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最終話:忙しいボスネコと、永遠のひだまり

『一人で生きるか。やかましい里で皆と共に生きるか』


『老婆』の問いかけに、僕は沈黙した。


……一人でいれば、誰かに気を遣う必要もない。

誰かのために怪我をすることもないし、誰かの看病をする必要もない。

裏切られることも、理不尽に奪われることもない。


完全に自由で、静かな生活が待っている。

それが……あの冷たく黒い道の上で生涯を閉じた僕が

ずっと求めていたものだったはずだ……だが。

何度考えても僕の脳裏に浮かび続けたのは『静寂』とは程遠い光景だった。


……鬱陶しいほどに僕を崇め立てる獣人たち。

僕の足に縋りついて来た小さな温かい手。

そして――ボロボロになりながらも僕の前に立ち塞がり

精一杯笑ってくれた、ミアの不器用な背中。


……僕は、熟考の末、ゆっくりと口を開いた。

イエスとも、ノーとも言わず――


「今……僕は『忙しい』んだ」


「え?」


「あいつが……あの『ポンコツ』が、僕を庇って魔力枯渇で倒れてる。

早く栄養をつけさせないと……あいつが倒れたままだったら

僕の『背中を掻く』奴がいなくて困るから……だから。


……魚を、持って帰る必要があるんだ」


僕がそっぽを向きながらぶっきらぼうに告げると

『老婆』は一瞬きょとんとした後、目尻に涙を浮かべながら

クスクスと、とても嬉しそうに笑い声を上げた。


「ああ……その答えで良いんだね?」


『老婆』は、本当に嬉しそうに。安堵したように目を細めた。

自分の群れを持ち、護るべき『縄張り』を見つけた僕を祝福するように。


「……やっぱり、あんたは優しい子だ。

この世界の『ボスネコ』は、間違いなくあんただよ……『バースト』や」


老婆は微笑みかけると、着物の袖の中から小さな紙袋と共に

笹の葉に包まれた『丸々と太った不思議な魚』を取り出し

僕の手に確りと握らせた。


「……これは、私からの贈り物だ。

もう……何も我慢しなくていい。


いっぱい食べて、誰よりも幸せにおなり」


「お、おい待て! これは一体! ……」


僕が声を掛けるより早く『老婆』の姿はふわりと朝靄のように溶け

温かい光の粒子となって空へと消え去ってしまった。


……その後には、微かな『日向の匂い』と

手に残された優しい温もりだけが残された。


「全く……勝手な『神様』だ」


暫くの後……僕は、手渡された紙袋の匂いを嗅いだ。


嗚呼あぁ……これは、あの『イケメンボスネコ』が貰っていたのと同じ

『干した小魚(煮干し)』の匂いだ。


窓越しに、ずっとずっと……羨ましくてたまらなかったものだ。


僕はそのうちの一匹を震える手でつまみ出し

口の中に放り込んで、ガリッと噛み砕いた。


嗚呼あぁ……美味い。


少ししょっぱくて……でも、信じられないくらい美味かった。


それは、前世でどうしても届かなかった

『愛されている』という味そのものだった。


嗚呼あぁ……これで本当に

僕を縛っていた過去の呪縛は全て消え去ったのだ。


「……待ってろミア。今、帰るからな」


僕は残りの『煮干し』を懐に仕舞い

笹の葉に包まれた魚を確りと抱え込み、大地を蹴った――


『一人で生きる自由』など、もうどうでもよかった。


自分の中に、あの『やかましい縄張り』と、そこにいる者たちに対する

強く、熱い『愛着』が根付いていることを……僕はもう誤魔化す気はなかった。


「……ミア!」


僕は天幕の入り口を乱暴に開け

寝台でぐったりしていたミアの腹の上に

笹の葉に包まれた魚をドサッと落とした。


「はうっ!?……バ、バースト様っ!?」


「……食え。食って早く治せ」


ミアが熱に浮かされた瞳で不思議そうに笹の葉を開く。

その瞬間、彼女の猫耳が『ピーン!』……と限界まで立ち上がり

毛が逆立つほどの衝撃を受けた顔をした。


「こ、これは……っ!!

北の果ての聖湖にしか生息しないと言われる、幻の『虹色サーモン』ッ!?


し、しかもっ……一番脂が乗っている極上品……っ!?

なっ……なんで!? ……い、一体どうやって!? 」


「……いいから食え。

ミア……お前が僕の縄張りの『仲間』だと言うのなら

僕の渡した獲物を食え……もし残したら承知しないぞ」


……そう凄んで外方を向くと

ミアの瞳から、滝のように大粒の涙が溢れ出した。


「バースト様……私のために、わざわざ幻の魚をっ……!

嗚呼、なんという……なんという深き慈愛……っ!

見捨てるどころか、こんな愛を下さるなんてっ……私っ……私っ……!」


ミアは魚を抱きしめたまま

限界まで顔をくしゃくしゃにして、心の底から絞り出すように叫んだ。


「……バースト様っ! 大好きです!!

一生、あなたのお側で『毛繕い』させてください!!」


「な゛……ッ!?」


真正面からの、一切の混じり気もないド直球の『愛情表現』

その言葉が耳に届いた瞬間、僕の顔が一気にカッと熱くなり

全身の毛がブワッと逆立った。


……心臓が五月蝿い位に跳ね回る。

前世でも……いいや、今世でも。


こんな風に真っ直ぐに、ありのままに

好意を向けられたことなど一度もないから――


「う、五月蝿いっ! ……僕は唯、お前が寝込んでいると

僕の世話をする奴がいなくて困るから持って来ただけだッ!


い、良いから早く食え『ポンコツ』ッ!!」


――気恥ずかしさを誤魔化すため。

僕は思い切り牙を剥いて『シャーッ!』と威嚇をした。


「もぉ~っ!」

すると、ミアはボロボロと涙を流しながら

ふっくらと頬を膨らませた。


「……バースト様は、いっつもそうなんですからっ!

少しは素直に『心配した』って言ってくれてもいいじゃないですか!」


そう、文句を言いながらも

彼女の顔はどこまでも満たされた満面の笑みを浮かべて居て……


……隠しきれない『猫の尻尾』が

これ以上ないほど嬉しそうにゆらゆらと揺れていた。

僕の強がりなど、きっと彼女にはとうに見透かされているのだろう。


だが……今はそれでいい。


「フン……早く治して、僕の背中を掻け」


僕は鼻を鳴らし、少しだけ口角を上げて天幕の外へ出た。


……広場では、相変わらず獣人の子供たちが走り回り

『灰色のボス』を始めとする獣人たちが『やかましく』宴の準備をしている。


……そして、その中央には、僕のため

不器用な連中が一生懸命に修復してくれた最高の『四角い木箱』と

極上の『ふかふかの毛布』が、太陽の光をたっぷりと吸い込んで僕を待っていた。


「あーあっ……本当に、忙しくて『やかましい縄張り』だな」


僕は『作務衣サムエ』の袖から腕を抜き、毛布の上に丸く寝転がった。


……太陽の熱が、僕の体を芯から温めてくれる。

風に乗って聞こえてくる、仲間たちの笑い声。

そして、天幕の中から漂ってくる

僕の世話焼き(ミア)が美味しそうに魚を頬張る気配。


どこまでも温かく、満たされた空間……


……『冷たい窓の向こう側』を羨む必要はもう無い。


ここは、間違いなく、漸く見つけだした


僕だけの永遠の『陽だまり』だ。


「フニャァ……ッ」


……僕は、完全に無防備なお腹を太陽に向け

これまでの人生で一番の、極上の『大あくび』をした。


嗚呼あぁ……もう、何も怖くない。


僕はゆっくりと目を閉じ、仲間たちの気配に包まれながら


深い、深い、至福の微睡みへと落ちていった――


【完】

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