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「私のデータが……、役に立ったんであれば、よかったです」
トワの発言を受け、ヒロミは言葉を選ぶようにそう言った。トワは何かを考えているふうに視線を落としていたが、その言葉を聞くとヒロミの方へと顔を向け、首を振りながら応じた。
「いや、そうではない。単なる数値上の問題ではないのだ。出力すべき正解が分かっていても我々には適切なタイミングを判断する術がない。つまり――」
「あー!そうそう、そう言えばですね、ヒロミさん。興味深いお知らせがあるんです、んふ、んふふ!」
話の途中で突如クトゥアがそう言いながら戻ってきた。
「ついさっき、王城から心韻で連絡がありましてね、はい。んふふ!――ん?」
興奮気味に両手を振りながらテーブルの近くまで歩いてきたクトゥアだったが、そこで周囲の視線に気付いたようだった。
「――あ、何か、お話止めちゃいました?んふふ、笑える、ごめんなさい」
クトゥアはそう言って軽く頭を下げるような仕草をした。
「いや、構わない。続けてくれ」
トワはそう伝えた。
「はい!えーと、いくつかですね、植物のサンプルが、このクスンに届くということなんです、えぇ。枯れてしまったものではなくて、まだ生きているもので、且つ、ユーフの黒い霧の、侵食を受けた状態のもの、ということです、んふ」
「ほぅ?」
トワは相槌を打った。
「人体も、植物も、すぐに生命活動が奪われてしまうケースが多かったのですけど、地球から持ち込まれた植物がですね、生きた状態で、こう、抵抗するように侵食を食い止めている状態で、保存されているということで」
「な、なるほど……」
ヒロミも応じた。
「そういう効果があることは、ある程度、検証できていたわけですけど、問題はユーフのものと思われる、霧の方ですね、えぇ。それが植物に対してどう活動しているかを、研究できそうなんです。きっと新しい発見、あると思うんです!んふふ!」
「……危険ではないんですか?」
ヒロミが尋ねた。
「地球の植物に触れている人は、今のところ、万能ではないですけど、多少の抵抗力があるということなんですね、はい。我々や、この地域は、比較的安全に検証が進められそうということで、だから運ばれてくるみたいです、えぇ、んふ!」
「そ、そうなんですか……」
意欲溢れるクトゥアの説明に対し、ヒロミはかろうじてそう答えるにとどまった。
「確かに、興味深くはあります」
ヒロミは改めてそう言った。
「んふ!ですよね。もちろん、実際に対象に接触したり、というところは、ヴォイミたちにお任せすることになりますから、はい。安全は優先します、んふふ!」
クトゥアは続けた。ヒロミはしかし、場の空気を察し、それ以上の言及はできずにいた。
「王城の近くでも、もう被害が出始めてるみたいですからね、ここで研究を進めるのが得策、ということみたいです、はい」
これまで黙っていたトワが、その発言を聞きわずかに顔を曇らせた。
「――そうなのか?ヒロミ、何か聞いてるか?」
「え、ううん。昼にセイニさんと連絡はしたけれど、そのときは何も……」
ヒロミはそう答えた。
「労働局のか?心韻で?」
「いえ、ここの……通信官の方に繋いでもらって」
「だろうな」
トワは短くそう答えた。
「役人が普段個人の心韻に応じることはまずないんだ。あとは名前もな、多分その呼び名では通じないだろう」
「そうなの……!?」
ヒロミはトワに疑問を投げかけた。トワは返事をする前に、セデイの方へと視線を向けた。
「貴女は……」
そう言いかけたトワに対し、セデイは答えた。
「もちろん、へへっ、あたしも偽名ですよ。そして王城の様子も一応チェックはしています」
セデイはややおどけたような笑顔を浮かべた。
「まー、あんたには一応分かるように言っとくけど――」
そう言ってセデイはヒロミに向けて説明を始めた。
「あたしらのバルーティって国とスマーリとは結構長いこと対立関係にあってね。特にあたしらはスパイの育成とか諜報活動に熱心ってイメージ強くて、今こういう場所でスマーリの首席操士と一緒にいるとか、わりと信じられない状況なんだよね、へへっ」
「そ、そうなんですか……」
「まー、さっき届いた本国からの連絡ってのもおおよそ今後の状況についてってわけ。バルーティには今のところ被害はないけど、スマーリとの国境は封鎖、戦争への協力も一切しないって」
セデイはそう言い切った。
「聞いちゃって……いいんですか……?そんな情報」
「まーね、すぐに分かることだし、あたしも既に色々ヤバいもん見ちゃってるしね、へへっ。特にあんたのこととか」
「あ、はい……」
ヒロミは反応に窮しながらもそう返した。
トワはその会話の間にヴォイミに指示を出し、先程までシミュレーターのデータを映していた大型のモニターに広報用映像を表示させた。画面内には騒然とした王城内の様子が映し出されていた。
「え……、何これ……」
ヒロミは画面を見た瞬間、思わずつぶやいた。王城の居住者らが列をなし、大挙してどこかへ移動しているのだ。皆持てるだけの荷物を背負い込み、フードで覆われた服の下で大きく口を開き、口々に何かを叫んでいる。何かから逃げるための悲鳴なのか、もしくは周囲の者を押しのけるために怒声を浴びせているのか、慌てふためきながらも衝突を繰り返し突き進んでいる状況が見て取れた。転倒した者は後続の者に次々と踏みつけられている。大混乱だ。人の列は王城中心部から伸びている。向かう先は周辺に広がる渓谷地帯のようだ。ちょうど爆破事件があった工業エリアのように、渓谷の地下にも広がる居住空間へ向かっているらしい。人の波を止めるべく多数の警備用ヴォイミらが、各所で住民ともみ合っている様子も映し出された。上空には谷めがけて無数のヴォイアクーが飛び交い、中には互いに激突し爆発炎上している機体もある。そしてその背後、王城中心部の上空には火災による黒煙が広がっているようにも見えた。
「あらら……、えーと、私が聞いた状況よりもだいぶ酷いですね、えぇ、笑えないですね」
一同はその映像を凝視した。そこで音声が入った。
「こちらは先程の様子です。王城内にユーフが侵攻したという情報が広まり、中心部の住民らは建設中の移転予定地へと先を争って移動を始めています。住民の皆さん、被害は限定的です。どうか落ち着いて行動してください。速やかに現在の居住地へ戻ってください。繰り返します――」
「……これ、従わないと、どうなるんですか……?」
ヒロミは恐る恐る尋ねた。
「まー処刑だろうねぇ。けど数が多すぎるでしょ」
セデイが変わらぬ口調で答えた。
「妙だ……」
怪訝そうな表情で映像を見つめていたトワが、やがて小声でそうつぶやいた。
「急にこんな規模で騒ぎになるのは不自然だろう。何らかの勢力が手引きしてると考えられる……」
「トワは、誰とも連絡取り合ってなかったの?」
ヒロミが声をかけた。
「あぁ、高速の機体を使い、妨害用のヴォイミを使い、……振り切るためにでき得る措置は講じてきたんだ。身内以外の情報はあえて遮断していた。だが目的地がここであることは分かってるだろうからな……。いずれ居場所も特定されるだろう」
トワは画面を見たまま答えた。
「ユーフの侵攻があるっていうのに、国内で争いを起こそうなんて人、いるの……?」
ヒロミは誰に聞くというわけでもなくそう言った。
「だからこそだろう。国家転覆を目論む者は常にその機をうかがっている」
「心当たりは……?」
ヒロミの問いにトワはしばしの考慮の後応じた。
「ないわけではないが……、確証もない」
そこで室内には沈黙が流れた。
「んー、では、トワ様は王城に戻られますか。ヒロミさんにはぜひサンプルを見ていただいて――」
クトゥアがそう切り出したとき、トワが口を挟んだ。
「いや、そこはヒロミに委ねたい」
「?」
クトゥアは首を傾げた。ヒロミにはトワの言おうとしていることがなんとなく予想できるように思えていた。
「――そうだな、その前に正直に自分の状況を話しておかなければならないだろう」
トワは覚悟を決めた様子で周囲を見回して言った。ヒロミは大きく頷いたが、そこでセデイに目を向けた。
「待って――、でも……」
セデイを決して信用できないわけではない。だが対立関係にあるという国のネーリアを前にして、弱みを晒すような情報を与えてしまっていいものか、ヒロミには判断がつかないでいた。
「あぁ、彼女は既に知り過ぎている。対応する必要があるだろう」
「え、ちょっと、それってどういう――!?」
ヒロミはトワを遮るように詰め寄った。トワはそれを制して続けた。
「私にも考えがある」
セデイの表情は相変わらず読み取りにくかったが、わずかに笑みを浮かべながらその話を聞いているように見えた。




