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16 父の想い

それからのアレックスは片時もフィオナから離れまいとするかのようだった。

食事も手ずから食べさせ、マクシム夫妻が見ていられずに早々に席を外すほどの過保護ぶりを発揮する。


翌日、ミューラー家の立派な馬車が迎えに来ると、エリオットは複雑な表情を浮かべながらも同乗を了承した。

ベッドから起きたばかりのフィオナでも十分に寛げそうな贅沢な馬車だったからだ。


実家まで気まずい空気が流れる。


「アレックス、お仕事は?いいの?」

「殿下から特別休暇を頂いている。問題ない。」

「一応、僕もいるんだから、少し遠慮してくれないかな。」

エリオットが無表情で言う。

馬車は十分に快適に過ごせるようにフカフカの座面があつらえてあったが、アレックスはフィオナを抱きかかえたまま、離そうとしない。


「馬車が揺れてフィオナがどこかへぶつかったらどうするんだ。」

アレックスは動じない。

「アレックス、私、ちゃんと座れるわ、、、」

「だめだ。」

アレックスは譲らない。


エリオットは、目の前のこの男に勝てる日は来ない気がした。

思い込んだら何一つ、意見を曲げないのだ。

ひたすら窓の外を見つめてピタリとくっついた二人を見ないように努める。


食事ができるようになって、いくらか元気を取り戻したフィオナも、2時間も馬車に揺られるとやはり気分が悪くなってしまった。

トールセン男爵家へ着く頃には、ぐったりと白い顔を伏せて、アレックスが心配でたまらないといった様子で背中をさすったり冷たい手を握ったりしていることにも、ほとんど気付けないほどに。


男爵家へは念のため先触れを出しておいたが、出迎えた男爵は立派な馬車と具合の悪そうなフィオナに目を白黒させていた。

「フィオナ!お帰り、、、、!?」

フィオナを抱きかかえたままアレックスが颯爽と馬車を降りて男爵へ挨拶をする。

「ご無沙汰しております、トールセン男爵。本日は大切なお話をしたく、お時間を頂ければと思います。しかしこの通り、フィオナが体調を崩しておりますので、ひとまず部屋へ寝かせたいのですが。」

「え! あ! そうだね? 」


我が物顔でフィオナを抱えるアレックスに複雑な表情をしながらも、男爵はフィオナが心配だったので屋敷の中へ案内した。

フィオナを部屋に寝かせると、具合の悪さからフィオナはすぐに眠ってしまった。


目が覚めると部屋が薄暗くなっており、夕方になってしまったようだ。フィオナが身じろぎして、目を瞬いていると、父の声がする。

「フィオナ、起きたのかい?」

いつもの優しい父だった。ベッドに腰掛けて、フィオナの頭を撫でてくれる。小さな頃、熱を出すと父は全てを投げ出して、こうして側にいてくれた。

しばらく横に付いていてくれたのだろうか、ベッドの横に肘掛け椅子と、新聞と、父の古い眼鏡が置いてある。何もかも昔と変わらない光景に、フィオナは微笑んだ。


「お父様。ただいま帰りました。」

「お帰り、フィオナ。」

たったそれだけの会話に、涙が溢れそうになる。


「フィオナ、お父さんに何か言いたいことがあるんじゃないかい?」

こんな聞き方も子供の頃と同じだ。

「お父様、、、、。私、お腹に子供がいるのです。」

「そうか。フィオナはそれで、どうしたい?」

父は子供の話を聞くような姿勢を崩さない。


「いろいろ誤解があったのですけど。結婚を申し込まれました。」

「フィオナは結婚したいのか?」

父の目が鋭くなる。

「フィオナがそうしたいなら、この家で産めばいい。母さんのように素晴らしい母親になるだろうね、フィオナは。

結婚など、したくないならしなくていい。

父さんはずっとフィオナの味方だ。本当に心から結婚したいと思う相手でないのなら、父さんは賛成しないよ。」


「お父様、、、、、、。」フィオナは言葉に詰まる。

「私は、私は、アレックスの妻になりたいのです。彼を、心から愛しているから。」

部屋の外でガタっと音がする。


「いいのかい?彼はフィオナを信じられなかったのだろう?

全く。フィオナほど誠実な子はいないのに。」

父は許せない、とでも言いたげに鼻を鳴らす。

「アレックスは、少し思いこみが激しいの。父親じゃないって思っている時も、何とかしたいって思ってくれてたわ。私を大切にしてくれてるのよ。今はもう、信じ合えると思うの。」

再び部屋の戸の向こうで戸に手をかけるような音がする。


「そうかなぁ。もう少し、時間をかけて考えたらどうかな。例えば彼は騎士団だろう?遠くに警護へ行ってしまったら、フィオナは寂しいんんじゃないのかな?

危険な任務もあるかもしれないよ?」

「お父様。彼の仕事のことはよくわかっているわ。騎士団の皆様、優秀な方たちばかりよ?」

「そ、そうかな。あ! エリオットが仕事に慣れるまで、この家のことはフィオナも手伝ってほしいなぁ。 家族だものね。」

「エリオットはとても数字に強いし、私が確認するようなこと、あるかしら、、、、?もちろんできることがあれば何でもさせてね。」

「うん、そうだよね、、、、。それにさ、」


突然戸が開く。

父がチッと舌打ちをする。 お父様が舌打ちを?

フィオナが開いた戸へ目をやると、アレックスが入って来た。

「義父上、約束でしたよね? フィオナが望めば結婚を許すと。」

「そう、だけどね。しっかり確認しておかないと。一生のことだからね?あとね、まだ君の父ではないからね?」


アレックスはベッドの側へ来て跪く。

「フィオナ。お父上は許してくださった。もう何も心配しなくていい。」

「アレックス、、、、。」

見つめあった二人。自然な微笑みが浮かぶ。


「まだ正式には許可してないよ? 確認事項が・・・」

まだ言い募る父を呆れた顔のエリオットが引っ張って行ってしまった。


フィオナが寝ている間に、アレックスは全てを父に打ち明けたそうだ。初めは怒りでカンカンになっていた父だが、エリオットが仲裁してくれたことで何とか収まったらしい。

妊娠させたことにはまだ納得していなかったようだが、結婚の意思が固いことと、エリオットが「一発殴っておいた」ことを聞いて、ひとまず「フィオナが望むなら」という条件で許可を出したのだとか。


「必ず幸せにします」とアレックスが言うと、

「それはフィオナに言ってほしい。あの子は苦労しかしてないんだ。」と涙目で返したらしい。


アレックスに父との話し合いの経過を聞くと、フィオナはホッと息をついた。

「でも良かった。お父様になんて言えばいいのか、ずっと悩んでいたのよ。」

アレックスも後悔した様子だ。

「すまない、フィオナ。俺が早くきちんとしていれば。。」

「もういいの。指輪も素敵よ、ありがとう、アレックス。」

フィオナが笑うとアレックスも微笑む。

久しぶりの穏やかな休日だった。




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