自覚
翌日。
さすがにまだマイコを畑に戻す事は出来ず、いつものように部屋でマイコが起きるのを待っていた。
ネットでは早速昨日の俺の行動が上げられており、実はあれは人形だったと小さく出ていた。
世の中の人間というのは、手柄だと思ったことは大いに振舞うが、自分に火の粉が降りかかると思えば、出来るだけ身を潜めようと躍起になる。
当然俺をネタにしていた輩は何も語らず、あっという間に収束に向かうと思っていた。
しかし世の中には欲の強い者は必ずいて、諦めの悪い人間もいる。
今朝も窓の外を見ると、朝早くから畑に足を踏み入れる人間の姿が見えたため、あれでもまだ駄目かと思い、叫び追っ払った。
もうしばらくは着せ替え人形に働いてもらわなければならないようだ。
そんな事など知る由も無いマイコは、起きるとしばらく寝ぼけていたが、急に元気になり、「畑に行こう!」と声を出す。
親の心子知らずとはまさにこのことだろう。
それでもやはり子供には笑っていて欲しい俺は、着せ替え人形とマイコを抱え畑へ向かう。
外に出ると今日も朝から天気がよく、のんびり寛ぐ子供たちはお腹が空いているように見えた。
そう感じた俺は、ちょっとの間と思い、家から自家製栄養剤と水を取りに戻った。
これがいけなかった!
例え僅かな時間でも子供から目を離すなど、親として失格だ!
「ぎゃあぁぁぁ!」
その隙に諦めの悪い輩がマイコに近づいたらしく、それに驚いたマイコが叫んだ。
突然の悲鳴に、全てを放り出して慌てて畑に行くと、その輩が走り去る姿が見えた。
だが幸いな事にマイコは無事で、威嚇するようにフーフー唸るだけだった。
この時、本来なら怒りに打ち震えるところだが、もの凄い声を上げるマイコの秘めたる才能に、不謹慎ながら将来が楽しみになった。
しかしそんな俺の僅かな喜びも、あっという間に吹き飛ぶ事態に発展する。
どこに隠れていたのか分からないが、テレビ局の取材陣と思われる男たちがカメラを掲げ、マイコが見える位置にやってきた。
あまりに突然の事に、マイコを隠すのが一瞬遅れ、動いているマイコの姿を完全に見られてしまった。
畑には入ってきていないが、あの距離からでもはっきり見えたはずだ!
そうでないことを願ったが、こちらを見ているスタッフの顔が、完全に見えたことを物語っていた。
「勝手に撮るな! 訴えるぞ!」
咄嗟に出た言葉だった。
しかしそれを聞いても、カメラマンは慌ててカメラを逸らしたが、ほかのスタッフは違った。
「○○テレビの××という番組ですが、話を聞かせてもらえますか?」
当然答える気は無い。だが今すぐにでもマイコを抱きかかえ家に戻りたいが、それも出来ない。唯一出来るのは声で威嚇するしかない。
「帰れ! プライバシーの侵害だぞ!」
とにかく今は一刻も早くマイコを部屋に移したかった。
「その腕に抱えているのは何ですか? もしか……」
「警察呼ぶぞ!」
緊急事態に、なりふり構わずスマホを出し威嚇した。それでもしつこく食い下がって来る。
「いえ。まだ何もしてませんよ。今撮ったやつも、きちんと署名してもらわなければ使う事はありませんから、少しお話を……」
もうこいつらと話す道理はない! すぐに警察に電話を掛けた。
「もしもし警察ですか? すぐに来て下さい! 場所は……」
これが原因で警察が来て、面倒臭い事になる。
ものの五分。田舎と言えどさすがは警察。あっと言う間に駆けつけてくれた。
心強い援軍の到着でパトカーのサイレンが聞こえ、それに動揺したスタッフが目を離した隙にマイコを懐に抱え、部屋に運んだ。
しかし少し乱暴に扱ったため、いくつかの葉を落とす事になってしまった。
マイコは痛がる素振りは見せなかったが、千切れた葉を見て泣いてしまう。
そんなマイコにきちんと謝りたいが、すぐに警察と話しをしなければならず、泣いているマイコを部屋に残し、対応に当った。
「何がありました?」
「この人たちが勝手に俺をカメラで撮ったんです! それを注意してもしつこく話しかけてきて、それで電話したんです!」
テレビスタッフはこういう事態には慣れているようで、別の警官としれっと会話している。
「分かりました。じゃあ、どうゆう状況だったか確認したいので、再現してもらえますか?」
すぐにでもマイコの元に戻りたい俺には、今の状況は鬱陶しい以外の何物でもない。
それでも呼んだ以上、きちんと対応しなければ何も解決しない。
お陰で、聞いてどうするのかという再現をさせられた。
その間警察は、置きっぱなしの裸の人形を見て、見て見ぬフリをしながら検分を進めた。
顔には出さなかったが、俺の事を変人だと思っただろう。
結局テレビスタッフは厳重注意となり、警察官も家の周りの状況を知っていたようで、今後は強化を厳重にすると頼もしい言葉を残して帰っていった。
時間にして二時間ほど無駄にしてしまい、急いでマイコの元へ戻った。
部屋に入ると、マイコは落ちた葉を眺め、悲しい顔をしていた。
「マイコ、どっか痛いとこはないか? 怪我はしてないか?」
あまりに悲しい顔をするので、触れる事はできなかったが、マイコに近づき、そっと声を掛けた。
するとマイコは突然泣き出し、両手を大きく広げた。よほど怖かったのだろう。
その痛々しい姿に、堪らずマイコを抱きしめるように手に包んだ。
非力なマイコが手にしがみつくと、今までに感じたことのないほど強く握られる感触がした。
俺はそれに応えるように、親指と人差し指の間で泣くマイコを優しく握りしめた。
俺が慌ててマイコを抱き抱え、乱暴に運んだ事がいけなかったのは分かっているが、それでも原因が他人によるものだと思うと、下唇をいくら強く噛んでも怒りを抑えられなかった。
俺自身がもっと覚悟が必要だ!
誰彼構わず、マイコに少しでも不快を与える者がいれば、殴り掛かりたいほど煮えくり返っていたが、そんなことをしてしまえばマイコに傷が付く! 俺に必要なのは、マイコが誇れる父になる事! そう思う信念から、自身の弱さを責めた。
しばらくマイコは小さな声を出し泣き続け、ようやく落ち着くと、自分の落ちた葉っぱを俺に見せた。
私の葉っぱをよくも千切ってくれたな! という怒りの訴えかと思ったが、マイコはそれを俺の手に乗せ、外へ捨てろと窓の外を指さし、葉っぱを舞い上げた。
本当に良いのか? と問いたいくらい切なかったが、訴えるような眼差しに、言われたとおり窓を開け、マイコに見えるよう葉っぱを捨てた。
葉っぱは初夏の風に舞い乗り、あっという間に見えなくなり、それを見届けたマイコは、今度は千切れた部分を手繰り寄せ、一つ一つ丁寧に千切りながら整え始めた。
小さな手で細かく綺麗に整える姿は、まさに女の子の仕草だった。
それを見て、なんでもいいからマイコの為に手伝えないかと思い、葉を指で擦り綺麗にする事にした。
マイコはその想いが分かったようで、チラリと見たが何も言わず、黙って触らせてくれた。
その日、それが終わるとマイコは、何も言わず眠りに就いた。




