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◆14 海上での漂流と、議会での演説

 海竜が出現してから二日が経っていた。

 すでに海は凪いでいたが、マルチノ王国海軍の軍船のことごとくが沈んでしまっていた。


 板切れに捕まりながら、パスワケレス王妃が金切り声をあげていた。


「誰か、助けてよ!」


 バンシェル帝国の迂回船団にしても、マルチノ王国水軍兵を救助するどころではなかった。

 壊滅してしまっていたのである。


 海竜が出現したての大暴れに巻き込まれて、十二隻編成のところ、すでに五隻が沈められた。

 さらに三隻が操舵不能に陥っていたので、四隻の帆船で海竜と交戦した。

 水中でも爆裂する爆弾を、海竜が潜む渦の中に、何発も叩き込んだ。

 その結果、白い潮の流れに、血の色が混じる。

 海竜が負傷したようだ。


「やったぞ!」


 おおおお!


 王国、帝国の別なく、軍船の船乗りたちが歓声をあげる。

 だが、彼らの苦難はこれからだった。

 海竜が深く海に潜り込んで、姿を現さなくなったのである。

 人間が砲撃してくるのを悟ったのだ。

 ゆえに攻撃方法を変更してきた。

 一切海上に姿を現すことなく、軍船の船底に体当たりして、船をひっくり返し始めたのだ。


 目標が姿を現さないことには、攻撃しようがない。

 しかも、夜になって、海面は真っ黒になってしまった。

 これでは近代兵器も役に立たない。

 それを良いことに、海竜は海の中で身悶えするだけで、波間に浮かぶすべての軍船を破壊した。

 夜中過ぎには、マルチノ王国の軍船団、バンシェル帝国の迂回船団のすべてが壊滅したのであった。



 軍船が沈み切ると、大時化(しけ)は鎮まった。

 海竜は半日程度、夜半に大暴れした後、再び海の底深くに潜ってしまった。


 だが、その頃には、人間側の被害は甚大なものになっていた。

 マルチノ王国海軍のみならずバンシェル帝国海軍の将兵も海に投げ出され、その殆どが生命を落としていた。



 だが、パスワケレス王妃は悪運が強かった。

 近侍していた大将や将帥までが海の底に沈んで絶命したというのに、彼女は一般水兵たちに混じって、生き延びていた。

 比較的大きな木材が筏のように浮かんでいた。

 五人の男どもがその上で寝そべっていた。

 マルチノ王国兵とバンシェル帝国兵が入り混じっていた。

 パスワケレス王妃は、そこへ引き上げられた。

 夜中のことで、暗がりだったため、水兵たちは彼女が女性であることにすら、当初は気付いていなかった。


 そして漂流すること二日ーー。

 朝日を浴びる中、パスワケレスが女性であることが明らかになると、水兵たちは色めきだって、残り少ない干し肉などの食糧を積極的に彼女に提供した。

 だが、二日も経つと、初めは丁重に扱っていた水兵たちの様相が変わってきた。


 この女は、自身のことを「マルチノ王国の王妃だ」と名乗っていた。

 が、じつは真っ赤な嘘なのではないか。

 ほんとうは炊事役などをさせられていた女性水兵なのではないか。

 いや、ひょっとしたら高級貴族の将帥が従軍を命じて連れてきた侍女ーーあるいは娼婦なのではないか?

 などと邪推し始めたのだ。


 それほどパスワケレス王妃が始終不平不満ばかりを口にして、水兵たちは辟易としていた。

 それに彼らが想起する、王侯貴族ならではの優雅な立ち居振る舞いが、彼女にみられなかった。

 男からチヤホヤされるのに慣れた、教養がない、単なる街娘に思われたのだ。


 だから、帝国の水兵が思わず口にしてしまった。


「食糧を分けてやるから、ヤラせろよ」


 パスワケレス王妃は顔を真っ赤にして怒鳴った。


「冗談じゃないわ!

 私はバンシェル帝国の皇女にして、マルチノ王国の王妃なのよ!

 貴方たちのような者は、本来なら、私の顔を拝むことすら出来ない立場なのよ」


 とはいえ、彼女が訴える自称がほんとうかどうかも、彼らはわからない。

 バンシェル帝国だろうとマルチノ王国だろうと、水兵たちは皆、同じだった。

 聞く耳を持たない。


「両手を押さえておけ」


 大柄の水兵が言い放つと、三人の男が一人の女性にのしかかってきた。

 パスワケレス王妃は足をバタバタさせ、必死に抵抗する。

 が、水兵はナイフを手にして振り上げる。

 その刃先を、彼女の目の前に突き立てた。


「おとなしくしねえか、お嬢ちゃん。

 抵抗するとコイツをブッ刺すぞ。

 手足なんざ、ない方が都合が良いからな」


 パスワケレス王妃は大きく舌打ちする。

 抵抗を諦めたのだ。


「わ、わかったわよ。

 その代わり、私をマルチノ王国の王宮まで、必ず帰すのよ」


「ああ。

 潮の流れから見て、いずれはマルチノ王国のペレン港に辿り着く。

 助かったら、俺たちにたっぷりと褒美をくれよな。

 なにしろ俺たちゃアンタの生命の恩人なんだからな、王妃サマ!」


 欲に目がくらんだ男どもが、次々とパスワケレスの身体に覆い被さっていく。

 肉欲に溺れる彼らには、彼女の瞳の奥に燃え盛る怨みの焔を見抜くことはできなかった。


◇◇◇


 パスワケレス王妃が海の只中で漂流している間ーー。


 ソルニアは東のエクトル王国で懇意にしていた者と西のロンランド共和国へ向かっていた。


 休みなく馬車を走らせた結果、翌日夜半に、王権代理の頃、交流していたロンランド共和国の外交官に面会することに成功した。

 夜分に関わらず、握手を求めてきて、歓迎された。


 さっそくソルニアはエクトル王国よりの使者と同席の上、ロンランドの外交官相手に切り出した。


「ご存知ではありましょうが、今現在、マルチノ王国とバンシェル帝国が共にオクシタニア討伐に出撃しています。

 オクシタニアを討った後は、新王妃パスワケレスはすぐにもバンシェル帝国の軍勢をマルチノ王国に迎え入れる準備をしています。

 急いで対策を立てないと、ロンランド共和国のみならず、エクトル王国のほか、すべてルビンド大陸にある諸国家にとっての脅威となりましょう」


 ロンランドの外交官は生唾を呑み込んで尋ねる。


「対策と申しますが、具体的にはどのような?」


「エクトル王国と休戦条約を締結し、共にマルチノ王国へと攻め込むのです。

 ロンランド、エクトルの両国とは長らく友好関係にありましたので、マルチノ王国では両国との国境線にろくに防備体制が取られておりません」


 ソルニアはエクトル王国で行った提案と同じ構想を口にした。

 いきなりの主張に、ロンランドの初老外交官は面喰らいつつも、礼儀正しくお辞儀をする。


「ご主張は承りました。

 ですが、我がロンランド共和国は議論の国。

 何事を決定するにも議会を通さねばなりません。

 政府の独立性が弱く、方針決定ーーそれも重大な方針転換を決定するには時間がかかるのです」


 そうは言いながらも、その初老外交官はかなりの権限を持っていたようで、ソルニアに議会へ出席できるよう取り計らってくれた。



 翌日、ソルニアは元王権代理であったこともあり、賓客としてロンランドの議会に招かれた。


 その場で、ソルニアはエクトル王国と休戦条約を締結し、共にマルチノ王国へ攻め込むよう、ロンランドの議員らに訴えた。


「東のエクトル王国と協力して、マルチノ王国へと攻め込んでいただきたい」と。


 すると案の定、議会は紛糾した。

 ある太った中年議員が、


「休戦とは言いながら、エクトルが隙を見て我が国に攻め込んで来るのではないか?」


 と半笑いで語ると、ゲラゲラと下品な笑声がこだました。

 これに対して、ソルニアに同行してきたエクトル王国からの使者が、声を張り上げる。


「我がエクトル王国は、そのような不義理はしない。

 エクトルはソルニア女史の提案に従い、東よりマルチノを攻め込むつもりだ。

 それゆえ、ロンランドには西から攻めてもらいたい。

 そうすれば、マルチノを挟撃できる」


 エクトルよりの使者は、ソルニアの提案をそのまま口にした。

 だが、そのエクトル王国と長年に渡って戦い続けてきたロンランド共和国の議員たちは、そう易々と同意はできなかった。

 様々な疑念が噴出する。


「でも、通常戦闘を行っている北方平原が空になる。

 その間にエクトル王国が、我がロンランドが攻め込まれない保証はあるのか?」


「バンシェル帝国はオクシタニア相手に敗北したとも聞くぞ。

 ほんとうに我がロンランドにまで槍が届くのかね?

 海が荒れて、多くの軍船が沈没したようだが」


「エクトルと休戦など、出来るものか!」


 怒鳴り立てる議員どもに業を煮やして、ソルニアは凜とした態度で発言した。


「では、ロンランドの方々は、大幅な領土拡張の機会を、みすみす見逃すというのですか?

 貴方がたが私の提案に疑念を呈しているうちに、エクトル王国のみがマルチノ王国から領土を切り取って肥え太ることになるのですが?」


 一瞬で沈黙が場を支配する。

 その只中で、ソルニアは胸を張った。


「ロンランド共和国と領土を接する、マルチノ王国の西には第二都市タラがあります。

 タラを占領して、そのまま南下してペレン港を押さえれば、海を手に入れることが出来ます。

 そうすれば海外との交易も思いのままになるのですよ。

 その利権までもエクトルに独占されてもよろしいので?」


 議員たちの間で、ザワザワと喧騒が広がる。


「貴女の思い描く未来図では、エクトルはどう動く?」


 ある中年議員の問いかけに、ソルニアは即座に応じた。


「マルチノ王国の東にある第三都市レンと首都ビルユウを狙う手筈になっております。

 でも、もし貴方がたが動かなければ、ペレン港も占有してしまうかもしれません。

 マルチノ王国の新王オジェは即位して間もなく、しかも大半の貴族は領地に引っ込んで動いていません。

 そこへエクトルであろうと、貴方がたロンランドであろうと、大挙して押し寄せれば、その勢力にマルチノ王国貴族たちは呼応するでしょう。

 馬車に乗り遅れないことです」


 喧喧諤諤の論争が、あちこちで始まった。

 あっという間に、収拾がつかなくなった。


 やがて頃合いを見計らって、ソルニアが甲高い声で、再度、提案した。


「お静かに!

 ですから、エクトルと休戦協定を結ぶのです。

 そうした互いを攻めるのではなく、共に領地を獲る速さを競うのです。

 よもやエクトルに遅れを取ることなど、鋭敏なロンランドの民がなさるとは思われませんが」


 若い女性に煽られて、議員たちはそれぞれに拳を振り上げた。


「もちろんだ!」


「エクトルなどに負けるものか!」


「そうだ、そうだ。

 しかもマルチノの王都さえ押さえれば、ペレン港など、いずれは手に入れてみせようぞ!」


 わあわあと議論が始まった。


 だがもはや休戦協定は結ぶ前提で、今後のことを含めて、いかに有利にマルチノ王国の領地の切り取りを行うべきかに論点が移っていた。


 議論が紛糾しているのに、ソルニアは微笑みを浮かべる。


(うまくいった。

 これで王国への侵攻自体を反対する意見は起きないでしょうね……)


 エクトル王国への対抗心を刺激して、ロンランド共和国にマルチノ王国を攻め込ませるーーそれがソルニアの狙いだった。

 その目的が果たせたようだった。


 ソルニアはロンランド共和国の役人に、「あとはお任せします」と頭を下げる。


「貴女様はどちらへ?」


 と問われたので、正直に答えた。


「海を渡って南へ。

 バンシェル帝国へと赴(おもむ)こうかと」


 海竜の動きが鎮まった今こそ、南へと海路を進めることができる。

 この機を逃すつもりはなかった。


 同行していた元学友のエクトル駐在官が目を丸くする。


「大丈夫なのですか!?

 いくら今は海が凪いでいるとはいえ、貴女様にとって、バンシェル帝国は敵なのでは?」


 彼女は口に手を当てて笑みを浮かべた。


「元王権代理を舐めてもらっては困ります。

 オジェやパスワケレスには良いようにされてしまいましたが、あくまで身内だと思って注意を払わなかったまでのこと。

 彼らを後ろから操るバンシェル帝国の動きには目を付けていましたのよ。

 すでに、重要人物と面会する手筈は、オクシタニアを介して整えております」


 ソルニアはじつに活き活きとしていた。

 読んでくださって、ありがとうございます。

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 今後の創作活動の励みになります。

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