10-6
「――今の、画面に出せるか?」
様子を見るために近付いたトワがセデイに向かってそう尋ねた。
ヒロミはまだ呼吸が荒かった。シミュレーターは奇妙な角度で――墜落時の様子を再現したのだろう――ほとんどヒロミの体が真横を向いた状態で静止したままだった。ヒロミは急ぎシートベルトを緩め、かろうじて身を起こし、ヴォイミが展開しているモニターの方へ顔を向けた。
「ご、ごめんなさい、……あの、力の加減が分からなくって……!」
自分の操作に連動して速度を上げる機体に極度に高揚したのは間違いない。だが力加減が分からないのも完全に事実だ。初めてのことだ。無理もないのではないだろうか、ヒロミはそう思いながらも心配して言った。
「いや、それはいいんだ。問題じゃない」
トワが即座に返した。
セデイはモニターを見上げつつ自身のシュミレーター内の機器を操作し、映像を上空からのものに切り替えた。ちょうど並んで飛行する2機を見下ろすかたちだ。タイムラインや各種ステータスなども表示できる設定にしている。
「この辺で、加速を始めたわけですね」
映像をスローで進めながらセデイはそう説明した。ヒロミの機体がセデイ機を突き放すように直進していく。
「で、ここで失速です」
そしてヒロミの機体はぐらつき、きりもみ飛行で渓谷に衝突していった。
「……もう一度見られるか……?」
トワは真剣そのものという様子でそう頼んだ。映像は繰り返された。トワに加えセデイも、興味深そうにその内容に見入っている。ヒロミは訳が分からずにいた。クトゥアも同様のようだ。用意された食事を次々に口に運びながら一応映像を視界に入れているというふうに見える。
トワはしばし考え込むように黙った後、再び尋ねた。
「セデイ殿……と、言ったか。環境のフィードバック設定はどうなっている?」
「呼び捨てで構いませんよ、へへっ。設定はデフォルトのものですね。つまり過度な気象現象なんかじゃない限りそのまま流します」
そう言って映像に周囲の風の状況などを示すデータを重ねた。
「特別風に乗ったわけでもない……か」
「ですね。――どうでしょ、全て切った状態でもう一度乗ってもらうってのは」
セデイはうっすらと笑みを浮かべそう提案した。
「私も同じこともう一度しますんで」
「そうだな、頼めるか?」
トワはそう言ってヒロミの方を見た。
「……え?」
シミュレーターの椅子の位置が再び中央にセットされ、ヒロミは着席するよう促された。
「え、ちょ、待って。何を試すの?……私、何も分かってないんだけど」
「へへっ、まぁまぁ、分かってない方が試し甲斐があるってもんですよ」
セデイはそんなことを言いながら、ヒロミの機器のセッティングを進めた。一通り操作を終えると再び隣の椅子に着き、自身の機器の設定を進めた。
「私、何かおかしなことした……?」
ヒロミはベルトを締めつつ、シミュレーターの側に立つトワに尋ねた。
「いや、いいんだ、ヒロミはあまり意識せずに、同じように操縦してくれ」
「同じように」と言われても……、ヒロミはただレバーを前に倒し、その影響でバランスを崩してしまっただけだ。せめてもう少し上手く、長く飛んでいたい。あえてまた同じように墜落した方がいいのだろうか?ヒロミは若干腑に落ちない部分がありながらも、ヘッドセットを装着し準備を進めた。
「じゃ、行こうか」
隣の席から声がした。
「今度はタイミング合わせてフィードバック入れるから、あらかじめレバー倒しおいていいよ」
「わ、分かりました……!」
視界が再びワイヤーフレーム状態から、今度は一面に続く平原へと変わった。またしても機体は既に高速で移動をしている状態のようだ。中央に赤いゲージが表示された。10本並んでおり、点滅を繰り返しながら1本づつ色を失っている。
「「準備いい?そのゲージがなくなったらスタートだよ、一気に加速するから」」
セデイの心韻が届いた。
「「はい!」」
ヒロミは答え、スロットルレバーを全開にした。
ゲージの最後の1本が消えた。同時に、再び凄まじい力がヒロミの身体を襲った。だが、ヒロミは極力冷静に、前進を続けようと意識した。もう少し自身の力で飛んでいるという感覚を味わいたかったのだ。猛烈な速度で景色が流れ去っている。ただの仮想空間の平原ではあるのだろうが、その速度感は伝わった。今回はまだバランスを崩していない。ヒロミは手の力を抜いた。耳にはモーターの轟音が響いている。機体の伝える心韻が、重低音のように体中に突き刺さった。足先にも、指先にも。素晴らしい感覚だ――!機体の受けている風が、出力を上げるのに伴ってより多く放出されるスケイルヴェールの量が、ヒロミの体にも伝わってきた。飛んでいる。機体はモーターをフル回転させ、スケイルヴェールを派手に撒き散らして飛んでいる。それに合わせまさに自分自身も飛行しているかのようだ。そんな感覚に陥った。
「もういいよ、ヒロミ、レバー戻して」
外からそう声が聞こえた。ヒロミは徐々にレバーを戻した。速度は落ち、視界は暗転した。ヒロミは落ち着いてゴーグルを外した。鼓動は激しいままだが、今度は姿勢も真っ直ぐに、前を向いたままだ。操縦桿にはほぼ何も触れていないのだから当然だろう。だが機体との心韻を通じて受け取る刺激がヒロミにはひたすらに新鮮だった。セデイはそそくさとベルトとヘッドセットを外し、映像再生の準備に取り掛かっているようだ。
「ささっ、じゃ早速見てみましょうかね、へへっ」
セデイはそう言って再び上空からの映像をモニターに映し出した。
「ちょっと、何か掴めたかもしれないですね」
「あぁ」
セデイの発言にトワも応じた。
「今回は墜落せず出来ました……!」
ヒロミはやや満足げにそう言った。
「あぁ……」
だがトワはそう答えただけで、特に意に介さず画面に集中している様子だった。
「じゃ再生しましょうかね」
セデイがそう言うと、映像は再びスローで動き始めた。背景は異なるが、進行は前回と変わらない。開始直後にヒロミの機体がぐんぐんと加速し、やがて減速するというものだ。
「……分かるか?」
トワがそう言ってヒロミの方へ顔を向けた。
「?」
ヒロミは首を傾げ、トワと、セデイ、そして食事中のクトゥアの顔を見回した。
「へへっ、あたしも同じことしかしてないのよ」
「……?え?」
セデイの発言に真意が掴めないままのヒロミが尋ねた。
「先程と同じだ。つまり、ヒロミと、彼女では、機体も、設定も、操縦も同じ、ということだ」
トワが補足した。
「え?そ、そんな……」
ヒロミはやや失笑気味にそう応じた。
「加速を……していなかったんじゃないんですか?」
映像ではスタート直後からセデイ機との距離は開き始め、終了時にははるか先までヒロミの機体が先行している様子が映っている。ヒロミは操作や設定に何らかの違いがあるとしか思っていなかった。
「この辺のデータを見れば操作は同じであることは分かる」
トワはそう言ってグラフの並ぶモニター右下辺りを指差した。
「まぁ、分かりにくいな。操縦席内のモニターにしようか」
「えぇ、ですね」
セデイが答え、ヒロミやセデイが実際に体験している操縦席内の映像が並ぶ表示へと変更した。確かに、スタートまでのゲージの減り方、そしてレバーの倒し方等、開始時では全てが同じ状態であると言える。
「ここでスタートです」
そして画面は大きく揺れ、衝撃が一気に伝わったことが見て取れた。その後両者は激しく速度を上げているが、一つ大きく異る点があった。
「画面の……揺れが少ない、ということですか……?」
ヒロミがつぶやいた。確かに、ヒロミ側の画面はセデイのそれと比べても幾分か振動が穏やかなように見受けられた。
「これは……多分大きな発見だ」
トワがそう切り出した。
「え?いやいや、え?トワ、あなたもやってみれば正しい結果が分かるんじゃないの?私、乗ってただけだし……」
ヒロミは困惑気味にそう差し挟んだ。
「3型だろう?」
トワはそう言ってもう一度映像を繰り返し見ながら続けた。
「旧型の機体の限界値がどのくらいかなんて我々なら当然把握してるんだ。ヒロミは2度同じことをした。偶然じゃないことはもうはっきりしている。これはネーリアには出せない数値だ」
「う……!ウソでしょ……!?いや、そんな……」
ヒロミは引きつったような笑いを浮かべそう応じるしかなかった。
「お、お?何か、思わぬ発見、あったようですね?んふふ、んふ!」
クトゥアが興味を持ってようやく輪に入ってきた。
「反応速度を早め能力を高めるためならば我々は様々な生物をセンサーや器官として組み込んできた。ヴォイミは大半が機械化されているが、ヴォイアクーや、ヴォイアースなどは半自律的に生物としての部分を残しながらその技術を追求して生まれたものだ。結果として、今我々が扱う乗り物がある」
「うん……」
トワの説明に、ヒロミは聞き入った。
「そしてそれを制御するのはネーリアだ。ネーリアに補えないものは機体が補う。両者の力を結合したところが我々の限界だ。――しかし地球人は違った、ということだ」
「そ、そんな大げさなことなの……!?」
ヒロミの発言にトワはしばし沈黙した。
「大きい……ゆえにどう扱うかは慎重に決めねばならない……」
「あんたは何か心当たりあんの?機体を揺らさないコツみたいなの。たとえば普段すごく揺れに敏感だとか」
セデイがヒロミに尋ねた。
「……そ、そうですね、今はだいぶ慣れましたけど、ここへ来た当初はあらゆる乗り物の振動がすごく大きく感じたんです。降下艇もそうでしたし、城内を走る定期運行便の列車もそうでした……。それが関係してると?」
「そうだな。おそらく我々にはないか、失った感覚なのだろう」
ヒロミの返答に今度はトワが応じた。
「元来飛ぶためにはある程度の筋肉の動きは必ず発生する。我々にとっては揺れと認識しないものまで、地球人にとっては、もしくはヒロミにとってだけなのかもしれないが、大きい"揺れ"だと感知されるんだろう。そして、ヒロミはそれを抑えるための反応を返した。決して乗っていただけ、などではない。きっちりと"操縦"したということだ」
「……そ、そんなこと……」
「勿論意識した行動ではないのだろう。しかも機体の動きそのものを抑制するわけでもない。これをデータ化しても応用するのはきっと難しいだろう。あくまで地球人にとって耐えられる範囲に抑えられた振動の度合いが、結果として機体のスピードアップに繋がった、ということだ」
トワは説明した。
「ほーぉ、それは興味深いですね、んふふ!」
クトゥアはそう発言したが、食事をテーブルに置き、場を離れようとしているようだった。
「ですが私は専門外ですので、んふ、そろそろ自分の研究に戻ることにしますね、んふふ!皆さんは、どうぞどうぞ、心ゆくまで、ここでお話進めてくださいませ、んふふ!笑える」
彼女の場合は特にその発言に含みはないのだろう。眠りについたときと同様極めてマイペースに行動しているだけのようだ。そのまま研究室の奥へと向かっていった。思わぬ展開となりヒロミも当惑していたが、ようやく一息ついたかたちとなった。
「……大きい発見だ。特に今の私にとっては……」
トワがそうつぶやいた。




