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「へへっ、分かってますよ」
セデイが頭をかくような仕草をし、続けた。
「こうしている間にも、あたしは心韻でこの場の情報を逐一祖国に流してる可能性だってあるわけですからね、へへっ。ただ、一応言わせてください。この研究都市に席を用意してもらって、日々研究をし、さらに異星人の実験にも立ち会わせてもらうなんて、あたしが信頼されてなかったら出来ないことだって自負はありますから。その信頼には当然こたえるつもりです」
彼女は両手を広げてみせた。
「いや、分かっている。脅かすようなことを言ってすまない。貴女の身を危険に晒すようなことはしない。むしろその逆だ」
そう言ってトワは深く呼吸をした。
「……私は寿命が迫っているのだ」
クトゥアもセデイも両目をデバイスで覆っているが、明らかに驚いたという様子でトワの方へ顔を向けた。
「正確な時期は分からないが、おそらく今すぐに再生処置に入ったところで、この戦争の終結には間に合わないだろう。戦況は驚くほど速いペースで変化している。私が今戦列を離れるのは得策とは思えない。だが、今のようにヴォイアースを負傷させる事態が続いたら戦力にもならない」
トワは映像をシミューレーターの情報へと戻した。
「そこで先程のヒロミのデータだ……。この力があれば我々にはきわめて心強い。きっと戦況を有利に導いてくれるはずだ」
「そ、そんな……」
トワの発言はある程度ヒロミの予想していたこととはいえ、手放しで賛同できるものではなかった。
「攻撃への反応速度という意味では訓練が必要だろう。だが求められているのは機体の速度だ。置かれた状況に、ヒロミがどう反応するか、状況や体勢へのフィードバックを活かせるだけで十分な力になる」
「……それならば、訓練はいらないの?」
ヒロミは尋ねた。
「副操士として乗っているだけでかまわない」
「操縦の知識は?」
「不要だ。むしろ緊急時の脱出の方法と、一般的なネーリの乗り物の仕組みや構造についての知識さえあれば事足りるだろう。救命のための処置に関しては実際に訓練も必要だが」
「へへっ、地味だね」
セデイが口を挟んだ。
「それもすぐに終わる」
「た、確かに……、私もそういうことを習得するのならば苦手ではないけれど……」
ヒロミは口ごもった。
「おー、おー、そうですか、んふふ。ヒロミさん、操士になっちゃうんですか、笑える!」
話を聞いていたクトゥアがそう言って会話に入った。
「そう、そこでだ――、とは言えその判断はヒロミに委ねざるを得ないということだ。操士ならば戦争に参加することになる。当然強制できるものではない」
トワは続けた。
「本分が研究であることは十分承知している。そしてこの後ここに重要なサンプルも届くことになっているのだろう。だが状況的にどちらもこなすということは不可能のはずだ」
ヒロミは黙っていた。急に話が進行し、思考が追いついていなかった。しかし返答を待ってもらう猶予もあまりなさそうだ。更にトワは言った。
「私としては、ヒロミには力を貸してもらいたい。ただ、その場合はクトゥア殿には申し訳ないかたちとなってしまうが――」
「んふふ、かまいませんよ!」
クトゥアはすぐに答えた。
「研究といってもですね、実際動くのはヴォイミたちですから、えぇ。特に今回は対象も危険ですし、ヴォイミをいかに扱うか、というところが重要になると思うんです。私たちがするのは、指示を出し、それをまとめて報告するだけ、と言いますか。ただ、当人の実績にするにはですね、その、指示を出す、というところも重要なわけですね、えぇ。望んだ結果が出ないこともあるかもですけど、積み重ねがないと、研究は繋がっていかないんです。なので、ヒロミさん、ようやくヴォイミを扱えるようになったわけですから、はい、今後の研究者としての活躍、期待してるところもあったわけですけどね、んふふ」
クトゥアは普段の調子でそう話したが、そのトーンには幾分か寂しさが混じっているようにも感じられた。
ヒロミも勿論研究に興味がないわけではない。ただ自分の中で起こりつつある変化にも気付いていた。そして当然ながら、ヴォイアースに乗り込めばトワと行動を共にすることにもなる。ヒロミにとっては望むべきことだろう。それは同時にトワの身体の異常にも気付きやすくなるということを意味する。彼女の存在を遠くに感じることの不安からは解消されるかもしれないが、その衰えていく様子すらも誰よりも早く間近で目にすることになるだろう。そのための心の準備など、今のヒロミにはまるで出来てはいなかった。トワの助けに、そしてこの争いでの勝利に貢献できるのであれば、それは間違いなく誇るべきことだ。それは理解できる。だが――、比べるべきものの重みや規模があまりにも違いすぎる。ヒロミはそんなふうに感じていた。
「なので、ヒロミさん、研究は私たちで進められます。ヒロミさんがヴォイアースに乗るのも、ありだと思います!はい。お別れになるのは残念ですけど、んふ」
クトゥアはヒロミを励ますようにそう言った。
「は、はい……」
ヒロミは戸惑っていた。心中では葛藤があるはずなのだ。長い時間をかけこの星まで研究のためにやって来たのだから当然だろう。だが、湧き上がるのはむしろ、自分ならば操士としてうまく機体を操ることさえも出来るのではないか、という根拠のない自信のようなものだった。その心境の変化に、ヒロミは恐ろしさすらも覚えた。このままでは何か思ってもいないことを口走ってしまいそうでもある。それは移植手術を終えてまだ間もない状態だからなのか、ヒロミには判断がつかなかった。
「――つまり、トワ様とヒロミさんは王城に戻られるわけですね?」
そのときセデイが状況を確認するように尋ねた。
「あぁ、すまない、その話が途中のままだった。貴女への対応のことだな」
「呼び捨てでかまいませんから、へへっ」
そう言うセデイに向け、トワは姿勢を正して言った。
「では、セデイ。私の侍女になってくれないか?」
「へ!?」
そしてヒロミの方にも向き直した。
「ヒロミ、君もだ」
「は……?」
トワの突然の提案に、2人は呆然としていた。
「操士規定で定められた従者の枠を使い切っていない、という話は前にしなかったか?」
トワはヒロミに向けてそう問いかけた。
「聞いた気がするけど、でも港では何人か連れていた……よね?」
「あれは仕事を与えるために無理矢理使っているだけだ、無駄な荷物なんかを渡して部屋から運ばせてるに過ぎない。彼女らに果たすべき義理ももはやないしな。それに――」
そう言ってトワは再びモニターに広報映像を映し出した。
「私も考えた……。今この状況で2人を安全に王城に連れ帰る方法はないか、と。なにせ一人は異星人、一人はあまり友好関係にない外国人だからな」
「あたしもですか!?」
セデイは驚いたように尋ねた。
「――あぁ、君がここで知った情報は貴重だが既に危険だ。迂闊に共有すれば命を狙われてもおかしくない。だが、侍女という肩書であれば出自が問われることなく王城内外で活動できる。雇い主の責任で雇えるし、且つその主人の地位次第でいくつかの特権も行使できる」
「な、なんでそんな……」
「詳細は分からないが、なかなかの切れ者に見えるからな、フフ。シミューレーターにしてもそうだ。これだけのデータや環境を揃えるのも簡単ではないだろう。科学者としてだけではない、相当に色々な教育や訓練を受けてきているはずだ」
「へ、へへっ、ま、まぁ……」
「答える必要はない。ただ君が聞きたいこと、知りたいことには私は偽ることなく答えることを約束しよう。どうだろか」
「いやいや、いやいや、畏れ多いですよ」
セデイはかしこまって応じた。
「祖国には戻れなくなってしまうが、受けてはもらえないだろうか」
「お受けします!!」
セデイは即答し、片膝をついて顔を伏せた。
「え、えぇ!?そんな大事なこと、すぐに決めちゃっていいんですか!?」
ヒロミは慌ててそう声をかけた。
「はは、有難う、顔を上げてくれ」
トワの言葉に、セデイはすぐに立ち上がった。
「へへっ、まーね、最近不穏な連絡も多くてね、元々ここへ来るって決まったときから故郷の蛹に還れるとは思ってなかったんですよ、へへっ。いい機会です、あたしも覚悟決めました。お力になれることあれば、何でもしましょう」
そして力強くそう言った。
「頼もしいな。早速だが、この王城の騒乱についても、何か聞いているか?」
トワが画面を見ながら尋ねた。
「えぇ、地下の居住区は完全に建設中で、乗り込んだところでただの空洞があるだけってことです。おかしな動きですよ、聖蛹の移転計画にも影響が出るんじゃないかって」
「なるほどな……、ユーフが城内に侵入しているというのは本当なのか?」
「そこに関しては分かりません。映像でしか見てない人も多いですからね、火事か何かからパニックに陥ったって可能性もありますが、操ってる人はいそうですね」
セデイも画面を見つめながら淡々と語った。
「もう一つ質問だ。このクスンにも基地があったな。ヒロミを訓練するとして、適した環境だろうか?」
「やめた方がいいですねぇ。この林の向こう側に小さい基地がありますけど、こう言っちゃなんですけど、やる気のない兵隊さんばかりです。有能な人は戦争に駆り出されてるでしょうから、今は余計に不適切でしょう」
「分かった」
トワはそう答えて、ヒロミとシミュレーターを交互に見た。
「ではしばらくはこれを使わせてもらえるだろうか」
「どうぞどうぞ、ここじゃ整備が整ってるのは輸送機だけでしょうからね、この方がはるかに役に立ちますよ」
セデイは淀みなくこのクスンの基地の状況までも話した。確かにヒロミをここへ連れてきたときの兵士とは会話も弾まずあまりやる気のある人物には見えなかったことも事実だ。彼女が他の兵士とどの程度面識があるのは定かではない。只者ではない様子を察してはいたが、それにしてもあまりにも事情に通じすぎているのではないか。ヒロミはきょとんとした様子で2人の会話を聞いていた。
「王城に戻ったらいくつか探ってほしいこともある、引き続き動いてもらえるだろうか」
「了解です」
心なしかセデイの返答も弾んで聞こえる。元々諜報活動などに長けていたのかもしれない。シミュレーターに凝り始めたのもここでの生活があまりに刺激に乏しかったというのが原因にあるだろうか。
「――では、ヒロミの番だ。副操士というポジションは通常ならば操士と同じく訓練が必要だ。だが、主人の操る機体に従者を乗せるというかたちであればかろうじて戦闘にも参加できるはずだ。これまでのこともあって風当たりは相当強いだろう。だが、ヒロミの力は私にとって大きな希望になる。どうか、受けてはもらえないだろうか」
トワはヒロミの方を向き、改めてそう訴えかけた。ヒロミは目を閉じ、大きく呼吸した後で答えた。
「お受けします、宜しくね、トワ様」
「フフ、あぁ」
トワは笑顔で返した。




