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◆12 海戦、開始!

 新王妃パスワケレス・テラ・マルチノを乗せた十隻の軍船団が、海峡半ばで行手を阻まれた。

 マルチノ王国のペレン港を出てから翌日、早朝のことである。


 行手には、オクシタニアの水軍が海峡全体に等間隔で展開していた。


 舳先に立つパスワケレス王妃は上機嫌になった。


「見てみなさいよ。

 やはりオクシタニアなんて、たいしたことないわ。

 大型帆船は三隻しかなく、あとは小型船よ。

 船の数は同じでも、こちらは大型帆船で、向こうは小型船ばかり。

 圧倒的にまさっているわ!」


 十分、威圧できたと踏んで、マルチノ王国海軍は、オクシタニア水軍に向けて使者を放った。


 旗印となっている軍船の甲板にオクシタニアは使者を招き入れた。

 マルチノ王国側の使者は、居丈高に朗々と声を張り上げた。


「私たちは行方不明となった元王女を探している。

 オクシタニア領への立ち入りを許可されたい」


 正面に立つルヴァン・オクシタニアは丁寧にお辞儀しながらも、キッパリと言い切った。


「お断りします」と。


 面喰らった使者は、


「そのような返答でよろしいのか?

 かくなるうえは、元王女を貴殿らが匿っておられると判断してよろしいか?」


 と声を裏返したが、ルヴァンたちは平然と、


「ご自由に」


 と答えた。

 結局、使者を送ったが、門前払いも同然であった。


 苛立ったパスワケレス王妃が、魔道具の拡声器を手に、直に舳先から声をあげた。


「私たちが攻め込んだら、貴方たちは海の藻屑となって消えるのよ!

 それでも良いの!?」


 それでもルヴァンに、さらりとあしらわれる。


「貴女が噂の愚かな王妃サマか。

 残念だな。

 ソルニアは凡人の思惑を超えて動いていく。

 所詮、貴様らは彼女の手の平の上だ!」


 パスワケレス王妃は腹を立てて、


「やっておしまい!」


 と手を前へと突き立てた。

 これを合図に、マルチノ王国の十隻の軍船団が侵攻を始めた。

 それをオクシタニア水軍が海上で迎え撃つ。

 海戦が開始されたのだ。



 当初、海戦はマルチノ王国側が有利に進めていた。

 大型帆船十隻で、真正面から押し切ろうとする。


 が、オクシタニア側は、その動きを待ち構えていた。

 舳先が尖った小型船で、マルチノ水軍の大型帆船の船腹に向けて突撃してきたのだ。


 マルチノ水軍の大将は、


「敵の接近を許すな!」


 と叫び、弓で射かけさせる。

 だが、波で荒れる船の上で弓矢は照準が定まりにくい。

 結局は間隙を突く格好で、オクシタニア水兵に取り付かれてしまった。


「退がれ、退がれ!」


 と大将が怒鳴るが、後の祭りだった。

 続々とオクシタニア水兵が乗り込んで来て、軍船の甲板で白兵戦を仕掛けてきたのだ。


「どうしたのよ!?」


 最大の大型帆船に乗るパスワケレス王妃は問いかけるが、水軍の大将は浮かぬ顔で、


「先頭の二隻がやられました」


 と声を絞り出した。

 すでに二隻の大型軍船が、敵の水兵に取り付かれてしまった。

 敵側には工作班も混じっていたのだろう。

 船底に穴でも開けられたようで、喫水線がドンドン下がって、今にも沈没しそうなありさまとなっていた。

 しかも、その二隻が行手を阻む形で動けないので、他の軍船も進むことは出来ない。

 身動きが出来ないマルチノ水軍の軍船の合間を、小型のオクシタニア軍船が縫い取るように動き廻っていた。


「盗賊まがいのやり方だわ。

 こんなの、卑怯よ!」


 戦況を遠望して、涙目になるパスワケレス王妃だったが、そんな彼女に向かって、水軍大将は元気付けるように言った。


「たしかに我らはいったん陣を退くことになりましょう。

 ですが、ご安心を。

 目前の戦況は芳しくありませんが、大局的に見れば、依然として我が軍が有利なのです。

 私たちは敵を引きつければ良いのです。

 時間さえ稼げれば、それだけ有利になるのですよ。

 お忘れですか?

 主戦場はオクシタニアの向こう、バンシェル帝国側の海域なのです!」


 ここに至って、ようやくパスワケレス王妃は思い出した。

 実家のバンシェル帝国と連絡を取り合って、ほぼ同時に、大船団を組織して、水軍がオクシタニアに向けて出撃したことを。


 オクシタニア群島の向こう、反対側の海域で、今頃、バンシェル帝国が誇る大軍船団が進撃を開始しているはず。

 数で圧倒しているうえに、二正面作戦を強いられるオクシタニア側に勝ち目のあろうはずもなかった。


 パスワケレス王妃は双眼鏡で遠くの海をみはるかして声を弾ませた。


「そうね!

 あの小賢しい虫みたいに動く船も、じきに帰る場所を失うってことね?

 皇帝陛下(お父様)の海軍で、後ろから捻(ひね)り潰してもらうわ!」


◇◇◇


 オクシタニア軍は、北方海域においては小型船による襲撃によってマルチノ王国水軍に対して有利に戦を展開させていた。


 そのほぼ同時刻、南側の海域では、満を持してバンシェル帝国海軍の軍船が攻め寄せてきていた。


 帝国海軍は、大型帆船五十二隻で構成される大軍であった。


 これに対して、シールド・オクシタニア公爵が直に率いるオクシタニア水軍は大型中型合わせて十七隻であった。


 オクシタニアは三分の一の軍船で帝国海軍を迎え撃つ格好となっていた。

 おまけにオクシタニアは海上において、北にマルチノ王国水軍、南にバンシェル帝国海軍を迎え撃つ二正面作戦を強いられている状況であった。


 だが、マルチノ王国があるルビンド大陸側の海と違い、このバンシェル帝国があるパールベルデ大陸側の海域には、数多くの岩礁と渦潮に挟まれた海路しかない。

 結果、一定数の船舶で行き来することしか出来なかった。

 それゆえ、上手く帆船を操舵し、帝国の軍船を渦潮へと誘い込む戦術に、オクシタニア水軍は徹することとなった。


 策が功を奏して、三隻の帝国軍船を動けなくすることに成功すると、オクシタニア軍船は舳先を反転させた。

 そして、二隻の軍船が足速に自陣営へと逃げ込もうとする。

 帝国の軍船はこれを追いかけた。

 ところが、今度は岩礁に一隻が乗り上げ、残る軍船も狭い海路を進むしかなく、そこを新たに出現してきたオクシタニア軍船三隻が海路の幅一杯に展開して行手を阻んだ。

 結果として、帝国海軍は三倍以上の大軍を擁していながら、互角の船数でオクシタニア水軍と正面からぶつかり合うしかなくなってしまっていた。


 帝国海軍は不本意にも、戦力差が殆どつかない、同数対決を強いられたのだ。


 しかも、帝国海軍は兵器や兵数で勝ってはいるが、船の操舵術に関しては、格段の差でオクシタニアに遅れを取っていた。


 とはいえ、いまだ帝国側にはゆとりがあった。

 物量において遥かに勝っていたからだ。

 砲弾も弓矢も我らの方が格段に多い。

 時間さえかければ、いずれはオクシタニア水軍の陣容を崩せる見込みが高かった。



 一方、オクシタニア側は厳しい戦いを強いられていた。

 北方からマルチノ王国軍船が迎撃し続けていて、夕刻を過ぎても一進一退の攻防が繰り返されていた。

 事実上、南海域で戦うバンシェル帝国海軍と共同戦線を張っているも同然であった。


 夕刻には、マルチノ水軍の旗船には、パスワケレス王妃が直々に乗り込んでいる、との報せが帝国海軍にもたらされた。


 バンシェル帝国の将帥たちは、事実上の共同戦線が成立していることを喜びこそすれ、一抹の不安も感じていた。

 彼らの心配事は、一言でいえば、「あのジャジャ馬姫の安全は保たれるのか」ということであった。


 皇帝レネニアラ陛下は、娘のパスワケレスを溺愛している。

 もし、この度の対オクシタニア海戦において亡くなりでもしたら、とばっちりで我らの誰かの首が飛ぶかもしれない。

 そう思うと、身震いする将帥が続出した。


「あのパスワケレス様に、船が操れるものかな?」


「心配無用でしょう。

 いくらなんでも王妃様はお飾りに決まっている。

 マルチノ水軍は、我が帝国水軍よりも長い歴史を有している。

 我らと違い、水軍専用の将帥も育てられておるだろう」


「それは、そうだろうがーー」


 結局、反対側の海域で展開している戦争も、帝国海軍将帥は無視できなかった。

 旗船の大将は決断した。


「十二隻の船団を岩礁を避けて、大きく海域を迂回させるんだ。

 北方で戦うマルチノ王国水軍に加勢する。

 幸い、目の前のオクシタニア水軍は防戦一方で、加えて岩礁と渦潮によって狭い海路で塞がれている。

 向こう側から打って出ることは出来ないのだ。

 だったら、別働隊を組織して、反対側の海域からオクシタニアを攻め込んだ方が得策だ。

 大廻りで反対側の海域に出て、マルチノ王国海軍と合流を果たす。

 急げ!」


 大将の決断を受けて、後衛にあった十二隻の大型帆船が、船団から離れ、大きく右へと舵を取った。

 迂回して、オクシタニア群島の反対側の海域を目指したのであった。

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