第1話:日向ぼっこがしたいだけなのに。
『……人間なんて、嫌いだ。』
奴らの手は、いつでも理不尽な痛みを運んでくる。
一度優しく撫でてたかと思えば、次の瞬間には
嘲笑とともに冷たく突き放し、押さえつけ、幾度と無く叩きつけてくる。
威嚇などしよう物なら更に激しく……あのひどい痛みと、冷たい雨の記憶は
どうやらこの真新しい体になっても、魂の底にこびりついて離れないらしい。
……僕は『にゃん太郎』と呼ばれていた。
猫の身でも分かる……随分と安直で、愛情の欠片もない響きだ。
だが、名前なんて物はどうでも良い……僕が求めていたのは
ただ静かに眠れる暖かい場所と、少しの餌だけだった。
だけど、あの『人間の雄』にとっては
僕の存在など、ただの気まぐれな遊び道具に過ぎなかったのだ。
……最期はひどくあっけなかった。
硬いブーツの感触と、息が詰まるような痛み。
そして、降りしきる冷たい雨の中で、僕の意識は暗闇に沈んだ――はずだった。
「……まぶしい」
顔に当たる光の暖かさに、僕はゆっくりと目を開けた。
視界に広がったのは、見たこともないほど青い空と
風に揺れる見知らぬ木々だった。
……鼻をくすぐるのは
いつもの『黒い道路』の臭いではなく、青臭く心地よい草と土の匂いだ。
直後……僕は「ふぁあ~っ」とあくびをして前足を伸ばそうとした
だが、そこで決定的な違和感に気づいた。
「毛が……無い。肉球も……無い」
……代わりに視界に入ってきたのは
ごつごつとした毛のない前足……いや。
これは……『人間の手』だ。
「な、なんだ……これ……」
口から出た音も、高く澄んだ鳴き声ではなく、くぐもった様な人間の声だった。
慌てて立ち上がろうとするが、どうにも重心が上手く取れない。
嗚呼――
「し、尻尾がない……」
――感情の揺れを逃がし、体のブレを逃がすための大切な器官が無い。
ひどく落ち着かない……自分の体をペタペタと触ってみる。
身に纏っているのは、ゴワゴワとした布と
腰に下げた重たげな金属の棒だ。
「冗談じゃ……無いぞ……」
……どうやら僕は、あの理不尽な死の直後
あろうことか一番嫌悪している『人間』という生き物に
生まれ変わってしまったらしい。
「なんでこんな……くッ!! 」
苛立ち、近くにあった手頃な岩に飛び乗ろうと
軽く地面を蹴った瞬間、景色が爆発的に弾けた。
「えっ……!?」
ほんの数十センチ跳躍するつもりだったのに
僕の体はそのまま数メートルの高さを飛び越え
太い木の枝に激突しそうになって慌てて空中で身を捻った。
だが、捻りきれず……ズザァッ、と不格好に着地し背中を打った。
痛いが……我慢は出来る
そんなことよりも……どうやら、この身体はただの人間ではないらしい。
やたらと頑丈で無駄に力が有り余っている。
……だが、そんなことはどうでもいい。
僕が人間の体になったからといって、中身が変わるわけじゃない。
もう二度と、誰かに飼われるつもりはない。
誰かの顔色をうかがって、理不尽な暴力に怯える日々は二度とごめんだ。
僕は、もう二度と人間なんかに寄りかからない。
誰にも期待しないし、誰かを助ける義理もない……ただ、自由気ままに
誰にも邪魔されない一番暖かい日向を探して生きていく……それだけだ。
「よし。とりあえず、あっちの日の当たる岩場で昼寝でも……」
と、足を踏み出そうとしたその時だった。
「キャアアアアアッ!!」
木々の向こうから、人間のメスと思しき甲高い悲鳴が響いた。
同時に、鼻の頭をツンと突く獣の嫌な臭いが風に乗って漂ってくる。
「嗚呼……耳も『動かない』か」
動かない耳に苛立ち、思わず手で集音性を上げた。
どうやら、人間が襲われているのだろう……なら、好都合だ。
あの厄介で残虐な生き物が一匹でも減るのなら
それだけ、動物たちにとってこの森が安全になるということだ。
僕はあくびを一つ噛み殺し、悲鳴とは逆の方向へ歩き出そうとした。
だが――
『グルルルルルッ!!』
「……っ!」
その直後、響き渡った獣の低い唸り声。
その声の波長に、僕は思わず足を止めてしまった。
……間違いない。あの唸り声は
生前、僕が塀の上を歩くたびに下からギャンギャンと五月蝿く吠え立てて来た
あの『クソ忌々しい犬』と全く同じ響きだ。
今の僕に尻尾があったら、間違いなく怒りで全身の毛を逆立て
ボワッと倍の太さに膨れ上がらせていた事だろう。
気づけば僕は、日向とは逆の方向へ――
――その『忌々しい唸り声』のする方へと
無意識に地面を蹴り飛ばしてしまって――
第一話をお読みいただき、ありがとうございます。
※本作はカクヨムにて完結済みの作品を
小説家になろうにも掲載しているものです。
本文内容はカクヨム掲載版と同一です。
最後まで完結済みですので
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最終話までお届けします。
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ぜひ最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。




