13 騎士の仕事
王太子のプロポーズ大作戦は、概ね順調に計画されていた。
第一騎士団の精鋭が警護に出ると、街行く人は誰もが振り返る。護衛任務専用の制服に身を包んだ騎士団は少年たちの憧れであり、国民の誇りであった。
騎士団員もその期待に恥じぬよう、自然と自ら手本となる行動を取る。団員の結束は固く、王国への忠誠心は高い。
王族が最も信頼を寄せる者たちであると言っていい。
現在の王太子は平和の続く世にふさわしい男だった。唯一の嫡子として両陛下から溢れるばかりの愛情を注がれ、熱心な教育者が側に仕えた。結果、非常に優秀で優しく、人の悪意を知らない王子様が出来上がる。
王太子は人の悪意に鈍感だった。
人は生まれながらに善人であると信じており、自分も国民の善意に応えるべく、良い治世者にならなければと思っている。
対して婚約者候補のアンネリーゼ・ドロテア伯爵令嬢は、王太子ほどおめでたい性格ではなかった。彼女は周囲の空気を敏感に感じ取り、自分の成すべき役割を瞬時に悟る、聡明な令嬢である。
やや人の良い脳内お花畑の王太子には、自分のように厳しい現実も噛み分けられる者が必要であると早々に気がついていた。
(だけど、これは、どうしたらいいの)
さすがのアンネリーゼも今日は困惑気味だった。
二人は王都で一番人気だと評される貴族専用のレストランを貸切にし、食事を楽しんでいる。
いや、楽しんでいるのは王太子だけかもしれない。
二人の警備に当たる騎士団は鉄壁の守りを崩さず、出入り口や窓の側に目立たぬように配置されている。見知った騎士ばかりで警備には何の不安も感じない。
ミューラー副団長の奇行を除けば。
アレックスは二人の食事を給仕するスタッフに張り付き、あれこれと指示を出しているのだ。
「何をしている。殿下に次の料理をお出ししろ。ドロテア令嬢にもだ。飲み物を切らすな。最後のケーキは、サーブできるように準備しておくんだ。コーヒーと紅茶、両方準備しておくように。」
せっかくの王太子の演出も、こんなに慌ただしくては何のロマンスも感じられない。
「ミューラー副団長、今日はよく動くね。」
王太子は呑気に言う。
「殿下はどうかお食事を続けてください。」
アレックスは取り合わない。
本日の騎士団の任務は、
「王太子とそのご友人の食事の警護」である。
アレックスはプロポーズなどどうでもいいと思っていた。この忌々しい食事さえ終わればフィオナへ会いに行けるのだ。ならば済ませてしまえばいい。
アレックスの「早く食べろ」の圧にも負けず、王太子はドロテア嬢の側へ跪き、手を取って言った。
「アンネリーゼ・ドロテア嬢。あなたは私の太陽だ。どうか私と生涯を共に過ごしてほしい。この指輪を受け取って、私を世界で一番幸せな男にしてほしい。」
腐っても王太子である。所作も完璧で、アンネリーゼの喜ぶ言葉が散りばめられたプロポーズだった。
王太子の後ろで騎士団の精鋭たちが声を出さずに「早くイエスと言って!」と口を動かしている。鬼気迫る表情である。
ここ最近、彼らの副団長は良く言って「機嫌が悪い」状態で、通常の2倍の?鍛錬を自身と団員全員に科し、今日の王太子のための食事を終わらせるためにあらゆる策を講じさせられたのだ。
どうやら交際相手とうまく行っていないようだ、ということは察せられたものの、アレックスの顔色は日に日に悪くなる一方で、自分たちにはどうすることもできない。
アンネリーゼは忖度できる女である。
様子のおかしい副団長が早く帰りたがっていることくらい、ここに来て5分で気がついた。王太子がベタなプロポーズを仕掛けてくるであろうことなど、先週から気がついていた。
家のためにも悪くない話であり、父が諸手を挙げて喜ぶ姿も目に浮かぶ。顔だけはいい王太子も、伴侶として合格点だ。
この状況で最もふさわしい答えは。
「まあ殿下。身に余る光栄ですわ。私も同じ気持ちです。」
美しいかんばせを見事に染めて、言い切ったアンネリーゼに王太子は歓喜する。
「アンネリーゼ、とても・・・」
「撤収だ!」
副団長の一声で騎士団が全員動き始める。
「殿下、本日の任務はこれにて終了いたします。御前、失礼します。」
怒涛の勢いで騎士団が撤退する。
後には王太子とアンネリーゼ、王太子専属の近衛兵が数名残された。
「殿下。」
今王太子からもらった素晴らしい指輪を見つめた後アンネリーゼは言った。「騎士団の方へ、今日の警護の御礼と、明日から特別休暇を差し上げて下さいませ。」
「え!? なんで? むしろ、ちょっと失礼だったよね?」
「なんでも、ですわ。」
優秀な騎士団を率いる副団長の信頼を得るには、副団長と噂のあるかの男爵令嬢を何としてでも復縁させなければ、この先まともな警護はされないかもしれない。




