第7話 夏至祭の準備
夏至祭まで、あと三日。
朝のフィオラ村は、いつもより少しだけ賑やかだった。
窓を開けると、花の香りを含んだ風が部屋へ流れ込んでくる。
青空は高く澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れていた。
遠くから人々の笑い声が聞こえる。
村全体が、何かを楽しみに待っているような空気だった。
カイロスは窓辺に立ったまま、その様子を眺める。
王都の祭りは華やかだった。
だが、それはどこか遠いものだった。
大勢の人がいても、自分はその中の一人でしかない。
けれどフィオラは違う。
誰もが祭りを作る側だった。
その違いを、少しずつ理解し始めていた。
「カイロス」
階下から聞き慣れた声がする。
窓から覗くと、ミーナが庭に立っていた。
今日は髪をゆるく三つ編みにしている。
花畑へ行く時や作業をする時の髪型らしい。
いつものハーフアップとは少し雰囲気が違う。
だが何が違うのかは、うまく言葉にできなかった。
「おはよう」
「おはよう」
ミーナは笑った。
「今日は夏至祭の準備をするの」
「準備?」
「うん。一緒に来る?」
カイロスは短く頷く。
「行く」
「良かった」
その一言が、どこか嬉しそうだった。
◇
広場にはたくさんの村人が集まっていた。
木材を運ぶ人。
花を編む人。
料理の準備をする人。
子どもたちは走り回り、大人たちは楽しそうに話している。
誰かに指示されているわけではない。
それでも自然に役割が決まっているようだった。
「ミーナちゃん!」
村の女性が手を振る。
「今年も花飾りお願いね」
「はい」
ミーナはにこりと笑った。
どうやら毎年任されているらしい。
「何をするんだ」
「花灯籠の飾り付け」
そう言ってミーナは花の入った籠を持ち上げる。
「お祭りの日に川へ流す灯籠に使うの」
広場の端には、まだ完成していない灯籠が並んでいた。
薄い紙で作られた小さな灯籠。
そこへ花や葉を飾り付けるらしい。
「手伝ってくれる?」
「構わない」
「ありがとう」
ミーナは嬉しそうに微笑んだ。
作業は思ったより細かかった。
花びらを傷つけないように並べる。
葉の向きを揃える。
糸で軽く固定する。
ミーナの手は驚くほど器用だった。
「こうすると綺麗に見えるの」
小さな白い花を並べながら説明する。
「それと、この青い花を少しだけ入れると涼しそうになるんだよ」
言われてみれば、その通りだった。
白だけよりも柔らかく見える。
「すごいな」
思わず口にすると、
ミーナは少し照れたように笑った。
「えへへ。でしょ?」
どこか誇らしそうな顔だった。
カイロスはなぜか少しだけ口元が緩む。
その様子を見ていた近くの女性たちが、ひそひそと何か話している。
だが気付いているのは本人たちだけだった。
◇
昼前。
作業が一段落すると、ミーナは木陰へ腰を下ろした。
風が吹く。
三つ編みが肩の上で揺れた。
「疲れた?」
ミーナが尋ねる。
「いや」
「良かった」
そう言って水筒を差し出してくる。
冷たい水だった。
喉を潤すと、体の熱が少し引いていく。
木漏れ日が揺れる。
遠くでは子どもたちの笑い声。
風の音。
花の香り。
カイロスは静かに目を閉じた。
不思議だった。
こうしているだけで落ち着く。
何かをしなくてもいい時間。
何かを期待されない時間。
そんなものが、この世にあることを初めて知った気がした。
「カイロス」
ミーナが呼ぶ。
「なんだ」
「夏至祭、楽しみ?」
少し考える。
数日前なら分からなかった。
だが今は違う。
「……少し」
そう答える。
ミーナは嬉しそうに笑った。
「私も」
風が吹く。
二人の間を、夏の匂いが通り過ぎていった。
夕方。
広場には完成した花灯籠が並んでいた。
白い花。
淡い青い花。
緑の葉。
どれも優しい色合いだ。
まだ火は灯っていない。
けれど十分に綺麗だった。
「本番はもっと綺麗だよ」
ミーナが言う。
「夜になるとね」
翡翠色の瞳が灯籠を見つめる。
「川が光でいっぱいになるの」
その横顔は、どこか夏を待つ子どものようだった。
カイロスは灯籠を見つめる。
川を流れる光。
蛍。
星空。
そしてミーナの笑顔。
その光景を少し見てみたいと思った。
夏至祭まで、あと三日。
夕暮れの風が広場を吹き抜ける。
空には、一番星が静かに輝いていた。




