10-10
「――ヒロミ、起きているか?」
その声は心韻ではなく、聴覚を通じて伝わるものだった。ヒロミはベッドに横たわった状態で目を覚ました。日が差し込む広く明るい室内だ。
昨夜はあの後、心韻を通じてクトゥアにトワの宿泊予定の部屋を聞き、ヴォイミにそこまで運んでもらうことにしたのだった。2体のヴォイミが現れ担架のような簡易ベッドにトワを乗せると、彼女を起こさぬよう静かに移動した。ヒロミもそれに同行し、そこで眠りについたのだ。心韻とヴォイミを活用する発想も自然とできるようになりつつあった。クトゥアからはVIP用の部屋だからと1泊200ポイントを請求された。ここでの朝食の200倍相当というなかなかの高額だ。今後ポイントを使うこともないだろうという思いからも、ヒロミは苦笑しつつも承諾した。
部屋には既にヒロミしかいなかった。ベッド脇には通信用ヴォイミが浮遊しており、2枚のモニター――基地内と思われる場所にいるトワと、狭い操縦室内で小刻みに震えているセデイ――が映し出されていた。2人とも何らかの行動を開始しているようだ。
「――あ、ごめんなさい、遅くなっちゃって……」
ヒロミは体を起こしながらそう口にした。
「いや、構わない。今後は直接心韻でやり取りするよりも、こんなふうに通信用のヴォイミを介した方が安全で確実なことも多いだろうからな。ヒロミも慣れておいてほしい。今は声や映像をヴォイミが拾ってそのヴォイミ同士がやり取りしたものを我々が見聞きしているかたちだが、ヴォイミに向けて心韻を送れば、その対象に心韻を送るのと同じことができる。ヴォイミたちは互いの位置と使用者の位置を把握するために常に心韻を送り合っている。最初は気になるかもしれないが、すぐに意識せずとも反応できるようになるはずだ」
「分かった、有難う」
トワの説明に、ヒロミはそう答えた。
この方式はこれまでにも王城の地下や6区の事件の際などに何度か目にしたことがあるものだ。
「勿論直接やり取りをした方が安全な場合もある。そこは適宜使い分けるようにしてほしい」
「うん」
居場所が正確に分かれば相手に送ることが出来る。今目にしている2人の居場所はなんとなく想像はつくが正確な位置が分かるわけではない。トワの居場所はこのエリア南方にある基地だろう。セデイは――おそおらく移動中だ。こうした場合に直接の心韻では3人の間の会話を維持し続けるのは難しい。
「今後のことだが、シーロトワミの再生が今日中にも完了するという知らせを受けた。私は夕方にはここを発って、王城に着き次第作戦に合流する予定だ。セデイには先に下調べをしてもらうため王城へ向かってもらうことにした。許可証の発行は既に手配してある。私の乗ってきた機体は完全な2人乗りだからな、この基地の機体と操士を借りて乗せてもらった」
「え、えぇ、へへっ……」
セデイの声は震えていた。
「彼女には色々と任せて行動してもらおうと思っている」
「えぇ、了解です。あ、あたしね、シミューレーターは得意ですけど、こんな速い機体、実際に乗ったことなくてね、へへっ。あの……気持ち悪いんで切っていいですかね?へ、へへっ……」
普段の余裕ある素振りからは想像できない気弱そうな一面だった。何らかの謎の武器を手にしていることが多かった彼女だが、今は両手を体の前で合わせ数珠か何か、お守りのようなものを強く握りしめている。
「あ、あぁ……、じゃ何かあったら連絡してくれ」
トワがそう言って、セデイを映していたモニターの表示は消された。
「まぁ……、少なくとも彼女よりはヒロミの方が操士の適性があるのは間違いなさそうだな……」
そしてヒロミに向け言った。ヒロミは微笑んだ。シミューレーターもかなりリアルに動きや受ける感覚などを再現しているはずだ。慣れの問題なのかもしれない。武器を携行していることからも実際の体術にも精通しているのだろう。器用に何でもこなす人物のように見えていたが、なかなか万能にもいかないようだ。その点で言えばヒロミは今のところ、乗ることに関しての苦手意識はなかった。開発局の研究員となるため数々の訓練を経験してきたことが活かされているようにも思えた。
「――で、ヒロミには私が出発するまでの短時間に、色々と覚え、身につけてもらわないといけない」
「はい」
トワの言葉にヒロミはあらたまって答えた。
「現行の操士用の訓練プログラム映像を借りたところだ、そちらのヴォイミにも送っている。機体との認証手続きと、緊急時の対応についてだけはまず見ておいてほしい。一通り覚えたら私の機体で実習だ。その後は時間の許す限り、そのシミュレーターで感覚を慣らしておこう。2台のシミュレーターで1機に乗り込む正・副操士として使用することも出来る」
「了解です」
見回すと、既に研究室にあったシミュレーター2台がこの部屋にも運ばれている。操縦を任されているわけではない。そうした面での習得であればヒロミにも可能なはずだ。ヒロミは奮起した。
「私は給油が終わり次第そちらに戻る」
「うん」
そこでトワとの通信は途切れた。
ヒロミは早速ヴォイミに命令を出した。モニター上にはスマーリ国軍で使用されている操士の訓練用動画が再生された。ヴォイアクーやヴォイアースの機体各部の名称と構造やその機能、そして初回起動時の認証の仕方などが解説された。それはヴォイミにおける「識別」の命令と同様、現在機体がどのような状態にあり、誰の命令を受けるのかを設定するためのものだ。実際に操縦する者以外からの妨害を防ぐ目的があり、機体と操士との間で結ばれる契約のような手続きと言える。ヴォイアースにおいてはヴォイミのそれとは異なりより話し言葉に近い命令が多用されていることも分かった。それは彼らがより高度な能力や知能を持ちある程度自律的に行動することも関係するようだ。ヒロミはそうした基本知識を頭に叩き込んだ。
やがてトワが部屋へ戻った。表情には緊張感があり、和やかなムードはなかった。すぐに発着場へ向かい、復習も兼ねて機体についての学習が続けられた。ヴォイアースには地球の戦闘機に見られるような射出座席を用いた緊急時脱出装置はない。操縦席の収まる機体頭部を直接胴体から切り離すことで脱出を試みるのが一般的ということだ。ただしその場合は再生槽を用いた機体の再生は困難になる。脱出後の行動なども含め、そうした非常時の一連の動作を習得することが操士として乗り込む最低限の条件として規定されているということだった。
その後はシミュレーターによる訓練が続けられた。基本的にヒロミは何もしなくてもよいのだ。乗り込み、その速度感や衝撃に慣れることが目的となる。どのような状態でも変わらずパフォーマンスを出し続けることが重要だ。結果としては予想通り、それはヒロミが意識せずとも常にバランスを保つために働いていた機能であることが確かとなった。機体の反応速度はヒロミには分からないレベルではあるが目に見えて上昇したとトワは語った。ヒロミはその言葉を聞きようやく多少緊張がほぐれるのを感じた。
ほどなくしてクトゥアが部屋を訪れた。挨拶と、ヒロミの荷物をどうするのかの確認のためだと言う。荷物についてはもはやヒロミと共にある必要のない物ばかりとなった。クスンに来てからは荷ほどきすらしていないのだ。試料など役立ちそうであれば使ってもらい、私物に関しては戦況が落ち着くまでは預かってもらうことにした。そして言うまでもなく、ヒロミのこの地での滞在ではクトゥアに全てを世話になったと言っても過言ではない。ヒロミは心からの謝意を伝えた。クトゥアはいつものように両手を大きく振りながら別れを惜しみ、そして一足先に朝方別れることになったセデイの話を続けた。なんでもシミュレーターをこの部屋に運び込む際、一度でいいからとトワとの模擬戦を望んだということだ。トワは応じ、結果開始数秒で手も足も出せずセデイの惨敗となったそうだ。セデイはひどく落胆していたらしい。彼女の機内でのテンションが低かったのもそのせいなのかもしれない。一同はそこでようやく笑い合った。
クトゥアともその後研究へ戻るということで部屋で別れ、ヒロミとトワは慌ただしくもヴォイアクーで出発することになった。日は既に暮れかけていた。ヒロミは眼下に広がる景色を改めて視界に収めた。この地の自然は美しかった。王城を追い出されるようにやって来たヒロミにとって、それはヒロミの心を落ち着かせ、幾分かの希望を抱かせるのに十分だった。派手な色に別れた池も見えた。その原因は分からずじまいだった。もしかしたらあの水面をまぶしく輝かせた"イカダバネ"のような虫たちの集まりなのかもしれない。この湿地でヴォイミを使い地球の植物の研究を進める――そんな日々を思い描いていた。しかしその予想は一変することとなった。ヒロミは今や戦場へ向かう操士なのだ。機体はやがて急激に速度を上げ、高地を覆う緑は流れ去っていった。
「かなり飛ばしてるが、平気か?」
しばらくしてトワが尋ねた。
「うん」
「そのうち自動飛行に移行する。今王城では長老たちも列席する作戦会議が行われているらしい。ヒロミにも参加してもらおうと思う」
返事をしたヒロミに対し、トワはそう続けた。
「え!?」
「通信用のヴォイミを王城と繋げる。従者として迎え入れることを知らせるのにもちょうどいい。到着したらおそらくすぐに出撃になる。その時になって揉めたくはない。ヒロミには特に発言の必要はない。安心していい」
「そ……!う、うん……、分かった……」
ヒロミは咄嗟に何か言おうとしたが、すぐに了承した。今さら何か言ったところで状況が変わるわけではないだろう。もはや物事がヒロミの納得を必要とせず進行している感がある。先程のシミュレーターを使った訓練でもトワははっきりと自身の衰えを自覚したらしい。実際に手助けできる立場となった今、ヒロミに出来得る協力を惜しむわけにはいかないだろう。
「じゃ、繋ぐぞ」
トワがそう言うと、操縦席内に新たに半透明のモニターが展開された。映し出されたのは、天井が高く、そして薄暗い室内の様子だった。円卓だろうか、大きな机を取り囲む黒いローブを纏った者たちが、見える範囲で十数名着席している。長老と呼ばれる者たちなのだろう。中にはモニターが設置された席もあり、ヒロミたちと同じくリモート参加の者もいるのかもしれない。顔の判別は不能だ。皆同じようにフードを深く被り、何より一様に暗い。彼らが高位の者であるというのは、その上品に光を反射する素材の高級感から伺い知れる。卓中央には現在の状況を示す立体的な地図も展開されていた。
長老の一人が、トワの参加に気付いたようだ。
「ようやく来たか、操士トワ……!」
室内がざわついた。
「長老の皆様にご報告したいことがあります」
トワは堂々と話し始めた。
「今後の作戦行動には、私の新たな従者を副操士として同乗させ、参加することにいたします」
「何……?」
中には立ち上がる者もいた。嘲るような笑いが各所で起こった。
「トワよ!これだけ好き勝手なことを続けておいて、よくもそんな戯言が言えたものだ!」
「はは!異星人を戦場に連れ出して、一体何が出来ると言うんだ?心中する覚悟でも出来たか!」
口々に罵るような言葉が投げかけられた。トワは冷静に続けた。
「彼女はもう操士として立派にヴォイアースを操ることが出来ます」
そして心韻で呼びかけた。
「「ヒロミ、首元を開いて見せて」」
ボディスーツのような密着した服装のトワとは違い、ヒロミは相変わらず地球から持ち込んだ作業着に簡易的にローブを羽織っただけだ。ヒロミはゆっくりとローブと、そして着衣の胸元を広げた。そこには呼吸とともに脈打つ発音器が姿を現した。
「な、なんだと……!?」
会議の場は騒然となった。




