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「「い、今……、我が子"ら"って……!!」」
ヒロミはシーロトワミを見上げたまま立ち尽くしていた。呆然としながら、トワにそう心韻を送った。
「「――聞こえたのならばそれはヒロミにも送られたものだ、挨拶を」」
トワはひざまずき顔を伏せたままそう返した。ヒロミは急ぎフードを脱いだ。「有難うございます。謹んでお受けいたします」と、何かそのような意味のことを心の中でつぶやきながら、ヒロミはトワの言葉に従い同様の姿勢をとった。それはもはやヴォイアースに対する命令でも何でもなく、心韻ですらない。ただ心に思い浮かべただけだ。
ヴォイアースとの契約において、どのような礼儀や作法があるのかをヒロミは知らない。ただそこにはどこか、そうするしかない、というような空気が流れていた。直立して対峙するにはあまりに重い相手に感じられた。もし「天啓」のようなものがあるとしたら、ヒロミは間違いなくこの心韻のことを連想するだろう。一段階高等、どころではない。それはヒロミたちの頭上、はるかな高みから発せられた崇高なメッセージのように思えた。ヴォイアースとはネーリアの扱う機械なのではないか。なぜこのような関係が成立しているのか。疑問は残ったが、そこには理屈ではない何か圧倒的な力が支配しているかのように感じられた。
「「彼女は滅多に心韻を使わない。以後は我々が自由に扱っていいということだ。ともあれ、よかった……」」
トワはヒロミに心韻を送った。最後の部分からはほっとした、という感情が読み取れた。トワはゆっくりと立ち上がり、ヒロミが続いた。やや距離をおいて見守っていた他の操士らからはどよめきが起こった。ヒロミは再びフードで顔を覆いながらもちらりと横目でその様子を確認した。それは決して歓迎の声などではない。信じられない、といった類の心情の現れに見えた。ルルアはどうだろうか?彼女もおよそ笑顔とは程遠い複雑な表情を浮かべていた。憮然とし、どこか不満とでも言いたそうな様子だった。
当然だろう。ヒロミはまったくの一般人でしかも異星人だ。これまで何人もの操士らが、この最強の機体に乗り込むことを願ってきたに違いない。ヒロミ自身不思議で仕方がない。なぜこうもすんなりと受け容れられたのか。彼らの目にはただトワが親しい者を連れ込むために好き放題やってるようにしか見えていないかもしれない。成果を上げなければそのイメージは払拭できないだろう。副操士として乗り込むことが確かとなった今、ヒロミはその重みを実感しつつあった。
「お待たせしました」
トワは周囲には目もくれず、作戦指揮官と思しき人物にそう伝えた。その女性は引き連れたヴォイミに王城周辺の立体地図と、通信用のモニターを展開させながらトワに確認をした。
「予定通りということでよいか、操士トワ」
「はい」
トワは簡潔に答えた。
「では諸君、これよりここで作戦前の確認を行う」
指揮官らしき女性がそう言い、一同は格納庫フロアの一角へと集まった。おそらく普段はこのような場所で行われる状況説明ではないのだろう。今回はヒロミが副操士として認められるかどうかの判断を待ち、その結果を反映させるための処置のように思えた。
「「ヒロミは聞いているだけでかまわない」」
「「はい……」」
トワは心韻でそう告げた。周囲に目をやるとローブ装束の者らはおそらく副操士であり、ボディスーツ風の着衣の操士からは皆一歩下がった位置についているようだ。それはほとんどの副操士が従者の立場であり、操士より前に出ないようにという身分的な配慮からくるものだろう。すなわち聞いているだけ、ではなく、ヒロミには発言は許されていないと解釈した方がよさそうだ。
「状況は変わりつつある、まずは専門家より説明をもらうことにする」
指揮官がそう言うと通信用モニターに白衣の女性が映し出された。
「はい、宜しくお願いします~」
「――!?ケーメイさん!?」
その映像と声に、ヒロミは思わず反応して声を上げ、すぐに口を押さえた。
「あら~、ヒロミ様。戻られたんですね~」
彼女はのんびりとした口調で穏やかに微笑みながらそう言った。無事だったのだ!あの時、――彼女とは6区を初めて訪れた際に、わずかに挨拶をしただけだった。翌日には既に研究室に姿はなく、普段乗っている定期便がちょうど爆破事件に巻き込まれたのではないかとキュイオと心配していたのだ。では、キュイオは。植物やユーフについてはキュイオの専門ではなかったのだろうか。ケーメイが説明を任されているということは何か別の仕事に就いているのだろうか。彼女も平気だという話だけは聞いていたが実際の様子はまだ確認できていないのだ。そしてケーメイ自身は実際反乱の際にはどうしていたのか、聞きたいことが次々と湧き上がった。
「ヒロミ様の方がきっとお詳しいですよね~こういうことは、あは。色々と、お話したいのですが~、……とりあえずは要点をお伝えしますね」
彼女は話の途中でこちらの場の空気を察し、そう続けた。ヒロミも黙って頷いた。発言は許されないだろうと言ったばかりだ。周囲の者の視線が冷ややかに注がれているのをヒロミは感じた。悪目立ちするのは極力避けねばならない、そう思った。
ケーメイは数点の画像と共に王城周辺にまで迫りつつあるユーフ勢力の現況を伝えた。主な拠点は空中に浮遊して存在しているということだ。その形状は例えるならば枝に産み付けられたカマキリの卵鞘のような球形だ。ただしそれらは硬い殻に囲まれている。内部はさらにシスト(被嚢)で満たされており、殻が破られた際にそれらが放出される。その中から生まれるのが、あの海岸線に現れた地上を這うように広がる植物のような個体、ということだ。それらは成長速度が速く、危険が迫るまでは際限なくクローンを作り出して増殖を続ける。危険が迫った際には新たな世代へと移行し、それが飛行する虫のような外見になる。虫型の成長速度は植物型のものに比べれば遅いが、移動能力に優れるため新たな拠点とすべき場所を求め拡散する。そしてそれら虫型の中で特定の個体が巨大化し、卵鞘状のものを生み出すということだ。これらまるで見た目の異なる生き物たちが、全て同一種の生活環の一部であることが分かったという。
作戦上は卵鞘状のものを「ネスト」、クローンで増殖する世代を「植物型」、飛行移動が可能な世代の個体は複数の種類があるため、まとめて「虫型」と呼ぶ場合や、移動特化型を「8枚羽」、卵を生む巨大個体を「女王」などとも呼ぶということだ。ネストは枝状の構造物で互いに繋がり、それ自体で巨大なネットワークを作り上げている。これまで地上の植物型の処理に時間を費やしている間に、虫型が各地に広がり、主に空中から勢力が広がっていったというのが経緯のようだ。ネストは内部のシストを放出する暇を与えずに一気に破壊する必要があり、殻の破壊にとどまる場合にはかえって拡散を助長してしまう。こうした特徴が重なりユーフの侵攻は急激に広がったと考えられているようだ。
ヒロミは説明に真剣に聞き入っていた。ある程度の部分までは予想できることではあった。だが大半は理解を超えている。深く考察すればそれはあまり行き着きたくない結論に達するのではないか――、ヒロミはそんなことも考えた。地球から持ち込まれた植物は、ユーフの全ての世代で発せられる黒い霧の広がりや、ネスト破壊の際に役立てられているということだ。少しでも力になれたのであれば幸いだ。ヒロミはそう思うことにした。
ケーメイの説明は終わり、指揮官が残りを続けた。武装は主に3種類が用いられている。対虫型、ネストの殻破壊用、ネスト自体の破壊用だ。これら3種をヴォイアース1体で用いるのは移動能力の低下にも繋がりかえって危険だ。そこでトワの移動力向上を見込んで完全に分担する案が採用された。ネストの破壊を担うのはトワ機1体に絞る、というものだ。破壊用には特殊弾での長距離射撃を可能にするロングライフルと呼ばれる武器を用いる。シーロトワミの羽を含む全長よりも更に長い巨大な武器だ。
「夜間はユーフの活動が弱まる。出撃はこの後すぐだ!各自持ち場につけ!」
指揮官の号令で皆は散った。ヒロミは改めてこの格納庫内のフロアを見回した。どの機体も虫型によるものだろうか、返り血を浴びたように汚れが染み付いているように見える。対するシーロトワミは再生を終えたばかりということもあり、薄暗いハンガー内でも全身が輝いて光って見えた。これから戦場に赴くとは思えない、まるで現実感を伴わない映像のように感じられた。
「行こうか」
背後でトワの声がした。ヒロミは返事をし続いた。
「「疲れてないか?」」
「「うん。トワの方こそ、クスンから操縦して帰ってきたばかりなのに」」
心韻で問いかけてきたトワにヒロミはそう返した。
「「問題ない。今は休んでいられないからな」」
そしてヒロミの方を向き、続けた。
「「緊張していると思うが、ヒロミはこれまで通り、乗っていてくれればいい。気絶さえしなければな」」
そう言って笑顔を見せた。ヒロミは微笑んで返した。シーロトワミの脚部に足をかけ操縦席に乗り込もうとするトワに向け、ヒロミは心韻を送った。
「「――あの、トワ、一つ聞いてもいい?さっきの映像を見て、キュイオさん、ケーメイさんともすごく会って話をしたいって思ったけんだど……、もう一人、どうしても会いたい人がいるの」」




