世間
マイコの悲鳴事件から数日が経ち、俺はある異変に気付いていた。
それは、スマホを持った人間が、家の畑が覗ける小さな町道を、行ったり来たりしていることだ。
そのせいでマイコのことが気になり、作業に支障が出ていた。
マイコの存在を、誰かに知られるわけにはいかない。
マイコもそれに気付いているのか、畝から頭を見せることはなかったが、時折体を揺するため畝が崩れ、そのたびに体を壁にして隠していた。
入れ替わり立ち代り人が次々うろつき、全く家に戻ることが出来ず困っていた。
そのうち、誰かが勝手に写真を取る音が聞こえ、まさかと思い、すぐにググった。
それらしい単語を並べググルと、ある言葉がヒットし、そのページを開くと、ある題名で俺とマイコの姿が映る写真が掲載されていた。
〝小人は存在した! そして人と交流があった!〟
とてもふざけたオカルトの記事だが、そこに映っていたのは紛れも無い俺とマイコだった。
俺の顔は隠されていたが、マイコが指に捕まり、猫を指差している後姿がはっきりと映っていた。
作り物の人形のようにも見えるが、マイコの後姿はあまりにもリアルで、指にしがみ付く姿は、作り物というより、CGにすら見えた。
これだけならただの悪戯で話は終わりそうだが、悲鳴に関しても書いてあり、警察官が来た! ほかにも見た人がいる! などと書かれており、よほど暇な一般人にはたまらないゴシップのようだった。
そしてインスタグラムやTwitterにも同じ内容の記事と、いつの間にか撮られた、マイコが一人で遊んでいる写真が上げられていた。
そこで初めて事の重大さに気付いた俺は、すぐにでもマイコを移さなければならないと思い、買ってあった大き目のプランターにマイコを傷つけないよう畝ごと移し、親の目も気にすることもなく、二階の自分の部屋に運んだ。
マイコを部屋に運び込むと、自分にとっては居心地の良い空間だが、マイコにとってはとても悪い環境だと気付いた。
風は入らない、外音は聞こえない、埃は舞っている。
人と植物ではあまりにも違いすぎる事に気付き、マイコを勝手に部屋に連れ込んだ事を後悔した。
当然マイコも気に入らなかったようで、声をかけると、顔を出すと同時に窓の外を指差し、帰せ! と土を飛ばし体全体で抗議した。
しかしそれを聞いても戻す事は出来ない。
もしそんなことをすれば、自分たちの利益のために、マイコの姿をネットに上げようとする輩の餌食となり、下手をすれば誘拐されてしまう。
少しの間だけ……一ヶ月もすればすぐに忘れられ、元の生活に戻れる。
そう思う反面、マイコにとっての一ヶ月は、人生の何分の一というほど大切な時間であることも分かっていた。
今までの成長速度から考えれば、一ヶ月も経てば高校生ほどになり、その間環境の悪い部屋の中で生活すれば、どんな悪影響があるのか考えたくも無い。
それに、例えマイコがこの部屋での生活に慣れたとしても、植物としての幸せからは程遠い人生を送る事になる。
それだけは絶対に嫌だ! だけど…………
せめて土だけでも良いものをと思い、マイコを部屋に隠し、急いでホームセンターに行き、良質の土と肥料と、もっと良いマイコが気に入りそうな鉢をありったけの金を使い買った。
その時間はとても苦痛で、生きた心地がしなかった。
部屋に戻りマイコに声を掛けると、怒り疲れたのか、土を撒き散らしたマイコはぐっすり眠っており、静かに呼吸する小さな葉を見たときの安堵感と幸福感は、忘れられるものではなかった。
本当の幸せとは、こういう気持ちを言うのだろう。
少しの間プランターから伸びる蔓を見て落ち着くと、マイコを起こさぬよう静かに窓を開け、新しいベッドを作り、撒き散らされた土を片付けた。
そして畑に戻り、無残に掘り起こされた畝を戻し、夕暮れで部屋の中が薄暗くなるまでマイコの葉を眺めていた。
その間も勝手に畑を歩く音が聞こえ、見知らぬ男が畑の写真を撮って帰って行った。
何も考えられず、呆然と静かにマイコが起きるのを待っていると、夕食が出来たと母に呼ばれた。
今は何も食べたくないが、ここで断れば変に怪しまれると思い、マイコを残し部屋を出た。
食事中は母に心中を悟られぬよう、普段と変わらずテレビを見ながら夕食を済ませた。
部屋に戻ると、マイコがその音に気付き、起き出してきた。
「マイコ、ゴメンな。今日だけでも良いから俺と一緒に寝よう?」
マイコは黙って俺の顔を見て、不機嫌そうに口を閉じたまま、左右にもごもごさせている。
「ほら。新しいベッド買って来たぞ」
不機嫌そうな顔をするマイコに新しい寝床を見せると、口は相変わらずもごもごしているが、覗き込むようにベッドを見て、何か言いたそうに口をパクパクさせた。
そして手を伸ばし、持って来い! と手を振った。
新しいベッドをマイコの手の届く場所に持っていくと、マイコは土を両手で揉み、口に含んで吐き出し、満面の笑みを浮べ、雛鳥のように体を上下にばたつかせた。
「気に入ったのか?」
俺が尋ねると、マイコはのそのそっと自分から新しいベッドに這うように移った。
このとき初めてマイコの全身を見た!
まだ成長途中の体は十五センチほどあり、白い肌にくびれの無い腰回り。ぷりぷりのお尻にほよほよの太もも。足首から先は芋のようになり、ヒョロヒョロだがまだ伸びようとしていた。
その姿にとても感動し、涙が出そうなくらい嬉しかった。
マイコはベッドに移ると、潜るため穴を掘り始め、それを見て、俺も微力ながら手を貸した。
土がふっくら柔らかいお陰でマイコも手を傷めず、どんどん掘り進み、最後に捩るように下半身を埋めた。
それでも予想以上に大きく育ったマイコの体では、直立姿勢にはなれず、少し斜めに寝そべる感じになってしまい気の毒に思ったが、マイコはそんなことなど気にする様子も無く、ふかふかのベッドを気に入ってくれたようだった。
まるでお湯の香りを嗅ぐように両手で土をすくい、幸せそうな顔を見せ、葉を手繰り寄せ土で洗い始める。
もし自分に娘がいたら、こんな風に風呂に入るのだろうと思うと、とても愛しくなり、顔を撫でるように親指と人差し指で頬を軽く摘んだ。
マイコは嫌がる素振りは見せず、遊んでくれると勘違いし、俺の指を掴み、埋めるような遊びを始めた。
そして背中を流すように手の甲を洗ってくれた。
こんなに幸せで良いのだろうか。俺は一生分の幸せを貰っている!
マイコが楽しそうに俺の手でじゃれるのを見て、全ての不安がちっぽけなものに感じた。
それが終わると、マイコは自分の葉を見せ、洗え! と差し出してきた。
いつもは触ると怒るマイコだが、今はとても気分が良いようで、渡された葉を傷つけぬよう優しく洗った。
一枚終わると二枚目を渡し、それが終わると三枚目と、随分お嬢様らしい態度で次々渡してくる。
それが終わると満足したのか、今度は口をパクパクさせ、喉が渇いた! と言ってきたので、温めた牛乳を持ってきて、マイコに掛けてあげる事にした。
しかしマイコは珍しくそれを嫌がり、両手を受け皿にし、ここに入れろ! と顎で合図を送ってきた。
何がしたいのかは分からないが、早く! 早く! とせがむ姿に、指に付けた牛乳を垂らし渡した。
マイコはそれを受け取ると頭から被り、髪を梳かすように両手で撫で始めた。
どうやらお姫様気分を味わっているらしく、このベッドを相当気に入ってくれたようだ。
お嬢様は新しいベッドで入浴を済ませると、最後に窓を指差し、自分を窓の外が見える位置に置け! と言ってきた。
窓際に鉢を置けるような台は無く、突然の命令に困ってしまう。しかしそれでも、お嬢様の命令は絶対だ。
なんとか知恵を絞り、机を動かし窓辺にお嬢様の寝室を置くスペースを作った。
過保護と言われるかもしれないが、せめて今日ぐらいはマイコのわがままを聞いてやろうと思う。
かなりの重労働をさせられ、部屋の模様は随分変わってしまったが、マイコは満足そうに外を眺め、畑の兄弟たちに、羨ましいだろう的な雰囲気で手を振っている姿を見ると、悪い気はしなかった。
その日、マイコは贅沢なおもてなしに満足し、勝手に部屋を移動させられた事など忘れたようにはしゃぎ、なかなか寝なかった。
お陰で俺はテレビも電気も、スマホさえ付けられない部屋で一夜を過ごす事になった。
電気の無い部屋は、夜空の星と月の美しさ教え、音も無い部屋は虫の会話が良く聞こえ、マイコから大切な事を教えられた気がした。
穏やかな夜。輝く月と夜空を彩る星たち。耳を澄ますと聞こえる虫の声。時折吹く静かな風。
その全てが、景色を眺めるマイコの為に存在して欲しいと願った。




