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10-11

 「あり得ん!その地球人が王城から追放されてまだ幾日も経っていないだろう。そんなに都合よく移植などできるものか!」

「仮に貴様の言うことが事実だとしてだぞ、操士トワ!貴様のわがままにとうとう異星人まで巻き込んだとあっては、これは大問題だぞ!」


 「――こ!」

「「ヒロミ、待って」」

これは自分で決めたことだ、長老と呼ばれるスマーリ高官たちの言葉に対しヒロミがそう言い返そうとしたのをすかさずトワの心韻が咎めた。同時に今回のヒロミへの処遇が「追放」であったことも改めて確認させられた。そのことへのコメントを差し挟んでいる余裕はなさそうではあるが。


 「全ては結果でお見せします」

会議の場から集中的に罵声が浴びせられる中、トワは何一つ反論することなくそう言い切った。

「では失礼いたします」

高官たちの言葉は絶え間なく続いていたが、トワはそのまま一方的にヴォイミによる通信を切ったようだ。ヒロミの手術は実際に研究都市クスンで行われた、正式な手続きを踏んだものだ。その記録も、戦闘で活かされるであろう実際のシミュレーターのデータも提示できるだろう。彼らを納得させるのは難しいとしても、多少なりとも発言に対抗するだけの材料は揃っているはずだ。自分ならば間違いなく即座に反論していたに違いない、ヒロミはそう感じた。だがこうした場での経験はトワの方が豊富なのだろう。今は彼らを説得している状況ではないという判断なのかもしれない。あるいは単に、ヒロミのような立場、身分の者はそもそも発言が許されない場だったということもあるだろうか。ともあれ優先すべき報告という目的は達成された。前部座席からはトワが大きく息を吐く音が聞こえた。


 「作戦会議にはならなかったな……。まぁ、これで居場所も分かってしまった、大量の心韻が飛んで来るだろうな……」

ぼやくようにトワが言った。

「お疲れさま」

ヒロミは言葉を投げかけた。

「実際には既に飛んできてるんだがな。セデイからも早速いくつか報告が来ている。王城では一部暴徒化した連中がいるらしい、地下の下層エリアではまだまだ騒ぎが収まってないそうだ。新女王も既に決まっているようだな。営巣地は城内南方に位置する農業エリアの台地になるらしい、ふふ、まったく大した情報収集能力だ。私も体の不調のこともあって独自に探りを入れていたんだ、再生のタイミングについてだけは早くに見極めたくてな。だが結局、その時期も場所も真相は掴めずじまいだった」

トワは後部座席にも聞こえるようにやや首を捻ってそう続けた。もしかするとそれは以前セイニとの通信で聞いた、トワが下層の歓楽街に出入りしているという噂のことかもしれない。ヒロミは気にはなっていたが、その件も結局再会してから聞けていないことだった。


 「現在の聖蛹の場所からはだいぶ離れるが、城外じゃないだけスムーズに進むかもしれないな。ただまぁ、ユーフの侵攻と城内の騒動もあって楽ではないかもしれないが……。で、シーロトワミも既に再生が完了しハンガーに戻っているとの報告を受けている。我々は到着次第そのままそちらへ向かうつもりだ。深夜になるが、休んでる余裕はないと思う。作戦の詳細はその時にヒロミにも確認してもらおう」

「わ、分かりました」

トワはそこまで一気に話した。


 「一つ――、まだ伝えていないことがあるんだ」

そしてやや間をおいてそう言った。

「何?」

「あまり気負わせてもいけないと思って、言っていなかったんだが……、ヴォイアースに認証の手続きがあるということは伝えているな?」

「うん」

「シーロトワミとの間にもその手続きは必要だが、彼女の――シーロトワミの場合はちょっと特殊なんだ。彼女の心韻は我々の用いる言語にほぼ等しい。ヴォイアースの中でも一段階高等と言っていいだろう。そして自らの意思で契約を結ぶにふさわしい相手かどうかを見定めている。通常の機体であれば文字通りの"手続き"に過ぎない。だがシーロトワミの場合には機体からも選ばれる必要があるということだ。私が副操士を雇わないのは実際に不要だったのも確かだが、シーロトワミが認めなかったから、ということもある」

「そう……なんだ」

ヒロミは戸惑いつつもそう返した。

「そのせいもあって一人で乗りこなす能力のない操士にとってはそもそも扱えない機体なのだ。操士の能力や素質の有無などを何らかの基準で判断しているのだろう。通常のヴォイアースであればネーリアが使う側だ。だが彼女の場合は圧倒的な――何か威圧感のようなものでネーリアと対峙し、こちらとは対等以上の関係で接することになる。私の代では経験がないので何とも言えないが、記憶の限りで言えば副操士がいたことはこの百年近くないんだ」

「え……!?」

ヒロミは驚いて言った。

「だが、安心してほしい。何の気休めにもならないかもしれないが、彼女はヒロミのことを気に入ると思っている。私の勘に過ぎないが……、なぜか自信はあるんだ。だから、許されなかった場合のことは考えないようにしている。気後れした態度も見透かされるかもしれない。ヒロミには堂々と臨んでほしい」

「そ、そんな……」

そう、確かフェイミと王城で初めて会った際にもそのような話をしたかもしれない。能力があるだけではシーロトワミの操士にはなれない、機体に選ばれる必要がある、ということだ。その時は自分がその選ばれる側の立場になるなど、微塵も考えていなかった。研究者として訪れたのだから当然だ。素質という点においてはむしろ何もない。ヒロミはただ乗り込むというだけの目的で同席するに過ぎない存在なのだ。とはいえ今からヒロミにどうこう出来る問題でもない。仮に認められなかったとして――、トワの近くにいられないこと、力になれないことは残念に感じるだろう。ただ認められたとしてもどのみちどちらも想像は難しい。あえて言えば従者という立場を与えられるのだから、クスンでの生活のように日々ポイントの消費に追い立てれる心配がないのでは、という楽観的な予想が出来るくらいだろうか。ここで堂々と対面するのは簡単ではないが、もはや開き直っていくしかない。


 「おせっかいが早速心配して心韻を送ってきてるな、はは、確かにそうだろう……。私も驚いた、まさかヒロミが移植手術をすることになるなんて……」

「ふふ」

そこでヒロミもようやく笑顔を見せた。仮にここで難色を示したところで、続く言葉は予想できる。そう、ヒロミは"星に認められた"存在なのだから――。それはいまだ何の実感も伴わないが、その心持ちだけは多少の勇気を与えてくれる。はるか前方の闇夜がうっすらと赤く色づき始めた。


 「――?街の灯り、ではないな、火事か……。これは思ったより厄介なことになっているのかもしれないな」

トワがそうつぶやいた。やがて機体は城壁の警告灯を超え、眼前に王城のシルエットが浮かび上がってきた。中心部には確かに燃えていると思しき光が何箇所か視認できる。2人を乗せたヴォイアクーはそのまま軍港へと向かった。ヒロミにとっては随分と久しぶりに戻ってきたように感じる王城だ。だが周囲には警報が鳴り響いている。大型の作業用、消火用らしきヴォイミたちもおびただしい数が飛び回り、物々しい空気が流れていた。戦争状態にあるのだから当然かもしれないが、既にかつての王城と同じ場所のようには感じられなかった。


 港の格納庫は立体的な作りになっている。再生槽など他の設備との間の行き来を容易にするためだろう。機体を停める平面が多階層に連なり、その後方が吹き抜けの構造になる。ヒロミが以前ヴォイアースのスケイルヴェールの光を見上げたのは、ちょうどその対面の壁に沿って設けられたキャットウォーク状の通路からのものだ。ヒロミとトワの乗るヴォイアクーはその中層部分に着地した。2人は機を降りると急ぎリフトで最上層へと向かった。シーロトワミ用のハンガーがそこにあるのだ。行き交う整備兵らは皆一様にトワに続くヒロミの姿に一瞬目を留めるが、すぐに作業へと戻っていった。この状況ではその存在を気にしている場合でもないのだろう。


 最上層には既に数十人の操士や軍人らが集まっていた。トワの帰りを待ち、このまま次の作戦行動に入るためだ。だが今トワの後ろには異星人がいる。その情報は既にこの場のネーリアたちにも共有されているはずだ。ヒロミにとっては図らずも、出発の際にルルア一人と、第二操士団の面々にだけ送られたこの王城へ、今回はそれをはるかに上回る人に出迎えられたかたちとなる。決して歓迎という雰囲気ではないのが複雑なところだ。操士の一団の中にはルルアの姿も見える。彼女だけは同じ調子で笑顔を見せてくれるのではと思っていたが、それも適わなかった。先程トワの言ったおせっかいというのが彼女のことだと思っていたのだ。成り行きを心配しているということかもしれない。多くの者たちの表情は、心配というよりはどちらかというと怪訝そうに、遠巻きにトワとその連れてきた異星人に向けられていた。


 「先に、いいだろうか」

トワがそう言い、ヒロミと、人垣の奥に見えるシーロトワミの方を見つめた。道が開けられ、トワに続きヒロミがシーロトワミのもとへと進んでいった。ネーリアらは皆静かだった。ささやくように何か言う声が聞こえるくらいで、場は緊張感に包まれた。ヒロミも本心ではきょろきょろしながら申し訳無さそうに通りたいところだ。だが、今は目の前を歩くトワの存在がある。彼女の従者として来ている以上、不相応な態度を見せるわけにもいかない。


 トワは堂々としていた。それはヒロミが最初にこの場で出会ったときの姿を思い起こさせた。彼女は何も変わっていない。胸を張り、長い髪をなびかせ、周囲には美しいスケイルヴェールを舞い散らせ歩いている。改めて彼女の美しさを実感した。その向かう先で膝を折った姿勢で待機しているのはシーロトワミだ。繊細な胴体に極端に大きな羽を持つ、この国で最も速く、そして最も美しいと言われるヴォイアース。まさに彼女にこそ、この機体はふさわしい。ごく自然にヒロミはそう思えた。


 何をするつもりだったか――ヒロミはすっかり忘れていた。契約の……、何か命令があったはずだ。それを自分が心韻で発する段取りだろうか?トワからは堂々と臨むようにと言われていた。出来ているだろうか?いや、彼女について歩いているだけですっかり心を奪われてしまった。シーロトワミと、トワの佇まいには神々しさすらも感じられる。自分が同席できるような存在とはとても思えない。だがもし、少しでも自分が力になれることがあるとすれば、それは身に余る光栄だろう。ヒロミは心底そう感じ、シーロトワミの姿を見上げた。


 その時だ。

「「よく戻った、我が子らよ――」」

とてつもなく大きな"声"が、ヒロミの脳内に響き渡った。それは天を覆い、まるで鐘の中にでも閉じ込められたかのように何度も反響して聴覚に降り注ぎ、体の芯を震わせる、野太く、同時に高らかな声だった。ヒロミは膝が震え、立っているのがやっとという状態となった。


 トワが片膝をつき、シーロトワミに向け頭を下げた。


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