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◆13 禁断の荒技と、王国滅亡への提案

 一方、翌朝、北方マルチノ王国側の海域ではーー。


 マルチノ王国水軍で歓声があがった。

 目の前のオクシタニア軍が、自分の島に向かって陣を退き始めたからだ。


 朝食のパンを頬張りながら、パスワケレス王妃は舳先に立って手を振り下ろす。


「今よ。

 突撃しなさい!」


「待ってください!」


 帆柱の上で遠方を見はるかしていた物見が、大声を張り上げた。


「バンシェル帝国船団、東方の海域に発見!

 海峡を大きく迂回して来た模様!」


 物見の報告に、マルチノ水軍将兵は沸き立った。

 パスワケレス王妃も歓呼の声をあげた。


「やった!

 皇帝陛下(お父様)からの援軍だわ。

 合流するのよ!」



 正午過ぎになって、東から迫る帝国海軍の十二隻の船舶をマルチノ王国船団は迎え入れようとする。

 共に陣容を築き上げるつもりであった。


 これで一気に勝負をつけられる!

 マルチノ水軍将兵がそう考えて、互いの軍船同士で空砲を撃ち合って喜びを分かち合う。

 彼らが怪気炎をあげるその最中、大型軍船の間を横切る一艘の小舟があった。


「オクシタニアの小型軍船かしら?」


 バンシェル帝国とマルチノ王国による初の合同戦線形成に沸き立つ将兵たちに水を差すような、間の悪さを感じさせ、パスワケレス王妃は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 だが、物見は警戒が不要であることを伝えた。


「いえ、軍船ではありません。

 ほんとうの小舟のようです。

 旗印によると、西方のロンランド共和国です」


 パスワケレスは吐息を漏らす。


「交易船ね。

 オクシタニアか、バンシェル帝国からの帰りかしら。

 でも、今は構っている暇はないわ。

 戦場にノコノコと顔を出すのがいけないのよ」


 彼女の号令で、小舟が間にあることにはお構いなしに、帝国と王国の大型軍船が船腹を合わせて合流を果たそうとする。

 大きな水飛沫があがって、水面が荒れる。

 すると、間で波に揉まれていた小舟が、いきなり凄い速さで、帝国と王国の軍船が合流する海域から離れて行く。


「あの小舟、さすがに逃げるか」


「そりゃそうだ。

 このままじゃ、軍船に挟まれて潰れちまうぞ」


 わははは!


 帝国と王国の船員たちは腹を抱えて笑う。


 ところが、この小舟が意外な行動に出た。

 遠距離まで離れるや否や、いきなり砲撃してきたのだ。

 ポンポン、とどこか気の抜けた音がしただけだが、水兵たちの注意を惹くのには十分であった。


「商船とは偽りであったか!?」


「でも、たいした被害はない。

 これほどの距離では空砲みたいなものだ」


「なんだろうな。

 戦争反対、とでも訴えてるつもりか?」


 せせら笑う水兵たちが額に手庇を作って目を細めると、小舟の船尾に、一人の女性らしき者が立っていた。

 双眼鏡で見ると、マルチノ王国の船員は絶句した。


「あ、あの方は……!」


 ザワザワと喧騒が広がる。

 皆が騒ぐのを気に掛けたパスワケレス王妃が、


「寄越しなさい!」


 と言って水兵から双眼鏡を奪って見る。

 するとなんと、小舟の船尾に立っていたのは、蒼いドレスで身を包んだソルニアであった。


「あの女!」


 パスワケレス王妃は双眼鏡越しに睨み付ける。

 ソルニアは銀色の髪を靡かせて船縁に身を寄せると、何か筒状のモノを海へと放り投げた。

 そしてソルニアは、あたかも視線に勘付いたかのように、視線を双眼鏡から覗くパスワケレスに向けると、胸を張り、扇子を広げて笑う仕草を始めた。

 笑い声が、こちらにまで聴こえてくるかのようであった。


「すぐ反転して、あの小舟を追うのよ!」


 パスワケレス王妃は双眼鏡を握り締めて甲高い声を張り上げる。

 しかし、物見が帆柱の上から叫んだ。


「無理です。

 あれは魔道具を使った高速艇のようです。

 この大型帆船では追い付けません」


 パスワケレスが地団駄を踏んだ、その直後、突如として、巨大な渦巻きが発生した。


 瞬く間に、帝国、王国の別なく、大型帆船までが波間に揉まれて回転を始める。


 わあああ!


 助けてくれえ!


 遠心力で大勢の水兵たちが荒れ狂う海へと放り出される。

 旗船の大将が船縁を掴みながら、甲板に立つ船員に向かって叫ぶ。


「さっきの交易船が何かしたのか!?」


「何か、魔道具を使ったと思われます」


「だから、撤退していたのか!」


 彼らの話を漏れ聞いたパスワケレス王妃は、帆柱に抱き付いた状態で歯軋りする。


「何て卑怯なの、あの女は!

 ああ!?」


 盛大に水飛沫があがったかと思うと、海中から、大型帆船の帆柱よりも高い、塔のような物体が出現した。

 良く見ると、その塔の先端部分には目もあり、牙を持った口もあった。

 海竜が海中から姿を現したのだ。


 そのまま海竜は首を鞭のようにしならせ、マルチノ王国、バンシェル帝国の区別なく、多くの軍船を叩き潰していく。

 マルチノ王国水軍の旗船も真っ二つに船体がへし折られてしまった。


「きゃあああ!

 助けて!」


 パスワケレス王妃は折れた帆柱ごと、海の中に叩き落とされて、渦潮の只中へと揉まれていった。


◇◇◇


 恐るべき海竜の出現によって、マルチノ王国、バンシェル帝国の区別なく、すべての大型帆船が海竜によって叩き潰され、波間に揉まれていく。


 そのさまを、ソルニアは遠方からを双眼鏡で観察していた。


「凄いものね、海竜って……」


 シールド公爵から手渡された「オクシタニアの秘宝」ーー筒状の魔道具は、海竜の子供の肝を封印して長期保存したものであった。

 五十年前の肝なのに新鮮なままに保たれていた。

 これが魔道具の器から開放されると、その肝の匂いで、子供が殺されたと思って、大人の海竜が海の底から浮かび上がって、怒り狂うのだ。

 それによって強制的に海を荒れさせて大軍を翻弄するーー海竜の習性と自然現象を利用した、残酷な魔術兵器であった。


 荒れ狂う大海原は、ソルニアが乗る舟にまで大波を叩きつけてくる。

 ソルニアは舳先に立って、北方を指さした。


「急いでルビンド大陸へ!」


 護衛役のコンモード・ヌリリエ子爵令息は、船縁にもたれかかりながら驚きの声をあげる。


「マルチノ王国へ向かうのですか?

 捕縛されるだけではーー」


 彼の発言を遮るようにして、ソルニアは断言する。


「当然、マルチノ王国へは行きません。

 東のエクトル王国に向かいます」


「碌な港がありませんが……」


「承知の上です」


 魔道具で海竜を目覚めさせて、王国と帝国の軍船を沈めることに成功した。

 これでオクシタニアの安全は保たれた。

 あとは、愚兄とその性悪妻が君臨する王国を叩き潰すのみ!

 ソルニアは決意を新たにして、拳を強く握り締めた。



 翌朝、高速艇を駆使し、ソルニアは東のエクトル王国へ辿り着いた。


 高速艇を崖のような岸辺に停めると、縄梯子を上へと掛ける。

 そしてコンモードに助けてもらいながら、断崖絶壁を登る。

 すると、あらかじめ連絡を入れていたマルチノ王国の現地駐在員が出迎えに来ていた。

 褐色の肌をした彼はサムという、学園時代の学友であった。

 サムはソルニアに手を差し伸べる。


「来訪を告げる伝書鳩が来た時は驚きましたよ。

 これで僕も役に立つことが出来る」


 ソルニアが失脚した際、サムはエクトル王国に駐在していたため、何も出来なかったことを悔やんでいた。

 ソルニアは彼の手を取って、なんとか崖を登り切った。


「仕方ないわ。

 私が迂闊だったのよ。

 でも、これから挽回したいの」


「喜んで協力します」



 一刻後、サム駐在員を介して、エクトル国王ダブリン陛下に謁見することができた。

 拝謁の挨拶はそこそこに、ソルニアは端的に切り出した。


「マルチノ王国が、海の彼方よりバンシェル帝国を招き入れようとしております」


 ダブリン国王のみならず、周囲に居並ぶ重臣たちも、一様に動揺する。

 海の彼方から未知の勢力が介入してくることを歓迎する国は存在しない。

 ダブリン王は玉座に深く身を沈める。


「それは困るな。

 で、要件はなんじゃ?

 マルチノの王権代理殿」


 エクトル王国にもマルチノ王国で起こった政変は伝わっている。

 だが、長年の習慣もあり、エクトル王国の政府はソルニア王女に信頼を置いており、「王権代理」という旧職名で呼んだ。


 ソルニアはドレスの裾を摘み、深くお辞儀する。


「陛下にお願いしたいのは、西のロンランド共和国と休戦協定を結んでいただきたく。

 そして、共にマルチノ王国へ攻め込んでいただけないかと」


 短躯のダブリン王は全身を揺らせて笑った。


「はっははは。

 面白いことを言う。

 それでは貴女の母国が滅んでしまいますぞ」


 一方で、ソルニアは至って真面目な顔付きであった。


「構いません。

 このルビンド大陸の平和のため、バンシェル帝国からの侵攻を防ぐためです」


「だが、ロンランド共和国とは長年、戦争をしている間柄だ。

 こちらが講和を持ちかけようと、やすやすとは信じてくれんだろう」


「ですから、この講和の実現のため、ロンランド共和国へは私も向かいます。

 責任をもって休戦協定を結ばせていただきます」


 長年、面倒を見てきた母国を叩き潰そうとするソルニアの決然とした態度に、エクトル王国の国王と重臣たちは絶句するしかなかった。

 読んでくださって、ありがとうございます。

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