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変人

 マイコを俺の部屋に移して三日が経った。


 マイコはやはり外が好きなようで、次の日の午前中には外に出せと騒いだため、仕方なく前のプランターにマイコを移し、畑まで運んだ。

 しかし平日の午前中にも関わらず、噂を聞きつけたユーチューバー風情の輩がうろつき、とても落ち着ける空気じゃない。

 それでもマイコが望むならと、なんとか隠しながら三十分だけ畑に出した。

 当然そんな短い時間ではマイコは納得せず、急遽ダンポールで囲いを作り、それを壁隠しに再びマイコを畑に出した。


 そんな不自然な行動はさらに拍車をかけ、後日ネットでは盛り上がり始め、さらにはテレビ局やオカルト雑誌の取材の依頼まで押しかけるようになった。

 中には謝礼を払うなどと言う不届き者もいて、憤りを感じた。


 もちろん俺は全て断ったが、それが原因で母に問いただされ、結局マイコを見せる羽目になる。

 母はマイコを見て孫のように可愛がったが、マイコは俺以外の人間に触られるのが怖かったらしく、土に潜り出てくる事はなかった。

 母にはマイコのことは黙っているよう告げると、母は絶対に口に出さないと誓い、何も知らないフリを続け、いつも通りの近所付き合いをしていた。

 それでも頻繁に俺の部屋に来ては、「マイコを見せろ」と言ってくるようになり、マイコもそれなりに母に懐くようにはなった。が、俺としては部屋に母が来るようになったことは、外をうろつく人間より厄介な問題になってしまった。

 これには堪らず、いっそ茶の間をマイコの部屋にしようとも思ったが、やはりテレビの音や茶の間の雰囲気というのはマイコには悪いと思い、やめた。


 なんとか家の中でマイコを匿う事はできるようになったが、マイコにとっては夜が一番辛いらしく、兄弟と離れて寝る事が寂しいらしい。

 そのため夜中に起き出し、ホームシックで泣くようになった。

 それが可愛そうで、そのたび畑にマイコを連れて行き、眠るまで待ち、部屋に戻る。

 そんな生活に、肉体的な苦痛より、マイコを悲しませる精神的な苦痛を感じていた。

 

 ネットの力というのは恐ろしいもので、テレビや雑誌の取材依頼はますます増え続け、毎日のように家の呼び鈴を鳴らし、畑の俺に声をかけてくる。しかしそれを断固として断ると、それ以上の事はしてこない礼儀正しさには感謝していた。


 たが問題なのが、ネットで有名になろうとする愚かな輩だ。

 この類の人種は自分の利益のため、平然と土足で他人の敷地に足を踏み入れる。

 畑に入るのは当然だし、窓辺にいるマイコを盗撮しようと部屋を窺っている。

 あまりに酷い態度に何度か警察に通報し、数名連行されたのにも関わらず、それでも減る気配は無い。

 ほかにも、それ以外でマイコを一目見ようと人が集まるようになっていた。


 そんな人目を掻い潜りながら、マイコを毎日畑に連れ出すのには限界があり、すでに動画としてマイコの動く姿まで勝手にアップされていた。

 俺は毎日ユーチューブを確認し、それを見つけては通報し削除を求めた。

 それでも一度広がった噂は止まらず、マイコの存在はほぼ認識されてしまっていた。


 このままの生活を続けて、マイコの人生を部屋の中で終わらせるわけにはいかない! と思った俺は、いっそマイコをテレビに出し守ってもらおうと考えた。

 しかしそんなことをすれば、間違いなく学者や研究機関が法的な理由を付けて奪いに来るだろう。

 仮にそれを免れたとしても、今度は畑にいるマイコを、自分のものにしたがる変態共が誘拐するだろう。

 そんな考え、というより、絶対そうなると思うと、それだけは絶対に許せない!


 だが今のままの生活を続けるのもマイコに可愛そうだ。

 そこで俺は閃いた。


 妹が昔持っていた着せ替え人形を引っ張り出し、それを裸にし、プランターに植えた。

 それを見てマイコは、自分も遊ぶと言ってきたが、これはマイコと遊ぶために用意したものではない。


 決して上手く行く保障も無いうえ、上手くいっても、俺はもう働く事が出来ないかもしれないが、それでもやる価値はある。

 大きさも雰囲気も全くマイコとは似ていないが、それに賭け、マイコを出すようにダンボールを持ち、畑に向かった。


 出来るだけ不自然に、且つ本当のマイコだと思い、ありったけの演技をしながら隠し、人形に話しかける。

 そしてある程度の時間を置き、わざとダンボールを倒し、野次馬どもにその姿を見せた。

 当然待ち構えていた輩はカメラを持ち、俺を撮った。


 ここからが勝負だ! と思った俺は、慌てたフリをし、あえてダンボールを直さず人形を隠すように抱き、怒鳴る。


「何勝手に撮ってんだ! 警察に通報するぞ!」


 近所中に聞こえるよう大声で叫んだ。

 するとカメラを構えていた輩は逃げ出し、野次馬達が俺を見た。

 それを確認すると、今度は野次馬にも聞こえるよう人形に声を掛けた。


「怖かったねぇ。でもお父さんがいれば大丈夫だよ」


 優しく頭を撫で、傷つけないよう静かに置き、ダンボールで隠した。そして、


「何ジロジロ見てんだ! 殺すぞ!」


 今までのストレスを全部出す気で言った。

 それが効いたのか、野次馬は目を丸くさせ、サッと顔ごと目を反らしたと思ったら、あり得ない速さでコソコソと姿を消した。


 こいつらは本当に舐めている!


 心臓はバクバクだったが、その姿に余計に腹が立った。人の幸せを奪って、何が楽しいのだろう。

 

 そのうえ、姿を消したと思っていた野次馬達は、俺から見えない位置でヒソヒソと喋る。


「……人。……じゃない……」

「ヤバイよ……そういうことなの……」

「……病気なのあの人?」


 それを聞いて、好き勝手言う野次馬たちに、怒りより憐れみを感じた。


 アイツらの下に生まれる子供は、可哀想な人生を送るだろう。親として、恥じない生き方は出来ないのだろうか? だが、読みどおり作戦は上手くいった!


 この先どういう風にネットに書かれるかは俺には関係ない。今は久しぶりに子供たちの世話を堂々とできる喜びの方が大きいのだから。

 トウモロコシも、かぼちゃも、向日葵も、ここ数日きちんと謝る事もできなかった。


 一人一人葉を撫でながら謝り、蕾を膨らませている向日葵とかぼちゃを褒め、細いながらも懸命に実をつけようとしているトウモロコシを褒めた。

 そして畝をほぐし、盛り直し、雑草が無いかを厳しくチェックした。


 子供たちは病気にも罹っておらず、いまだ貧弱な体だが元気そうだった。

 とくに驚いたのは、マイコの隣にいたトウモロコシだ。

 栄養を独り占めしていた姉がいなくなり、一気に成長の遅れを取り戻そうと逞しくなっている。

 それを見ると、マイコには悪いが、部屋に移した事も悪くは無かったな。と思ってしまった。


 およそ二時間。着せ替え人形作戦を続けると、今まで群れていた野次馬たちの姿は完全に消え、疎らに来る俺のファンは、目を合わせると気味悪そうな顔をして目を逸らし、急ぎ足で通過するようになっていた。


 今ならマイコを連れて来ても大丈夫。


 そう思い、人形を大切に抱え、声を掛けながら家に入り、今度はマイコと一緒に畑に向かった。

 マイコはダンボールできっちり隠し、着せ替え人形はパタパタ倒れるダンボールに隠し、人形に話しかけるフリをしながらマイコと久しぶりの楽しい時間を過ごした。


 ダンボールのお陰で視線を感じないのか、マイコは嬉しそうに日光浴をし、落ちている枝や葉っぱをくれとせがむ。

 マイコは人の視線というか、気持ちが分かるらしく、俺がむやみに草を毟ろうと思っただけでも止めに入るほど敏感だが、今はそんなものは感じていないようで、新しいブラジャーでも作ろうと胸に葉を当て、試行錯誤している。

 叫ばない限りマイコの声も小さく、この距離からならはしゃぐ声は聞こえず、俺が人形に話しかけているようにしか見えないだろう。


 そんなマイコの笑顔が神様に届いたのか、上手い具合にダンボールが倒れ、人形が姿を現す。そこへ空かさずダンボールを直すついでに、「ビックリしましたね~」と俺が声をかけ頭を撫でる。これで完璧だ。 

 天を味方につけた作戦は効果絶大で、それを見て、新たな野次馬はギョッとした顔をし、目を逸らす。


 これは意外と楽しい。


 しかしそれを楽しんでいるのは俺だけのようで、マイコは人形に優しくする俺に焼きもちを焼いているのか、怒る。


「なー! なー!」


 必死に声を出し、枝を振り、音を立て、私を見ろ! と主張する。

 しかし俺が顔を指で撫でると、恥ずかしそうにそれを払い、目を逸らす。

 まだまだ子供のようだ。


 初夏の匂い。青い空に高く伸びようと育ち始めた白い雲。風に温もりを感じさせる優しい太陽。そして、まだまだ下手くそな若い虫の声。気持ちがいい。


 そんな陽気と穏やかさに、大切な時間をより楽しく過ごそうと、葉っぱを二枚ほど取ってきて、そのうちの一枚を人形の腰に巻き、マイコにスカートを教えた。

 マイコはそのお洒落に驚いた顔を見せ、すぐに両手を出し、葉っぱが欲しいと言った。

 その驚いた顔と、必死に声を出し葉を求める姿を見て、この時のために今まで生きて来た気がした。


 葉っぱを渡すとマイコは、スカートを作るためもぞもぞと下半身を出した。

 この瞬間、誰にも見えていないと分かっているが、自分でも驚くほど慌て、すぐに手で覆うように壁を作った。


 下着も付けていない娘の姿を、どこの馬の骨とも分からん奴に晒すなどあってはならない!  

 これを見ることが許されるのは、親だけの特権だ!


 

 立ち上がったマイコは、乳首もへそも生殖器もないものの、とても可愛らしい……別にこれはそういう意味ではない! 自分の娘がよくここまで成長し、この先どのような体つきになるのか気になるのは親として当然で、喜ばしい事でもある!

 そのへんは理解ある者なら分かるはずだ!


 しかしそう考えると、この先マイコがどんな恋人を作り、親離れしていくのかと思うと、キスぐらいしたくなる。

 ちょっとぐらいほっぺたにキスしても、親なら許されるだろう。今まで一度もしたことは無いが、今日くらいはいいよね? だってお父さん頑張ったもん。

 

 そう思い、初めて娘の頬にキスをした。

 だが、今のマイコにはスカートを作る邪魔をされた事の方が気に障ったらしい。


 生まれて初めて娘に噛み付かれた!


 しかし全く痛くない。マイコの顎の力ではハニハニするのがやっとらしい。

 何故か歯は生えているが、これがまた気持ちいい。

 喜ぶ父に対し、マイコはあにーと本気で噛んでいるようだが、全然痛くない。


 もうしばらくこの幸せを噛みしめていようとしたが、ほかの兄弟たちも見ていることを思い出し、あまりマイコばかり可愛がるのはよくないことだと思い、再び一人一人に声を掛け、葉を撫でた。


 そんな時間は俺にとっては最高の時間だった。

 社会に適合できず、鬱となり、何度も死のうと思った。

 しかし両手に収まるほどの小さな命に出逢い、その成長の中で、俺は生きていくのに必要な多くの事を学ばされ、誰にも負けない強さを手に入れた。

 この子達には本当に感謝している。


「しゃし! しゃし!」


 マイコは自分で巻いただらしない緑のスカートを見せ、喜んでいる。しかし両手を離すとすぐに落ちてしまう。

 何度かそれを繰り返すとさすがに頭に来たのか、マイコはそれを拾い上げ、結局俺に巻けと言う。

 マイコの力では葉を柔らかくするだけでも一苦労のようで、葉を揉み、柔らかくなった葉をマイコの腰にまわす。

 俺がするのはここまでだ。全てを俺がしてしまうとマイコのためにならない。それがうちの教育方針だ。


 マイコもそれは分かっているようで、渡された葉っぱをなんとか留めようとする。だが留めが甘く、また落ちる。

 しかしマイコはここからが偉い!


 何度も腰に巻き、落とし、徐々にコツを掴んでいく。

 そして三度目にしてようやく綺麗にスカートになった。

 親としてはこれだけで十分だが、凝り性のマイコは、色あせたブラジャーが気に入らないのか、違う葉を寄こせとブラジャーをくれた。

 少しわがままなところはあるが、新しい葉っぱを渡すと、懸命に葉を揉み、柔らかくし胸に巻いた。

 マイコは一度覚えると、次からはさらに効率良く作業する賢い子でもある。


 だがやっぱり我がままだ。スカートと色合いが同じブラジャーに満足すると、今度は兄弟たちのところへ連れて行けと手を伸ばす。

 連れて行けば何をするのかというと、おままごとだ。


 いつも付き合わされるトウモロコシの弟達には少し気の毒だが、姉のままごとにつき合わされるのは弟の宿命でもある。

 今日は服屋らしく、トウモロコシに草のブラジャーを巻き、今覚えたばかりのスカートを巻かせる葉をくれと俺も巻き込む。


 幸せだ。


 久しぶりに楽しく子供たちと過ごし、明日からは普段の生活に戻れる。そう思っていたが、そうはいかなかった。



 自分で確認していて気付いたのですが、文法がおかしくないですか? 

 もし読みづらさなどを感じたのなら、それは私の力不足によるものです。申し訳ありません。

 足りないのは私だけですので、どうかマイコ達を嫌いにならないで下さい。

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