9-11
「二度と連絡するなって言っただろーーーがっ!!」
ヒロミはセデイが使用していたヴォイミのうちの1体を歩行補助器のように使用し、半ば体重を預けるかたちでゆっくりと移動しながらクスン研究棟の上層にある通信室に辿り着いていた。通信室内の様子は相変わらずだった。部外者が入室したことで一部表示は切られているが、壁一面に多数のモニターが展開され、通信官が同時に複数の人やヴォイミらと黙々と心韻のやり取りを行っていることが分かる。ヒロミは通信官用の席の一つを借りて、再び個人宛の心韻の取り次ぎを依頼した。時間帯が前回と同じく昼の休憩時間に近かったこと、そして臨時の通信依頼程度のポイントであれば既に十分支払い可能な額を所持していたことから、ここまではすんなりと話を進めることができた。同行したセデイは席を外そうかと提案したが、ヒロミはいてもらった方がいいと伝えた。本来の席の使用者である通信官はセデイと共にヒロミの背後に立ち、内容には極力目を向けないためであろう、フードを深く被り視界を遮っていた。セデイはそもそも通信の内容自体に興味がなさそうな様子だった。
「今回も……、助けていただいて本当に有り難うございます……」
「うるせーーよ!!そういうのはいいって言ってるだろ!!……ん……?ちょっと待て、なんだ?その服装は……」
そして今回も通信の相手はセイニだ。会話をするところまでは順調に進んでいる。だが、彼女の機嫌がすこぶる悪そうであること、そして発せられる鋭い言葉が、手術明けのヒロミの脳内に過剰なほどに激しく響くのは問題に思われた。
「……うわーーー、見てない見てない!うわーーーー、おいおい面倒な情報共有させんじゃねーよ!何したんだお前!うわーーー、見たくねぇ!」
セイニは検査着姿のヒロミとその首周り、耳元の異変に気付いた様子だった。ヒロミはその発言に逐一激痛を覚えながらも、こめかみの辺りに右手を添えなんとか返答した。
「これには……その、……事情がありまして……」
「だろうな!……つかなんだ?発音器!?……どういうことだよ、それが目的だったのか!?」
「いえ……いえ……、イタタ、そういうわけでは……ありません……。今回は……これとは関係なくて」
ヒロミは痛みに耐えながらもなんとか本題へ移ろうとした。
「まだそっち行って2~3日しか経ってないだろ、いや4日か?ったく何があったってんだ、……いや、言わなくていいぞ!あ、あ~~それでか、分かった、そういうことだったのか……」
セイニは一方的に何かを把握したようだ。ヒロミはかまわず続けた。
「ニュースを……見たんです」
「もう見るなよお前!見るな」
「トワは……無事なんでしょうか……!」
ヒロミは懇願するように言った。
「はー……、私も詳しくは知らねーって、まあ面倒だからまた知ってることは言うよ。
お前が持ち込んだ何やらが実際にやつらの拡大を抑止するってことはどうも分かってきてるらしい。けどその影響範囲に到達させるのが難しい。加えてやつらもとうとう拠点を作って、そっから長距離を移動する個体も出てきてる。なんつったっけな、通称"8枚羽根"とか。尻尾にも羽根が生えてる長細くて気味の悪い虫みたいなやつだ。そいつらを倒しつつ拠点を破壊しなきゃいけない。もうケウェは完全に放棄されたからな、どこかで食い止めなきゃいけない。第一操士団はその移動力と攻撃力で先行する予定だったんだが、まあやつらの吐く煙が思いのほか厄介みたいだな。突然移動を妨げられて失敗することが多い。こっちの武器が届く範囲になかなか近づけない、と。まあそういう感じだ。羽の一部でもダメージを負ったら早めに撤収してるみたいだから第一第二の人員には損害はない」
「そ、そうですか……、有り難うございます……!」
ヒロミは礼を言った。
「まぁな、皆必死で戦ってんだよ」
「わ……分かります」
「で、たとえお前がそれを使えるようになったとしてだな、もうしばらくしたら繋がらなくなるから」
セイニはヒロミの首元、鎖骨辺りを指差しながら言った。
「……どういうことですか?」
「王城は移転する。労働局は早ければ数日中にも場所を変える」
「え!?」
ヒロミは思わず大きな声を上げ、自分の声で頭痛が誘発されるのを感じた。
「イタタ、……きゅ、急すぎませんか?まだ……私が離れて4日……とかしか経ってないのに……」
「お前が言うなよ!常に準備はしてんだ。今の中央区画の辺りは何百年も前から変わってないからな。老朽化も進んでメンテも難しいらしい。中心となる聖蛹がまず場所を変える必要があるが、聖蛹の移転が完全に終わるまでは公的機関はあらかじめ臨時の出張所を作って対応する。だから私らはあの場所にはいなくなる。とは言え城壁内の一画であることは変わらないし、今の王城がすぐさま壊されるわけじゃない」
「そう……なんですか……」
「まあ戦争の状況も加味してのことだ。小型のユーフは王城周辺でももう確認されてるし。防衛的な面でもな、あと首都に逃れてくる避難民も多い。キャパの面でもどのみち今の王城では対応できない」
ヒロミは思わぬ情報を仕入れることになった。確かに、使用していた部屋を離れる際に二度とこの場所へは戻れないという予感があったことも確かだ。だがそれは物理的に場所自体が失われることを予期したものではない。短期間ではあったが数々の強烈な思い出が刻まれた地だ。ヒロミは一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。そして、ではトワの私室と3人の同居人たちはどうなるのか。そのことに関しては迂闊に口に出して尋ねるわけにもいくまい。ヒロミはしばし口をつぐんだ。
「あとはー……、そうだな。そっちにもどうせすぐ情報は入るだろうから……一応言っとくけど」
その間にセイニはどうにも言い出しにくいという口調で切り出し始めた。
「トワ様が早朝に1体の高速ヴォイアクーを借りて王城を飛び出して行ったって報告がある。シーロトワミが使えないからどのみち1日は休暇になってた。で、行き先は南って話だ……」
「!?」
ヒロミは思わず立ち上がった。
「はー……、多分もう誰かから聞いてたんだろうな、お前のその手術のこと……。ようやく繋がったよ、接触は禁止だって話だったんだけどなー。まあ、夕方には着くんだろうな、多分な」
ヒロミは両手で口を覆った。言葉が出なかった。
「てことで、もういいか?じゃ二度と呼び出すなよ、ホントに。絶対だぞ。じゃあな」
そう言ってセイニは通信を切った。ヒロミは映像の消えた画面に向かい、小さく
「有り難うございました……」
とつぶやいた。
トワが来る――!!
その事実を、ヒロミはなかなか実感できなかった。
トワが来ている。――どう、捉えたらいい?自分の、――それは急な自分の手術のため、手術のせいなのだろうか。ヒロミ自身は、もうトワとは簡単には会えないと思っていた。そして彼女が不安定な生活を送っているという情報も聞いた。いや、その情報が手術を決断するきっかけにもなった。なんとかして話をしたい。声が聞きたかった。伝えたかった。もちろん自身の研究のため、ここでの生活の基本的な条件を満たし、解決したいという思いもあった。だが――、それが結果的にトワに迷惑をかけることになってしまったのだろうか――
そして、自分の今の状態だ。このただれた醜い皮膚と、頭痛に苦しむだけでまるで使いこなせていない受容器と発音器――。決して、彼女を不安にさせたいわけではない。そうではなかった――。だが、こんな中途半端な体と心のままで、一体どんなふうに彼女と対面すればいいのか――
ヒロミには答えが出せなかった。会いたいことは間違いない。間違いないのだ。ただ――
「あー、あのさ」
その時背後からセデイの声がした。
「あ!あの、す……すみません、私……」
「あー、いやいや、なんか今私の方にも連絡来てね、ちょっと国のお偉いさんと話しないといけなさそうでねー。もしかしたらもう何か噂届いてるのかもね、面倒くさいけど。だからちょっと一人にさせてもらおうかと思って。先に部屋戻ってもらってていいかな?」
「あ、はい……」
セデイは心韻でのやり取りをしていたようだ。相手は祖国バルーティの高官なのだろう。
「まー、まー、秘密は当然守るよ、心配しないで」
「えぇ」
「連れてきたヴォイミたちにも何も仕込んでないし。おかしなことしたらクトゥアにここ追い出されちゃうからね。私もそれは困るし、へへっ。あと、この子もしばらく自由に使ってていいから。何か試してみなよ、心韻」
セデイはヒロミの側に立っているサポート用のヴォイミを示しながらそう言って部屋を出て行った。
「分かりました、有難うございます……」
ヒロミは返した。情報があまりに衝撃的だったせいか、自分が急に立ち上がっていたことも、そして案外平気だったことにも今頃気付いた。既に歩行に関しては特段サポートは必要ないかもしれない。ヒロミは通信官に礼を述べ、必要なポイントを支払って部屋を出た。
ヴォイミは実験室への道のりを正確に記憶していた。ヒロミはその胴体部分に軽く手を添えて、続いた。――トワが来る。そのことがもはや脳内を通り抜ける多くの心韻を上回るほどに、ヒロミの頭の中を支配していた。心がざわつき、落ち着かない。強く会いたいと思っていたのに、いざとなると不安や自信のなさばかりが襲いかかってくるのを感じていた。どこにいればいい?併設されているという軍の施設に到着するのか、それともヒロミたちが着いたのと同じ発着場だろうか。迎えに行くべきだろうか?クトゥアが目を覚ますまではセデイと共に実験室にいた方がいいのだろうか。何て言えばいい?何を話せばいい――……。考えを巡らせはするが何一つ答えが出ることはないまま、ヴォイミとヒロミは実験室へと戻った。クトゥアは相変わらず、狭いの棚の隙間で眠っていた。




