らを従えて城外へと走り去る。
それを見届けてから、同時に、パスワケレス王妃は、バンシェル帝国へ使者を走らせ、救援要請を行わせた。
マルチノ王国の王妃となってはいるが、本来は帝国の皇女であるパスワケレスにとって、バンシェル帝国の皇帝レネニアラ・テラ・バンシェルは実の父である。
彼女の「お父様」こそが、バンシェル帝国最大の権力者であった。
現に、何十隻もの大軍船をオクシタニアにまで派遣して威圧するように命じたのも、レネニアラ皇帝であった。
「皇帝陛下、早く私を助けに来て!」
パスワケレス王妃はそう願わずにはいられなかった。
◇◇◇
オクシタニアでの海戦開始から十二日後ーー。
ソルニアはバンシェル帝国に潜行していた。
海竜が姿を消した海峡での航行は容易だった。
マルチノ王国からの商船という体裁で、難なくバンシェル帝国の港に辿り着けた。
港に降りるや否や、裕福な商家の娘に変装したソルニアは、様々な噂を耳にする。
多くの傷病兵を収容し続けた港では、不穏な風聞で溢れていた。
「我が帝国海軍は、オクシタニア相手に敗れたそうじゃないか。
レネニアラ陛下の命令で出撃したというのに」
「やたらと軍船が大砲をぶっ放して訓練していたのに、ハリボテだったのか」
「オクシタニアは海洋民族だからな。
船を操る技に長けてるんだ」
「帝国軍は兵器で圧倒することが出来るって言ってたのに」
「なんでも海竜が海の底から現れたって?」
「軍船が何十隻もあったのに、戻って来られたのは半数ほどだって言うじゃねえか。
戦死者は三千人を超えるそうだぞ」
「ご家族は可哀想に。
馬鹿な皇女に唆されて。
皇帝ももうお年だな」
「あのパスワケレスだろ?
王妃になっても、マルチノの王国民からも嫌われているんじゃないか?
かなりのワガママさんだからな」
「ああ。
噂じゃ、嫌ってるのは民衆だけじゃない。
貴族たちからも総スカンだそうだ」
「そんな状態じゃあ、レネニアラ陛下がじかに結婚式に出席なさらなくて良かったな。
暗殺されてもおかしくない」
「でも、陛下はあのワガママ娘が可愛くて仕方ないからなあ。
新王の意向で結婚式を急ぎ執り行ったのが、気に入らなかったようだぞ」
「ああ。俺も陛下に近侍する司書から聞いた。
改めて自ら軍船を率いてマルチノ王国に乗り込んで、娘を祝福するんだって意気込んでいたらしい。
この度のオクシタニアへの示威行為も、そのための下準備だったって」
「ということは、下準備段階で、盛大にコケてしまったってわけか」
「本来なら、海峡の中継地に過ぎないオクシタニアごときに負けたとあらば、憤慨して大侵攻を開始するはずなんだが」
「それは無理だろう。
軍船の半数が失われたんだぜ。
親征どころじゃない」
「我が帝国は、長らく南の蛮族相手に戦ってきたが、すべて陸上戦闘だったからなあ。
海となると勝手が違うのだろう」
「近年、海軍がやたらと海でドンパチやってて、俺たち漁師が魚を獲らせてもらえなくて往生していたが、すべて無駄だったってわけだ」
「俺はこの前、マルチノのペレン港で商売してきたんだが、物騒な噂を聞いたぞ。
あの跳ねっ返り皇女パスワケレス様が図に乗って、我が帝国を攻め入ろうとしてるって」
「なんだそりゃ?
出来るわけねえだろ」
「でも、あのお姫様は、次期皇帝陛下であられるケツアルクワト皇太子と仲が悪いと聞くからな」
「なんだよ、国を巻き込んでの兄妹喧嘩かよ?
勘弁して欲しいな」
「でも、皇帝陛下の寵愛を良いことに、好き放題のお姫様だったからなあ、パスワケレス様は。
我が帝国のケツアルクワト皇太子もそうだが、マルチノ王国のお偉方も、彼女にはさぞ頭を悩ませていることだろうよ」
巷に流れる噂を耳にして、ソルニアは苦笑した。
(この様子でしたら、わざわざ私が手を廻す必要もなかったかしら……)
ソルニアはあらかじめオクシタニアの商人を介して、バンシェル帝国で噂を流すよう手配していた。
マルチノ王国において、新王オジェと新王妃パスワケレスは物凄く嫌われている、と。
そして、彼ら新国王夫妻は、バンシェル帝国を逆に併呑する気だ、という憶測をも吹聴しさせていた。
だが、そうした工作をまるで必要としないほど、「パスワケレス皇女は、ワガママで困ったお姫様だ」という評判は、帝国臣民の間で、確固としたものとなっていた。
満足を味わいつつ、ソルニアは馬車でバンシェル皇宮へと乗り入れる。
そして非公式ながら、バンシェル帝国の皇太子ケツアルクワトと会見した。
オクシタニアを介して、すでに約束を取り付けていたのだ。
皇宮の中庭にあるテラス席で、お茶を嗜みながらの会見となった。
すでにケツアルクワト皇太子は席に着き、ソルニアを待ち構えていた。
ソルニアはドレスの裾を摘み上げてお辞儀をした。
「お久しぶりです、殿下。
この度は、帝国の軍船団をオクシタニアから退いていただき、助かりました」
筋骨逞しい金髪碧眼の偉丈夫が胸を張る。
「なに、礼には及ばんよ。
海竜が暴れて半数もの軍船が沈んだとあれば仕方なかろう」
バンシェル帝国の軍船団が大挙してオクシタニア相手に示威行為に出たのは、ひとえにマルチノ王国の新王妃パスワケレスの要請に応じたものである。
とはいえ、十年以上かけて実行されてきたマルチノ王国攻略作戦の一環でもあった。
現皇帝レネニアラは、オジェ王太子に娘のパスワケレス皇女を押し付けて、ゆくゆくはマルチノ王国を併呑する心算であった。
その意味では、この度のパスワケレスの結婚と、バンシェル帝国の大軍船団による進撃は、長年に渡って練られてきた作戦が具現化したものといえる。
有能なソルニア王権代理を排除することも、そうした計略の結果であった。
だが、次期バンシェル帝国皇帝であるケツアルクワト皇太子にとっては、父帝の謀略がこのまま上手く行くことを望んではいなかった。
皇太子にとってもマルチノ王国の併呑には興味があったが、父帝の策では、あの無能な新王オジェと新王妃パスワケレスが、王国の中枢に居座ることになってしまう。
それが嫌だったのだ。
ケツアルクワト皇太子は、ソルニアには既知の間柄だった。
ソルニアが王権代理時代には、何度か舞踏会で共にダンスをしたこともあった。
そうした気安さもあって、ケツアルクワト皇太子はソルニア相手に忌憚の無い意見を述べた。
「余としては、今の国王夫妻に居座ってもらっては、甚だマズいと思っておる。
あのような愚物では、国は治まるまい。
本音を言えば、ルビンド大陸侵攻のための橋頭堡として、マルチノ王国はぜひ欲しいところだ。
とはいえ、政情不安を内部に抱えたままでは、何にも出来はしまい。
現に、エクトル、ロンランドの両国から挟撃され、マルチノの貴族もその動きに合流しておるそうではないか。
余はこれ以上、帝国軍が現在のマルチノ王国政府と手を組まないようにしたい」
実際、ケツアルクワト皇太子は、妹のパスワケレス王妃からの、再三に渡る救援要請を握り潰していた。
ソルニアはカップを皿に置いて居住まいを正した。
「その通りです。
殿下の妹君ではマルチノ王国を治め切れません。
ですから、私としては、ケツアルクワト皇太子殿下のお力添えを得て、マルチノ王国の貴族と民を団結させ、新王オジェと新王妃パスワケレスの政権を打倒したく思います。
これは殿下にとってもお得な提案と思いますよ。
ワガママな妹君を見殺しにするだけで、わざわざ兵を動かさずとも、労せずしてマルチノ王国に強い影響力を持つことが出来るのですから。
ーーただし、表向きはエクトル、ロンランドが統治する体制になるのですけど」
「バンシェル帝国がルビンド大陸に覇を唱えるのは後日に先送りーーと言うことか。
今、妹夫婦を助けたところで、国が保たないというのだな」
ソルニアは再びカップに口を付けながら頷く。
皇太子はテーブルに肘を付け、身を乗り出す。
そして興味深げに、ソルニアの表情を窺う。
「それにしても良いのか、マルチノが我が帝国に侵されても?
其方の故郷だろ?」
「あんな王国、潰れてしまって構いません。
帝国だろうと、エクトル、ロンランドだろうと、差し上げます」
「ふん。
エクトル、ロンランドにしても、どうせ其方が焚き付けたのであろう?」
すでにエクトル王国やロンランド共和国が大軍でマルチノ王国に攻め込んでいることを知っているらしい。
そのようにエクトル、ロンランドの両国を動かしたのがソルニアであったことも。
そうと想像しながらも、ソルニアはシラを切った。
「いえ。
この侵攻は、両国の意志です。
今現在、攻め込まれているマルチノの元王権代理の女の意見などに、両国が従うはずもないでしょう」
「はっははは。
そういうことにしておいてやる。
ところで、今後、其方はどう動く?」
「殿下の力添えを得て、ジャバイ族の族長を紹介していただきたいです。
義理のお父様にご挨拶を、と思いまして。
夫が亡くなった責任の一端は私にもあるので」
ソルニアの口調には幾分、嫌味が込められていた。
自分が蛮族ジャバイ族の男と結婚させられた背景に、バンシェル帝国の謀略があると確信してのことだった。
ケツアルクワト皇太子は口をへの字曲げる。
「此度の謀略、余は反対だったのだ」
「存じております。
殿下がかような下策をお使いにまるはずはない、と信じておりました。
お父上が娘可愛さでなさったことと承知しています。
ですから、お気になさらないで。
ーーああ、それにこれから帝国は少し苦しい状況になるかと思いますので、殿下にはよろしく利用していただければ、と」
ケツアルクワト皇太子は片眉をピクリと上げる。
「ふっ。
なら、余はどうのように動いたら良いのかな?
『苦境に対処する、という名目で将兵を募り、それでいて槍先は皇宮へ向けよ』と?」
ソルニアはニッコリと微笑む。
皇太子は破顔してから、肩をすくめる。
「まあ、やむを得まい。
父上もそろそろ引退するのに相応しいお年だ。
此度のオクシタニア相手の敗北ひとつで、隠居に追い込むことぐらいはできそうだ。
頼みの父帝が失脚すれば、あのワガママな妹も万事休すだろうな」
以降、緑に囲まれたテラスで、二人の高貴な出自の男女は、仲良くお茶を愉しむのであった。
読んでくださって、ありがとうございます。
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今後の創作活動の励みになります。




